ザ・グレート・展開予測ショー

横島忠夫奮闘記 30〜精霊の騎士〜


投稿者名:ぽんた
投稿日時:(04/12/20)

部屋の中は静かだった。誰も言葉を発しようとしない。だが冷たい類の静寂ではない。
一点からゆっくりと、何か暖かい波のようなものが、徐々に、徐々にと拡がってくる。
その中心にいる人物、横島忠夫。彼の中で止まっていた何かがゆっくりと動き始めた。

「あ〜〜俺ってヤツは、本当に鈍いんだな・・・」

そう呟いて、また黙り込んでしまう。
だが周りにいる者達は、あせらない。
さっきまでと声の質がまるで違う。纏っている空気が違う。
一瞬でも目を放したら、消え失せてしまいそうな、そんな危うさが無くなっている。

「・・・・・・・・・・あ〜〜〜・・ありがとう・・・・うん・・ありがとう。」

「??いきなり何を言ってるんだ?お前は。」

忠夫が唐突に言い出した事の意味がわからず問い掛けるが、別に答を期待してはいない。

「うん・・・・わかってる・・・・・わかったと思う。」

誰も先を急かさない。なんとなく何を言いたいか、わかったような気がしていた。

「あ〜〜〜、今日はなんか疲れちまったみたいだ。・・・・・もう寝るわ。」
(ううう、だめだ。いきなり解っても、どんな顔して良いのやら・・・)

そう言って立ち上がると、足元のタマモの頭を撫でて、部屋へと足を運ぶ。
残された三人は、なんとなく言葉を選んでいるような雰囲気で沈黙している。

「まったく・・あのバカ息子は・・何てれてんのかしらね・・・」

「ヨコシマが何考えてるのかがわかるの?」

百合子の発言を聞いて、タマモが不思議そうな顔で問い掛ける。
たったあれだけの、横島の発言で何を考えているのかわかったのだろうか?
普段一緒に暮らしてる自分には解らなかったのに、離れて暮らしている百合子には
解ったのだろうか?自分もそんなに深く理解してあげられるようになるだろうか?

「呼び方が戻ってるわよ?全部が解る訳じゃないけどね。とりあえずは、
何かに気付いたみたいだしね。全く、相変わらず自分に関しては不器用な息子だよ。」

「ああいう処は変わってないな。不思議なもんだな、成長してない処を見て
安心できるなんてな。」

百合子の発言に、大樹があわせる。
そんな会話を聞きながら、横島家三人の間の歴史のようなものが感じとれた。

「なんだか羨ましいな。離れていても、ちゃんと解り合えるんだね。」

タマモの本音が思わずこぼれ落ちる。

「何を言うんだ?これかはお前も一緒だろう?」
「そうよタマモ?貴女はもう家族の一員なんだから。」

独り言のような呟きに、間髪をいれず夫婦の言葉がかぶさっていく。
嬉しかった。今日初めて会った両親は、当たり前のように自分を娘として扱ってくれる。
生まれて初めて持つことのできた「両親」、心地良い温もりが全身を包んでゆく。
この温もりを横島と共有できる。あの凍てついた魂を温めてあげよう。

「なあタマモ実はな、俺は最初この機会に忠夫だけ帰して、お前にはここで一緒に
暮らして欲しいと思ってたんだよ。あの話を聞くまではな。」

「そうね、確かにあの子は強くなったんでしょう。でも力だけでは守れない物が
人にはあるわ。でもね、自分で守れなくても、違う人が守ってあげる事はできるわ。」

なんとなく二人の言いたい事は解った。これからまた離れて暮らす事になる
自分達に代わって彼の側に寄り添い、支えて欲しいという事なのだろう。

「ほう、察したって顔をしてるな。タマモは頭が良い!自慢の娘だな。」

今日が初対面なのに、そんな事を言っている。だが、自慢の、というのは本音だった。
大樹にとってはもう、この娘は掛け替えの無いものだった。
「父親」が「娘」にひとめ惚れしたようなものだ。会ってからの時間など関係無い。
もしも今、どこかで娘自慢コンテストでもあれば、世界大会だろうが優勝してやる。

