ザ・グレート・展開予測ショー

横島忠夫奮闘記 36〜エミの思い冥子の想い〜


投稿者名:ぽんた
投稿日時:(04/12/27)

横島と雪之丞が部屋に帰り着いた時、部屋には真っ青な顔をした銀一と、しょげかえったタマモがいた。
既に記事を読んだらしい。こちらに気付いた銀一がのろのろと顔を上げ弱々しく謝ってくる。

「ゴメン、俺が軽はずみな真似したさかい、こんなんなってしもうた・・・。」
「銀兄ぃは何も悪くないよ、私が我儘言って遊園地に行きたいなんて言ったから・・・。」

二人から口々に自分を責める言葉が出てくる。だが二人には何の責任も無い。
二人きりで廻っていた訳ではないのだ。あの時は計6人で廻っていた。
雪之丞などはその場にいさえしたのだ。6人でいた中でわざわざ2人きりに見えるアングルで
写真にしている、明確な悪意に基づいた狙い撃ちだった。

「二人共もうやめろ!お前らはなんも悪くねえ、自分を責める必要なんかねえんだ。」

雪之丞は怒り心頭の状態にあった。銀一が芸能人である以上、マスコミの標的になるのは仕方が無い。
だがやり方が汚すぎる。写真を撮った以上は2人きりではなかったのは解っているはずだ。
タマモはまだ中学生だ、目の部分を黒線で隠しているとはいえ、見る人が見れば一目瞭然だ。
せっかく最近クラスに溶け込み始めて、楽しそうに学校での出来事を話したりしだしたのだ。
この報道が原因でタマモがクラスで孤立するような事になれば、責任者を殺しても飽き足りない。


横島の怒りはある意味、雪之丞以上だった。銀一は自分の代わりにタマモを連れて行ってくれたのだ。
その銀一は自分自身を責め続けてすっかり憔悴している。彼に責任など無いのに。
だれがこんな下劣なやり方を予想できる?自分の時とは訳が違う。自分は高校生であるとはいえ、
仕事を持って自活している、ある意味社会人のようなものだ。だがタマモは違う。
まだまだ周囲の大人達の庇護を必要としている。そんな少女をあの下劣な誌面にのせて晒し者にしたのだ。
許せるものではなかった。だが先日、冥子に窘められた時の言葉が頭をよぎる。
相手にも守るべき大切なものがある。それは解るが、自分の大切な者を一方的に貶められて、尚相手の
大切なものを尊重しなければならないのか?自分が尊重されなかったのに何故相手を尊重しなければ
ならない?その違いはなんだ?とても納得などできない。どんな謝罪も受け入れるつもりなど無い。
目には熱湯を、歯には麻酔抜きで奥歯から毟り取るような苦痛を。生まれてきた事を後悔したくなる程の
苦しみを与えてやる。死なない程度のギリギリで苦痛を与える、ありとあらゆる方法が頭の中を駆け巡る。


二人がドス黒い情念にその身を焦がしている時に、不意に来客があった。
表向き怒りを抑えてドアを開けると、そこにいたのはエミと冥子だった。

「どうしたんです?急に来るなんて。」

そう質問しながら部屋の中に招き入れる。
エミが来たのに気付いたタマモが駆け寄って来て抱きついていく。
そんなタマモの頭をエミが優しく撫でている。
そんな情景を冥子が指をくわえて羨ましそうに見ている。自分にも甘えて欲しいのだろうが、それは
今のタマモには無理があり過ぎる。おキヌと並んでタマモが最も信頼する女性がエミなのだ。
タマモにとって、冥子への好意はエミには遠く及ばない。

「あの、記事を見て頭に血の昇った単細胞が殴り込みに行ったりしないよう止めにきたってワケ。」


エミは部屋の中の様子を一瞥してそう言い放った。
全身から怒りのオーラが噴出している雪之丞。表情から怒気が滲み出している横島。
通夜の最中のように覇気のない銀一。途方に暮れた様子のタマモ。
これだけ見れば、ここでどんな会話がなされていたのか、これから何をしようとしているのか簡単に解る。

「早まった事をしてもロクな結果にならないワケ。」
「ふざけんなよ!エミの姐御、このまま泣き寝入りしろってのかよ!?」

予想通りに雪之丞が吼え掛かってくる。完全に逆上して冷静さを失っている。
まったく、この単細胞が、なんでもかんでも暴力で片がつくとでも思っているのだろうか?
元々雪之丞にはその傾向があった。本来なら横島がブレーキ役なのだが、今回はそのブレーキが
ニトロターボになっている。一層タチが悪かった。どう考えても今回のケースは最悪だ。
タマモを貶めるような真似をした相手を横島が赦すはずがない。皆殺しにしても不思議は無いのだ。
エミの知る横島なら間違い無くそうするだろう。タマモの為にもそれだけは止めなければならなかった。

