月下演舞
投稿者名:ノ定
投稿日時:(04/12/25)
全世界が愛で満たされるクリスマス・イヴ。美神除霊事務所の面々は、仕事で山あいの小さな町へとやってきた。せっかくの聖夜に仕事なんか、と難色を示す横島だったが、どうせ一緒に過ごす相手もいないんでしょ、と美神に一蹴されてしまったのだった。
町の片隅に建つお化け屋敷の除霊の仕事であった。大して強い霊はいないのだが数が多く、午後から始めた仕事が完了した時には、日は沈みきっていた。大分遅くなったため、町で一泊することとなった。
旅行などに行くと中々寝付けないという人がいるが、横島も布団に入ったはいいが寝られそうになかった。しばらく寝返りを打っていたが、どうにも眠れないため、起き出し辺りを歩くことにした。夜這い。真っ先にそれを考えたが、他のメンバーも一緒の部屋である。手を出すわけにはいかない。しかたなく、散歩に出た。
冬特有のつんとした空気が、気持ちよかった。都会と違って、照明はあまりないが、空気が澄んでいて満月の光が明るかった。ふらふらと、足の向くままに歩いていった。まだ十時をまわった頃であるのに、町全体が眠っているように静まりかえっていた。
ぐるりと町を一周して、公園の前にさしかかった時であった。強力な霊波を感じ、全身に緊張が走る。とっさに己の霊力を抑え、気配を気取られないようにする。息を潜めて、公園の中へと足を踏み入れていった。
霊波をたどって、怖々と歩を進める。辺りが寒いのは、冬のせいだけではないような気がする。鬼が出るか蛇が出るか、と横島の心臓は大きく脈動していた。正体不明の霊気の発生源は公園の中心のフリースペースになっている場所であった。
人がいる気配はない。脇の茂みに潜り込んで、様子を窺った。ブオンブオン、と不気味な音が響いている。白いものが闇の中に浮かび上がり、ゆらゆらと蠢いていた。その一部分だけ血のように赤かった。血に飢えた幽鬼が現世に迷い込んだのか、と恐怖し震えた。
人の形をしたそれが、こちらを見た気がした。横島は慌てて腰を浮かせかけたが、よく見てみると、それは弟子のシロだった。シロが霊波刀を振り回していたのであった。
横島はほっと気を抜き、シロに話しかけようとして、掛けようとした言葉を飲みこんだ。綺麗だった。
シロは闇雲に霊波刀を振り回しているわけではなかった。型稽古。ただ決まった通りに動くだけではない。一太刀一太刀に全身の気を籠めて、振り抜く。形ばかりのものとは違う、実戦を念頭においた剣。剣術に関して素人である横島の目にも、それが分かった。
シロの目には、闘っている相手が映っているのだろう。その動きにわずかな淀みもなかった。水が高い所から低い所へ流れるように、まるで動きに無理がなかった。
目には見えない攻撃を受け、払い、いなす。体を捌いて、躱す。その挙動は舞姫のように優雅で、美しさに見惚れてしまう。見えない敵を崩し、薙ぎ、撥ね上げる。大きく踏み込んで、唐竹に斬り下ろす。その動作は鬼神のように荒々しく、横島は激しさに心を震わせた。
月が放つ金色の光を全身に受け、シロ自身が輝いているようにも見える。月の魔力。横島の頭にそんな言葉がよぎった。人狼の女性は月の影響を強く受ける、と以前聞いた。心なしか空の月が大きく感じた。月の精が舞っているようでもあり、横島は心を奪われた。
右手から伸びる霊波刀は淡い燐光を発している。一閃した跡には、闇の中に青白い残光が浮かび上がっていた。その光は儚く、数秒で消えてしまう。まるで蛍とともに舞っているようで、幻想的でさえあった。
いよいよ稽古も、終わりが近いようだった。正眼に構えたシロは、丹田に気を集中させた。それに呼応して霊波刀の出力が増し、まばゆく輝き始める。シロからあふれ出した霊波が、遠く離れた横島を打った。
シロは気を漲らせたままゆっくりと、霊波刀を頭上へと持ち上げていった。質量などないはずの霊波刀が、ずっしりと重みを持ったような動きだった。振りかぶった状態で、シロの周囲は時を止めた。横島の知らない構えだった。腰をどっしりと落とし、霊波刀で真っ直ぐに中天を衝く。真っ向から切り下げる気迫が、びんびんと伝わってくる。来ると解っていても避けられない剣だ、とそれだけは本能的に悟った。
シロは、そのままぴくりとも動かなかった。汗が月光を照り返し、煌めいていた。空気が張りつめている。横島は息を呑んだ。
雲が出て来た。ものすごい勢いで、空を覆い尽くしていく。ふっと辺りが暗くなった。それでもシロは動かない。おそらく、気づいてもいないのであろう。
闇が締め付けてくる。見ている横島の方が疲れてしまいそうだった。冬だというのに、汗が滴り落ちた。シロの気配に押されて、一歩後退った。パキッ。落ちていた枯れ枝を踏み折った。音は意外なほど高く響いた。
「あっ」
横島は狼狽えて、間抜けな声を上げる。びっくりして、振り向いたシロと目があった。
「あっ」
今度はシロだった。見られていたことに驚いたのか、仮想の相手に斬られてしまったのか、横島には判断できなかった。
「せ、先生?」
シロが弱々しく呟いて、俯いてしまった。みるみるうちに顔が赤くなっていく。沈黙が場を支配した。横島はどうしていいか解らずに、立ちつくしてしまった。
「くしゅん!」
