ザ・グレート・展開予測ショー

逢魔の休日 -No Man Holiday- <Last Scene>


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(05/ 1/ 6)

回廊を抜け、サン・ピエトロ広場へ出ると、すでに日は落ちていた。
さすがにあれだけいた観光客の数はまばらになったが、代わりに夕涼みに訪れたローマっ子達が思い思いに初夏の夜を楽しんでいる。
ライトアップされたオベリスクは幻想的で幽玄な雰囲気を醸し出しているが、彼等はあまりそれを気にとめる様子もなかった。
二人は無言のまま広場を抜け、煌びやかに瞬くテヴェレ川へと歩いていく。

「ふう、すっかり遅くなっちまったな」

川から漂う夜風が疲れた体に心地よかったが、心まで癒されたわけではなかった。
透き通った空を見上げて笑うベスパの顔は、周りの恋人達と何も変わらないように見えた。まるで、明日もまた陽が昇ると信じているかのように。
もちろん、ベスパはそんなことを信じてなどいない。

「なあ、帰る前にどこか寄って行くかい?」

歩道のチェーンに腰掛けて、ベスパが声を掛けた。
夜の帳が降りたといってもまだ色浅く、夏の夜を捨てるにはまだ早い時間だった。普通の恋人ならば、だが。

それまで共犯者のような顔をして一言もしゃべらなかった横島が、ようやくに重い口を開く。

「―――――帰るって、どこへ?」

「どこって、どっかのホテルか何かに泊まっているんだろう?」

「俺のことじゃない」

「私のことなんかどうでもいいじゃないか」

「よくないっ!」

思わず荒げた横島の声に、一瞬だけ周りの人達の視線が集中するが、それもすぐにばらけてしまう。
この街にはいつもの、それこそ二千年以上前から繰り広げられてきた日常なのだから。
ベスパは挑みかかるような横島の目をじっと見つめ返していたが、やがてすっ、と立ち上がって横島の傍へと近寄り、横島の唇に軽くキスをする。
だが、横島は両の手を硬く握り締めたまま、険しい表情を崩さなかった。

「やれやれ、お前は意外と頑固だね。知らなかったよ」

呆れたような口ぶりでベスパは笑いながら言った。
まだ横島の表情は微動だにしない。

「お前、私の望みを叶える方法を知っているんだろう?」

「ああ」

「お前にそれをする覚悟があるのかい?」

「覚悟なんてない。後で絶対後悔するに決まってる。でも俺は今、お前が欲しいんだ」

「それは一時の感情に過ぎないだろう?」

「たとえ、そうだとしても」

ここで横島はふっ、と表情を和らげた。それは彼女の姉しか知らない顔だった。

「俺は今、お前を愛している」

そう言って横島は握り締めた手を解き、ベスパの身体を静かに引き寄せて肩を抱いた。
ベスパもまた、横島の首に手を回して見つめ合った。

「ふふ、姉さんがお前の何処に惚れたのか、ようやくわかった気がするよ」

そして二人は唇を寄せ、貪るように激しく求め合った。
初めて交わすベスパの舌と唇は、かつて愛した姉と同じ味がした。

長く短いキスを交わしている間だけ、ベスパは確かに自分が生きていることを感じていた。
この一瞬のために自分は生まれ、生きてきた。
そう思わせるに足る、かつてないほどに満たされた瞬間だった。

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