ザ・グレート・展開予測ショー

ある一つの結末(その1)


投稿者名:金物屋
投稿日時:(05/ 1/ 3)

「では若き彼らの将来を祝して乾杯!」
「乾杯!」
「かんぱーい!」

貸切となっている店内にお祝いの声が満ちる。
集まっているのは年配の男性から幼い子供までの多くの人々であり、所々に神族や魔族の姿もあった。
祝いの主役となっているのは学生服を着た少年が3人にセーラー服の少女1人。
コップ片手に照れた表情を浮かべては参加者に感謝の言葉を返していた。

「それにしてもアンタが無事卒業できるなんて思わなかったわ」
「…て、卒業を危うくしたそもそもの原因は美神さんでしょうが」
「何か言った?」
「イエ、ナンデモアリマセン…」

横島の愚痴は美神のひと睨みにて沈黙させられてしまう。
それを見た周囲の人々は相変わらずな2人に苦笑しつつ今後の彼の苦労を思いやった。

「はぁ〜、あの2人も相変わらずなのね〜」
「この分では一生尻に敷かれそうですノー」
「聞き捨てならないな、令子ちゃんと側にいるのは僕の方だよ」

横島、ピート、タイガー、そして机妖怪愛子の旧除霊委員四人組は本日無事に卒業式を迎え、
現在魔鈴の店で開かれている卒業祝いパーティーの主役である。
最初はごく少数でささやかに祝うつもりだったのだが、話を嗅ぎつけた周囲の人々があれやこれやと世話を焼いて
最終的には店をまるまる貸切にして祝ってくれることになったのだ。

「にしても、隊長はともかくベスパや小竜姫様まで来てくれるなんて思わなかったスよ」

戸惑いがちに横島が言うと近くに来ていた美智恵が笑いながら話し掛けた。

「これだけの人が集まったのはあなたの人徳によるものよ、それだけの魅力があなたにはあるということだから自信を持ちなさい」

そう言って美智恵が見渡した店内には彼の周囲の近い人は殆ど揃っている。
美智恵自身も年度末のこの時期は多忙なのだがスケジュールを調節して駆けつけていた。
他の参加者も暇でないのは立場上美智恵も承知してる。

(それでもお祝いに来てくれたのは皆それだけ横島達の事を気にかけてくれているのよ)
(自分では気付いてないかもしれないけどあなたはもう日本有数のGS。しかもまだ伸びる可能性はあるわ、それに…)

ちらりと西条と話している娘に一瞬だけ視線を向ける。

「横島君、令子の事頼むわね」

含みのある口調で未だに素直になれない娘の事を口にするが、横島は苦笑いしてややズレた返事をする。

「いや〜、美神さんは俺なんて居なくても全然平気じゃないスか」
「僕も同感だね!令子ちゃんを支えるのは僕が一番だ」

いつの間に側に来ていたのか西条が見事に同調して口を出した。

「…お前さっき美神さんと話してなかったか?」
「たまたま耳に話が聞こえてきたんでね」
「結構離れていたと思うんだが…」
「僕は地獄耳なんだよ」

どうやらこの2人の関係も相変わらずだ。
アシュタロス戦以来一年ちょっとの時が過ぎ、横島はGSとして順調な成長を見せていた。
彼が伸びるにしたがって美神の態度が少しずつ変化している事も西条の危機意識をかき立てているのかもしれない。
高校を卒業した彼がGSの仕事に専念するとますます美神との距離が縮まる可能性があった。
美智恵の言葉もそれを念頭に入れてのものだったが西条にはそれが面白くない。

「お前俺の卒業を祝う気なんてないだろ?」
「そうだね、僕は将来の優秀なGメン捜査官の卒業を祝福しにきたんだよ」

そう言ってエミに強引に引っ張りまわされているピートを見やる。
あっちの関係も従来から変わってないようだ。

「お袋もわざわざナルニアから卒業式に出席してくれたしな〜、終わったらすぐとんぼ返りだけど」

母の百合子は卒業式の為だけに一時帰国して出席してくれた。
このパーティーにも出席したかったらしいがその場合飛行機の離陸時間に間に合わないらしく残念そうに去っていった。
父の大樹の方は仕事の引継ぎが忙しくてやむなく残る事にしたらしい。
ナルニアでの村枝商事のプロジェクトも軌道に乗り、その功績によって父の大樹は春から日本の本社に栄転する事が決まっている。
あの個性の強い両親がここに来てたら来たで面倒な事になりそうな気もするがいなくても面倒は変わりないだろう。
何せ極楽の主要メンバーが殆ど勢ぞろいしているのだから。
店内は一層賑やかさを増しつつ夜は更けてゆく。
普段飢えているカオスや雪之丞がやたらとオードブルを食い荒らすがそれもまたいつもの光景である。

