ザ・グレート・展開予測ショー

Laughing dogs in a lamb's skin III 前編


投稿者名:Alice
投稿日時:(05/ 1/ 8)

 
 東小金井駅のホームから降り立って、一番近い踏み切りの側に防御用の結界を張る。
 結界を張る作業の最中、悪霊が数えて十体ほどうずくまっているのが確認できる。同時に生身の横島たちに引き寄せられるようにして一体、また一体と増え続けていく霊たちを尻目に、不満そうな顔で横島が言った。
「…思ったよりやっかいだな。どうするよ、ピート?」
「確かに沢山の霊を感じます。と、いうよりここまでくるとまるっきり心霊スポットですね」
 どうしましょうか、とピートが返して辺りを眺め直す。ひしめいている亡霊たちを全てあぶりだしたら凄いことになりそうだと肝が冷える。
 JL中央線、東京〜高尾区間内でも特に自殺件数が多いといわれているだけはある。今回の除霊で小金井地域はもっとも激戦区になるだろう、という作戦本部の判断は予想以上に正確だった。激戦どころか地獄をさまよいかねない勢いすら容易に想像できる。
 横島たちからしてみれば、とんだ貧乏くじを引かされた、といわんばかりに肩を落としつつやってきてみればさもありなん。はずれを通り越して大当たり、それも特賞といわんばかり。
 そもそもが一斉除霊ということで、今回の対象地域でもある三鷹〜武蔵小金井区間の約六キロには行政からの依頼で、民間のGSやオカルトGメンも含めて随分な人員を用意している。事前ミーティングでは西条率いる正規のGメンに加えて、彼の伝手(つて)で個人的に募ったGSを交えた、主力となる混成チーム。横島たちのような中堅の事務所といった具合に、名の通った個人事務所など、行政、民間のGSを交えて除霊地区の奪い合いもあったくらいだ。つまり、いかに今回の一件が大掛かりな計画であることが伺える。
 もちろん市民の安全を図るため、都は特例の避難幇助を行い、中央線より半径五百メートルに暮らす近隣の市民は本日一夜に限って個別に避難生活を送るように言い伝えてある。
 ちなみ半径五百メートルというのは最低の安全ラインで、GS側からの希望としては絶対安全圏は半径八百メートルは欲しかったところだ。しかし都心のベッドタウンでもある武蔵野――三鷹市、武蔵野市、小金井市、国分寺市など中央線が走る一帯には多くの市民がおり、都の運営する施設、例えば学校や公民館などの各公共施設では半径八百メートル付近の住人が全て収容しきれるわけがなかった。
 もとより今回の避難区域で生活する住人だけでもその十五万人。住人の避難だけでも億単位の金額が動く。つまり、それだけの支出を払ってでも一斉除霊は行う必要があった。
 一年半前から建てられた計画ならばおいそれと中止にできるはずもないのだ。
 まさに東京中で大騒ぎである。当然のことながら除霊区域外では多くの報道のヘリコプターが遠巻きにながらも低空を飛び交っており、喧騒と静寂をごちゃまぜする。
 避難した後の深夜の街並みは、街頭の下ですら人の影がまるっきり途絶えている。
 生気に中てられて、普段は顔を出さないはずの霊までもが活発化してきているほど。
 除霊直前の中央線沿線は正にゴーストタウンさながらの雰囲気をかもしだしていた。
「マスコミ、なんとかならんか?」
「う〜ん、大丈夫だとは思いますが。一応、除霊地域(コアエリア)は報道管制も敷いているはずですし、それにそろそろ時間です…」
 報道の自由も結構だが、流石にこのような状況での飛行は安全とは言い難い。住民が避難しているとはいえ、除霊が原因で事故に巻き込まれて街並みのまっただ中に落ちたりなどすれば、それだけでも被害は恐ろしいことになるだろう。
 なにかあって詰め腹を切らされるのもごめんこうむりたい気持ちが先走った刹那、報道のヘリコプターが去っていくが、別のヘリコプター、それも複数がやってくる。
 代わりにやってきたヘリコプター編隊は物々しい雰囲気をまとっていた。
「お、奴(やっこ)さんたちが来たか」
 中央線直上を沿うようにして、立川駐屯地から隊列を組んでやってきたのは自衛隊の新鋭ヘリコプター[OH−1]。四機一個小隊の三編成という大部隊だ。
 今作戦ではたった一機配備していないオカルトGメンの偵察ヘリだけでは当たり前のごとく対応しきれないということで、都が自ら呼び寄せた自衛隊からの応援である。
 お国柄実戦に縁のない状況下、新鋭機量産後初の実戦。半ば国からの要請によって、都心で作戦行動を行えることは異例中の異例。
