ザ・グレート・展開予測ショー

美神SOS!(3)


投稿者名:竹
投稿日時:(04/12/24)

 木造の小屋は、まるで通夜のような重苦しい沈黙に包まれていた。
 壁に大きく開いた丸い穴から、冷たい風が吹き込んでくる。


「……美神さん……」
 空の布団の枕元に座り込んだ横島が、暗く呟いた。
「美神さんが……攫われるなんて……」
 突如現れた魔族の攻撃で怪我を負わされた美神を抱え、横島がこの妖猫・美衣の家に転がり込んだのが、数刻程前。
 そして、先程この小屋も魔族の襲撃を受け、気を失ったままの美神は何処かへと連れ去られてしまった。
「横島さん……」
「にーちゃん……」
 横島の落胆振りに、美衣もケイもどう声を掛けて良いか分からず、心配げな表情で彼の表情を窺う。
「……」
 一人メドーサだけは、特に動ぜず何でも無い風で成り行きを見守っていた。
 そして、横島は沈痛な表情を崩さない。
「美神さん……!」


「ああっ! 今頃きっと、あのグラサンにあんな事やこんな事やこんな事をッ! あかん! 美神さんは、俺のもんやー! 触るんじゃねーッ!」
 ……もとい、速攻で崩した。
「よ、横島さん……」
「にーちゃん……」
「あんたねぇ……」
 そのあまりにもな変わり身に、付いて行けないギャラリーの面々。メドーサの額にすら、青い縦線が入っている。
「あああ、何てこったぁ〜。ほんと、とんでもない事になっちまった。みすみす美神さんを攫われるなんて、このままじゃ俺は美神さんに殺されちまう〜!」
「いや、ちょっと落ち着けよ、横島。お前、自分の言ってる事を理解してるか?」
 途端にハイになり、頭を抱えてのたうち回る横島。だいぶ混乱しているらしい。
 以前にも美神が攫われたり囚われたりした事はあったが、その時は小竜姫なり美智恵なり頼れる人物が側に存在し、指示を与えてくれた。共に戦ってくれる仲間達も居た。
 しかし、今回のギャラリーはほとほと心許ない。メドーサに至っては、味方かどうかすら怪しい。
 それに、以前のケースは何れも敵の正体がはっきりしていた。敵は何者で美神はどこに囚われているのか、元から分かっていた事が多かった。
 ところが今回は、それも分からない。横島には、美神を攫った敵の目的すら見当が付かないのだ。
「あああ、マジどうしよう。あいつは、一体なんなんだよ。それすら分からないんじゃ、この先どうしたら良いのか……」
「……何か、心当たりは無いのかい」
「美神さんを恨んでる奴なんか、ごまんと居るわ! 心当たりなんか、あり過ぎて分からん!」
「そ、そうか……」
 美神令子は、そのあくどいまでの守銭奴振りで公私問わず多くの恨みを買っている。また、若くして業界トップの座に昇り詰めたその手腕は、同業者の妬みの的だ。嘗て祓われた妖怪連中とて彼女を憎んでいるだろうし、時空移動能力を持つ彼女の存在を邪魔に思う魔族も相当数いるらしい。
 人間は生きているだけで競争をしているのだと言っても、これだけ大量の敵を作ってしまうのは、ある意味凄い。齢二十で長者番付に載るのには、そのくらいの事が必要だったのだろう。抑もが、ゴーストスイーパー自体がヤクザな商売である。
 誘拐犯の素性を、動機の線で絞るのは難しそうだ。
「ごめんなさい、横島さん。私が不甲斐無いばっかりに……」
 絶望的な状況に、美衣は自分の無力を恥じる。
「い、いやっ、そんな美衣さんの所為じゃないよ!」
