ザ・グレート・展開予測ショー

戦場のメリークリスマス -Merry Christmas,Miss.Mikami-


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/12/20)

クリスマス休戦、というものがある。

長期間に渡って膠着状態に陥った戦線において、双方の合意もしくは黙認によって前線での戦闘行為を一定期間の間、停止するというものだ。
第一次世界大戦下の西部戦線でのエピソードがつとに有名だが、もちろんそれ以前にも行われた記録が残っている。クリミア半島で、ロワール河畔で、そしてエルサレムで。
数時間前まで互いに銃や剣を持ち、殺し合いを繰り広げてきた者同士がその時だけ信頼し合い、次なる戦闘に備えて休息し、手当てをし、整備をし、あまつさえ交歓さえ行うという。
人間とはなんと愚かで、不思議で、そして実に興味深い存在なのだろうか。

そして、そんな愚かな人間に振り回されてしまう我々もまた、救いようもない愚か者なのかもしれない。



「なあ、これはいったいどういうことなんだ?」

携帯電話を細心の注意を払いながら握り締め、私は怒鳴りそうになるのを必死に抑えて問い掛ける。
最近の携帯は薄くて軽く便利ではあるが、うっかり力を入れるとすぐに壊してしまいそうになるのが難点だ。

「魔族であるこの私がクリスマスパーティーに出席する? 冗談にもほどがあるぞ」

「私に言われても困りますよ。私だって本来、キリスト教系のお祭りには関係がないんですから」

スピーカーの奥から、心底困ったような小竜姫の声が聞こえてくる。あいつは根が真面目だから、なおさら悩んでいるのだろう。
魔界と神界の間で、人間の作った携帯電話を使って会話をしているというのもおかしな話だが、通じてしまうのだから仕方がない。電波に国境はないのだ。
余談だが、この通話料金が市内通話に相当するというのは、人間たちもなかなかどうしてシャレがキツい。

「それに、美神さんはクリスマスパーティーじゃないって言ってましたよ。あなたが神族だった頃の『ユールの祭』だから問題はないだろうって」

「ユールでもヨールカ(ロシアのもみの木祭)でも何でもいいが、奴がそんなこと本気で言っているわけじゃなかろう?」

「それはまぁ・・・」

「百歩譲って『ユールの祭』だったとして、お前はどうなるんだ? 守備範囲が違うが付き合いで参加するとでも?」

「私もそう言ったんですけどね・・・」

小竜姫はトーンを落として、情けなさそうな声を出して続ける。こんな風に話す小竜姫の声など、今までに聞いたことがあっただろうか。

「『日本だって冬至には柚子湯に入ってかぼちゃを食べるんだから大丈夫よ!』と言われちゃいました・・・」

「・・・むちゃくちゃだな」

「・・・ええ」

消え入りそうな小竜姫の声とともに、通話が切れた。



結局のところ、パーティーには出席することになった。
何処をどうして話をつけたのかは皆目判らないが、魔界軍司令部発の正式な指令となれば、それに抗う術は私にはない。
たかがパーティーごときにここまでする美神令子という人間に、私は改めて空恐ろしいものを感じた。
美神の事務所に向かう車を運転しながら、小さくため息を一つ漏らした。

「あれ。姉上、もういっぱいですよ」

私の気も知らないジークが、肩越しに左窓を眺めてとぼけた声を上げた。
まだ時間は早いかと思っていたが、建物の前の駐車スペースはすでにいっぱいになっていた。

「どうします? どこか近くのパーキングにでも入れますか?」

我々魔族がそこまで気を使うこともないだろうに、と思ったが、ふと前を見ると見覚えのあるリムジンが路肩に停まっていた。
どうやら小竜姫のほうも入れ損ねたらしく、私は迷わずその後ろにミニを停めた。今はデタントの時代なのだ。
まあ、ここの連中に駐車違反のキップを切ろうなとどいう度胸のある奴もいないだろう。いたとすれば、私は心の底から尊敬する。

車を降りて玄関に向かうと、その横に飾られた大きなクリスマス・ツリーが目にとまった。
私の背丈以上のツリーに、これでもかと言わんばかりにイルミネーションが取り付けられ、瞬いていた。
窓の方に目を向ければ、白いスノースプレーで大きく『Merry Cristmas!!』と書かれ、サンタやスノーマンのイラストが描かれていた。
これで今日はクリスマスパーティーじゃない、と言い張るのだから、まったくもって図太い神経をしているとしか言えない。

