ザ・グレート・展開予測ショー

嵐の中で (前編)


投稿者名:塵芥
投稿日時:(05/ 1/ 5)



夜も深け、人影疎らになるもネオンの強い光がポツポツと街を照らす都市の片隅。
細い雨が先刻より降りしきり、時折り遠くの空が輝き、そのたび暗雲が輪郭を浮かばせる。
道路に沿って並ぶガードレールの切れ目に佇む集団の隣を何十台目かの車が通り過ぎた。
苛立ちを隠そうもせずに小さく舌打ちをした亜麻色の女が声を荒げる。

 「私、待つの死ぬほど嫌いなのよね!」
 「私も・・・こういうのはコイツの仕事じゃないの?」
 「タマモ・・・美神さんはかなり特殊な人間なんだから、そういうを真似しちゃ駄目だぞ。」



 「来たわよ」
目標を確認した美神が手を道路に突き出し、制止させる。
アスファルトの表面に張り付く雨水を、飛沫をあげながら減速した車が美神達の前に停止する。
ライトは点灯しているが、雨の日にも拘わらずワイパーは動いていない。
 「・・・車体全体から微弱な霊波、どこが本体か判らないわね。
  予定通り乗り込むしかないか・・・けど、小型、しかもボロい。よって今回はあんた達に任せた。」
赤いラインの入った白いボディーの車は所々の塗料が剥げ落ち、かなりの年代物だと判る。

 「ちょ、ちょっと待ってよ!なら横島1人で行かせればいいじゃない!」
 「そうはいかないのよ。今回はタマモの超感覚が必要になるだろうからね。」
 「・・・けど!」
 「いざとなったら横島君を盾にするなり好きにして頂戴。」

抗議するタマモに髪を払いながら静かに言葉を続ける美神。
タマモは目を瞑り、一瞬何かを考えたあとに不満な表情ながらも承知した。
 「ま、一応保険代わりに持っときなさい。」
美神はペンダントにされていた聖霊石を片手で取り外し、タマモに手渡す。
 「ン・・・でも、いいの?高いんでしょ?」
 「そうよ。だから安易には使わないで、自分の命の危機を感じたときにだけ使いなさい。」 

 「俺の意見としては」
 「却下。」
数分前には無かった殴打の痣を顔に作った横島の発言を両断する。
 「どこの独裁者ッスか、アンタは・・・」
 「何か言った?」
 「ナンデモアリマセン」
殺気の篭った刺すような視線をぶつけられ、すっかりと畏縮してしまう。

 「そ、それはそうと、俺には何もないんスか?」
 「はい。」
 「一見するとタダの携帯電話なんですが・・・どんな機能が?」
 「このボタンを押して番号を入力すると離れた相手とも通話することができる機能よ。」 
 「そうッスか・・・」
 「私も後ろから追いかけるけど、何か異変があったら連絡しなさい。」
 「へ〜い、りょ〜かい」

やる気のない返事をしたせいか美神は少し不機嫌な色を浮かべたのだが、
それ以上言葉を継げずに後方に停めてある幌の張られた自分の車へと歩いて行く。
 「タマモ、いい?自分の命の危機を感じたときにだけ使うのよ。
  そのバカの為には目の前で八つ裂きにされろうが、喰い殺されようが決して使わないように!」
途中で振り返り、捨て台詞を吐いていった。


 「ひっでーな。・・・タマモもそう思わないか?」
 「別に」
 「・・・こっちも酷い」
タマモはすでに後部座席に乗り込んでいたので、話しながらも横島は後に続く。
傘の水滴を揺らして振り払い、折り畳んで収納する。

 「ど〜も、お待たせしました。」
横島が乗り込みながら運転手に声を掛けるが返事はない。
少々湿気を含んだシートに腰かけると、自重で僅かに沈み、ひんやりとした感触が伝わってくる。
途端、勢いよく扉が閉まり同時にロックが掛かる。
 「自動なら開ける時もやってくれれば良かったのにな?」
タマモは横島の問い掛けに答えず注意深く車内を見渡している。
遠雷が響いた。


 「さて・・・と、どこに行って貰う?」
 「コレがリクエストに答えてくれるとは思えないけど」
不思議そうな顔付きの横島に、タマモは視線を前方と泳がし答える。

 「ああ・・・確かに。 外から見たときは普通のオっちゃんに見えたんだけどな。
  それで、どうする?何か判ったか?自慢じゃないが俺は道具がないと霊視もできないぞ。」
 「最初から横島には期待してないから安心して。」
 「タ・・・タマモぉ・・・」
 「車自体は外から見たときと変わらないわ。強いて言えばカビ臭い。」
横島の嘆きに意も介せずに淡々と言葉を継ぐ。
 「・・・ぉーぃ」
 「やっぱり怪しいのはソレね。霊波の質が違う・・・けど、なんとも言えない。ひとまず様子見がいいと思う。」
 「そんなんで大丈夫か?・・・っと」

車が発進した勢いでシートに押し付けられる。多少、乱暴な運転のようだ。
同時にフロントに設置された『乗客中』のランプが点灯した。
美神の駆る車も発進するのを横島は確認する。

 「ただドライブするだけじゃ人は消えないでしょ。必ず何か仕掛けてくるからソコを突けばいいのよ。」
 「気付かない間に死ぬのは勘弁だぞ・・・」
 「キツネが化かし合いで負けるはずないわ。」
不敵な笑みを浮かべたタマモが答える。

雨足が強くなったのだろう、屋根を叩く雨音が大きくなってきた。
雨そぼ降る夜の街を車は進む。
横島とタマモ。そして運転服に身を包んだ白骨死体とのドライブの始まりである。



