Mrs.インクレーダブル
投稿者名:赤蛇
投稿日時:(05/ 1/ 2)
―――――北緯31度15分 東経158度37分 北西太平洋
C.T.ネルソンは空母インクレーダブルの甲板に通ずる狭い扉を、潜り抜けようとして身を屈めた。
太り始めてきた身体をハッチにぶつけないようにするのは一苦労で、ここを通るたびに買い換えたばかりのベルトが抗議して腹を締め付けてくる。
まったく、どうしてこう軍艦ってやつはどいつもこいつも規格に合っていないんだか、と自分のデファクト・スタンダードを持ち出してぶつぶつと言うのが常だった。
妻のすすめに従って、サラダとライスケーキを中心としたメニューにしているというのに、その効果が現れる気配は一向にない。
どうにかしてようやく外に出ると、とたんに開放感が彼を包み込む。
長さ1000フィートにも及ぶ飛行甲板は何度見ても呆れるほどに広く、実はスーパーボウルを開催するために建造したんじゃないかといつも思う。
加えて、今日は目障りな艦載機もカタパルトもなく、側舷に設置されたファランクスですらも取り払われていたため、事のほか広く感じられる。
ネルソンは徹夜明けで腫れぼったい目をこすり、頭の上で両手を組み合わせて大きく伸びをし、肩を鳴らす。
いつもならこのあたりは前線の境目で時化ていることが多いのだが、今日はめずらしく穏やかな風が心地よかった。
少しは晴れた頭を軽く振って、何もない甲板へと視線を向ける。そこには、本来空母にはあるべきではないものが描かれていた。
パーコレーション・パターンにも似た形で一定の法則にしたがって描かれたもの―――――直径200フィートにも達する、巨大な魔方陣だった。
中心の魔方陣を五芒星が囲み、その内角にまた同型の魔方陣を五つ配して出力を増幅させる。
外周を幾重にも取り巻く文様はミクロン単位で正確に描かれ、全ての呪文が等しいタイミングで中心に到達するように計算されていた。
今回の作戦のために用意されたこれは過去のどの文献をあたっても例がなく、おそらく史上最大級のものになることは間違いなかった。
国防省国防法務局紋章調査室長として彼が手がけた作品を見つめ、ネルソンは満足そうに息を漏らした。
「なんとか間に合ったようね」
背後から声を掛けられてゆっくりと振り向くと、一人の日本人女性が立っていた。
ICPOの制服に身を包んだ女性は芯が強く勝気そうで、どことなく妻の姿に重なるものがあった。
「イエス、―――Mrs.ミカミ」
ネルソンは一瞬だけ呼称に詰まった。
概してアジア人女性は年若く見えるものであるが、それでも今年二十歳になる娘がいるとは、とても見えなかったからだ。
「テストの結果は?」
「出力50%まで上げてみましたが、特に異常はありません」
「結構です。では、すぐに準備を」
「―――本当におやりになるのですか?」
返事を期待していたわけではないが、聞かずにはいられなかった。
いくら魔族に対抗するためだとはいえ、今回の作戦はあまりにも常軌を逸しているとしか思えなかったからだ。
たとえ、その計画を立案したのが自分だったとしても、だ。
いくら人類全体の命運がかかっているとはいえ、それだけでここまで出来るものだろうか。
成功したとしてもスーパーヒーローになるわけでもなく、事件は闇から闇へと葬り去られ、真相が世間に知れ渡ることは決してない。
ともすれば『タイム』や『ライフ』誌の表紙を飾り、マン・オブ・ザ・イヤーどころかセンチュリーにすら名を連ねるだろうに、それすらも望むべくもない。
失敗すれば人類の歴史はここで終わるのだが、使命感や功名心ではない何かが、彼女を突き動かしているとしか考えられなかった。
『―――Mrs.ミカミ、敵艦影を発見。5分後に接触します』
ブリッジからの報告を聞いて、ネルソンはふっと我に帰った。
いよいよ、自分の作り上げた作品の真価が問われるときがきたのだ。
「あなたは下がっていなさい」
言われるまでもなく、自分に出来ることはここまでだった。
あとは彼女に命運を託し、運命をともに戦いを見守ることしかできないのだ。
美神を背にしてハッチへと戻るネルソンの耳に、彼女の小さな呟きが聞こえた。
「―――強くなりなさい」
それは自分に向けられたものではなく、ここにいない家族へと向けられた言葉だった。
だが、それも一瞬のことで、すぐさま冷徹な指揮官の声へと変わる。
「方位そのまま!! 最大戦速!!」
『アイ・サー! Missミカミ!!』
美神はブリッジの呼び間違いに気がついた。
それがどういうつもりだったのか、この戦いが終わったら後で確かめてみよう、ふと、そんなことが頭をよぎった。
幾分かリラックスして戦いに望む彼女は、不敵な笑みを漏らして言った。
「ショータイム」