「タマモ、貴女にはあの子の”心”を預けたいのよ。任せて良いかしら?」

百合子がいたって真剣にそう言って来る。
責任は重大だが、自分にしかできないのだ。そう思うと嬉しかった。
他にも横島に対して心を配ってくれる人は大勢いる。だが一番近くにいれるのは自分だ。

「ああ、そうそう、別に”妹”としてじゃなくても良いのよ?”女”としてでもね?」

百合子が何気にそう爆弾を落とす。完全に冗談というつもりでも無い。
娘として気に入った以上形が、養女、だろうが、息子の嫁、だろうがどっちでも良い。
親子としての相性を確認したうえで選択肢が増えるのだその分間違いも無いだろう。
こういう時、女親というのは合理的に考える事もできる。だが男親は、

「な・何を言い出すんだ百合子?まだ早い!タマモはどこにもやらんぞ!」

まあ、大体こんなものだろう。別に今すぐという訳でもないのだが。
タマモは確かに横島のことが好きだが、それがどんな種類の”好き”かは解らない。

「お兄ちゃんの事は大好き。でもまだ良く解らない気もする。それだけじゃだめ?」

タマモとしてはそう答えるしかない。大樹にとっては正に望むところの返事。
百合子にしても結論を急ぐつもりなど無い。ただ将来その好きという気持ちが変質した時
”妹”だからと自分にブレーキを掛ける必要など無い事を知って欲しかっただけだ。
まあ息子の様子を見た限り、当分女性をそういう目で見る事は無いだろうとは思うが。

「別に今決める必要は無いからね。それより長旅で疲れたでしょう?もう寝なさい。
明日は朝食の支度を手伝ってもらうから、寝坊しちゃだめよ?」

そう締めくくり、全員寝る事にする。大樹の提案で親子三人で川の字になって寝る事になった。
明日の朝、その事を聞いて息子はどんな表情を見せるだろうか。



翌朝、横島が目覚めて食堂にやってくると味噌汁の良い匂いがしていた。
おそらく油揚げの味噌汁だろう。それは良いのだが大樹がこちらを見る目つきが気になる。
妙に勝ち誇ったような、優越感に満ち満ちた顔をしているのだ。
朝食の席上で、その理由が明かされる。

「いやー、昨日は親子三人、川の字で寝て楽しかったな。」
ブフォッ!

いきなりの不意打ちに思い切り味噌汁を噴いてしまった。
周囲を見ると百合子とタマモはお互いに楽しそうに笑い合っている。それは良いのだが。
問題は勝ち誇った笑顔で自分を見据えているこの男。
(んの野郎・・・人が先に寝たからって・・・)

タマモにとっては、親子でザコ寝など初めてで嬉しかったろう、それは良い。
百合子にとっては、娘に添い寝するなど新鮮で楽しかったろう、それも良い。
だがこの男は・・・

先日、同じ部屋で暮らそうと言われて断ったのは確かに自分だ。
何となく抵抗もあったし、第一そんな事になれば、うるさいバカが二人もいるのだ。
自分が嫉妬するのは筋違いだというのはわかっている。わかってはいるのだ。
だが、どうせ大樹が提案したに決まっている。この事は覚えておこう。

食べ終わると、大樹が昨日の現場の確認に出かけるという。
それは良いのだが、タマモも横島の仕事現場を見たいと言い出した。
何の痕跡も残ってないから、行くだけ無駄だと言ったのだが。

「うるさいぞ忠夫、娘との語らいを邪魔するな。お前の仕事は終わったんだから、
家でおとなしく休んでろ。絶対ついてくるなよ?」

言うだけ言うと二人で出かけていったが、公私混同も甚だしい。
これでまたひとつ、ツケが増えたなと思っていると、

「大目に見てやんなさい。またすぐ離れなきゃならないんだから、側にいたいのよ。」

そう言われてしまうと、不機嫌な顔もできなくなる。恨みは忘れないが。
せっかく母と二人きりになったのだから、今できる事をやっておこう。そう思い、

「なあ、母さん、俺にも料理を教えてくれないかな?」

百合子にとっては晴天の霹靂だ。驚いて理由を尋ねると、前々から考えてはいたらしい。
タマモは偏食が激しいらしく、それ自体は妖狐の性として仕方がないのだが、
栄養のバランスは気になるらしく、何とか工夫して食べさせたかったらしい。
現状では仕事が忙しい為、就業後に”できない事”をしようとする気力もなく、
できあいなどの楽な方に流されているので、とっかかりを教えて欲しいというのだ。
そういう事ならと台所に連れて行き、極意を教える事にする。

