ザ・グレート・展開予測ショー

今年もよろしく。


投稿者名:veld
投稿日時:(05/ 1/ 1)


 
 「先生、拙者、すごい初夢を見たんでござるよ!」

 朝。
 初日の出なんぞに興味などない筈の俺は『今にも昇らんとするお天道様』を目覚めたばかりのしょぼしょぼとする目で見つめながら、シロの言葉を聞いていた。
 初夢―――そういえば、そんな素敵イベントが正月の夜にはあったんだった。すっかり忘れてた。

 「そうか、すごい夢をみたのか。そうかそうか。」

 俺はゆっくりと明けて行く空から注ぐ陽光が静かに部屋の中を満たしていくのを感じながら、畳床を這いながらシロに近づいていく。
 彼女はにこにこと笑顔を浮かべている―――なぜかはよくわからないが、偉そうに無い胸を張りながら。

 「そうでござるよ!きっと拙者の夢を聞けば、先生はうらやましくてたまらないでござるよ!」

 そうかそうか。
 俺は自然我が頬に浮かぶ微笑みが俺の心を冷ましていくのを感じていた。
 凍える冬の空気さえも、理不尽な暴力の所為でかっとなっていた俺の心を冷ます事はしなかったのだが。
 ―――あれだ。怒りってのは時間と共に逆に冷めていく事で高まるものなんだろう。


 俺は無言で彼女の腕を取り、そしてそのまま床に倒すように引くー――。
 いつかどこかで見た格闘家の関節技の真似―――格闘家ではなく、赤い髪の上司だったりもするけど、多分気のせいだ、多分―――である。
 シロは急に目を白黒とさせ、慌てふためいて俺の腕をタップする。

 「・・・」

 俺はしぶしぶながら腕を解くー――そして、床にうつ伏せになって関節技の脅威からわが身を守らんとする涙目のシロを眺める。
 彼女は冷めた眼差しを向ける俺に向かって叫ぶ。

 「あぁぅっ、あけぼのごっこでござるかー!」

 さっぱり意味がわからん。









 「お前はあれか。初夢が良かった、ってことを自慢したいが為に俺をたたき起こしたわけか。よし、今年も寝正月、とか思ってた俺の計画を頓挫させたわけか」

 のそのそと布団をめくる俺―――すっかり冷めたそれはもう俺が入ることを拒絶しているように感じられる―――と、襟首を軽く引かれ、思わずうめきつつ、振り向く。

 「先生!」

 シロが手を離し、じっ、と見つめる。

 「何だ?」

 わずらわしげな俺の言葉など意味にも解さず。

 「寝正月は駄目でござるよ!」

 正論を吼える。
 が、それは世間一般の正論であって、俺には適用しない。

 「うっさいわっ、馬鹿犬・・・お前、この暖房器具なんて全く無い部屋の中で、一度布団から離れてしまった場合、もう一度『暖かい寝床』を作る努力は想像するだけでうっとおしいんだぞ!」

 っていうか、ここまで来たらおきなきゃ駄目か。
 何か浮かんでくる涙がとても切なかった。いや、こんなことで泣き入ってる俺が。

 「じゃぁ、拙者が先生のお布団になってあげるでござる!」

 「それならよし・・・いや、良くないっ、あほかお前は!いや、俺はっ、あぁっ、もう寒くて頭が回らんッ」

 そうだ、寒さの所為に違いない。と、天を仰ぐ。そしてすぐに視線を布団に戻し、俺は一度諦めようとした寝正月をやはり実行しよう、と冷たくなった布団を捲り上げた。

 「せんせ」

 シロがいた。
 速攻で布団を畳み、部屋の隅に放ると、期せずして訪れた時間をとりあえず有効に使おうとはみがきをするために立ち上がった。














 

 冷水で顔を洗い、歯を磨くと少しは意識もすっきりとして、もう寝ようとは完全に思えなくなっていた。隅に置いた布団を開くと、すーすーと寝息が聞こえてくる。
 無言でそっと蹴ると、布団がまくれ上がり、中からよだれをたらして眠るシロの顔が出てくる。

 冷たくなった手をそっと彼女の頬に乗せた。新年早々、聞きたくも無い悲鳴が響いた。


 とりあえず。暇だった。

 「・・・先生」

 「何だ?」

 「寒いでござるよ」

 「俺も寒いぞ」

 「・・・外へ一緒に出て散歩」

 「しないぞ。外は余計寒いからな」

 テレビから流れてくる情報はうんざりするほど退屈で。
 見流し、聞き流しつつ、俺はそれでも眺めていた。
 横たわり―――居心地が悪そうに身を揺するシロをちらちらと横目で見つつ―――。

 少し経って、溜め息をつく。
 結局のところ、彼女がここに来た目的を果たさせよう。
 で、後の事は後の事で時間を潰す手段を探そう。
 身体を起こし、彼女と向かい合い、尋ねる。


 「で、どんな夢を見たんだ?」

 「あ」

 彼女は尋ねる俺を見、間の抜けた声をあげたあと。

 「忘れてたでござるよ」

 俺は間髪いれず、大掃除の途中出てきたハリセンを手にし、有効活用すべく振り上げた。





 




 