 申し訳無さそうに俯く美衣に、横島は慌ててフォローを入れた。
 でも、じゃあ、誰の所為なのかと問われれば、自分、と答えるしかない訳なのだが……。
「ううう〜……」
 どの道、自分には大した事は出来なかったろうが、それでも他に何か出来る事は無かったのだろうか。自分ではあれが最善だと思って行動してきたが、もっとマシな方法があったのではないか?
 そう思い出すと、切りが無い。
 しかし、幾ら悩んだところで美神が攫われてしまったと言う結果が、いまさら覆る訳でもない。
 それなら、これからどうするかを検討する方が、よほど建設的だろう。
 過去の事は、済んだ事。色気に目が眩んで、時給二百五十円で過重労働させられても後悔しない。一年の間に、何度バレンタインデーが来ようと気にしない。
 過去も未来も、前世も来世も知った事か。そう、敬愛する師もそう言っている。言っているのだから、みすみす彼女を攫われてしまった事を後で怒ったりしないよな? ……あ、やっぱり未来の事はちょっと気にするかも……。
 まあ、兎に角。
 ひたすらに、今日を生きる。それが、自分と言う男だった筈だ。
「……うしっ!」
 胡座を掻いたジーンズの膝を一つ叩き、横島は顔を上げた。
「どうする気だい?」
 生き返ったような顔になった横島に、メドーサが尋ねる。
「うん、取り敢えず東京に帰って、隊長なり神父なりにこの事を報告。相談して、指示を仰ぐ」
「……他力本願だな」
「うっせーッ! しゃーないやろ!? 無知で無力な俺に、他に何が出来ると言うんじゃー!」
「逆切れかよ……」
 まあ、しかし、間違ってはいない。
 この状況で、横島に出来る事は限られている。一人でどうにもならないのならば、有能な誰かに手助けを求めるのは正しい事だ。それに、何だかんだと言って横島はまだ子供なのである。大人を頼る事は、何も悪くない。
 意を決して、横島は立ち上がる。
 緩んだバンダナを結び直すと、いつも通り無意味にでかいリュックサックを背負い込む。
「つー訳で、早いとこ帰るわ。……ごめんな、美衣さん。迷惑掛けちゃって」
「いえ……、こちらこそ。お客様の、しかも恩人の安全も守れないなんて……」
 そう言いつつも、いつもの気さくさを取り戻した横島に、美衣も安堵の表情を見せる。
「相変わらず、立ち直るのが早いね」
 その様子を見て、メドーサが皮肉げな調子で言う。
「おおよ、俺は懲りない男だからな。そうでなきゃ、美神さんのとこで働いてられっか」
「はっ……」
 学習能力が無い……と言うのは本来あまり宜しくない事だが、行き過ぎなければポジティブなのは良い事だ。
 この辺の明るく、そして明け透けな性格が、彼が誰にでも好かれる理由だろう。……第一印象は、大体が最悪だが。
「んじゃ、そう言う事で……。さよなら、美衣さん」
「はい」
「ケイも、またな」
 そう言って、ケイに手を振る横島だったが……。
「ケイ? どした……」
 そのケイは、何やら難しい顔で唸っていた。
「……ねえ、メドーサねーちゃん」
「何だい?」
「ねーちゃんて、強いんだよね……?」
「は……? ま、まあ、それなりにね」
 いきなり話を振られたメドーサは、戸惑いながらも答える。コスモプロセッサでの復活時に魔力が減ってしまったとは言え、彼女は、まだまだそこら辺のゴーストスイーパーでは手に負えない程の力を持っている。
