ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(3)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 5/15)

日曜日。その日の横島忠夫はいつになく上機嫌だった。
「ふふふん、♪、♪、ふふふふふん、♪、」
いつものデニムの上下に赤いバンダナと云ったいでたちで鼻歌を唸りながら、軽快なテンポでマウンテンバイクのペダルを廻す。その顔にはさわやかな笑みを浮かべながら、横島は今朝見た夢の内容を頭の中で何度も反芻していた。

何時なのか、何所なのか、得体の知れない、SF物の異次元世界の様な背景の、混沌とした世界に横島は居た。
夢には、ありがちなシチュエイションである。
辛うじて知れるのは、自分たちが今仕事である除霊作業をしている、らしい事。
そしてもう一つ、自分たちが生死に関わる一大ピンチに陥っている、らしい事だ。
「横島くん、あなた一人だけに死なせる訳には行かないわ! 」
「そうですよ、生きる時も死ぬ時も、私たちは一緒です! 」
「いや〜〜、横島くんが居なくなったら〜〜、冥子、泣いちゃう〜〜〜〜!!」
「もう、一人でカッコつけようったって、そうは行かないワケ。」
「先生! あの世までも主君にお仕えするのがサムライの本懐でござる!」
「ホント、置いてけぼりなんて水臭いわよ、ヨコシマ」
いつのまにか横島は顔見知りの女性達数十人に周りを取り囲まれていた。
空中には小竜姫やヒャクメ、ワルキューレの姿も見える。それに加えてクラスメイトの女子はおろか、六女(六道女学院)の生徒までもが揃っているという節操の無さが素晴しい。皆一様に瞳を潤ませながら、熱いまなざしをこちらに投げかけてくる。
しかも、何と全員全裸、の様である。
所々霞が掛っていて肝心な部分のディテイルに欠けているのは、彼の経験の乏しさ故か、はたまた彼のなけなしの良心の苛責なのか。
ともかくも、裸のねーちゃん全員集合である。
そして横島はまさに、死ぬ前に一度でいいから全裸の美女に囲まれてもみくちゃにされてみたい、と云うささやかな漢の夢を叶えようとしている自分の状況に陶然としていた。
健全な男の子の夢には、たまにありがちなシチュエイションである。

……こんなにおいしい処で目覚ざめてしまったにも関わらず、横島はそれなりに満足している様だった。
「……しばらくもみくちゃにされたあと、おもむろに一喝、『みんな、あきらめるな! この正義の味方、横島忠夫が必ず、悪を倒す!』、そして煩悩パワー満タンの俺さまの一撃で悪の親玉を封印、そして、ねーちゃんたちに振り向きざまに一言、『きみたちと共に死ぬよりも、僕は共に生きていきたい……。』、そして、そしてっ!」
自転車を漕ぎながら夢の続きを妄想して一人芝居を演じ、挙句に明後日の方向を見積めながら涎を垂らして含み笑いをする青年の姿は、常人にはいささか眼の毒である。
この直後に真正面から電柱に激突してそのまま車道に弾き出されて危うく自動車に轢かれそうになり怒声がわりのクラクションを浴びて不意に気になってダイヴァアズウォッチを確認するまで、横島は自分がバイトに遅刻している事に気付いていなかった。


「美神さんにだって分かるはずです、ドクターカオスの発明の有用性は。……」
美しい容貌のヴァンパイアハーフの青年は、その美しい双眸で美神を見据えながら、陶陶と話を続けた。
ピートことピエトロ・ド・ブラドーは実に純朴な青年、の筈であった。確かに彼は物腰も穏やかで慎しやかな男だが、決して線の細い男ではない。スポーツ万能、成績優秀、そして何より容姿端麗、である。その上誰に対しても気さくに話し掛けるフレンドリさに加えて、生まれもった現在の境遇から垣間見える翳りが彼のキャラクタに微妙なアクセントを付けており、それが女性の母性本能を刺激するらしい。実際、学校内外に数多くの私設ファンクラブを持つ程の人気者であるし、質の悪い事に本人にもその辺の自覚は有るようだ。
しかしそれは一般の女性に対して当てはまる話であり、美神(と某常夏ゴーストスイーパー)の様に人一倍エゴの強い女性に対しては押しの弱い初心な青年に戻ってしまうのだ。
しかし、今美神の目の前にいるのは、伯爵家の血統の高貴な香りを漂わせた凛々しい一人の青年ヴァンパイアハーフであった。こんなピートを見たのは初対面の時以来ね、と美神はその時の彼を今見積めている彼に重ねつつも、その声の調子が上がるにつれて自分の耳たぶが熱くなっていくのを感じた。
「……確かに、これは大きな危険を伴う仕事です。でもその点はいつもの除霊の仕事だって変わらない筈です。いや、」
ピートは小さくかぶりを振り、軽く下唇を舐める。少し、白い八重歯が覗いて見えた。
「寧ろ多少危険が大きい方が美神さん、貴方は燃える女(ひと)だ!」
「……っ!!」
感極まって思わず声ならぬ声を上げたのは、何とキヌだった。普段白磁の様に透きとおっている肌を今は情熱的な深紅色に染め上げ、つぶらな両の眼を今にもこぼれ落ちそうな程に潤ませて、夢見る様にピートを見積めている。
「えっ!」
「スキあり!!」

スパーーーーーーン!!

