ザ・グレート・展開予測ショー

君に言えること


投稿者名:とおり
投稿日時:(05/ 1/ 4)


「ねえ、おとうさんとおかあさんってなんでけっこんしたの?」
「したのー?」

「あら、どうしたの急に」

久々の日差しが心地いい休日の午後、春香と夏樹がそう言ってきた。
私は日向でやっていた編み物の手を休めて、近くで遊んでいた2人の方へ腰をおろした。
さっきまでブロックで遊んでいたのだけれど、いつの間にかきちんとお片づけしていて、少し驚く。
こども心に、ちゃんと話を聞こうと考えたのだろうか。
きっと、2人で相談して、今聞こうと決めたのだろう。


「「おとうさんにきいても、おしえてくれないんだもんー」」

「ねえ、おしえてよー」
「てよー」

2人とも、目を輝かせてらんらんとして、夏喜は私のひざの上に乗って、春香は背中に引っ付いて、ねえねえと聞いてくる。

「げいのうじんとかせいじかは、よくりこんしたり、かていないふわでどろどろになったりするけどー」
「けどー」

少し頭が痛い。
・・・大好きだけど、ワイドショー見る回数を減らさないとだめね、そう思った瞬間だった。

「「おとうさんとおかあさんは、とってもなかがいいんだもん」」
「すきだから、けっこんしたの?」
「それとも、だいすきだからー?」
「「それかそれか、だいだいだーいすきだからー?」」

娘たちは手を広げて、これだけ大きいんだー、って伝えようとしている。
わかっている様な、わかっていない様な。
私は娘たちの行動にほほえましいものを覚えて、つい顔が笑ってしまう。

「んー、そうねえ」

幼稚園でなにか聞いたのだろうか。
最近はどんどんおしゃまになってきているけど、もうこんな事を聞いてくるのかなと思う。
そろそろ、そういった周りの関係に関心が出てくる時期でもあるし、お友達のご両親の馴れ初めを聞いたのかもしれない。
私は、どう答えたものかと考えて、ちらと、ソファーで横になって眠っている忠夫さんを見た。

あのときの事は、ふたりの大切な思い出。
だけれども、とても可愛がっている愛娘たちにも教えないなんて、照れているのだろうか。
それとも、なにか思うところがあるのだろうか。

私は、娘たちに視線を返しながら、考えた末にこう言った。

「そうね、じゃあお話しましょうか・・・」

私は8年前の事を思い起こしながら、2人の娘に話し始めた。






















−−−−−君に言えること−−−−−




















8年前。

忠夫さんが、修行から帰ってきて。

空港から事務所に帰ってきた時、シロちゃんとタマモちゃんも事務所の前に出て、久しぶりの忠夫さんを歓迎していた。
シロちゃんは忠夫さんの姿を見るなり「先生ー」って叫びながら忠夫さんにダイブして、いきなり事務所の前の芝生で顔を嘗め回して。
忠夫さんが、注意する間も無いくらいに。

タマモちゃんはそんな忠夫さんを見下ろしながら、こう言った。

「もう、いいのね」

困ったもんだわ、そう言いたげな顔。でも、目には優しさがあふれてた。

「ああ。2人とも、ただいま」

シロちゃんの頭を抱きかかえるように撫でて、タマモちゃんの目をしっかりと見つめて、そう答えた。

「ただいま、人工幽霊一号!」

ちょっと上の方を向いて、元来の主を待っていた彼への挨拶も忘れなかった。

「お帰りなさい、マスター」

返事をする人工幽霊一号は、とても嬉しそうだった。

その後、拙者は、拙者はーと泣いていたシロちゃんを抱き起こして、事務所の扉をくぐった。
またみんなの生活が始まるんだな・・・。そう思うと目じりが少し熱くなった。




小竜姫様に帰国の挨拶に行った後、まるでそれがいつもの事の様に、すぐに仕事を再開していた。

「すぐに仕事が再開できるのも、おキヌちゃんのおかげだよ」

そう忠夫さんが言ってくれたのが、私はなにより嬉しかった。



それからしばらくして。
私は忠夫さんの補佐兼事務処理、シロちゃんとタマモちゃんも事例に応じて手伝いをする、という体制になっていた。
忠夫さんは復帰してからというもの、仕事を押さえ目にして、必ず誰かを仕事に同行させていた。

