嵐の中で (後編)
投稿者名:塵芥
投稿日時:(05/ 1/ 5)
それからは沈黙が続いた。
電線を鳴らせる風と打ちつける雨が聴こえて来る。
風が出てきた、と呟くが応じる様子はなく、
隣に座るタマモは明らかに不機嫌な仕草を見せていた。
頬を突く程度の一方的なスキンシップはたまに行っていたので
それが原因でここまで機嫌を損ねるとは考え難い。 思索にふける。
「・・・とりあえず無視はやめてくれ。」
「なら理由。原因の9割は横島にあるとしても、それでも扱いは異常じゃない」
「ん?・・・ああ」
タマモからは一度も聞かれたことが無かったが
クラスメイトからも似た疑問を投げ掛けられたことがある。
ともかくして合点が行ったようだ。
「茶化さないでね。」
何か言い掛けた横島の発言を切るように言葉をかぶせる。
出鼻を折られた形となった横島は言葉に一瞬詰まった。
「別に・・・みんなと居るのは楽しいし」
「惰性?」
「うーん・・・それが当たり前になっちゃってるからな。」
タマモは案外つまらない答えが返ってきたと内心思っていた。
横殴りの風が吹き付け車体がきしみ、車外へ視線を移す。
木々が大きく揺れだしたのが窓を通して見えた。
タマモは例の西条の持ち掛けた心霊捜査の折、シロとは僅かに打ち解けた。
だが他の事務所の人間、とくに横島とは微温的な関係が続いてる。
嫌ってはいないが、どこか横島達を観察しているような印象を受ける。
「使うのか?」
さらに時間が経ち、唐突にタマモが美神から渡された聖霊石を取り出した。
不思議な輝きを持ったエネルギーの結晶体。
「何もやって来ないじゃない。仕掛けるわ。」
「なら文珠のほうが」
苛立っていたのかもしれない。
タマモは横島の言葉に耳を貸さず、手首の力だけで聖霊石を運転席へ投擲した。
聖霊石は炸裂し、中に秘められた膨大なエネルギーが閃光となり四方に散る。
発せられた光の濁流は体内、霊体すらも透過していく感じがする。
どんな怨霊にも効果の出るGSの切り札ともいえる道具。
恐らく、その感触は錯覚ではないだろう。眩い光は車外へと漏れ、闇夜に光の華が開いた。
変化は無い。
静寂を取り戻した闇の中を何事もなく車は走っていた。
白骨死体にも依然、変化を見せずに沈黙を保っている。
「参ったな。 ・・・どうした?」
頭を掻きむしりながら横島は,何かを注意深くさぐっている素振りのタマモに問い掛ける。
タマモは車内をなめるように視線を動かしていた。
「糸」
「は?」
「細い糸みたいな物に縛られてた。一瞬切れて判った・・・すぐに繋がったけどね。」
「糸か・・・どこに伸びてるんだろうな?」
「決まってるじゃない。」
横島は糸と聞いて魚釣りを連想した。
自分達が釣り針に引っ掛かった獲物の立場だと想像したくはなかった。
「一度脱出するか?」
「こんな雨だと霊臭がすぐに消えるから後を追えない。」
「乗り込むしか無い・・・か。」
このときタマモは妙な感触を覚えていたのだが、
違和感というほどの事ではないので横島には伝えないでいた。
外は民家も見えなくなり、目に入る建築物は遠くにそびえる送電塔くらいである。
しばらくして舗装されていない道に変わった。
雨で泥深くなった道を走る車は乗り心地が悪い。
幅の狭い道の両側には高い木々が生い茂っており、黒い壁のように見える。
程無く、トンネルへと入った。
中は申し訳程度に設置された照明がぼんやりと灯っている。
トンネル内は長さの割りに狭いように思える。中途で車は停止した。
エンジンが止まり、車のライトが消え、雨音が遥か遠くに聴こえてくる。
ここまで会話は無い。
「到着・・・かな。」
タマモからの返事は無かった。
横島が顔を向けるとタマモは目を瞑り、寝ているように見える。
事情が事情である、その考えはすぐに振り払われた。
冷たい汗がタマモの顔に浮かんでいる。呼吸は荒くない。
「おい、タマモ・・・タマモ!」
肩を掴み身体を揺すりながら意識の確認をする。
呼びかけに応じて静かにタマモが目を開けたので一先ずは安堵した。
何か治療を施すために上着に入っている文珠を探る。
「そういうことか・・・」
聖霊石は持っているだけで様々な効果がある。
霊能を高める力、微力ながら破邪の力も持つ。
横島の手には文珠の感触が伝わっていたが、その感触は1つしか無い。
照明が点滅を繰り返した。
同時に氷のような殺気が首筋に伝わってくる。冷たい。
何かを引き摺る無数の音が聞こえてきたのは直後であった。
苦痛の嘆息、恨みの呻き、苦悶の叫び、しわがれた声々が聞こえてくる。
死して死を迎えることの出来ぬ盲目の亡者の群れ。
