ザ・グレート・展開予測ショー

Laughing dogs in a lamb's skin 〜 part.I


投稿者名:Alice
投稿日時:(04/12/23)

 
 寄宿舎からシロと一緒に登校し、校舎に入ろうと下駄箱を開けた瞬間、ため息が漏れた。
 またか、とタマモはやり切れない思いにさせられる。
 くだらない、くだらない。人間はどうしてこんなつまらないことをするのだろう。
 自分は一体なにを我慢してこんな暮らしをしているのだろう。
 それは正直なタマモの気持ちだった。
 一歩間違えれば、我慢しきれずに下駄箱を焼き尽くしてやりそうになってしまうほどに。
 
 
 
 
 
 Laughing dogs in a lamb’s skin I
 
 
 
 
 
 氷室キヌが六道女学園を卒業するのと入れ違いに、シロとタマモが高等科一学年に入学してから半年が過ぎた。勿論、人間からの視点では年齢的に二人は中学生、ないしは小学校高学年程度。だが、美神が二人を高等部へと潜り込ませたのは霊能の実質的な力量を配慮したからこそだ。
 現時点であれ二人は、平均的なGSライセンス取得者を遥かに凌駕する能力を持っている。下手なGSでは彼女らを払うどころか、手を出せば逆に排除されてしまうに違いない。
 とかく、彼女らと同級生になる者たちのことを考えた場合、中等部程度の年月で得た経験や力量ではいずれも不慮の際に対処できないと美神は考えた。この判断は学園長である六道女史も同じで、学園側としては生徒たちを守る義務がある。また、シロやタマモのように人に在らざる存在を迎えることは初めてのことであり、慎重にならざるを得ないのは当然の帰結といえる。
 六道の長い歴史でも稀有な事例、元幽霊だった氷室キヌを学徒に受け入れた経緯もあるにはあったが、本質的に彼女は人間である。しかし、今回は更に特殊なケースであり、極めて異例。新たに迎えることとなった二人は完全な妖(あやかし)なのだ。
 もちろん、GSの卵たちである六道の生徒たちに実地で妖を見聞きさせ、肌で覚えさせるという打算もあったが、逆説的に魔に慣れすぎてしまうという矛盾も学園側は考慮したし、妖たる魔を取り込むということは、守るべき存在を幾多に抱える保護者側としては問題だらけで、考えなければならないことは山ほどあるのだ。
 だが、同時にシロとタマモは妖と人間の共存を模索したテストケースであったともいえる。
 既に政府上層部にはタマモの本性、封印から逃れた金毛白面九尾の狐の末裔(転生先)であるということは割れている。
 一国家の政府が歴史を振り返ってみれば、その凄まじい影響力を取り込みたいと考えるは必然。上手にコントロールできるのであれば、なにより不景気真っ只中ともいえる日本にとっては喉から手が出るほどに欲しい人材でもあった。
 美神令子が平穏無事にタマモの保護をしているのは、表向きが以前の取引を反故したことへのケジメ。実際はそのような甘いものではなく、日本で最大手の実力者であることが考慮されており、いざという時には彼女、タマモを封印、ならびに殺傷させることが条件とされている。これには、日本政府にとって不利益になる場合も適応される契約になっており、美神としては頭の痛い問題でもあった。
 今回の件は政府やGS界、それに連なるGS協会やオカルトGメンに強い影響を持つ六道家、美神令子個人などを含めてさまざまな思惑が交錯していた。
 