それというのも、忠夫さんは修行中、ある神様に諭されたかららしい。

「自分の能力を伸ばすだけでなく、周りの能力も伸ばす様に努めろ。その事によって、お前も大いに学ぶものがある」

そう、忠夫さんは修行で得たものを私たちにも教えてくれようとしていた。
忠夫さんが言うには

「仕事の中で得るものだけでは限界が出てくる。他者になにかを伝えようとする事で、自分が考えるきっかけになるから」

と言う事らしい。

「今回の修行で得た一番の教訓は、考え続けるという事。今答えを出せなくたって、いつかやり遂げられるように、考える事」
「考える事、つまり意思を持つ事」
「やったことは無駄にならない、なんて言うけどね。あれは俺に言わせればやった事を無駄にしない、なんだよ」
「また、考えるだけじゃなくて。目的を持って、確実に実行する計画を持つ事も重要なんだよ。だから、みんなのレベルアップのプランも、もう立ててあるから」

そんな風に話す忠夫さんは、まるでどこか別の人みたいで。
いつか、美神さんたちがやっていた探湯(くがだち)をやった方がいいのかしら、なんて考えたりもした。

そのトレーニングも結構ハードだった。
単に体力を使う、という意味では無い。
なにか1つの所作にも意味を持たせろ、と忠夫さんは言うのだ。
どうすればより危険が少なく除霊できるか、どうすれば異界の住人と接点を持つ事が出来るのか。
本当に1人の実戦で、生きて帰るためにはどうすればいいのか、それを常に考えろというのだ。

これは簡単には出来ない事だった。
考える事に気をとられて動きがおろそかになってはいけないし、かといって対処的に動く事は、レベルアップには繋がらないのだ。
自分たちで考えて、勉強して実戦に向かっても、忠夫さんに駄目出しをされる事が常だった。
必然、疲労度という点で格段の違いがあった。

シロちゃんも、

「あの先生は先生じゃないでござる〜」

なんて仕事から帰ってきた途端に、バテて座り込んだりしていたくらいだし。

タマモちゃんにしても、

「おかしいわね、あの偽者。超感覚でもわからないなんて・・・。いつか化けの皮剥いでやる」

とへたり込んでいた。






彼が帰ってきてから4ヶ月くらいして。
春爛漫、季節は命の芽吹きを運んできてくれいていた。

そう、そんな時。
そんな除霊同行が終わって、帰りの車の中だった。





「おキヌちゃん、疲れたかい?」

「ええ、まあ・・・」

そう答えた私は、実は結構疲れていた。
今回は、忠夫さんにレベルの高い作業を要求されていたのだ。
私の使える、ネクロマンサーの笛。
この笛の使い方の「面と幅を広げる」為に、必要となる基礎訓練だそうだ。

この除霊が将来どういう意味を持って、どんな風に繋がっていくのか。
事前に忠夫さんにレクチャーされていたので、いつも以上に真剣に取り組んだ。

だが、それは持続して一定の霊波を照射して、そこに意思を介在させるという、なんともイメージの掴みづらいものだった。
おかげで、作業が完了したときには、へとへとで立つのも億劫だったくらいだ。

忠夫さんが気を使ってくれて休憩を十分にとったおかげで、除霊直後ほどの疲れは感じていなかった。

「おキヌちゃんのおかげで除霊も早く終わったし、どこかに寄っていく?」

「あ、それなら寄りたいところがあるんですよ・・・」

そう答えた私。
寄ってみたかった所、そこは今の時期には満開になる桜の名所。
もう咲いている事は知っていたが、事務所の仕事が多忙な為、行く事が出来てなくて、残念に思っていた。
毎年訪れる、あの場所。
小高い丘の上にある、少し街とは離れた場所で咲き誇る桜を、見てみたかった。