私は用意された油揚げをつまみながら馬鹿騒ぎをしている横島を見ていた。
この一年、アイツが仕事を任される時は助手として同行する機会が多い。
馬鹿犬とおキヌがいつも不満そうに美神の事を見ているが、何かと理由を付けて私以外の同行を拒んでいる。
まあ動機は想像付くけどね。
そんな訳で今やすっかり横島とは息が合う状態だ。
馬鹿犬にはそれが悔しくてたまらないらしく、いつも2人で出かける時に横島にしがみ付いて離れない。
美神は「こんなはずじゃ…」なんて苦々しく私を睨んでいた。
仕事以外の時間には時々からかいに行く事がある。
だってアイツ、見ていて退屈しないんだから。

「…でね、あの時の横島さんたら」
「それは横島さんらしいですノー」
「ううっ、お前らいい加減にしろやっ」

気が付けばどうやら思い出話の真っ最中のようだ。
しかし私には話がわからない。
良く考えれば私と横島が出会ったのはここに居る人間で最後の方なのだ。
それを思うと少し悔しい。
横島の過去なんてあんまり知らないし気にしてなかったけど今度聞いてみようかしら。
とりあえず今回はいつものようにからかってやろう。
そう決めて食べかけの油揚げを口に押し込んでいたんだけど、アイツ今度は女と話してる。
しかも妙な雰囲気ね。

「横島君、卒業を皆から祝ってもらえるなんて本当に青春よね〜」

愛子は本当に楽しそうだ。
長く妖怪としての生活しかしてなかった分、このようなイベントを人間以上に喜んでいる。
ハイテンションでニコニコ笑いながら横島に話し掛けてきた。

「愛子か、勉強見てもらったりとお前にも随分世話になったな」

横島の勉強は欠席がたたって遅れていたが、愛子は頼みもしないのに積極的に家庭教師的な事をしてくれた。
最初の内は迷惑していた横島も、やがて愛子の情熱に負けて勉強に取り組むようになったのである。

「私もね、横島君にはすっごく感謝してるんだ」

愛子は一転してしんみりした表情になって話し出した。

「卒業できて、おまけにこんなパーティーまで開いてもらえるなんて以前は全く思わなかった」

「もし横島君と出会ってなかったとしたら、私は今頃御祓いされてこの世に居なかったかもしれない」

「いや、あれは美神さんが…」

それ以上は愛子の指が唇に当てられたために続けられなかった。
それでも何か言いたげな横島を、愛子が指で押さえて黙らせたまま静かに首を横に振る。

「あなたがどう思おうと私にとってはあなたのおかげ。それで良いでしょう?」

笑ってそう言われては横島も引き下がらざるを得ない。
スッと愛子の指が唇から離れると、つい自分の指で感触が残る唇をなぞってしまう。
それを見ている愛子はますます笑みを強くした。

「わかった、そういう事にしとく。これからは離れ離れだけど、愛子も大学頑張れよ」
「うん…」

「何2人の世界を作ってんのよ」

突然タマモが2人の間に割って入った。
我に返った横島は慌てて愛子から離れてしまう。
何時の間にか皆から注目されていたらしく好奇の視線が向けられていた。

「次は私の相手をしなさいよ」

タマモはわざと愛子を挑発するような仕草で横島を引き寄せた。
するとまたしても2人の間に邪魔が入る。

「女狐っ!次はお相手は拙者が狙っていたでござるよ!」

案の定馬鹿犬がやって来た。
体力馬鹿のこいつは私と横島を無理矢理引き離して強引に横島を引きずって行く。

「ふふっ、あの情けない顔って全然飽きないわ」

邪魔されたかに見えてこれも私の予定の内だ。
どうせこれからいくらでも会う機会はある。
今ぐらい馬鹿犬の相手をさせてもいいだろう。
そう思って私は再び油揚げの皿に手を伸ばす。

喧騒益々盛んとなり、神魔人妖杯を交わす
傾国の大妖、その身を委ね、長き眠りの明けを楽しむ
佳人麗人、その身を飾り、酔うて夜に相親しむ
山海異郷、未曾有の珍味、皿を並べて部屋を彩る
醒時、互いに万里の隔たり、各、万難を排して集る
永く無情の遊を結び、皆、少年相祝福す

何時の間にか傍らで厄珍の奴が妙な詩を作っていた。
殆どデタラメだが即興だからそんなものだろう。
昔はこの様な席では皆歌を読むのがたしなみだったな、とふと思う。

騒がしい時間はあっという間に過ぎていった。
やがてパーティーもお開きになり各人とも店の前で別れてゆく。

「横島〜!明日からは毎日ガンガン働いてもらうわよ!」
「美神さんたら…、でも改めてお願いしますね横島さん」
「先生〜!拙者も明日の散歩楽しみにしているでござる〜!」
「今夜はごちそうさま、まあ…せいぜい体に気を付けなさいよね」