「誰もそんな事は言ってないわ、一旦頭を冷やして冷静になれって言ってるワケ。」

とにかく落ち着かせなければ話にならない。クールにこいつらの思考を誘導していかなければ。

「近畿クン、業界人としての貴方に聞くわ。今後予想される、ありそうな展開は?」

「多分、反論の場を提供するっちゅう雑誌が何誌か来るでしょうね。もしくはこの当の編集部が紙面を
提供するとかね。けどそれにのったら、結局記事のネタにされるだけや。アイツら事実なんかどうでも
エエねん、何でも面白おかしく書けばそれが飯の種なんや。被写体になったやつの都合なんか考えへん。
犬に噛まれたと思え、ぐらいにしか思うてへんねん。ほんで知る権利だの報道の自由だのおためごかしを
ぬかしよるんや。今頃このへんも張り込まれとるやろ、ほんで何かやったらそれが次の記事のネタや。」


銀一が虚ろな声で一息にそれだけの言葉を言い切った。おそらくこれまでに何度も似たような目にあって
いるのだろう。ようするに自分達が何かを行動にうつすのを相手は手ぐすねひいて待ち構えており、
今動くのは逆効果にしかならないという事なのだろう。雪之丞も今の銀一の言葉を聞いて何か考えている
ような顔をしている。だが元々考えるよりも行動する方が得手な男だ、名案は期待できなさそうだ。
ならば自分が考えねばならない。どんな方法がある?相手に何のメリットも与えずに復讐する為には?

「そもそもこうなった最初のきっかけは何なワケ?総ての因果の源は?」

エミに言われ熟考した結果、愕然とした。総ての事の起こりはあのパーティーの席での出来事だ。
自分が安易に攻撃衝動に流された結果が今のタマモの苦境を呼び込んだのか?
総ての因果は自分に端を発しているのか?自分がこの因果律を作り上げてしまったのか?
その事に気付かずまた同じような事をしようとしていたのだろうか。自分は色々な事に気付いたつもりだった。
反省も十分したと思っていた。だがこれが現状だった。


エミは横島の顔色が一変するのを黙って見ていた。こんなやり方は本意ではない。これではまた横島を
自虐の淵に落とし込んでしまう。だが感情のままに激発されるのを防ぐにはこれしかなかった。
そんな事になって、そのシワヨセがタマモに行ったりしたら、この男は果てしない自己嫌悪に陥っただろう。
エミとて怒りを感じていない訳では無い。寧ろ女として、この下劣な誌面にタマモを引き摺りだした事を
誰よりも深く怒っている。ただそれが男達のように単純に表面に噴出さないだけだ。
それは流氷が寄り集まりひしめき合っているような冷たく深い怒りだった。

「少しは頭も冷えたみたいね。じゃあ、言うケド誰も報復を止めるつもりは無いワケ。ただやり方を
よく考えろって言いたいワケ。」

「それに今回の件は〜ウチの学院の生徒を〜無断で載せているから〜お母様が本気で怒っているのよ〜
何か対応を〜考えているみたいなの〜。だから〜それまで待てないかしら〜。」

ここで横島は完全に冷静さを取り戻した。あの理事長を敵にまわした以上は相手には悲惨な結果が待っている。
自分の出る幕など無いだろう。だがそれで気が済むか?答えはノーだ。ならやり方を考えよう。
理事長が動く以上は大掛かりなものになるだろう。なら小回りの効く方法ならどうだろう。

「色々と条件はあるケド、大前提として暴力による人的被害を出すのは賢くないワケ。そんな血の流れを
伴うような事をすれば憎しみの連鎖を生むワケ。そこから生じる怨恨はGSでも簡単には晴らせないワケ。
シワヨセがタマモに行くような真似は絶対に慎むべきなワケ。」

「それに〜本人は〜ある程度の覚悟があって〜やった事だと思うの〜。だから本人には〜少しはイジワル
しても良いと思うけど〜家族の人達は〜そっとしといてあげて欲しいの〜哀しみが連鎖するのは〜
救いが無さすぎると思うのよ〜。」

横島は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けていた。憎しみの連鎖と哀しみの連鎖。
全く考えが及んでいなかった。自分はいったい何を考えていた?何をしようとしていた?
解ったつもりになっていた。だがエミの思慮、冥子の配慮に自分は遠く及ばない。
もし自分が心無い振る舞いをすれば、何よりタマモが心を痛めるだろう。それでは本末転倒だ。