 自衛隊もまた、ヘリコプター隊を北海道の帯広から引っ張っただけのことはある。有事とは違う形ではあるものの、宣伝効果や新鋭機のお披露目、貴重な経験を積ませるといった実益を兼ねている分だけにかなり力が入っているようだった。
 従来なら各種光学機器や空対空ミサイルを装備させることが可能な、日本国憲法第九条から考えれば過剰なまでの性能を誇る機体は、今日に限ってはウェポンラックに対心霊特殊兵器で爆装している。
「うわぁ、派手だねぇ。どうも…」
「はじまっちゃいますね」
 兵器関連にあまり興味のないため、緊急避難用の簡易結界の中からヘリをボーっと眺めて、いまいち緊張感にかける横島とピート。その内にヘリコプターから対悪霊用煙幕が周囲に散布され、ヘリコプターのテールライプから散布終了の合図が横島たちに送られる。
 近隣の住人の気配が去って、ただでさえ霊が活発化しやすい夜。普段は希薄な存在である霊たちをまるごとあぶりだしてみれば、積年のツケが山となって現れてきた。
「こいつはすごいな」
 散布中に被ったガスマスクを外しながら横島が、霧散して行く煙幕を眺めながら呟く。ヘリコプターから散布された対悪霊用煙幕は隠れていた霊たちもまるごとひっぱてきてしまったようだ。
 沿線を跋扈(ばっこ)する悪霊たち。後に発表される最終的な撃退悪霊総数は少なく見積もっても二千。中央線の自殺とは無関係に東京では自動車事故や殺人事件が幾多と起こっているせいもあって、沿線各地では成仏しきれない霊の溜まり場になっている節もあった。
 都市計画から始まった除霊は、まさに長年の膿を吐き出すがごとしの様相を見せ始めていた。
「雪之丞さんを見つけられなかった失敗でしたね」
 眼前に広がる悪霊の群れ、その余りの多さに後悔の念を隠しきれない風でピートが呟いた。
「こんな時におらん馬鹿なんぞ知らん! それよりもおキヌちゃんを無理にでもウチでガメとくんだった。くっそー、見通しが甘かった」
「過ぎたるは及ばざるが如しって言うじゃないですか。なんとかなりますよ」
「そうなんだけどさ。できるだけ無理はしたくないわな。俺たちの場合は苦労は分担してこそ! ってのがモットーなんだけどなー」
 今から二年前、美神から追い出されるようにして横島は自分自身で事務所を建てた。とはいえ、今のところは共同経営の形をとっている。メンバーは横島に加えてヴァンパイアハーフのピエトロ・ド・ブラドーに伊達雪之丞の三名。他にタイガー・寅吉を誘ったが、彼は既に小笠原エミの事務所で主任を勤めていることもあって参画には至らなかった。
 勿論、このようないささか込み入った経緯はあるが、大掛かりな除霊を行う場合には援助を求めることもあるし、タイガーも同期への協力を惜しむような小さな男ではない。
 しかし今回に限ってはキヌもタイガーにしても協力を得ることはできなかった。なぜなら彼らもまた、別の区域で今回の除霊に参加しているからである。
 ネクロマンサーに精神感応者、共に霊体に対して直接的な接触ができる二人はそれぞれの事業主からGメンへの出向が命じられていた。
 横島としては、西条を筆頭に、タイガーとキヌを含め、そうそうたるメンバーを誇るGメンにこそ東小金井周辺を宛がいたかったのだが、くじ引きではどうしようもないと諦めるしかなかった。
「なによ、私たちじゃ不満ってわけ?」
 呼びつけられて不満顔のタマモである。なんだったら帰っても良いんだけど、と付け加える。
 タマモの隣では、自分は当てにされていないのか、と思ったのか、シロまでもが「そうだそうだ、差別はんたーい」とふて腐れている。
「んなわけないだろ? お前らがいてくれなかったら正直きつ過ぎるぞ。全然助かってるよ。あんの糞修行馬鹿なんかより余程ましだよ」
 子供のお守りも楽じゃねぇなー、とこっそり独りごちてから、今この場にいない雪乃丞に心の中で罵声。
 ちなみに雪之丞はどうしたかというと、今回の件より一ヶ月ほど前、除霊の際に怪我を負い、自身の未熟を補うための修行、という名目で姿をくらましていた。ちなみにメンバーの横島とピートの承諾はない。
 彼の行方は付き合っている弓かおりをもって知れない具合である。一応のところ、雪乃丞への処罰は減俸三ヶ月というところで横島とピートの間では話をつけている。
「とりあえずは、だ」
 除霊から脱線しかけた話題の腰を折って横島が悪霊のうろつき始めた場所を睨む。
 煙幕あぶりだされて自分が死んだ現場から離れ、周囲をうろつき始めた霊団を睨みながらわずかな巡閲の後、左手に握った神通棍に念を通して横島がシロに有無もなく投げかける。