ジークが軽くノックすると、「はーい」という声とともにドアが開き、黒髪の少女が我々を出迎えてくれた。

「こんばんは、おキヌさん。今日はお招きいただきまして・・・」

「お待ちしておりました、ジークさん。さあ、寒いでしょうから中へどうぞ」

ジークを案内したキヌが、私の方を見て少し困ったような表情を見せた。
ああ、そうか。
彼女はこの私に会うのは初めてか。
それでも笑顔を絶やさず応対するとは、なかなかどうしてたいしたものだ。

「・・・ええと、失礼ですが、どちらさまでしょうか?」

「あれ、おキヌさんは会った事なかったでしたっけ。私の――――」

「初めまして。春桐魔奈美といいます。本日はお招きありがとうございました」

律儀に私を紹介しようとするジークを制して、そう答えた。
相手が気がつかないのなら、それに乗ってみるのも一興ではないか。わざわざ正体をばらすなど無粋というものだ。
それに、今日の私は間違いなく春桐魔奈美なのだ。春桐魔奈美でなくてはならないのだ。

ジークと一緒にホールに足を踏み入れた瞬間、私の背中に緊張が走る。
いくら招かれたとはいえ、ここにいる魔族は我々二人だけしかいない。
言わば、敵地にも等しいこの戦場において、一瞬たりとも気を抜くわけにはいかないのだ。

「すみません、遅れましたーーー!」

「おー、遅いぞ、ジーク!」

「いやー、師匠の頼まれ物を探していたら、すっかり遅くなっちゃって・・・」

「なんだ。あの猿、まだゲームにハマってんのか」

「ま、ま、とりあえず、カンパーーーイ!!」

・・・どうやら、私一人だけのようだ。



「ところでどうしたの? アンタのそのカッコは?」

何回かの乾杯をしたあと、美神が声をかけてきた。
もう相当に飲んでいるはずなのに、酔った様子さえ見えなかった。

「あ、いや、ちょっと事情がありまして・・・」

「なーに、またなんかの極秘任務についてるってわけ?」

「ええ、まあ・・・」

適当に話をあわせてお茶を濁しておいたが、それはまったくの嘘だった。
今は人間界で行う任務もなかったし、そもそも春桐魔奈美の名など、もうとっくに使ってはいない。
使っているのはただ、魔界軍大尉ワルキューレとして参加したくなかったからにすぎない。
いくら上層部の命令とはいえ、人間界の、それも我が一族を神から放逐したキリスト教の祭に参加させられるなど、とうてい我慢できるはずもない。
今ここにこうしているのは、断じてワルキューレなどではないのだ。

「ま、ヤバいコトだったら、私の知らないトコでやってよね、春桐サン」

こちらの気持ちを見透かしたように、そう言い残して美神は離れていった。
いまいましい。
表面上は笑顔を浮かべながらも、私は心の中で悪態をついた。
席を蹴って飛び出したい衝動に駆られたが、そうは出来ない以上早く時間が過ぎてくれるのを祈るしかなかった。
いっそ、酒に酔うことが出来たなら、どれだけ気が楽なことか。

ぽつぽつと酔いつぶれ始めたテーブルの向こうに、ふてくされたような顔をした小竜姫の姿があった。
あいつもまた手酌で結構なペースで飲んでいるのだが、一向に酔う気配すら見せない。
まあ、酒というのは古今東西、魔も神も問わずに好きなものだから、当然と言えば当然なのだが。
敵対する陣営にいる同志のもとへ、私はゆっくりと近づいていった。

「どうした、小竜姫。浮かぬ顔をして?」

「・・・ああ、春桐さん。貴方と同じですよ」

小竜姫にしてはめずらしい、気だるそうな表情を向けてそう言った。
話し掛けた私の口調は素に戻しているのだが、小竜姫はあえて私を春桐と呼んできた。
私のばかばかしい茶番劇を笑っているのか、それとも本当に私と同じ気持ちだと言うのだろうか。
おそらく、その両方だろう。

「なんだって私はこんなところにいるんでしょうね?」

やや自嘲気味に小竜姫が呟いた。
こんなふうにやさぐれている小竜姫など、なかなか見られるものでもない。

「お前は神族なんだから、別に気にすることもなかろう?」

「それはそうですけど・・・」

「もっと仲間と一緒に楽しんだらどうだ? いつもいるヒャクメはどうした?」

その私の問いには答えず、黙って後ろを指差した。
振り向いた先には、壁に背を持たれかけて話し込むヒャクメと、我が弟の姿があった。

「・・・あの、バカ者!」

道理で今回の気乗りしない任務にも積極的だったはずだ。
軍人としての自覚が出てきた証拠だと思っていたのだが、まさか女が目当てだったとは。
今回の任務が終わり次第、奴を再訓練に叩き込むことに決めた。