「あの公園の、桜を見に行きたいです」

「よし、じゃあそこに向かおうか!」

そう言うと、忠夫さんは車のアクセルを踏み込んだ。






「わあ・・・」

夜半、人もすっかりいなくなった公園。
私の前に広がる、桜の木達。
まるで年1回のお祭りを楽しむように、すっかり花も開いて、香りが立ち込めてくる中で、桜の木々は自己主張をする。
夜の光に浮かぶ桜は本当に綺麗で、私は時間も忘れて立ち尽くした。

そうして、あてども無く歩く公園の中で、私は1本の老木を見つけた。

「この木、今年は咲いていない・・・」

毎年、必ず私を楽しませていてくれたこの木。
それがどうしたことか、今年は花をつけていなかった。
見たところ、虫に食われた様子は無い。中で病気が進行しているのだろうか。

私は木に寄り添うと、こうつぶやいた。

「どうしたの?どこか悪いの?」

もちろん、木が答えてくれる訳も無いのだけれど、言わずにはいられなかった。
私がまたこの世に戻ってきてから、ずっと一緒に春を迎えたのだから。
どうにも、寂しかった。

そんな私を見ていた忠夫さんが、声を掛ける。

「おキヌちゃん、おキヌちゃんの意思を伝えてみればいいじゃないか」

「えっ?」

私は思わずキョトンとしてしまった。
一体、忠夫さんは何をいっているのだろう。

「おキヌちゃん、今日の課題はなんだったか覚えてる?」

「えっ?えっ?」

「ネクロマンサーの笛の霊波に、意思を乗せる。この事が何に応用できるのか、話したよね?」

「あっ!」

そうだ、私は今日、あの練習をしたんだった。
笛から奏でられる音色に乗せて、想いを、込める。
ネクロマンサーの笛を使って、異界の住人と、いや、話す事の出来ない生き物たちとも意思疎通をする、その基礎訓練を。

「いきなり会話なんて無理だと思うけれど。おキヌちゃんの意思を伝える事は、できるんじゃないかな」
「やってごらんよ、元気になって欲しいっていう思いを込めて、さ」

言葉を添えてくれた忠夫さんに、私は元気付けられた。
そうね、やってみよう。
今忠夫さんがしてくれたように、この木にも元気になって欲しいから。
もし私にそんな事が出来るなら、それは本当に素敵な事だから。

「私、吹きます」

ネクロマンサーの笛に口をつけて、目を閉じる。
心に、いっぱいの想いを込めて、息を贈った。
目の前の老木を労わる様に、旋律を響かせて。
元気になって欲しい、その想いを込めて。