「じゃ、じゃあさ! 横島にーちゃんを護ってよ!」
「え……?」
 ケイの言葉に、メドーサは疑問符を浮かべた。美衣や横島の頭の上にも、立派なクエスチョンマークが浮かんでいる。
「えっと……、どう言う事だい、それは」
 いいかげん情も移ってきたケイに、今にも泣きそうな切羽詰まった表情で見上げられ懇願されると、流石のメドーサもたじろいでしまう。別に、彼女がそう言う趣味だとか言う訳ではなく。
「だって、危ないよ、一人で山を下るなんて! またあの人達(人じゃないけど)が襲ってきたら、どうするの!? ほら、だから、一人より二人の方が安全じゃない」
「えっと……、気持ちは嬉しいんだけどさ。奴らの狙いは“美神さんの魂”だとか言ってたから、いまさら俺が襲われる事はまず無いと思うんだけど……」
 力説するケイに、横から横島が頬を掻きながら口を挟む。
 美神ならいざ知らず、自分を攫う理由など全く無い。と、彼は考えている。
 過小評価だ。自分に自信が持てないと言うのは、彼の欠点である。文珠を精製できると言うだけでも、どこぞの研究機関か何かに百ぺんさらわれても足りないくらいなのだが。
 まあ、しかし、例のグラサン魔族は横島には用は無いと言ってた訳で、今回の件に関しては今のところ(美神を救い出そうとしなければ)横島は安全地帯に居ると考えて良いだろう。その言葉が罠でなかったとすれば、だが。
「だから、平気だって」
「でもっ!」
 そう横島に幾ら説明されても納得がいかない体のケイに、メドーサは溜め息をついた。
「……はぁ、分かったよ」
「え?」
 驚いた横島が、振り向く。
「他でもない、ケイの頼みだからね。付いてってやるよ、横島。ボディーガードになれるかどうかは、保証しないけどね」
「……て、おいおい、本気かよ」
「ああ……、あたしゃ、こう見えて受けた恩はきっちり返さなきゃ気が済まないタイプなんだ。ケイに感謝しなよ? こんな可愛い娘と二人旅が出来るんだからな」
「いや、二人旅っつっても、電車使えば半日もありゃ東京に着くんだけどな」
 正直、横島はお断りしたい気持ちでまんまんだった。
 だって、“あの”メドーサだ。いくら可愛くったってナイスバディだったって、怖いもんは怖い。こいつと連れ立つくらいなら、一人旅のがなんぼかマシだ。
「ありがとう、メドーサねーちゃん!」
「良いよ、別に。大した事じゃない」
 ……と思うが、ケイの好意を思うと断れない。優柔不断と言うか、意志薄弱な男である。……この場合、仕方無いのかも知れないが。
「ほら、行くよ、横島!」
「あ、ああ……」
 何で、こんな事に? と思う横島は、自分がそれをどの事柄について感想しているのか、もはや分からなくなっていた。
「メドーサさん! ……帰ってきて下さいね」
「……」
 とびきりの笑顔で見送りの言葉を贈る美衣に、メドーサは柄にもなく顔を赤らめる。
 ケイの言動には、何一つコメントが無い。すると、彼女も内心では息子と同意見だったと言う事だろうか。しかし、美衣にはメドーサを敢えて危険に放り込むような事は出来ず、黙っていたのだろう。とすれば、今のセリフはそのせめてもの罪滅ぼしか。そう考えて、自分を保つ。
「ああ……」
 しかし、それでも口元が緩むのは禁じ得ず、思わず右腕を掲げてしまった。
 隣の横島が、そんな自分をちょっと驚いたような眼で見ている。取り敢えず、睨んでおいた。