 六道に入学してから二人は予想外に人間の学徒として受け入れられたといえよう。
 元来、妖の成長は早いもので本能的に成長していくきらいがある。これは野生動物と同じに、いざ親がいなくとも独自に成長できる能力が備わっていることを示している。人間ほどに成熟するまで親の庇護がいる方が生物として不自然なのだ。
 タマモについては前世の縁からの記憶、転生してから五年が過ぎるくらいなのだが、精神年齢は中学生はとっくに超えているだろう。既に冷静で客観的な視点を持つことができているくらいにはなっており、その成長には目を見張るものがあった。
 同時にシロはタマモと暮らすことがプラスに働いた。妖の、それも女へと成長し続けるタマモに、ことあるごとに反目して噛み付き、意見を対立させ合うことこそがシロに情緒的な育成を促した。もともと横島へは蕾のような恋慕を抱いていたのだが、それもまたシロに女性らしさを意識させた一因といえよう。
 タマモのように時折女性らしさを武器にするまではいかずとも、それらしい雰囲気を発するくらいにはなったし、言葉遣いにも注意するようになったほどだ。
 これは学生生活が与えた切欠になるが、まわりが同年代(人間的な尺度ではあるが)の女生徒であれば、必然色恋沙汰の話題が上がることは必至。人狼の里で "侍" の教育を受けて成長したとはいえ、否が応でも男性を意識するようにもなった。今となってはシロも "花も恥らうじょしこおこおせい" なのだ。当然といえば当然のことだったのかもしれない。
 普段自分のことを『拙者』としていたところを『わたし』と直すようになったことは周囲を大いに驚かせた。もちろん、気を抜いてしまったり、かっとなった時は普段の言葉遣いに戻るのは愛嬌の範疇に入る。
 つまるところ、二人とも初めて出会ったころと比べて、随分と可愛げが出てきた。それはとても人間らしい表現に近く、霊的な認識ができない者からしてみれば、彼女たちが人型を模した状況で接すれば、人となんら変わりなく映るに違いない。
 それでも、それでも、だ。彼女たちは人間足り得ない。人間らしい弱さを持っていない。人間にはなれない。どうしてもヒトに比べれば圧倒的なまでに、絶対的なまでに死の影が薄い。本能的な部分で、死の認識が異なっている。死の概念を受け入れる以前の問題になってしまう。
 現状は美神令子の元で幼いままでも妖としてヒトの世界の知識を会得し、また人間らしさを伴った急激ともいえる成長を遂げはするものの、それらは危ういバランスで成り立っているのが事実。
 人間が生きている世界へと繋がる僅かな扉と窓――常に美神と接し、おキヌと一緒に事務所で暮らし続けるだけでは、人間を模倣することはできない。同時に、幼いころからGSとしての、むしろ怪異に対する脅威たるべき人格を形成している美神では教えることができないことが多すぎる。(元より彼女に人間の常識を躾けることなどできないという意見もある)
 いずれ時が経てば経つほどに彼女たちに矛盾、妖という自分たちが本来暮らすべきはずの住人を排除し続けることに耐え切れなくなる時が訪れるだろう。シロも、タマモも二匹はどうしたって人間ではない。完全な人間になることなどできはしない。
 最終的な目的は人間が暮らす世界に溶け込むこと。あるいは共存への道だが、このままでは目に見えて不可能だろう。程遠い理想だと美神令子は判断した。
 シロもタマモも、その本質は地球上に住まう生物として、個で完結してしまえるほどの性能(スペック)を持っている。真実の異端。
 そもそも人間がより人間らしさを誇るのは、知性を持ちながらも愚かしいまでに同種同性で敵対し、尚且つ協力して群れを成すことができるほどに "矛盾" を擁している。それは生物の、一つの種としては複雑極まりない群態構造をもっているといえる。
 自然物そのものであるシロ、そしてタマモ。二人に "いびつな自然物である人間" を教えることは度台からして困難であることには違いない。
 彼女たちは人間ではない。だが、これからを生きるためには、人類が培ってしまった歪な生態系を理解しなければならない。二人に人間の暮らしや生き方を学ばせる必要がどうしてもあった。
 つまり、人間たちと解することを放棄することは許されない。放棄することはいずれにしても人間の敵という、傲慢な判断による死へと繋がってしまうだろう。残された道は人間を模倣すること。異端であれ、嫌われなければ、長い時間をかけていくことで溝を埋めることができるのではないか。
 彼女たちに人間を教える場所、美神はそこに六道女学園を選んだ。
 人間らしい人間は集団生活によって機微を刷り込んで成長してゆく。大人へと、より成熟した人間へとなってゆく。学校というシステムはまさに打ってつけだった。また、同時に六道という特殊な学業プログラムは、彼女たちに自分を知る、人間から見た自分を知らしめるためにも適していたといえる。
 科学が生活の基盤でなかったころ、人間と妖は互いに境界線を持っていた。だが、魔の否定、科学という名の部厚い防護膜を得た人間によって境界線は崩れ、妖は住む場所を奪われた。
 科学によって、いわれのない否定を受けた妖の気持ちのぶつけどころは、否定されたが故に人間にとっては意味のないものとなってしまった。
 今をもって妖は人間にとっては害でしかない。それも、自然災害的な受け入れられ方ではなく、どちらかといえば犯罪を嫌悪するのに近い形。人間と妖―魔との確執がより具現化しつつある現代。なんとかして歯止めをかけたかったのは人間の方だったのかもしれない。
 美神やおキヌ、時折横島やその仲間たちを交えても小さなコミュニティー、退魔を中心とした生活からのステップアップとして、六道女学園に二人を潜り込ませた背景にはそういった事情が隠されていた。
 もちろん、美神令子の性格からして保護者――育児放棄の可能性も捨てきれないのだが。
 