「良いかい、色々と材料を買い込んできて、本の通りに作るのは誰でもできる。けどね、
半端に残った材料を使い切ってこそ一人前の主婦なんだよ。まず基本はチャーハンよ。」

そう言って熱弁を振るいはじめる。余ったごはんは冷凍庫に保管しておき冷蔵庫の中に
肉・ハム・野菜などが半端に残り始めたら、まとめてチャハンにぶち込めば食材が
無駄にならない。ごはんのストックが無い時はスープやシチューでも良い。
賞味期限の近い物から優先して使え。冷凍庫の中身は忘れがちになるので気をつけろ。

などと切々と主婦の心得を熱く語っていく。
別に横島としては主婦の道を極めたいのでは無く、料理を覚えたいだけなのだが、
今の状況に水を差すと、後でどれほど祟るか知れたものではない。
横島には自ら好んで虎の尾を踏むような、酔狂な趣味は無い。

教えを忠実に守り、冷蔵庫の中の物の賞味期限をチェックしていく。
やばい物だけ選別してまとめて火を通して、一旦器に移す。
冷凍ごはんを解凍してほぐす。熱したフライパンに油をひき、溶き卵を入れる。
すぐに米を入れて木杓子で混ぜながら、移しておいた具を戻す。
バランス良く混ざりあえば出来上がりだ。

この時のコツはフライパンを固定して動かさない事。家庭用のコンロは火力が弱い為、
フライパンをゆすれば熱が逃げる。木杓子で手早く混ぜるのが重要な注意点。
これで百合子流、家庭で出来るお店の味のチャーハン、の出来上がりである。

出来上がりを食べてみると、割といける。百合子の採点では40点だそうだ。
きっと50点満点なのだろう。これなら、あと1〜2度練習すれば、タマモのお昼ご飯は
結構ましな物になるだろう。尤も自分は失敗作の後始末で、その頃は満腹だろうが。
失敗したからと言って、食べ物を粗末にする事を許すような母ではない。
横島にもそんな習慣はない。ついでだから親父も道連れにして朝の恨みを晴らそう。

百合子は失敗作を食べ終わった後、再度チャレンジしている息子を呆れながら見ていた。
残り物の処分を教えたのだが、新しい物まで使いだしている。飲み込みは良いようで
今度は指示を受けずに手順通りにやっている。大した集中力だ。
どうせタマモに食べさせた時の事しか考えていないのだろう。妙な所で良く似た兄妹だ。

横島が満腹になった頃、手順は完璧にマスターしていた。だが肝心の食材が無い。
自分の本末転倒ぶりに青くなっていると、百合子が買い物袋を下げて帰ってきた。
いない事にも気付かなかったが、こうなる事を見越して買い物に行っていたそうだ。
母は偉大なり。ちょうどその時にエンジン音が聞こえてきたので迎えに出る。

昼食は自分が作る事を宣言しに行ったら一人多かった。昨日会った技師、セアラである。
確かに今日、会う約束はしていたが、一緒に来るとは予想していなかった。
驚いていると、獲物を見つけたハンターのような目つきで大樹が入ってくる。

「忠夫〜?今日セアラと会う約束をしてたそうじゃないか?やっぱり手を出したんだな?」
「本当なの?お兄ちゃん?」

お兄ちゃんと呼ばれるのは嬉しいが、疑いの目で見られるのはツライ。複雑な心境だ。
大樹の目つきの意味はわかった。この機会に自分を陥れて父親の株をあげたいのだろう。
昨日の優しさは何だったのか、と思うが大樹の手がセアラの肩に置かれているのに
気付いた。一瞬で近寄りその腕を捻りあげる。

