ザ・グレート・展開予測ショー

bitter coffee


投稿者名:veld
投稿日時:(05/ 1/ 8)



 デートはいつも古臭い街角の喫茶店。映画を見たり、買い物をしたり。その後はいつもここに立ち寄る。
 たわいない話をしたり、静かに本でも読んでたり、仕事の書類を眺めたり、そのことで話したり。
 つまらない過ごし方、と人は言うかもしれない。でも、他にすることなんて思い浮かばないからそうしている。
 きっと二人とも満足していると思う。思いたいだけなのかもしれないけれど、彼女の表情を察すれば・・・きっと。









 甘い吐息が風に靡(なび)く。そして名残惜しげに散っていく。冬って言うのはそういうもんだ。見えないものが形になって、そして、浮かんで消える。
 窓から見える景色がいつもと違う。店内の照明がやや陰りを見せているように感じる。陽光の温もりがない。ただ、何か違う熱がそこにはある。
 雪が降っているのだ。しんしんと・・・音を立てているわけじゃない。ただ、降り注ぎ、積もる。分厚いガラスの所為かもしれない。
 領収書を掴んだ。本に目を通していた彼女の目がこちらに移る。
 出るの?と、尋ねているよう。俺は頷いた。彼女は、本をたたんでかばんの中に入れた。



 確かめるつもりで外に出た。やっぱり『しんしん・・・』となんて、音はしていない。
 それじゃぁ。と、彼女は俺を見つめ。
 頷くと、背を向けた。
 ぼんやりと俺は背中を見つめたまま、少し、立ちすくんでいた。

 すれちがう人々の姿が彼女の姿を隠す壁に変わる。
 待てよ、待ってくれ、と言おうとして。
 喉元で声が留まる。



 足跡が幾つも重なりあった歩道、溶けて霙(みぞれ)になった雪が、露出したコンクリートに染込んでいくように見えた。
 雪はその上にも降り積もる。どこだろうがおかまいなしに、降り注ぐ。





 またな、と今日も言えなかった。
 次は何時会えるだろう。
 そんな話もしなかった。










 雪は、好きだった。
 少なくとも嫌いじゃなかった。
 綺麗だから。それに。
 溶けて消える。そんな終わり方が好きだった。


 でも、嫌いになりそうだ。








 名前の一部を嫌いになるってのは相当なことで。
 とするとやっぱり、あいつのことが相当好きだってことなんだろう。















 ぼんやりと考えながら辿り着いた、日本にいる間の一時の仮住まいであるアパートの入り口に、彼女の姿が何故かあった。
 はー、はー、と手のひらを暖めようと息を吐いている。
 いや、手袋をしてるから、白い息が出るのを楽しんでいるのかもしれない。

 そんなに、子供っぽかったっけ、こいつ。

 戸惑いつつ、彼女の元へ歩み寄る。
 手のひらに向いていた視線がこちらに向いた。

 「何してんだ?」

 と、尋ねた。

 「飲みます?」

 と、差し出されたコーヒー。

 「あぁ」

 と、頷いて差し出した手のひら。

 「あげません」

 と、手のひらをすり抜けた缶。

 「何だよ」

 苦笑する俺。






 毛糸の帽子を深く被って、大き目のマフラーをぐるりぐるりと巻きつけている。分厚い生地のコートは暖かそうで少しうらやましい。
 彼女の手に缶は一つだけ。あれが彼女のものだとすれば、本当に冗談だってことになる。怒ってやろうか、とも思ったけれど、そういう女だ、仕方ない。

 俺は雪を掬った。そして軽く握って、彼女に放る。
 ぱしっ・・・と雪が弾けて、彼女のコートに白い粒が付着し落ちる。
 溶けた雪は染込んでいく。コートを少し、濃い色に変える。

 「・・・何よ」

 「別に」


 ぷいっ、と顔を逸らした。
 彼女が俺を睨みつける。
 知らん振りしようとした―――。


 何かが、頭に当たった。
 やや、強い衝撃。
 頭を押さえて、うずくまり―――雪に埋もれた缶を見つける。

 それは微糖の缶コーヒー。



 「・・・飲んでいい?」

 「どうぞ」



 プルタブを開けて啜ると少しぬるかった。


 「何か、意外だ」

 「何がですの?」

 「本当に、くれない、と思ったからな」

 「・・・」

 「・・・飲むか?」

 「いりませんわ、あなたの飲んだコーヒーなんて」

 「あー・・・」

 こういう女だ。


 「雪を投げつけるよりは、痛いわな。缶の方が」

 頭をさすりつつ、俺は笑う。
 彼女はどんな顔をしてるだろう。マフラーの所為で口元が見えない。
 微かに細められた目から、感情を察することなんて俺には出来ない。


 「痛かったんですの?」

 「おう」




 声の響きから、心根を知ることなんて出来ない。


 もしも違ってたら怖いじゃねぇか。


 もしも傷つけたら怖いじゃねぇか。


 他人になっても平気なら。


 それならきっと怖くなんて無い。


 こんなに怖くなんて無いはずなんだ。



 「・・・」





 ―――馬鹿だからな。


 ―――何も言えない。



 「・・・そう」

 「そうだよ」


 

 大事なことは何一つ言えない。





 「ごめんなさい」


 「・・・」


 『気にすんなよ。』
 『コーヒーありがとう。』
 『コート、ぬらしてごめんな。』




 浮かぶ言葉。
 よりも先に、彼女のマフラーに指を掛ける。
 そして、下ろした。


 彼女の微かな笑みが浮かぶ、顔。

 不思議と怒りは浮かんでこない。

 ただ、代わりに、声がついて出た。


 「・・・今度はブラックにしてくれ」


 「・・・うん」




 きっと彼女は賢いに違いない。
 少なくとも、俺のように、大切な人の心さえ見通せないような朴念仁じゃないらしい。
 彼女は微笑んでいた。まるで。
 俺の心を見透かすように―――。


 FIN

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