ああ、まただ。また心配をかけてしまった。何時になったら自分は周囲に心配をかけないような
人間になれるのだろう。二人が急いでここに来たのはもちろんタマモの心配もあったろう。
だが主に自分が”壊れる”のを心配する気持ちがあったのではないだろうか。情ない限りだ。
自分には、エミの先を見通す冷徹な思考、冥子の深い慈愛からくる思いやりの心、は共に欠けている。
だが今は落ち込む時ではない。目の前にこれ程素晴らしい手本があるのだ。見習うべきだろう。


横島の思考がようやく健全な方向に向かい始めたのを見て、エミはやっと一息つけた。
急激に迷いが晴れて思考に没頭している。その顔はエミの記憶にあるものより、遥かに明るく前向きだ。
会わなかった2週間程の間に何があったのだろうか?まるで重たい服を脱ぎ捨てた後のようだ。
何かしら良い方向への変化があったのだろう。ナルニアに両親に会いに行った時に何かあったのだろうか?
何にせよ前を向いて歩きだそうとしたのは喜ばしい事だ。その矢先にこんな記事が出たのは腹立たしい
限りだが何とか間に合ったようだ。何かのきっかけで以前に戻る事のないよう今暫くは見守り続けよう。


冥子もまた横島の表情から険悪なものが抜け落ちたのを見てホッとしていた。
冥子は横島が妹と呼ぶ少女をどれほど慈しんでいるのか良く知っていた。羨ましくなるほどだった。
記事を見た時は、怒りよりも横島の気持ちを慮って悲しくなった。憎しみに染まる横島を見たくなかった。
冥子の知る横島は、いつも穏やかで優しい笑みを絶やさない。無理をするかのように厳しく自分を律していた。
修行の時は容赦なく厳しかったが、相手の事を思いやる気持ちが心から伝わってきた。
誰よりも強く、果てしなく優しい。そんな彼の唯一のアキレス腱がタマモという少女だった。

彼の怒りは正当だ。それを邪魔する権利は誰にも無い。だが感情のまま突き進んでも良い結果は得られない。
これは他ならぬ横島を見て、学び取った事だ。そんな彼が完全に冷静さを失っていた。
彼にそこまでさせる、タマモが羨ましくもあったが、そのままでは誰の為にもならない。
横島が哀しみの連鎖に身を沈めるような事態だけは避けたかった。
冥子にとって、兄のように頼もしく、弟のように可愛らしい、横島は肉親以上の存在だった。
横島に対する自分の気持ちが何なのか冥子には解らない。それはまだ明確な形を成していない為に
名付けようが無いのだ。将来この気持ちが育ちきった時、形作るのは友愛の念か恋慕の情か。

「じゃあ結局どうすりゃ良いんだよ?」

雪之丞が痺れを切らしたように叫んだ。
元々考えるのは得意ではない。どちらかと言えば動き出してから考える方だ。
横島を見れば、何か目まぐるしく考えを巡らしている。とりあえずの行動指針はこいつが決めれば良い。
横島にこそ最も正当な怒りの権利がある。正直細かな条件など鬱陶しい限りだが、タマモにシワヨセが
行かない為、と言われては仕方が無い。だがもっと怒って良いはずの銀一がしょげているのが気に入らない。
反省ならもう十分にしたはずだ。ならば次にすべき事は自己嫌悪に陥る事ではないだろう。
男なら、顔を上げろ、前を向け、拳を握れ。悪意の出所を見誤るな。本当の原因を見逃すな。


エミは部屋の中を見渡して、残りは銀一が浮上すれば良いだけだと思った。
スキャンダルなど慣れているはずだが、タマモを巻き込んだのを殊のほか悔やんでいるのだろう。
責任を感じてこのまま離れて行きかねない。だがそれは後ろ向きな考えだ。

「近畿クンは今まで通りの生活リズムを崩さないでね。何も疚しい事など無いんだから、変に動くと
余計な勘繰りを受けるワケ。おわかり?」

「このままここに居ってエエんですか?」

銀一がそう尋ねる。このまま引き払って二度と近寄らないつもりだったのだ。今の仲間と会えなくなるのは
残念だが、迷惑を掛けるよりはその方が良いと思っていた。だがそれでは解決にならないという事だろうか。
他の男二人を見れば、何がしかの決意のようなものがその顔を縁取っている。
ならば自分は?自分には何ができるだろうか?そう考えだした時に、唐突に、