「横島さんも、どうかご無事で!」
「にーちゃん、ねーちゃん! 気を付けてねーっ!」
 化け猫母子の声を背に、横島とメドーサは山を下りた。





 同じ頃、某県・人骨温泉では。
「ふい〜〜っ、温泉て良いなぁ……。おキヌちゃんの里帰りにくっついてきて良かった……」
「ふふ、でしょう? ここの温泉は、とっても気持ち良いし、身体にも良いんだから」
 おキヌちゃんとタマモが、露天風呂で良い湯だなをやっていた。
「おキヌちゃんのお母さんの料理は、おキヌちゃんに負けず劣らず美味しかったし、早苗には可愛がってもらったし。ほんと、付いてきて正解だったなー」
「あはは。早苗お姉ちゃんは、横島さんとは馬が合わないんだけどね」
「あー、ぽいわねー。真面目な娘だもの」
「私としては、二人とも大好きだから、何とか仲良くして欲しいんだけどねー」
 岩造りの湯船に浸かり、取り留めも無い会話に花を咲かせる二人。正に、“まったり”と言う形容が相応しい。
 連休を利用したおキヌちゃんの里帰りに、今回はタマモも付いて行っていた。
 特に、これと言った理由は無い。シロの故郷である人狼の里には、この間シロにくっついていって見てきたし、じゃあ、今度はおキヌちゃんの田舎を見せてもらおうかと思っただけである。ただの、暇潰しの好奇心だ。抑も、彼女は見聞を広める為に、美神のところに居る筈だったのだから。
 おキヌちゃんの実家のあるところは都心に比べてだいぶ気温の低い地域であったが、犬神族であるタマモには大して堪える事もなかったらしく、この小旅行をたっぷりと満喫した彼女であった。
「今日はここのホテルに泊まってー、明日はもう東京かぁ〜。何か、ちょっと惜しいなー」
「そんな事言っても……。いつかは、帰らなくちゃいけないんだから。私達の帰るところは、あそこでしょ?」
「んー、まあね」
「それに、美神さんと横島さんだけじゃ何かと大変だろうし……」
「あはは、あの二人、おキヌちゃんが居ないと部屋の片付けも出来ないもんねぇ」
 今頃は散らかりきってるであろう事務所を想像し、タマモが苦笑する。
 全く、とんでも無い連中だ。人間の中でも、一般的に欠陥品に分類されるのではないだろうか。
 ……まあ、私はあいつらのそう言うとこ、嫌いじゃないけどね。
「ふふ、そうね」
 と、そんなタマモに相槌を打ちながら、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ表情を曇らせるおキヌちゃん。それは、幸いタマモには気付かれなかったようだけれど……。
「……」
 そうは言っても、自分が来るまでは、ずっとあの二人でやってきたのだ。美神と横島の絆は、自分とのそれよりも深く固い。前世での繋がりまで鑑みれば、比較するのも烏滸がましい。
 でも、初めに好きになったのは私だもん。
 そんな事を考えている自分に驚く。
 いつから私は、自分の師匠を恋敵として見るようになったのだろう。実の姉以上に慕っている、大好きな美神さんを。
 生き返り、改めて師弟関係を結んでからか。恋い焦がれる兄弟子に、初めての恋人が出来た時か。それとも──最初からか。
 それを特定する事に、たぶん意味は無いのだろう。
 自分は、美神が大好きだ。横島も大好きだ。二人に向ける感情のベクトルは、きっと少し違う方向なのだろうけど……。でも、大して違わないようにも思える。
 どうでも良い、どうでも良いそんな事。
 私が二人を大好きであり、何があろうと未来永劫そうあり続けるだろう事に、何ら変わりは無いのだから。
 だから、うん、自分としては、出来れば決着ついてほしくないなぁ、と。
 そんな訳にはいかないし、そんなこと言ってるといつの間にか状況が悪くなってしまうと言うのは、“あの時”身に染みて思い知らされたのだけど。
 それでも──
「て言うか……、いまさら好きですなんて言ったって、どうなんだろう……」
 近過ぎて、遠い。
 有利過ぎる立ち位置故に、逆に不利なこの状況。
「抑も、私って横島さんに女として見られてるのかなぁ……」
 と言うか、何かもう、シロちゃんやタマモちゃんとかと同じラインに並べてられてそう。射程範囲外。私、三百歳なんですけど。高校一年生なんですけど。
 それとも、やっぱりまだ幽霊扱い? 一生、妹ですか? 私。