肌身の皮膚は虫刺されの跡のようにただれ、赤黒く変色していた。地を這いながら車を取り囲む。
その眼球は潰れ、唇は剥がれ、頭皮からは血が滴り落ちている。
横島は一瞥に伏した。
横島はタマモの頬を軽く叩き、呼びかけを続ける。
まだ意識が鮮明ではないようだ。
亡者が車体に取り付き、車を揺らし始めた。
2人の身体も揺れる。
「ん・・・あ、横島・・・」
「ああ・・・良かった。・・・大丈夫か?」
タマモは虚ろな眼で周囲を見渡し一点で止まった。
つられて横島も車外へと視線を向ける。
そこには他の亡者と違い、服に身を包んだ人影が佇んでいた。
車外から運転席を見たとき姿の運転手の霊である。
途端、携帯電話が鳴る。
突然のことだが不思議と驚きはしなかった。
『・・・・・・・・・・・・・・・』
激しい混線とノイズの中、搾り出すような言葉が聴こえてくる。
出るな、と。
状況は把握した。
「タマモ、すぐ片付けてくるからコレ持ってまってろ。」
横島は文珠を渡そうと手に握らせるが、タマモは握り返さなかった。
「・・・無様ね。」
「何言ってるんだよ?」
「私に渡してもいいの?」
反問する。
「だから何言ってるんだよ、仲間だろ。」
陳腐な台詞だ。嘘っぽい言葉だ。
普段なら冷笑を浮かべて聞き流していただろう。
タマモは自分の思考が鈍化しているのだと思った。
今はその言葉が暖かい。
タマモが握り返すと2人は僅かに微笑み合った。
「すぐ戻るからな。」
その言葉のあと横島は勢いよく扉を蹴り開けた。
衝撃で扉に張り付いていた亡者1体が吹っ飛ぶのが見えた。
車内に冷たい生臭さの混じる空気が入り込み肌を撫でる。不快だ。
横島は飛び降り扉を閉め、車内にはタマモと動かぬ白骨が残される。
そのままタマモは後部座席から横島の動きを追っていた。
横島は地を這う亡者を飛び越え、運転手の霊へと直進する。
が、何かに気付き手前で立ち止まった。
横島の顔が天井へと向けられる、そこには巨大な蜘蛛の陰があった。
蜘蛛の巨体が天井から横島に覆い被さるように落下する。
横島が跳躍し、奇襲を回避したように見えたところで照明が全て落ちた。
闇の底、亡者の苦悶の音色だけが反響する。
何かを砕く激しい音が、振動と共に伝わってきた。
次いで暗闇に霊波刀が浮かび上がり、輝く刀身は闇の中で踊りだす。
タマモには闇そのものを斬りつけているように見えていた。
霊波刀が幾度か弾け、霊気の火花が宙に舞い、
蜘蛛を切り裂いた音か絶叫か、聞き分けができない音が響いてきた。
だが鈍い空気を裂く音と共に霊波刀、つまり横島の身体は大きく吹き飛んだ。
壁に打ち付けられ霊波刀は姿を消し、周囲は一瞬のあいだ静寂に支配される。
「横島・・・?」
タマモはかすんだ意識の中で重い身体を動かし、外へ出ようとする。
だが必要は無かった。
再び一点の光が浮かび上がる。
次の瞬間には超高速で槍のように伸びた霊波刀が蜘蛛の影を貫いていた。
甲高い断末魔の叫びと、体液が飛び散る気色の悪い音が聞こえてくる。
照明が順次回復する。
そこには地に平伏した大蜘蛛の骸が転がっていた。
横島は運転手の霊に近寄り、何か話し掛けている。
霊が笑顔を見せたかと思うと天へと成仏して行った。
蜘蛛からは白い煙が立ち昇り、同じように亡者の群れからも立ち上る。
数十秒後には何も残らなかった。
静寂。
全てが終わった。
タマモは安堵感に包まれて眠りに落ちて行った。
暖かな体温を感じ、目が覚める。
眠っている最中に変化が解けてしまったのかキツネの形態であった。
「おはようさん。」
首をあげ辺りを見渡すと、横島と車を運転している美神と視線がぶつかる。
位置からして横島の膝の上に乗せらて居るようだった。
「横島くんから話は大体聞いたわ。大変だったわね。」
「美神さんも酷いッスよ。俺たち見捨てていくなんて・・・」
「なに人聞き悪いこと言ってるのよ!途中までは追いかけてたわよ!」
車の幌は上げられているため、風を感じる。
空には灰色の雲が浮かんでいたが、雨は上がっているようだ。
夜が白々と明けてきている。
突如、横島の腹の虫が鳴った。
「・・・戻る前にどこかで軽くメシ食っていきません?」
「そうね、こんなに遅くなるとは思わなかったからね。」
「すんません」
「別に怒ってないわ。でも、この時間に開いてる店となると限られるわよ。」
「俺はどこでも、痛っ!・・・キツネうどんが食べれるファミレス辺りで・・・」
タマモは近くにあった横島の手を軽く噛んで意思を伝える。
それだけで分かってくれたのが嬉しい。
露に塗れた木々の青葉が陽光を反射し輝いている。
東の空は朝焼け始め、気温も上がってきている。
朝日が昇るのは生命力を感じさせる清々しさがある。