「シロは俺につけ。破魔札で牽制。奴らが俺たちを敵と認識する前に先制攻撃かますぞ。前面を切り崩す。いいな!」
「承知」
 応えてシロは腰まで伸びた銀髪を一房にまとめる。
 除霊の時は動き易いようにと、全身をピッチリとした服装でまとめたシロが、霊気をみなぎらせる。
 髪の毛を結うことで気持ちを引き締めたのは、自身への鼓舞のよううなもの。
 彼女にとって師匠(せんせい)と心に決めた横島と組んでの除霊。下手な真似はできないし、無様を晒すなどはもっての外である。
 美神からは練習のつもりで、と軽く言われたがそうはいかない。シロは頬を張って、今一度気を引き締め直し、あつらえた霊波刀を収束させれば鋭利な日本刀のごときを形に仕上げる。
「ピート」
 シロを一瞥して横島がピートに向き直す。わざわざ名前を呼んだのは立てた方針の確認ためだ。
 横島のある意味作戦とは言いがたい力押し一辺倒な方針に、ピートは苦笑いを浮かべる。内心で益々美神さんに似てきたと思って笑いを我慢する当たり、気持ち的にはまだまだ余裕があるようだ。
「タマモちゃんは僕と一緒に二人のサポート。いけそうかい?」
 シロとは違って、六道女学院の制服のままでタマモはだるそうにしていた。
 無理矢理ひっぱりだされて気乗りするはずもなかったのだが、この一件は保護者の美神から言い渡された命令でもある。下手に逆らう気はないが、二人のサポートというのが気に入らない。自分だって近接戦闘はできると言わんばかりにピートを睨んだ。
「ならタイミングを合わせて横合いから思い切り殴りつける。こんなところかしら?」
 すまし顔で、一見すればタマモはやる気がなさそうに見えるも、目の前の敵は多いのは確か。自分のなすべきことを言葉にすれば、自然と気合も入ってくる。
 やるのであれば気を抜くつもりは毛頭ないし、気持ちは目の前の敵をなぎ倒す方に向きはじめていた。
「じゃあ、それで行こう」
 サポートとはいえ与えられた役割は、初撃から逃れた悪霊や、不意打ちを食らってもたついている悪霊どもをすみやかに排除すること。タマモの言葉は一見すれば大雑把であるがキチンと核心は突いている。これならば大丈夫だ、と安心したようにピートが横島に向かって頷いた。
 横島たちが担当する東小金井駅周辺だけでも全体の一割強、三百は下らない悪霊が犇(ひしめ)いている。増援のシロとタマモを含めても、一人頭の必須撃退数は七十体程度。一人に割り当てられる悪霊の数を考えれば、恐らくはどこの陣営よりも戦況が厳しいことは間違いないが、数が多いだけであれば今いるメンバーであれば倒せる数。
 長丁場になるだろうが大丈夫だ、と横島は判断を下す。とりあえずの徹夜は元より予定の内。無論、今夜に備えて睡眠は十分にとってあるし気力だって充足しているが、明日はなにが起こっても休業にしようと横島は決めた。
 四人は気を取り直して、目の前の悪霊の群れに意識を配る。ただ見るだけであれば霊団がたむろしているようにしか見えないが、隊列をとってプラットホームを周回しているのがわかる。個別で自殺した彼らは基本的に意思の疎通はない。
 ここには悪霊どもを引き寄せる親玉が確実にいる。そいつを倒す。誰とも言わずにそれを察する。
 横島が破邪効果の比較的薄いめくらまし用の破魔札数十枚を右手に備えた。
「じゃあ、とっと終わらせるつもりで…行くぞっ!」
 掛け声と共に、破魔札を霊団の先端に叩きつけて、横島とシロが戦陣になだれ込む。
 刹那、あっけに取られた悪霊たちは、世にいとまごいをする間も許されずに横島の神通棍に叩き潰される。
 シロに斬り滅ぼされ、ピートの霊波動によって塵へと還り、タマモの焔に燃やし尽くされた。
「さて。それじゃあ…」
 悪霊たちが群れる真っ只中、戦端を切ったシロと背中合わせに横島が神通棍を構えなおす。
「このGS横島忠夫がてめぇらまとめて、極楽に送ってやるよっ!」
「犬塚シロもいるでござる! あ、しまった」
 戦気に中てられてつい普段の口調に戻ってしまったことに、シロが気を抜かす。
 せっかく決まったのになぁ、と場違いに横島が思いつつも悪霊たちは留まることを知らず襲いかかってくる。
「馬鹿、きたぞっ!」
「馬鹿じゃ、ないもん!」
 悪霊を斬りながら叫んだシロを構うこともせず、襲ってきた敵を、横島も一撃で叩き潰す。
 夜が始まった。
 
 
 
 
 
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 後編へ続く
 

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