今までの
コメント:
- お正月でもなんでもないんですが、まあ、冬休み公開ということで(笑)
あいかわらずの原作のスキマを狙った小ネタですが、いかに私がタイトルから話を作っていくかがわかるかと思います。
あっちのほうのネタは、実は私も本編をまだ見ていない(!)ので、予告編から抜粋したものになりました。(かなりわかりにくいかもしれませんが。。。)
読みをどうしようかかなり迷ったんですが、やはり原作準拠で行くことにしました。
まあ、こんな変化球ばかりの私ですが、今年もどうぞよろしくお願いします。 (赤蛇)
- いや〜原作のスキマがきっちりと埋まる感じで上手いですね〜。
ちょっと真似できそうにないです、羨ましいな〜。 (ぽんた)
- とてつもなく遅いコメント、平に御容赦ください。最近コメント不精になっておりまして…(言い訳)←駄目
映画のほうは…すみません俺もよく分かりません。が、原作の補完と言う意味では素晴らしい出来だと思います。第三者からの視点で見た美智恵女史のその姿は、間違いなく母親であり、同時に、世界のためにわが身を犠牲にしようとしていた指揮官でもあったのですね。冷徹である事も含めて。そんなことを感じます。
「ショータイム」。文字通りこの後、原作では様々な転機が起こる(起こった)以上、なにか因縁めいたものをすら感じました。投稿お疲れ様でした。 (浪速のペガサス)
- 申し訳ありません!
この話、投稿したのしばらく忘れておりました(笑)
今さらコメント返しするのもなぁ・・・、と思っていたところに不意に救いの手が現れたので、これを潮に返信することに致します。
それでは、とてつもなく遅いコメント返しを。。。
>ぽんたさん
いや、もう、ホントに申し訳ないというか、御無礼の段を平に御容赦下さいませ。
原作のスキマというか、コマとコマの間を狙って書いてみたんですが、映画のネタはちょっと狙いすぎた気がします。
狂言回し役のC・T・ネルソン(Mr.インクレディブルの声の人)は、やっぱりひねりすぎちゃったですね。 (赤蛇)
- >浪速のペガサスさん
いやいやいや、正直に申し上げて、原作の補完なんて意味はほとんど考えておりませんでした(笑)
ただ、原作のコマと齟齬をきたさないように注意して筆を選んでいましたから、結果的には補完の意味が出たのかな、と思っています。
もちろん、ニミッツ級空母の資料はあれこれ調べました。DVDも買いましたです、はい(笑)
>ショータイム
映画の予告編の締めの台詞であると同時に、邦訳すれば原作の「行くわよ・・・! おじょうちゃんたち!!」に繋がるつもりだったので、そこに触れてもらえて嬉しいです。 (赤蛇)
- 赤蛇さん、せっかく「更新順」で上がっていたので、遅ればせながらぼくめも。
……うーん、惜しい! 厳密に言えば乗組員の最後のセリフは「了解[アイサー]! ミズ・ミカミ!」(Ms. は未既婚を区別しない女性の敬称、国連でも採用されている)ですので、本作内の一部ネタが成立しなくなってしまうんですよね。
まあその辺りをさっぴいても、まず目の附け所が鋭いですし(まさか殆どこの1頁だけで話を作ってしまうとは……)、第三者の視点と云うのも「展開予想」では珍しい方なので新鮮です(具体的な数字や固有名詞の使用と共に、このルポルタージュ風味の文章にピッタリ)。ま、ぼくの好みに直球でした。
しかし何より、作品そのものがおもしろく読め、元ネタを知ったらなお愉しめる、と云う椎名マンガの精神を色濃く承け継いだ作劇がたまりませんね……いや、実はぼくもこの映画はちゃんと観ていなかったりするのですが(ドクロ)。
そして原作ではこの辺りでの行動でその決意と霊力の揺るぎなさを知らしめるとともに、多くの読者の反感と不興を買う事となった美智恵の、「あたりまえに普通の人」としての内面を僅かなセリフと描写のみで表現してみせた手並みに拍手です。
家族へのあの言葉はひょっとして、敵と行動を共にする少年にも向けられていたのかも知れませんね。では。 (Iholi)
- >Iholiさん
>最後のセリフは「了解[アイサー]! ミズ・ミカミ!
!!!!!
ガタッ ゴソゴソ パラパラパラ・・・
Ouch!!
な、なんてこった、「゛」が細かすぎて気がつかなかった。。。(がっくし)
端から見ている人には何がそんなに、と思われるかもしれませんが、原作原理主義としてはかなり手痛いミスなんですよね。それこそ首でも吊るぐらいに(笑)
でも、制約があるからこそ楽しかったりもするんですけど。
これに懲りずに、またスキマ狙いにチャレンジしてみます。 (赤蛇)
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