これまで以上に働いてもらうと宣言する美神に時間があれば散歩に誘うシロ。
美神とシロの言葉に呆れながらも横島を気遣うタマモとおキヌ。
そんな同僚の面々は美神の運転するコブラによって去ってゆく。
横島はドップラー効果によって間延びする声を聞きながらコブラが完全に見えなくなるまで動かなかった。

「じゃあ横島さん、僕も帰らせていただきます」
「仕事ではライバルでも、お互い頑張るケンノー」
「卒業の後でも続く友情。これが青春よね〜」

唐巣神父と一緒に帰るピート、エミを見送って一人で帰るタイガー、学校に向かう愛子の姿も見えなくなり
ようやく横島は動き出した。
先程まで騒いでいた時とはうってかわって影のある表情を浮かべるとゆっくりと夜の街を歩いてゆく。
静寂の戻った店内から横島のそんな姿を見つめる人物が一人。

「どうかしたニャ?」

猫の姿をした使い魔が聞くと、一人店内で後始末をしていた魔鈴が視線を外に向けたまま答えた。

「ちょっとね。横島さん、寂しそうに見えたけどどうかしたのかしら?」

先程まで悩んでいる素振りなど全く見せなかったのに今はその後姿がとても寂しげで、とても儚げに見えた。
彼の姿が見えなくなっても尚、魔鈴は胸中の疑念を振り払えないまま夜の街を見続けていた。

3月の夜はまだ肌寒く、吹き付ける風は学生服姿の横島に容赦なく吹き付ける。
時間は既に9時をまわり住宅街の人通りもまばらだった。
やがてアパートにたどり着くと静かに階段を昇る。
ふと花戸家の部屋の窓を見てみたが明かりは消えて静まりかえっている。
小鳩ちゃんはパーティーの後バイトに直行したのであとしばらくは戻らないはずだ。
そして自室の前まで来るとポケットから鍵を取り出し扉を開けた。

「とうとう最後まで言い出せなかったな…」

誰も居ない自分の部屋に戻ってきた横島は靴を無造作に脱ぎ捨てて朝から敷いたままの布団へと倒れこんだ。
途端彼の表情が苦悶のものへと変わる。
顔からは血色が失せ、魂の輝きは急速に色あせてゆくと、倒れ伏している彼の脇腹の位置から光の珠がこぼれ落ちた。
その文珠に込められていたのは「嘘」の文字。
ここ数ヶ月、自分の体へ生じた変化を隠す為に使っていた文珠の最後の一つから徐々に光が失われてゆく。
もう横島には文珠を作る霊力はおろか、立ち上がる力さえ残されてはいない。
力は全て先程まで自らを嘘で塗り固める為に使い果たした。
全身に感じていた痛みがゆっくりと和らいでゆく。
痛覚も含めた感覚が失われていくに従い、意識も次第に重くなって闇の中へと沈み始める。
部屋の中は既に私物が整理され、真中に布団が敷いてあるだけだ。
秘密のコレクションは元のクラスメイトに貸してやり、余計なものは皆処分済みだ。
永久に返してもらう機会は無いだろうが「やる」とはどうしても言えなかったのはしょうがない。

(美神さん、おキヌちゃん、シロ、タマモ、小竜姫様、ワルキューレ、エミさん、冥子ちゃん、魔鈴さん、小鳩ちゃん、愛子、ベスパ、パピリオ…)

朦朧とする意識で横島は親しい人間の事を思い浮かべる。

(そしてルシオラ)

自分の為に死んだ恋人の顔が浮かび、静かに消えた。
あとは暗闇、男の顔は誰の分も浮かばなかった。

(死ぬっていうのに考えるのは女の事ばかり、というのも俺らしいなあ……)

体調の変化は以前からわかっていた。
最初の内は風邪か仕事の疲れだろうと放っておいたら次第に体が壊れてきた。
微熱だけだったのが吐き気、下痢、腹痛、筋肉痛、意識混濁、不整脈、呼吸困難…
これはおかしいと気付いても文珠による対処療法で済まし、病院に検査に行くこともなかった。
金が無かったというのが一番の理由だが最近は美神さんから一人で仕事を任される事も多く、自分の体調は二の次の生活だったからだ。
それに卒業するためにどうしても学校に行かなければならない。
結局体調が変化して二ヵ月後、妙神山でのヒャクメによる診察の結果は霊基構造の異常。
魔族であるルシオラの霊基と自分の霊基の同居によって魂と肉体に悪影響が出たらしい。
悪い事に今さらルシオラと俺の霊基構造を分離しようとしてもどちらも死ぬしかない。
2人分の霊基が補い合って俺は命を永らえてきたのだから。