 とにもかくにも、美神の手配でシロと共に六道女学園に通うようになってから半年と少し。部活動にこそ面倒くさいと本来の彼女らしさで所属してはいないが、人間社会に混じっての勉強はタマモにとって意外に面白いと思わせるものがあった。
 恐らくは過去、おぼろげな記憶では、大陸で囲われていた時も、また京都に落ち延びた時も、このような経験はなかった。また、深く人間社会を考えさせられることも然り。
 学校の授業、霊能や退魔など六道らしい教科は多くあるが、一般教養、数学や英語、歴史や地理学といった霊能とは違う知識を得ることは今までの自分からしてみれば全く異なる世界の事柄だったといえる。当然新鮮さはあったし、また覚えるということにも楽しみを覚えた。
 特に、テストという奴は格別に面白いものだとタマモは認識する。自分が得た知識を、他者と競い合い、また結果として評価させられることがあれば、自分より更に深く理解する者がいることは驚きとなった。その内の数人とは知り合いにもなれたし、仲の良い友達になれたと言っても良い。
 シロはシロで性格の良さから、多くの友人を得た。
 霊能や除霊といった具体的に六道よりの授業では人狼特有の能力もあって、ずばぬけた才能を見せて多くの者から賞賛や賛美を受けたが、とって代わって一般教養では体たらくを晒すことで、共感を得たのだ。
 元来竹を割ったようなまっすぐな性格だが、仲間想いでもあり、シロが受け入れられるのにはそうそう時間はかからなかった。
 対してタマモである。彼女はシロ同様に霊能の面では才能が当然のごとくあったのだが、既知の事柄として授業を受け止めており、及第点、模範的な結果を出すことに留めていた。タマモからしてみれば、シロのようになにごとも一生懸命に取り組むというのは性格的に向かなくて仕方なかったといえる。
 必然、シロとは逆の方向性のグループ、霊能に秀でているわけではないが、学業は優秀といった地味めなタイプの友人を得ることになった。もとより物静かな性質で、人と接する距離を取るのが上手な娘だった。
 タマモは彼女に勉強を教えてもらったり、また、彼女が余り得意としていない攻撃系の霊能を逆に師事するなどして、ごく普通に六道の学生らしい時間を過ごしていた。
 タマモにとって初めての夏休みでは、クラスでは人気のあるシロを伴って件の友達の家に遊びに行って一緒に勉強をしたのは面白かった。シロなどは夏休みの宿題の問題そのものがわからずに時折吼えそうになっていたりもしたが、淑女の嗜みなどと勘違いして我慢するのだが、逆に滑稽で友人と二人して笑った。
 休み中に二回ほど事務所に連れていって美神に会わせたりもしたが、あの有名なGSの美神に会えると緊張させてしまったせいか、その時はいやに縮こまっていたのを、後には笑いあったりもした。
 とかく、初めこそタマモは良い暇潰し程度にしか考えていなかったが、想像していた以上に学校とは面白いものだという認識を与えた。シロにしても同じような感触を持っていた。
 だがしかし、二学期に入ってから事情が変わってきた。タマモの周辺が、どことなくおかしくなってきていたのだ。
 最初にタマモにとって一番仲の良かった子が学校に来なくなってしまったことが始まりだった。二学期が始まってから直ぐのことだった。突然学校にこなくなってしまったのだ。
 教師は病欠という形をとって生徒たちには伝えたものの、明確な説明をせず、曖昧な理由のままに一週間連続で休んだことで事の異様性をタマモは理解した。
 恐らくはイジメというものではないか、そう考えたのだ。勿論、病欠で休んでいるとされた一週間に、タマモは三回ほど、友人のお見舞いに彼女の家を訪れたが「会えない」と言われてすごすごと帰った経緯がある。
 教師はなにも言わなかったが、一週間で彼女の病欠が嘘だとわかってしまった。学校へ行かない理由は定かではないが、登校拒否に彼女が陥ったことは明白。
 そうして、ある日タマモ自身に異変が起こった。
 シロが部活動のため、学校から寄宿舎に帰る時はもっぱら友人をともなっていたが、友人たる彼女も今は休んでいるため、その日は一人。
 学校から帰る際、手をかけた下駄箱からあからさまな異臭が漂う。恐らくは香水で、タマモからしてみれが刺激臭といっても良いほどの量が吹きかけられていた。開けるのを一瞬ためらったがそういうわけにもいかず、開けてみれば中は空っぽ。通学用に普段から使っていた靴がなくなっていた。
 いつもは故意に閉ざしていた人に非らざる能力、妖弧の嗅覚が呼び起こされ、半ば本能的に靴のありかを教える。上履きのまま自分が放つ匂いを追って、靴が最後に残した痕跡にたどり着いたものの時既に遅し。恐らくは灰と化していた。つまるところ、学校の焼却炉へなにものかの手によって廃棄されていたのだ。
 用意周到にも靴を盗む際、下駄箱に残っているだろうと想われた犯人の匂いは、故意に吹き付けられたいくつかの香水を混ぜることでタマモにも嗅ぎ別けることができなかった。明らかに自分を狙っていることが理解できた。
 タマモはすぐさま犯人を見つけ出すことを考えたが、自分が攻撃対象になったと感づいたことは、ある種の衝撃を与えた。なぜ自分がこのような事になったのか、考えても考えてもタマモには理由がさっぱり思いつけない。同時に犯人と思しき人物にも思い当たる節がない。
 靴を失ってしまい、思いもよらない失意のままに、仕方なく飛行して帰ることにしたのだが、この一件はタマモに釈然としないものを残すことになった。
 そうして幾日が過ぎて気がついたことがあった。妙に避けられている。クラスメートに話かけてもどこか上の空で、そそくさと距離を置くのだ。普段、同じ寄宿舎に暮らしているシロを除いて。同時に、シロと一緒にいる時は避けられることもないのだが、あからさまなシカトであるとタマモが思ったのは直ぐのこと。そしてシロはタマモの状況には気がついていない。
 上手くやったものだ、とタマモはつまらなそうな感想をもった。刹那、ひょっとしてひょっとすれば、自分の友達は自分の巻き添えをくってしまったのではないか、と思い浮かぶ。多分間違ってはいない。でも、理由が思い浮かばないまま。歯噛みしそうになるのを堪えるが、苛立ちが収まらない。言いたいことがあるのならばはっきりと言えば良いのに。
 