だが、タマモは朝日を見詰める横島の瞳に寂しさが宿っている気がした。
3人を乗せた車は彼方へと走っていく。
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始めまして、塵芥と申します。
初投稿なので緊張してます・・・
今までの
コメント:
- 全体が長編の第一話ってカンジですなー。
主観無しの、第3者から見た戦闘描写が新鮮でいいカンジ。 (MAGIふぁ)
- 状況、感情等の描写がとても綺麗な形で表現されていて、魅力的な文章でした。
特に「未だ横島を仲間と思い切れていないタマモ」が上手く表現されてたんじゃないでしょうか?(エラソウニイウナ
MAGIふぁさんは「この前後編を合わせて長編の第一話のようだと」おっしゃってましたが、私も同じような印象を受けました。
できることなら、この後の展開も見てみたいと思いました。 (優)
- はじめまして、とおりです。
私もこないだ初投稿でした、どうぞお見知りおきを。
いや、しかし面白いですね。先の見えない、湿度の高い空間っていうんでしょうか、嫌な雰囲気が伝わってきました。
これからも頑張って下さい。
追記
自分にはまだこんな文章は書けません〜。精進しよう…。 (とおり)
- 上手いですね
実に上手ですね
でもこの話はGSでなくとも通用すると思うんですね
たとえば結界師でも錬金術師でも他にもいろいろありますが
なにが言いたいかというと
この話は完全なオリジナルとして出したほうがよかったように思ったもので
いや決してGSに向かないといってるわけではありません
ただ 亜麻色の女とかその他いろいろ あまりGSにのめりこんでいるようには見受けられなかったもので 他意はありません (虻汁)
- 感服いたしましたー(挨拶)
もう単純に心理描写がいいなぁっ!っと思いました。
場の雰囲気をだしたり、独特のセリフまわしでタマモさんと美神さんらしさが上手く表現され、戦闘シーンの最中もタマモさんの心理描写を書いたりと随所に「巧いなぁ…」と思わされる箇所が満載です/・∀・)/
もちろん美神さんによる携帯電話の説明とかラストの爽やかな空気とかSSとして面白かったのは言うまでもないのですが、SS書きとしてすごく勉強になりました。
良作をありがとうございます!次回作にも期待しております。 (ハルカ)
- 巧いです。
初めまして,竹と申します。以後,お見知りおきを。
淡々とした,臨場感溢れる描写。両者は相反するもののようでありながら,しかしきちんと表現できている。脱帽です。
まるで,良く出来たテレビドラマを見ているかのようにさえ錯覚しました。雨のタクシーの,静かで気怠げな雰囲気。それを引き立てる,横島とタマモと言うチョイス。くぐもった雨音が,聞こえてくるかのようです(ただ一つ言わせてもらえば,ターゲットの正体が蜘蛛と言うのが唐突と言うか,ちょっと雰囲気を削がれたかなーと言う気はしました。いえ,あくまで個人的な感想ですが)。
雨の臭いさえするような。一時,そんな感覚に襲われました。
良作,感謝。お疲れ様でございました。 (竹)
- 始めにすごいと思いました。そして、うまい。
シロとは少し打ち解けたけど、他の人とはまだという
タマモの心理描写がわかります。
これから少しずつでも、仲間として認めて欲しいですね。 (蒼空)
- 塵芥さん、はじめまして♪
上でMAGIふぁさんがおっしゃってる通り、長編の第一話みたいで、それでいて原作の最終回続きそのままでも不自然じゃない、ホントに素敵なお話で、びっくりしました♪
前半の横島君とタマモちゃんの会話も、デコボココンビって感じで、楽しかったです♪
それでいて、シリアスな場面も戦いの場面も、お上手で〜♪(>ヮ<)
横島君が除霊の場面になると、急に頼もしくなるのも、原作でずーっとやってきた経験があるからって感じで、良かったです♪
これで初投稿なんて、信じられません。
これからもがんばってください♪ (猫姫)
- 文章の巧さがとても印象的でした。
熱い…というのでは無いけれど惹きつけられるものがある戦闘描写、敵さんの”怖さ・暗さ”、タマモの心情描写、横島君の言動、全体の静かなイメージ…どれもこれもお見事でした。 (偽バルタン)
- 作中で大きな位置を占めるタクシーのシーンが秀逸でした。
雨の降りしきる陰鬱とした中、シートの端と端に寄って気だるい会話をする横島とタマモの姿が鮮やかに脳裏に浮かびます。
初投稿とは思えぬ力量に、ただただ舌を巻く思いであります。 (赤蛇)
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