「このままでは横島さんは死ぬのね〜!」

慌てて小竜姫を呼ぼうとするヒャクメを引き止めて文珠で記憶を消した。
自分でも何故そうしたのかはわからない。
ひょっとしたら小竜姫様なら解決方法を見つけてくれるかもしれない、今からでも遅くないと考えるがふとルシオラの事が頭に浮かんだ。
この事を小竜姫様に話せば確実に皆に伝わるだろう。
そして自分の治療法を探してくれるかもしれない。
でも、するとルシオラは俺の命を奪おうとする悪役になるんじゃないか?
それは考えすぎだったかもしれない。
それでもルシオラについて悪く思われるのは耐えがたくて。
結局心配してくれた小竜姫様には「最近の疲れが溜まっていただけでしたっスよ〜」と笑って誤魔化し下山した。
その日から「嘘」の文珠を体内に入れ、表面上の体調と霊基を欺瞞し続けてきた。
日常の会話も「体はもう大丈夫っス」と自然な口調で嘘が出てくる。
最近の俺を心配してくれたおキヌちゃんや小鳩ちゃんなどが安心するのを見て、心の奥底がチクリと痛んだ。
美神さんはさすがに気にしてくれたのか押し付けている仕事の量を減らしてくれた。
裏ではおキヌちゃんや小竜姫様の抗議があったらしい。
そのおかげで俺は卒業できた訳だ。

(親父、お袋、美神さん、みんなごめん…)

何度も打ち明けようと悩んだが言い出せないまま今日という日が来てしまった。
肉体と霊基の異常が限界を超えたためか体がゆっくりと消えてゆく。
蛍火のような小さな光がぽつぽつと体から発せられてゆき儚く消える。
残された時間はあと僅か。
このまま静かに消えようと決める。
俺は考える事を止め、沈みゆく意識に身を任せた。


どの位時間が経ったのかわからない。
数分かもしれないし数十分かもしれない。
ふと、目の前に誰かがいるのに気付いた。
もう目は霞み、ぼんやりとしか周りの光景は映らない。
自分に呼びかける声もどこか遠くから聞こえるようだった。

「しっかりするでちゅ!ポチ!」
「横島!何故こんなになるまで隠していたんだ!」

そこに居たのはベスパとパピリオ。
2人共今まで見た事が無い程取り乱してて必死に俺に呼びかけてくれている。

「…2人とも何でここにいるんだ?」

喋れる事に自分でも驚いた。
どうやら体の崩壊と消滅はまだ上半身にはおよんでないらしい。

「忘れたでちゅか?ルシオラちゃんと私達は姉妹でちゅ!ルシオラちゃんの霊基を持つポチは姉妹同然だから通じ合えるんでちゅ!」
「さっき急に伝わってきた、お前が死にそうな感覚がな!」

そうか、「嘘」の文珠が無くなったから俺の異変に気が付いて駆けつけてくれたのだろう。

「とにかく私達には何もできん!すぐ美神達のところに運ぶぞ!」

もう手遅れだ、ベスパも解っているはずなのに俺を抱えて飛び出そうとする。
俺はそんなベスパを止めて布団に戻ると一つのお願いをした。

「頼む、俺の事は美神さん達には秘密にしてくれ…」
「何故でちゅか!ポチの事を何故隠す必要があるんでちゅか!」

パピリオが泣きながら絶叫する、涙がぽろぽろと顔に掛かるがその感覚さえ感じられない。

「どうせみんな直ぐ忘れてしまうからさ、心配掛けるよりその方がいい…」

美神さんに何度頼んでも全然時給上げてくれなかったもんな、所詮俺なんてその程度の存在なんだろう。
パピリオは沈黙したままだ。
どうやらぐずって言葉も出ないらしい。

「俺は事務所を辞めた事にする、その為の手紙も用意してある。事務所のバイトが辞めただけなら美神さん達も気にしないさ…」
「そんな訳あるか!それに、もう手遅れだ」

そう言ったベスパの後方からアパートの階段を駆け上がる音が聞こえ、開いた扉からどっと人が雪崩れ込んだ。

「横島ぁぁっーー!」
「横島さん!これは一体どういうことなんですかっ!」

美神さん、おキヌちゃん、小竜姫様、ワルキューレ、小鳩ちゃん、愛子…
つい先程別れたパーティーの参加者達が横島の周りに駆けつけてくる。
そして横島を一目見るなり驚愕の表情を浮かべて口々に叫び出した。

「何でじゃーー!!」

今までの努力が無駄になって横島自身も思わず絶叫してしまった。

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