気まずい沈黙を破ったのは、シロのくしゃみだった。汗が冷えたのだろう、横島は急いでシロに駆け寄りジャンパーを掛けてやった。シロはますます赤くなる。
「行こうか。こんな所にいたら、風邪ひいちまう」
そんなシロをあまり見ないように、横島は踵を返した。シロもその後ろを、ひっそりとついてきた。宿への帰り道。二人、黙々と歩いていく。真っ暗な道で、誰かに会うこともなかった。
「シロ、あれな。舞いみたいで綺麗だったぞ」
何とも言えない雰囲気に堪えかねた横島が、首だけ振り向いて褒めた。
「まだ拙者は未熟者でござる。あんな所を見られてしまって、恥ずかしい・・・」
シロは俯いたまま、ぽつりぽつりと答えた。普段の元気があり余った様子とは全く違い、別人じゃないかという気さえしてくる。
「そんなことないって。鳥肌が立つくらいすごかったんだぞ」
そう言って、横島は腕をまくって見せた。感動のためか寒さのためか、確かに肌が粟立っていた。横島の身体が一度、ぶるっと震えた。
「ありがとうでござる!」
そんな横島の気持ちを受けてシロは顔を上げ、にこっと笑った。そこにいたのは、いつものシロだった。空を見上げて、その笑顔がさらに輝いた。
「あっ!雪っ!」
どうりで冷えるわけだ、と横島は天をにらむ。だがシロの喜ぶ様子を見るとそれもいいか、と思えてしまう。シロが飛びついてきて、横島の腕を取った。自然、腕を組む形になってしまう。抱きつかれた腕が、温かかった。
「先生!これって『ほわいとくりすます』って言うんでござろう」
腕にぶら下がったまま、白い歯を見せた。横島は微笑み返して、舞い落ちる雪を見上げた。もう、寒さも気にならなくなっていた。
「ま、こんなクリスマスもありか」
白く輝く道の中、シロと二人並んで歩いた。そんな一つのクリスマス・イヴ。
今までの
コメント:
- はじめまして、ノ定と申します。以後、お見知りおきの程を^^
チャットの企画に参加したものですが、要望によりこちらに置かせて頂きました。 (ノ定)
- ノ定さん、はじめまして。
前々よりお名前は存じ上げておりましたが、ご挨拶するのはこれが初めてだろうと思います。どうぞよろしくお願いします。
読んでいて息がつまるような、張り詰めた緊張感を思い起こす話でした。
なまじ戦闘シーンなどでなく、あくまでも型稽古でそれを表現するところが、いやもう、なんというか、上手いなぁ・・・と。
そして、自分を未熟者と言うシロもまた、彼女らしくてよかったです。 (赤蛇)
- お話自体はシンプルなんですが、それを語るテクが凄いですよね(笑)
シロの演舞が目に見えるようです。
横島を見つけた時が可愛いですし(笑)
確かに、こんなクリスマスも「アリ」ですよねw (龍鬼)
- 読んでいて、本当に息が詰まりました。シロが大上段に振りかぶったあたりです。
圧倒的な述懐力によって描き出される幻想的な風景。しかもそれは、シロならいかにもありそうなシーンで、自然と脳裏に情景が浮かび上がって来ました。
聖歌隊や街中のイルミネーションなど、幻想的な光景もクリスマスの夜の風物詩ですょね☆(こじつけ) (斑駒)
- 横島とシロのペアだと、どうしてもドタバタが基本になってしまう所ありますよね。
でもこのお話を読んだら、なんというか500ピースのジグソーパズルをやっていて、2/3ぐらい埋めているときに、なかなか見つからなかった1ピースが偶然はまった…というような感じがしました。
この演舞、見てみたいです。
静止画じゃなく動く映像で。 (WEED)
- 皆様、たくさんの票をありがとうございました。話のインパクトが弱いかな、とびくびくしておりましたが、好評のようで安心です。
これからも投稿させて頂くと思いますので、よろしくお願いします。 (ノ定)
- インパクトが弱いなどとんでもない……リアルな強烈さを感じました。
寒く、出歩く者もないしんとした聖夜。その中で人知れず舞われるシロの演舞…月が、雲が、彼女に呼応し、彼女もその静謐な世界に呼応する。昼の世界から隔絶された妖しい調和。
見えない相手を見い出しての演舞にシロの尋常ではない集中力と言うか真摯さが見え、一転して横島に見られていたと気付いた時の恥ずかしがりっぷりが一層可愛らしく思えます。
それでいて聖夜が強く感じられ、クリスマスへの固定観念が覆えされる気がしました。 (フル・サークル)
- 純粋な武士(もののふ)としてのシロを見るのってもしかしたら初めてかもしれません(笑)。今晩はノ定さん。初めてコメントさせていただきます(平伏)
SSを読んでいてその情景がまるで眼に映るようで、と言うか映りました。そして一瞬身震いをするほどの何かを感じました。張り詰めた緊張感、そして月に踊る彼女。某漫画にあった言葉の中で「舞を制するものは武を制す」だったかな?そんなのがありましたがまさにソレを思い出しました。素晴らしい。
月下、彼女の側面を見ることになったクリスマスはまったく知らない彼女を知り。その演舞は白い雪ですら彼女をより一層美しくさせるイルミネーションへと化していた。その描写に感服いたしました。そして投稿お疲れ様です。次回も期待させていただきます(^^) (浪速のペガサス)
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