「お・や・じ〜?ザンスの女性の体に手を触れるのは宗教的タブーなの知らないのか?」
「あ・な・た?詳しく聞かせてもらおうかしら?いらっしゃい。」

百合子の耳に聞こえるように言ったので、当然の成り行きになる。

「ひ・ひぃっ!ゆ・百合子さん、違うんだ!知らなかったんだ!」
「やかましい!上に立つもんが知らんで済むか!宗教上の戒律に触れてまで
セクハラしおって!今日という今日は許さへんでっ!」

引き摺られて行く大樹を見送りながら、横島はドナドナを口ずさんでいた。
たった今、我が復讐は成れり!だがタマモの疑いはまだ晴れない。

「助かりました。立場上言い辛かったものですから。でもザンスの戒律までご存知とは、
さすがは横島卿、博識ですね。」

博識という訳では無く、前科者なのだが。それを言うと洒落にならない、相手が相手だ。
それよりもタマモの視線の温度が余計に下がってしまった。その方が問題だ。

「いや、それよりも何か私に用があったんじゃないですか?」

相手の目的がわからないので、営業トークを崩せない。おかげで更に室温低下だ。
違うんだタマモ。疚しい目的があって、言葉遣いを変えてる訳じゃないんだよ。

「是非受け取って欲しい物があるので持って来ました。これをどうぞ。」

そう言って渡されたのは指輪だった。似たような物を以前見た気がする。
それは良いとして、指輪なんか出されたら、居間が冷蔵庫に早変わりだ。

「あの、これってまさか?」
「流石におわかりですね。そうです私が初めてカッティングした精霊獣石です。」

初めて?ようするに実験台代わりに使ってくれと言う事か。おそらく精霊獣が
ちゃんと出現するかどうか自信が無いのだろう。何せ実験しようにもこの国には
精霊騎士がいないのだ。タマモの誤解を解く為にも使って見せた方が早いだろう。
この指輪に変な意味などないのだ。装着して念じるとすぐに出現した。

そこにいたのは無色透明の部分と漆黒の部分が斑になった、甲冑姿の騎士。
セアラは単純に自分の作った精霊獣石が、成功品だったのを喜んでいるが
横島の内心は複雑だった。精励獣は使役者の霊波の影響を受けて形作られる。
漆黒の部分は魔族因子の影響だろうか。だいたい全体の三割ぐらいだろうか。

こんなものを従えていれば、見る人が見れば気付かれるかもしれない。
今はまだ、まずいような気がする。それに自分に精霊獣など必要無い。
そういえば以前美神が使役していた精霊獣は言葉を話していた。試しに質問してみる。

「ちょっと聞きたい事があるんだがな?」
「何でしょうか?マスター横島。」

記憶にあるより遥かに流暢なに言葉を操る。この差が、今の美神との霊力差なのだろう。

「騎士の資格ってのは他人に譲れないのか?」
「相続という形であれば可能です。ただし生前の前任者からの指名が不可欠です。」

予想通りだった。騎士であれば、戦いに果てる事もある。その際に家督を継ぐ者が
いなければ家系が絶えてしまう。相続という形があるだろうという読みは当たった。
あとは誰にでも勤まるわけではないから、前任者が生前に後継者を指名するのだろう。
ならば話は単純だ。余剰な戦力は不足している処へ移動させる。戦場の鉄則だ。
ある場所から無い場所へ、と言い換えれば商売にも通じる。
そのまま指輪を外しタマモに渡す。きょとんとした顔だが、なに、すぐにわかる。

「我、精霊騎士横島忠夫の名において、汝、横島タマモに騎士の名誉を譲渡する。精霊の加護のあらん事を。」

そう告げると石から光が発しタマモへと染み込んでいく。うまくいったようだ。
以前聞いた時のうろ覚えだったが、どうにかなった。これで自分は危険なものを遠ざけ
タマモには守護者がついた事になる。正に一石二鳥だ。
だが当然それでは収まらないものもいる。