どのくらい経っただろうか、私は口を離した。


ぱち、ぱち、ぱち、ぱち・・・。
後ろから、忠夫さんが拍手する音が聞こえてくる。

体をそちらにむけて、話しかける。

「やだ、拍手なんか・・・」

本当は嬉しいのだけれど、口をついて出てきた言葉は違うものだった。

「いや、そんなことないよ。おキヌちゃん」
「前をみてごらんよ」

「・・・えっ?」





私は一瞬、目を疑った。
こんな事が・・・。そう思わずにはいられなかった。

さっきまで、まるで花をつけていなかった、木が。
満開の花をつけて、私を包み込んでくれていたのだ。

「うわあ・・・」

私は、現実感の無いままにその幻想的な光景に見とれていた。
少しずつ、嬉しさがこみ上げてきて。
少しずつ、老木に歩いていって。

私は幹に抱きつくと、思わずキスをした。

「そっか、あなた疲れていたんだね・・・」

しばらく、そのまま。私はじっとしていた。









「しかし、妬けちゃうな」

「えっ?」

今日何度目だろうか、そう答えると、忠夫さんが言葉を進めた。

「さっき、この木にキスしたでしょ」

「あ、あの、あの・・・」

木の下で、私はしどろもどろになっていると。忠夫さんは思いがけない事を言った。

「あはは・・・、おキヌちゃんは優しいからね」
「そんなおキヌちゃんだから、俺は・・・」
「・・・そう。俺は。」




「俺は、君が好きだ。誰よりも、ね」





突然の、忠夫さんの言葉。
本当に、いきなりの言葉。

でも、私は今度は。あの時みたいに、なんていってるのか分からない、そんな事は無かった。

忠夫さんの言葉が、心の中に一つ一つ、刻み込まれていく。
そんな言葉が、みんな心に収まったとき。私は、迷わなかった。

「嬉しい・・・、嬉しい・・・」

忠夫さんに体を預けると、私はさっきの、この木にしたみたいに。忠夫さんを抱きしめていた。

忠夫さんの抱きしめ返してくれる力が、現実なんだと教えてくれた。

いつまでも、この瞬間が続けばいい。そんな事を生まれて初めて、考えていた。









少し経って、ふと忠夫さんが私を見て、こう言った。



「でもね、おキヌちゃん。俺は、おキヌちゃんに保障できるものなんて、なにひとつないんだ」
「幸せにするとか、生活に困らせないとか。未来の事を、約束なんて出来やしない」

私は思わず、忠夫さんを見上げる。
忠夫さんの、優しいまなざしが私の眼を捕らえる。


「ただ、これだけは責任持って言える」

「俺は、君が好きだ。誰よりも、ね」

「俺が君に言えることは、ただそれだけなんだよ」



不器用な忠夫さんの言葉。
気の利かない、冴えない言葉。
でも、一番欲しかった言葉。忠夫さんの、本当の気持ちが詰まった、その言葉。
おためごかしなんか一切無い。
もう少し、その気にさせるような言葉をくれてもいいんじゃないかと思うけれど。
でもそこが、忠夫さんらしかった。

「うん、うん・・・」

「大丈夫です、忠夫さん・・・」

「私は、そんなあなただから。まっすぐな、あなただから」






「好きです。大好きです、忠夫さん」








私はそう言うと、もう一度力を込めて、彼を抱きしめた。















「その翌日、私たちは氷室の実家と、おとうさんの両親、おじいちゃんとあばんちゃんに。今まで支えてくれた、いろんな大切な人たちに」
「結婚しますって、伝えたのよ」

「「へー」」

娘たちは、どこまで分かっているのだろうか。
噛み砕いて話をしたけれど、まだ理解するには早いのかもしれない。

「なんかむずかしかったけど、わかったよ!」
「おかあさん、おとうさんがだいすきだから、けっこんしたんだね!」
「だね!」

「・・・そうね」

娘たちの答えを聞いて、なんだか拍子抜けしてしまった。
余計な気を使わなくても、娘たちは大事な事を理解している。
きっと、私たちの想いをわかってくれるだろう。半ば願いにも近い事を、思った。




娘たちは嬉しそうに、満足そうに子供部屋に戻っていった。
すぐにまた、2人で遊びあうのだろう。





さあ、私もそろそろ炊事を始めなくちゃ・・・。



そんな時、私は、はたと気が付いた。
そうだ、あの時、忠夫さんはこうも言っていたんだ・・・。


「想いっていうのは、言葉にしてしまうとなにか頼りないものになってしまうから」

「今日、君が見せてくれたみたいに、本当の想いは本当の想いに乗せて伝えるものだと思うから」

「だから、こんな事を言うのは今日だけ」

「でも、この気持ちは。君を好きだって言うこの想いは」

「俺の気持ちの中に、しまっておくから」




そうか、そうだったんだ。
あの時の言葉。
ごまかせない、忠夫さんだから。
自分の娘たちにも、きっと黙っていたかったんだ・・・。



「俺は、君が好きだ。誰よりも、ね」



大切にしてくれていたんだ。
君に責任を持てることは、これしかないって言ってくれた、あの言葉。

私たちの、絆。

「そっか・・・」

相変わらずソファーで寝息を立てる忠夫さんを見て。

私はもう一度笑う。



「今夜は、腕によりをかけて大好物をそろえてあげますか!」



そう言って、私はまたキッチンに立つ。
大好きな、忠夫さんの為に。

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