気紛れに発光する雷雲が、そして七色の人工の光源が眠らぬ街を支配する。
暗闇の中にポンと明かりの灯った商店に人が引き寄せられているのは、街灯に集う羽虫を連想させるが
今通り過ぎている道に限らず、日本では田舎の道でも珍しい光景では無くなって来ている。
赤・青・黄・白・多種の光線が車の窓ガラスに附着した雨粒と混ざり合い、
色合を分解するプリズムのように、光の泡となって流れていく様子を横島は眺めていた。

 「2人きりならロマンチックだと思わないか?」
 「あんたと2人きりなら、コレと一緒のほうがいい」
頬杖をついて窓の外を眺めていたタマモが視線を戻し、小さな顎で運転手を指す。
 「お、俺は骨以下・・・?」
 「そんなことより、いつまでこうしてるの?」
 「そりゃ・・・仕掛けてくるのを待つって言ってただろ。」
 「いつよ」
 「俺に聞くなよ」
 「じゃあ誰よ」
 「・・・骨?」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「ねぇン・・・はやく・・・きて・・・」
男好みしそうな声色を使い、運転席に座る白骨に身を寄せて語り掛ける。
吐息をそのまま吹きかけ、見ようによっては艶かしいのだが横島は声を上げて笑い出す。
タマモは僅かに頬を赤らめてキツく横島を睨み付けるが笑いは止まらなかった。



幾許。時間が経つ。
ガラスに附着する雨粒は後ろへと流れて行ってたが、交差点で車が停止し流れが変わる。
横島は後方へと身をひるがえし、目を細める。

 「あれは美神さんの車か?ちょっと意外、5分くらいで引き上げられるかと・・・あ、今の秘密だぞ。」
 「横島。さっきの・・・えっと、・・・ケータイだして」
薄暗い車内でも横島の顔色が青くなっていくのが判る。
 「し、仕方なかったんや・・・」
 「違うわよ、バカ。あんたの霊波刀でもいいわよ。」
 「霊波刀・・・なんで?」
 「あんた焼こうと狐火出そうとしてたんだけど巧く出なかったの。もしかしたら・・・」

横島の表情が僅かに強張り、右手を開いて意識を集中させる。
淡い光が右手に宿り車内の内装が力無く揺れる光に照らされる。
が、程なく光は収縮していき、やがて車内に薄暗さが戻る。
次いで携帯電話を取り出し、画面を覗き込み、タマモにも見せる。
 「圏外・・・つまり美神さんと連絡とれない状態。」
車が再び発進する。

 「全部、向こうのペースに乗せられてたってことね。」
タマモは悔しそうに唇を噛み締める。
横島はそんなタマモを視線の隅に置きながら上着のポケットに手を入れた。
 「作り置きの文珠は無事みたいだな・・・2つしか無いけどさ。」
 「窓もドアも開かない・・・これは予期してたけどね。」
 「どうする?文珠で一度美神さんに連絡とってみるか?」
 「少しピンチです・・・って?そんなことに使わないでよ。」
 「でもなー」

2人の会話を中断するように、パキッと運転席から高い音が響いた。
乾燥状態にあった骨が水分を吸収して何か変化があったのだろうか。
ともかく音につられて横島とタマモの視線は運転席へと向けられた。
そこには相変わらず動きもなく白骨死体が鎮座している。
横島の眼にはミラーに映る人骨が笑っているように見えていた。



時は流れ、いつしか都会の摩天楼を彩るビル群は姿を消していた。
空には厚い雷雲が低く広がっており、雨足も強まる一方。
狭い歩道の隅には濃緑の陰が潜み、遠方には山々の影が思い思いの起伏を描き、
その手前には線路があるようだが終電を廻っているのか電車が走る気配は感じられない。
沿うように延びる道路を走る1台の車。車内には湿った空気が充満していた。

 「こんな事になるならバカ犬について行けば良かったわ。」
 「・・・俺はいい加減眠くなってきたぞ」
短い会話の後に、2人は揃ってあくびをした。

最初こそ緊張状態にあったのだが、一度精神が弛緩するとキッカケ無く再び気を張るのは難しい。
ましてや変化の乏しい田舎道の景観。
粒の大きくなった雨音も不規則ながらも、自然の音楽を奏でてくれている。

 「ところで気付いてるわよね?」
 「そりゃな」
後ろに位置しているはずの美神の車が見えなくなったのは大分前のことである。
都内の入り組んだ道を右折、左折と進んで行たのでそのとき撒かれたのだろう。
もっとも、それなりに美神と付き合いのある人ならば容易に他の可能性も考えることができる。
ある意味では一番身近な存在である横島も無論例外ではない。



 「横島はなんで美神さんの所で働いてるの?」
 「乳、尻、太股」
指を折りながら一言一言つぶやく横島を見遣り、
タマモは軽く溜息をついて窓の外の光景へと顔を向ける。
点在する民家と防風林が立ち並んでいた。

 「真面目に話す気は無いのね。」
 「俺はいつでも真面目だぞ」
 「・・・ま、あんたには興味無いから別にいいんだけどね。」
膨れっ面で素っ気なく言い放つ。
横島はそんなタマモを見て悪戯な笑みを作り、タマモの頬を突いた。
 「うわ、柔らけぇ」
 「ちょっ、何すんのよ!」
 「暇だし」
身体をくねらせ手を払いながら抗議するも、あっさりと言葉を返される。
横島を睨みつけながら狐火を発生させようと意識を集中させるが、
虚空に微々たる霊的な放電が起こるだけであった。心底悔しそうに唸る。
 「そ、そんなに怒るなよ。悪かったって・・・」

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