今にして思えば、さすがに私も酔いが回っていたとしか思えない。もしくは、やきが回っていたとしか。
まるで親の敵とばかりに杯を空け続ける私達のところに、人間界のバッカスがやってきた。
呆れたことに、この期に及んでもほんのり顔が赤くなっているだけだった。

「二人とも今日は荒れてるわね」

「・・・余計なお世話だ」

「そうです」

美神が素知らぬ顔で空のグラスに酒を注いでいるあいだ、我々は冷ややかな顔をして見つめていた。
私はともかく、小竜姫にこんな目を見せられて平然としていられる者など、世界でもこいつただ一人しかいないだろうと思う。

「あんたたち、まだ飲めるわよね」

あふれんばかりになみなみと注ぎながら、美神はそう言った。それは確認などではないし、その必要もなかった。
琥珀色の液体を零さぬように静かにグラスをかち鳴らし、三人とも一息に飲み干した。
苦艾の独特の風味が口からのどの奥へと広がるが、けして不快な苦味ではなかった。
それにしても、と、すかさず二杯目を注ぐ美神の手を眺めながら、私は首をかしげていた。
今どきアブサンなど、いったいどこから手に入れてくるのだろうか。

何回か杯を重ねたあとで、ようやく反転攻勢に出るチャンスを得た。
美神が後ろにいるバカ者どもを話題にし、ひとしきり笑った後に、何気ないふうを装って私が聞いた。

「そういえば・・・、横島とはどこまでいったんだ?」

「えっ・・・!!」

たちまち美神の顔色が変わり、余裕のあった表情は霧散して消えた。
相手の弱いところを突くのは兵法の常道だが、ここまであからさまだと些か気の毒になってくる。
だが、そんなことにはかまわず、小竜姫がさらに追い討ちをかけた。

「もう寝たの?」

味方だと思っていた相手からの不意打ちに敵は激しく動揺し、もはや戦略上の優位性は失われたも同然だった。

「なっ・・・!!」

美神は急に酔いが回ったかのように耳まで赤くしたまま、それきり二の句が告げなくなってしまった。

「なんだ、千年経ってもまだ恋愛のおままごとか。だらしのない」

「そうですよ。所詮、この世は男と女しかいないのですからね。早くしないと、また千年待つ羽目になりますよ」

「わ、私の前世なんか関係ないじゃないっ!?」

つい声を荒げてしまった美神が、慌てて口元を抑える。
幸いと言うべきか残念と言うべきか、あらかたの者は酔いつぶれてしまっているので、その声を聞いているものはいなかった。もちろん、もう片方の当事者も含めて。
その事実を確認していた我々は、余勢を駆ってさらなる追撃に出ることにした。

「ふうん、お前とあいつは付き合っているわけじゃないのか」

「そうなんですか? 私はてっきり・・・」

男女の機微に疎そうなふりをして、小竜姫が搦手から攻めていく。
今回初めて知ったが、こいつはなかなかに底意地が悪い。

「あ、あたりまえじゃない! なんで私があんなヤツなんかと・・・」

あたかも兎が狩られるかのように、罠へ罠へと追い込まれていく。
ここらでとどめを刺してやるのがせめてもの情けと言うものだが、意外にもそれをしたのは私ではなく、小竜姫のほうだった。

「なら、私がもらっちゃいましょうか」

「なっ・・・、なにを言い出すのよっ!?」

「なにをって・・・ 貴方がいらないのなら私が横島さんをもらっちゃいましょうか、という意味ですよ」

「アンタ、仮にも神様でしょう!?」

「別に魔も神も関係ないだろう。だいたい、どちらも酒と同じようにセックスも恋愛も好きなもの、と相場は決まっているのだからな。それを知らぬお前でもあるまい?」

「何か問題でも?」

それっきり美神は黙ってしまった。
私と小竜姫が横島について取り留めのない話をしている間も何も言わなかった。おそらく、ほとんど話も聞いていなかったに違いない。
やがて、話しつかれて一息入れたとき、美神が呟いた。

「――――――――とらないで」

「はあっ?」

「私の横島クンを取らないでって言ってるのよっっーーーーー!!!」

思わずその気迫に気押されて互いの顔を見合わせてしまったが、やがてどちらかともなく笑い出してしまった。
どうやら、ここらが潮時らしかった。

「なっ・・・! 何が可笑しいのよっっ!!」

その問いには答えず、私は立ち上がって美神の頬に交互にキスをした。『汝、もし右の頬を打たれれば』だ。
あまりのことに呆然としている美神に、私はにやり、と笑って言った。

「メリークリスマス」

きっと、小竜姫も私と同じような顔をしているに違いなかった。その声が後ろから重なった。

「メリークリスマス、ミス美神」

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