 壮大な富士を背景に、鷹が空を舞っているのが見える江戸時代の町を歩いていたのでござる。通りすれ違う人々は皆着流し着物。暴れん坊な将軍に、好々爺なちりめんどんや、桃太郎侍が闊歩する町の片隅、貧乏長屋で貧乏浪人の拙者は日がな一日傘貼りの内職。

 「待て、そのどこが良い夢なんだ・・・?」

 「先生、拙者の話はまだまだ続くのでござるよ」

 寒い冬の日、空から雪が降り注いで来たのでござる。拙者は完成した傘を買い取ってもらおうと長屋を出―――眼前に。

 「・・・茄子が降って来たのか」

 「違うでござるよ」

 地蔵様が寒そうに身を屈めていたのでござるよ。

 「あぁ、そっちか」

 「何がそっちなんでござるか?」

 ―――拙者の手には先ほどまで作っていた傘。
 目の前には寒そうな地蔵様。
 拙者は少し迷った後―――。



 地蔵様に一礼して、傘を納めに行ったんでござるよ。

 「・・・地蔵様は?」

 問屋さんの玄関を叩くと、僅かに開き、その隙間に傘を差し入れていき、最後の一本を手渡すと同時、お金の入った皮袋が雪の積もった道の上に放られたので、それを掴んで拙者は町へと歩いていったんでござる。

 「・・・地蔵様は?」








 「で、町の八百屋さんで茄子を買ったんでござる。ぱくぱくもぐもぐと味気ないそれを齧りながら」

 「生でかよ」


 「ふらー、と立ち寄った色町の通りの前で、先生に会ったんでござるよ」

 「・・・」



 『おぉ、シロじゃないか。ん?何?何でこんなところにいるか、って。はっはあ、それはな。あれだ。その、何だ。社会見学に行こうと思って』

 先生は拙者が何も尋ねてないのにそう話して。

 『でも金が無かったから帰ろうと。でも、帰ろうにも考えてみたら家賃払えなくて追い出されたんだよな。そうだ、シロ、お前の家に泊めてくれ』

 と、土下座して来られて―――拙者は先生と一緒に住めることが嬉しくてすぐに了承したのでござるよ。


 「・・・凄い悪質な役どころだな」

 出演料払え、とか言いたいような。っていうか、色町とかどこで知ったんだこいつは。

 「で、先生は拙者の齧っていた茄子を取って、ぽりぽりと食べて笑っていったんでござるよ」

 「・・・何て?」

 「不味いな、これ。っていうか生か。拙者は笑って、生でござるよ、って言ったんでござる」

 「分かってて喰ってたのか」

 まぁ、夢の中だし。・・・いや、シロは生で食べるのが好きかも知れんし。
 と、俺は何となく突っ込みを入れたい部分はあったんだけど、流すことにした。面倒くさいし。




 「で、続きは?」

 「へ・・・?そこで終わりでござるよ?」
 
 ・・・つっこみを入れたほうが良いんだろうか。

 「・・・どこがいい夢なんだ?」

 「えっと・・・拙者が浪人だったり・・・」

 「いや、浪人はあんまいい夢じゃないだろ」

 「茄子を齧ったり・・・」

 「生だろ」

 「お地蔵様を見捨てたり」

 「自覚はあったのか。っていうか、それって良くねぇだろうが。地蔵様になんかうらみでもあんのか」

 「そうでござるなぁ・・・」

 「あるのかよ」

 「いや、そうじゃなくて・・・その・・・いい夢」

 俯いて唸っていたシロは俺を見る。

 「・・・?」

 さっきよりも幾分熱っぽく。
 首をかしげる俺に、何かがっかりしたような顔をして、俺に尋ねてくる。

 「・・・何でもないでござる。とにかく、拙者の夢は、いい夢っ! そういえば先生の夢は・・・?」

 「俺の夢か・・・?」

 「拙者が部屋に入ったときには、『この布団が生命線』とばかりに大事そうに布団を抱いて眠っていたんでござるよ。よほど良い夢だったんでござろう?」

 「ほぉぉぉ、その生命線をお前はなんとも無碍に剥ぎ取ったわけだ!」

 「・・・」

 「・・・」

 「夢なんて所詮夢でござるよ」

 シロは窓の外を眺め、言った。

 「どっちだぁぁぁあ!!」

 「とにかくっ、どんな夢だったんでござるか!?」

 「無視かッ!?」

 「無視でござるっ!」

 「認めんなッ!」




 っていうか―――。


 どんな夢か?




 「・・・ふふふっ、それは言えんな」

 「な、何ででござるかー!」

 「お前にはちょっと刺激が強すぎるし・・・ま、お子様はひっこんでろ、的な大人な夢だったからなぁ」

 「気になるでござるー!先生はどんな夢を見たんでござるかー!」

 「聞きたいか?」

 「聞きたいでござるっ!」

 「そうか・・・」

 「そうでござるっ!」

 「・・・教えてやんない」



 にやにやした俺の胸中がこっそりと熱くなっていたのを彼女は気づいていたろうか。
 そしてその熱はゆっくりと、次第に熱くなっていく。

 ほんのりと―――。

 そして、さっきの彼女の熱っぽい視線を思い返して。




 そっと、悪戯な微笑が浮かぶ。




 「ま、あれだ」

 「・・・なんでござるか」

 「今年も、よろしく」



 


 終わり。

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