「……ぶぅ〜……」
 ぶーたれた顔を見られないように、濁ったお湯に鼻まで沈める。

 明日の今頃は、東京だ。
 大好きな、二人の居る。





 そして、もう一方。
 別の某県、緑彩なす山腹を、高速で駆け下りる影が在った。

ドドドドドドド……

 その人影は、曲がりくねる舗装路を思い切り無視し、道無き道を麓を目掛け一直線に突っ走っていた。

ドドドドドドド……

「──キーーンでございますぅ〜〜!」
 いや、違くて。
 ケーブルテレビとかで良く流れてる、懐かしのテレビアニメが最近のお気に入り。自分の中での一番人気は、『赤ずきんチャ○ャ』(局長は、犬じゃない。共感するらしい)。
 元気印の人狼少女、犬塚シロちゃんである。
「うーーん、やっぱり散歩は全力疾走が一番でござるな!」
 可憐な笑顔を爽やかに咲かせ、韋駄天(九兵衛・超加速無し)もかくやと言うスピードで突っ走るシロ嬢。
「ちょっ、ちょっとシロちゃん。止まって! お、お願いだから止まってよぉお〜!」
 そんな彼女の尻尾に、必死にしがみついている羽虫。
 ……いや、羽虫ではなく。
 絶滅寸前、この世で最後の妖精種。小さいけれど力(魔力)持ち、レズビアンフェアリー・鈴女ちゃんだ。
 最近、旦那様こと美神が遊んでくれないので、ちょっと目を付けたシロの里帰りに付いてってみたのだが(娘さんを、鈴女に下さい! とか言う予定だった)、行きも帰りもシロの全力疾走に揺られる事になるとは誤算だった。いや、マジで。
 今まで、何回吐いたか分からない。しかも、今現在爆走中の帰り道は、何だか行きより速度が速い気がする。下りだから、とか言うだけの所為じゃないだろう。
「早く帰って、先生に逢うでござるぅ〜〜!」
 シロの心を占めているのは、敬愛し、恋慕する我が師匠。
 偶には里帰りも良いけれど、矢張り自分は、先生の側が一番良い。
 こんな帰り道なんかすっ飛ばして、一刻も早くその顔が見たい。
「それに……、あそこは居心地が良いでござるからなっ」
 おキヌ殿、今日の夕飯は何でござろうか。タマモは、また喧嘩を売ってくるのでござろう。良かろう、そちらがその気なら、拙者は逃げも隠れもしないでござる。ああ、ひのめ殿、そんなご無体な。美神殿は……まだ寝てござるか。全く、寝惚すけさんでござるなぁ──
「……うんっ! 早く“帰る”でござるよ!」
 そう呟いて、シロはまた加速した。

「分かったから、止まってぇえぇぇえ!」
 鈴女の悲痛な叫びは、誰に聞かれる事もなく、山中に木霊した。





プァン……

 新幹線。
 東京へと向かう、列車の中。

「……あの〜、お客様。車内へのペットのお持ち込みは、原則ご遠慮頂いているのですが……」
「これは、ペットじゃありません。マフラーです」
「いえ、私にはまるきり爬虫類にしか見えないのですけれども」
「マフラーです」
「こんなガサガサしたマフラーがありますか?」
「ジュース零しちゃった事があって、そのまま乾いてガビガビになっちゃったんですよ」
「じゃあ、何でこんなヌルヌルなんですか?」
「さっき、滑子汁を零しちゃって」
「目があって口があって、その口からは赤い舌がチロチロ出てるような気がするんですけど! て言うか、動いてる!」
「そう言うマフラーなんですってば!」
「んな訳、あるかぁああ!」
 切符を切りにきていた車掌が、とある乗客との会話で自分が切れた。
 とある乗客。言うまでも無く、この物語の準主人公(?)・横島忠夫くんである。
 彼の首には、彼がマフラーと言い張る──普通の人が見れば十人中十人が蛇だと言うであろう白い蛇。要するに、白い蛇。どう見ても、蛇。