キヌの悩ましげな溜息と視線に気を奪われ、僅かばかり美神から目をそらしたのがピートの若さであり、敗因だった。次の瞬間には美神のハリセンの一撃がピートを頭頂部から見事一直線に打ち下ろしていた。
「いったたたた……」
「この私を誘惑しようなんて、一億年早い!!」
「……はっ、わたしは一体……、み、美神さん、ピートさんに何て事を!!」
何やら我にかえった様子のキヌが、目の前の光景に絶句した。そこでは、ハリセンを振り下ろした美神の足元に尻を上に突き出してうずくまった格好のピートが頭の天辺を押さえて呻いていた。

その後、キヌが再び紅茶のおかわりを持って来て、全員が応接机に座り直して人心地ついてから、全ては仕切り直しとなった。
「全く、この私を『邪眼(イーヴルアイ)』で『魅了(チャーム)』しようなんて、いい度胸してるわねぇ、ホントに。」
「……申し訳、ありません。」
頭に氷嚢を載せたピートが項垂れて答えた。隣の彼に気遣いながらも、首を傾げたキヌが口を開いた。
「美神さん、その……『いびり甲斐』とか『茶ー飲む』って、何ですか?」
「おキヌちゃん、無理してワザと間違えてない? 特に二つ目。」
「はあ。」
キョトンとしたキヌに少なからぬ毒気を抜かれて脱力した美神が、問いに答える。
「……まあ、物凄く大雑把に説明するけど、『邪眼』って云うのは古来から魔女とか悪魔とかが持っているとされる視線の魔力。あのインケン蛇女と似た名前の古代ギリシャの魔女メデューサのなんかその代表ね。只の一睨みで対象を石に変えてしまうんだもの。『魅了』の方はその『邪眼』による効果ね。それらは常に心理的な情動の変化から引き起こされる物が多いの。メデューサの場合、効果は『石化』だけど、その源泉となる情動は恐怖心ね。『魅了』の場合には対象に好印象を抱かせて誘惑することでその判断力を麻痺させるの。まあ比較的高次の情動に働きかける上に、一時的な心理効果に主眼を置くから成功する確率も比較的高くないし『石化』みたいに長続きはしないから、別の術を併用したりその外見や口説き文句も駆使して成功率を向上させるのよ。そこのヴァンパイアハーフみたいに、ね。」
「…………」
ピートは相変わらず下を向いたままだ。こうも『いびり甲斐』が無いと、怒る気もしない。一口『茶ー飲む』して軽く喉を潤してから、美神は話を続けた。
「ま、『邪眼』で不意打ち『魅了』、判断力の鈍った私に譲歩を迫る、て云うのはあんたたちにしちゃまあ、上出来だったわね。でも本来私にしか指向性の無かった筈の『邪眼』が、私の隣、霊的感受性の高いおキヌちゃんにまであんなに効いてしまったのは大きな誤算だったようね。」
……そう、美神も正直言って、今回はヤバかった。そう思わせるはど、不意打ちとは云えピートの『邪眼』は強力だったのだ。もし先にキヌが『魅了』されてあの切ない吐息を漏らしていなかったら、今頃はこいつらのいいなりになっていたかもしれない。そう思うと、ぞっとしない美神だった。
一方、キヌは被害者である事も忘れて、眼を輝かせて美神の講義に聞き入っていた。

「す、すごいです。美神さん。まるで学校の先生みたい。」
「GS資格試験主席合格は伊達じゃ無いわよ。それにこの位ならその内あなたも学校で習うわよ。」
「美神さんがいつか学科の臨時講師として、学校で教えてくれたらなぁ……。」
「……賃金アップは勿論、理事長が交代したらね。」
体のいい断り文句である。場が程よく和んだのを見計らってか、ピートはおもむろに立ち上がり頭を下げた。
「ほ、本当に申し訳ありませんでした!! これには深い訳があって……」
「まあ大方の察しはついてるけど……唐巣先生の教会の経営難ね。」
「そうです。この処の不景気……少しは上向いてきたとは云え、相変らず寄付が途絶えがちで……。」
「で、先生ぐるみでカオスの儲け話に乗った、と。」
「そうです。この計画がうまく行けば産業の振興にもなるし景気の改善にも貢献するだろうって。」
「相変らず脳天気な先生ねー。」
呆れ声で美神がそう返すと、再びソファに腰を落としてからピートは曖昧な微笑みを浮べた。

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