「私がここにいるとみんなの迷惑になるのカナ?」

タマモがか細い声でそんな事を言い出した。

「「「そんな事あるか!」」」

男三人の声が揃う。どん底にいた銀一でさえ声を出さずにいられなかった。一番の被害者はタマモなのだ。

「タマモは何も悪く無い、自分の事をそんなふうに思う必要はどこにも無い。俺が、この世の総ての
悪意から、お前を守る盾になる。」

横島がまるで宣言するように言い放つ。

「なら俺は、お前に悪意を向ける総てのやつらを、切り伏せる剣になろう。」

雪之丞がそう続ける。そして二人で銀一を見やる、お前は?、そう問い掛けるように。

「そんなら俺は・・・俺は、皆を力づける為の、戦いの歌でも歌おうか。」

銀一に直接的な戦闘力など無い。だがその存在自体が力になる場合もあるのだ。


男三人は目を見合わせ互いに拳を打ち付けあう。その光景を見ながら、エミは感心するやら、呆れるやら
だった。だがようやく全員が浮上した。タマモのメンタルフォローは自分が引き受ける。
後は具体的な指針を示してやれば良い。そう思い用意してきた写真を渡す。

「この写真の男は、岡留正義。雑誌の編集長でこの記事を書いた本人でもあるわ。もう一枚の写真が
この記事の写真を提供したカメラマンで遠藤和夫。覚えておきなさい。」


横島は写真の二人を凝視した。この張本人達にピンポイントで効果的な攻撃を加える事になる。
だが制約は多い。相手に怪我をさせない、相手の家族を巻き込まない、今後の生活も配慮する。
こんなところだろうか。面倒ではあるが、エミと冥子の好意を裏切る訳には行かない。それにどの道、
相手に明るい未来は無いのだ。あの理事長を敵にまわした以上は。それ以外にも横島には気になりだした
事があった。もしもタマモの件を両親が知ったらどうなるだろうか?マスコミが相手なだけに変な手出しは
できないだろうと思うのだが、油断は禁物だ。自分の報道の時の事など知りもしなかった親達だが、今回も
そうとは決め付けられない。タマモへの気に入り方は尋常じゃなかった。その意味でも時間はかけられない。
短期決戦、即断即決、果断速攻で行くべきだろう。

エミの話によれば、岡留編集長という人間は報道に命をかけており、今までに告訴された事、直接襲われた
事は数知れずあるそうだ。それでも報道の自由という本人なりの信念を曲げず、誌面を作り続けてきている。
どうせならその信念をもっとマシな方向に活かせば良いものを、と思いつつ次のカメラマンの説明に耳を
傾ける。遠藤カメラマンは典型的なカメラオタクで、カメラで食っていく為ならどんな写真でも撮って、
売り込むらしい。二人共検挙歴があり、資料が警察にあった為公安関係に顔が利くエミが入手したのだろう。


エミは一通り説明した後で今後の方針を考えていた。写真は入手した、後は本人達が身につけているものが
手に入れば呪術が掛け易くなる。せいぜい悪夢を見せる程度にするつもりだが、当分安らかな眠りには
つけないだろう。バレたら資格剥奪になるが、そんなドジを踏むつもりは無い。危ない橋を渡る事になるが
以前自分の不用意な一言で横島に土下座させるはめになった時のカリを返す良い機会だった。

「よし、今ここで解るのはここまでだ。後は直接調べるしかない、出かけて来る。」

横島がそう発言して立ち上がると、全員の注目が集まる。

「大丈夫、エミさんと所長の忠告には従います。物騒な真似は一切しません。所長、すみませんが明日の
仕事は休ませて下さい。雪之丞、フォロー頼む。エミさん、何か考えてるみたいですけど手出しは控えて
下さいね。万が一資格剥奪なんて事になったら、俺がGS協会の上層部に殺されますから。あと銀ちゃんは
自分にできる事をしてくれたらエエから。それとタマモ、これ以上悪い事は起きないし起こさせないから。」

それだけ言うと、思い出したようにエミに、ナルニア土産です、と言って香水を渡して出かけて行った。
残った面々は呆気にとられている。部屋の空気は沈黙しているが、悪い雰囲気ではない。
事態は好転に向けて動き出した事をなんとなく全員が感じ取っていた。雪之丞は置き去りにされて不服そう
だったが、自分が調査等に不向きな事は自覚している。銀一は何かをフッ切ったような決意を瞳に宿している。
タマモの顔には横島へのひたむきな信頼が、冥子の表情には落ち着いた横島を見た事による安堵が見える。


エミは自分の手元に残された香水を呆れたように見ていた。全く散々心配させたかと思えばあっさりと
立ち直って、頼もしく出かけて行く。おまけに他人の資格の心配までしている。横島の方がとっくに
自分より上のランクにいるのに、いまだに自分をたててくれる。今では横島の方が余程貴重な人材なのだが
相変わらず自覚が無いようだ。更に渡された香水が夜間飛行だ。まったく、あの男は、女に香水を贈る
意味が解っているのだろうか?正直な話、自分に本命がいなければ、グラッときたかもしれない。

そんな事を考えながらエミは何時までも優しくタマモを抱きしめていた。

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