 下駄箱には校舎内指定の内履きが入っているはずだった。だが、当の靴はなく、代わりに白い紙切れに赤いペンで短い文章が記されていた。綺麗に折りたたまれているソレを開いて見る。
『調子にのるな 化け物狐』
 目に入った瞬間に、口汚い文章が書かれた紙を握りつぶして、素早くスカートのポケットにしまい込む。
 一瞬、かっとなってしまうが無理矢理深呼吸をして気持ちを落ち着ける。隣ではいぶかしげにしているシロ。
 シロには告げられない。もしシロが知れば本気になって怒るに違いない。犯人を見つけ出して、多分、報復をするだろう。
 それだけは許されない。絶対に。
 六道女学園に入学が決まって直ぐ、美神に言われたのだ。学校内で生徒にはどんなことがあっても危害を加えてはいけない、と。元よりシロには告げられていない。いざというとき、シロをいさめるのは自分の役目だったはずだ。
 落ち着け、冷静になりなさい。タマモは瞬時の判断で今日は学校を休むことに決めた。
 だが消しきれない嫌悪。タマモが浮かべた感情、それは――素直に胸糞悪い、というものだった。
 シロになにも告げずにタマモは下駄箱を勢い良く殴りつけるようにして閉めて、来たのと逆の方向へと走り出した。校門を走り抜けて、我慢しきれなくなったタマモは叫んだ。
「こんなの、やってらんないわよっ!」
 雲ひとつない、果てしなく青い空に、タマモの叫びはただ吸い込まれるだけだった。
 
 
 
・引き続き鬱々してみましたがリクされた方、どーでした?
・書式は前回を踏襲…今後も変更予定なしですがクレームあったら反対票をどうぞ
・実際問題受け入れてもらえるか、ちと不安あり
・人と魔の共存とかいうSSはあったけど、踏み込んだのは読んだことがなかったのが切欠
・今回はパート1で起承転結の起
・台詞たった一回だけ…これでいいのか? まぁ良いか
・美神×横島SSだけどあくまで基礎設定という感じでよろ
・次回はもちっと台詞ありまつ

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