ザ・グレート・展開予測ショー

逢魔の休日 -No Man Holiday- <Scene15>


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(05/ 1/ 4)

まだ焦点の合わないベスパの目に、表情の見えぬ影が映った。
それは彼女がよく知る相手のようにも、まったく知らない人物のようにも見えた。
だが、彼女が呼ぶべき名前はひとつしかない。

「・・・アシュ様」

そのうわ言を耳にした瞬間、横島はたとえようもない狂おしい衝動に襲われた。
この期に及んでもなお、その忌まわしい名前を呼ぶのか。この俺ではなく、お前を捨てて死んだ、あの男の名を。
言葉にならぬ思いが頭を駆け巡り、自分が助けた女が憎くて憎くてたまらなくなった。
刹那の狂気にも似た血走った目に殺意が宿る。
抱き抱えた手に添えて、いっそ縊り殺してやろうかと思う。
我知らずのうちに左手がそろりそろりと伸びていった。

だが、ベスパの細い首に左手の指が触れたとたんに激しい情欲は姿を隠し、偽りの声が口をついて出た。

「ベスパ」

やさしく声を掛ける横島の呼びかけに反応して、ようやくベスパの瞳に光が戻ってくる。
今やはっきりと見えたその顔は一人しかいない。

「ヨ、ヨコシマッ!?」

それまでぐったりとして四肢を投げ出していたのが嘘のように、ベスパは勢い良く飛び起き、辺りを見渡した。
外界から閉ざす大きな扉を、命のない大理石の床を、無言の圧力を掛け続ける天井画を、そして最後に目の前にいる男の顔を見て悟った。
死ねなかった。その事実を突きつけられ、ベスパは絶望する。

「大丈夫か?」

自分の陰鬱とした情欲に気づいていない横島が、心配そうな目つきで覗き込んでくる。
その目を見たとたん、ベスパは最早自分を抑えていることが出来なくなった。彼女もまた、その目の奥に潜むものには気が付かなかった。
この男は彼女から姉を奪い、妹を奪い、創造主を奪い、今また自分を奪おうとしているのだから。

「ヨコシマッ! なんで、なんで私を死なせてくれなかったっ!!」

「なんでって・・・ ほっとくわけにはいかないだろうがっ!!」

「今ここで助けられたって、遅かれ早かれ私は死ぬんだ! お前もさっき聞いただろう!?」

「まだ死ぬとは決まってないじゃないか! パピリオのときと同じようにすれば助かるだろう!?」

「そんなこと、出来るわけがないじゃないかっ!!」

「何でそんなに死にたがるんだっ!!」

一際大きい横島の絶叫が礼拝堂のドームに木霊する。
その残響音が波を打って掻き消えると、あたかも月の海のような静けさが訪れる。荒々しい呼吸音でさえ伝わらないような気がした。
永遠に続くかと思えた短い沈黙の後、震えを押し殺したベスパの声が聞こえた。

「・・・今ここで倒されれば、私はアシュ様の部下だった魔族として死ねる。でも―――――」

ベスパは意を決したようにきっ、と横島を睨んで続けた。
知らず知らずのうちに横島の襟首を掴んでいた。

「―――――タイムリミットが来たら、私はベスパというアシュ様の『道具』としてその役目を終える。それがどんな意味かお前にわかるか?」

「―――――」

「ただの『道具』だ。私は電池が切れたおもちゃのように黙って見捨てられてしまう、箱の中にしまい込まれて忘れ去られてしまうだけの存在なんだ。それがどんな意味かお前はわかってて私を助けたのか?」

「―――――」

横島は答えない。答えられるわけがない。
問い詰めるベスパに激しく揺さぶられてもなお、ただ黙ってなすがままにするほかはなかった。

「私は嫌だっ! たとえ嘘でもいい、一瞬でもいいんだ。私はアシュ様を愛した魔族として生きていたい! 生きた証が欲しいんだっ!!」

それをお前は、と言いかけたベスパの声が出ることはなかった。
いつしか横島の胸に顔をうずめて泣いた。唯々、泣いた。
横島はそんなベスパの肩を抱くことも忘れ、呆然として虚空を見つめた。
自分が倒したはずの魔神に、完膚なきまでに打ち倒されたことを知った。

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