「……くっ、メドーサ。やっぱり首に巻き付いてマフラーの振りとか、無理だったじゃないか。どう見ても、蛇皮のブランド品には見えねぇよ」
「うるさいね。元はと言えば、あんたが座席代をケチったからだろ?」
「しゃーないだろ、新幹線て高値いんだよ。自由席とは言え、赤貧の俺には一席取るだけでも大損害なんだから!」
 もう知らん、問題起こさないで下さいよと言って去っていった車掌の怒り肩を見ながら、横島と、原型(蛇)に戻って彼の首に巻き付いているメドーサが、小声で会話をする。て言うか、蛇が喋ってるよ、奥さん。
「つーか、お前、マジで俺の手助けしてくれんのかよ? 油断させといて、寝首掻くとかじゃねぇだろうな」
「はは、せいぜい気を付けなよ」
「おいっ!」
 新幹線の中で、首に巻き付いた蛇相手に会話する高校生。端から見たら、ただのちょっと頭が温かい人だ。
「心配すんな、あたしゃけっこう義理堅いんだよ。じゃなきゃ、あそこまでアシュ様に付いていってなかったさ」
「そらそうかもだけど……」
「けど、あたしにもプロの誇りってもんがある。こなすのは、あくまで任務だけだ。ケイに頼まれたのは、お前を護れと言う事だけ──。仮に美神令子がどんな目に遭おうが、助けたりする事は無いからそう思え」
「何のプロだよ……」
 つーか、もしかしてこいつ、暫く東京に居座るつもりなのか? ケイの“指令”の適用範囲は、帰るまでの道のりだけじゃねぇって事ですか。
「……あ〜、て言うかさ」
「何だい」
 間近で見る爬虫類の顔は、やっぱりかなり怖かった。こう言うのが好きな人には可愛く見えるのだろうが……、横島はまだその境地には達していない。
「それは別に良いんだけど……、人里に下りたからってあんまり暴れんなよ?」
「はぁ? 何だよ、そりゃ」
 目の前で、舌をチロチロしないで。怖いから。
「余計な心配だよ。あたしが、意味も無く人里で暴れた事があったかい? 人喰いじゃあるまいし、意味も無く人殺しなんざしないよ」
「え、でも……。て言うか、いっぱい殺してたじゃん」
「あれは、任務成功の為にはそれが必要だと判断したからだよ」
「人間は、下等なゴミなんじゃ──」
「ゴキブリ並みの繁殖力だからね。幾ら払ったところで、掃除し尽くせるもんじゃないよ。たかが人間に、何でこのあたしがそんな手間を掛けなくちゃいけないんだい」
「はあ……」
 正論なのか、何なのか……。
 何と言うか、感想に困る横島だった。
「あたしにとって生物ですらないものを、気に掛ける理由なんてないのさ。必要なら利用すれば良いし、邪魔になったら消せば良い。あたしにとって、人間てのはそう言う“物”なのさ」
 彼女は、人間ではない。
 そして、人間と魔族と神族とは。基本的に互いを忌み嫌い蔑み合うものだ。
 とは言え、メドーサのその極端な考え方は、横島にとっては理解し難いものであった。ここまで来ると、それは単なる差別意識ではなく、信念、或いは信仰とも言えそうだ。まあ、彼女が何故そんな風なのか、尋ねる気は無かったが。そこまで踏み込む気は無い。多分そこは、土足で入ってはいけない領域だろうし。
「……いや、まあ、どうでも良いけどさ」
 異種族に対する阻害心と警戒心は、誰にでもある。無論、横島にも。
 こう言うのは、気にしないに限る。互いにそうすれば、起こる問題も少なくて済む。
 そして、そこを気に掛けなければ……メドーサは、けっこう付き合いやすい奴なのだと思う。頼りになりそうだし。
 とは言え……。
「怖いもんは、怖いって」
 ぼそっと言った筈のそのセリフは、しかし首に巻き付いているメドーサの耳には当然入ってしまった。
「悪かったね……」
 普通の蛇は聴覚器官がだいぶ退化しているらしいが、それを言ったら普通の蛇は喋らない訳で。普通の狼は武士道なぞ信じていないし、普通の狐は九本も尻尾は無い。詰まりは、そう言う事だ。
「なっ、何だよ、その非難するみたいな口調は! 俺が、何度お前に殺されかけたと思ってんだよ!」
「あたしは、正しくお前に殺されたけどね」
「そ、それはそうだけど……」
 て言うか、無表情な爬虫類の顔に抑揚を付けて喋られると、かなり怖い。竜宮の亀は、あんまし怖くなかったのになぁ。
「て言うか……、ヌルヌルが凄ぇ気持ち悪ぃ……」
「仕方無いだろ、蛇なんだから」
 確かにメドーサは怖い……が、不思議と不快感は感じない。
「うん、まあ、……良いか」
「何がだい」
「や、別に」
 味方は、一人でも多い方が良い。筈だ。
 そんな単純な論理で、横島はあっさりとメドーサを受け入れた。
 多分、それで良いのだろう。



 そして列車は、東京へ──

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