「待って下さい横島卿!いったい騎士の名誉をなんだと思ってるんですか!?」

相手の言い分は尤もなのだが、騎士の名誉など知った事ではない。だがそれを言えば
外交問題になる。事実ザンスでは、騎士への叙勲はこの上ない名誉とされている。
文化や風習の違いとはそういう物だ。その溝は簡単には埋まらない。ここは口車しかない

「俺の使う術と精霊獣の力は反発しあうんですよ。俺は騎士である以前に戦う者として
自分の力を損なう物は側には置けません。しかし騎士の名誉は守るべき物ですから
放置できません。だから我が妹に譲渡したのですが何かまずいとでも?」

若干の嘘と信じてもいない理屈をまじえて相手を論破しようとする。
相手は自分とタマモが血がつながっていない事を知らないのだ、叙勲された騎士の血筋で
押し通せる。まるく納めるためには、事実を言うよりマシだろう。

セアラにしても理屈としては文句のつけようが無い事を捲し立てられて困惑していた。
別に間違ってはいないのだが、ザンスには生きてる間に騎士の資格を自分から
放棄する人間などいなかった。精霊獣の力が邪魔になる人間もだ。
だがそれも昨日の迅速な仕事ぶりを思い出せば容易に納得できる。だが不服もある。

「それでは戦いの義務まで移る事になります。貴方はその少女に戦わせるつもりですか?」

そんなつもりは初めから無い。

「騎士の名誉は返上しましたが、義務を放棄した覚えはありませんよ。戦う事こそ
我が宿命。ただ俺はザンスの禄を喰んでる訳じゃないので依頼を受けてになりますが。」

ようするに精霊獣石は返さない。タマモは戦わせない。代わりに自分が戦うが
ただでは動かない。事務所を通しての依頼を受けてから、と言ってる訳だ。
身勝手極まりない言い草だが、このへ理屈につけこむ隙は無い。
王家の為に命を掛ける義務は王国に養われている騎士のみにある。
横島が無条件で命を懸けるのは、大切なものを守る為だけだ。ザンス王家の為ではない。

「で・ですが、貴方の妹さんに精霊獣を使いこなせるかどうかは・・・」

総ての反論を封じられたセアラが、最後に弱弱しい抵抗を示す。
これも、言葉より実際に見せた方が早い。

「タマモ、指輪を嵌めてさっきのみたいなヤツが出で来るよう念じてくれないか?」

横島に頼まれて、タマモは詳しい事情も解らぬまま、言われた通りに指輪をつけ
精霊獣を呼び出す。出て来た精霊獣は金色の少女の騎士のような出で立ちをしていた。
横島の時より数段見栄えが良い。セアラの表情が、それを見てやっと晴れやかになる。
タマモの方は、解らない事だらけだ。一体目の前のこれは何なのだ?疑問に思うと、

「何か御用でしょうか?マスター横島。」

そう精霊獣の方から問い掛けてきた。タマモの疑問を感じたのだろうか。
喋りは横島の時と同様に流暢だ。横島と比べるとタマモの霊力は低いが、一般人とは
比較にならないほど強い、当たり前だが。それに妖狐としての存在の本質は人間よりも
精霊のそれに近い。その為、霊波との親和性が増し効果が上がるのだろう。

何か用か、と聞かれても何の用も無い。そもそもこれが何なのかも解らない。
だが呼び出して何も言わない、というのはいけないのかと思い、適当に用事を言いつける。

「喉が渇いたの、冷蔵庫から飲み物を取ってきて。」
「かしこまりました、マスター横島。」

そう言われておとなしく、冷蔵庫から飲み物を取ってきて手渡している。
そのまま石の中に戻った。守護者というより召使だが、随分燃費の悪い召使だ。
後で精霊獣の特性を説明しておこう。特に燃費について。
当然こんな有様を見せられては、セアラが黙っていないだろう。機先を制しておく。

「ああ、言いたい事は解ります。後で俺の方から詳しく説明しておきます。
精霊獣同士の戦いは何度も見てますし、活動の糧にしてる物の事も知ってますから。」

そう言われては何も言えなくなる。セアラ自身精霊獣同士の戦いなど見た事も無い。
目の前の男の実戦経験の豊富さに感心しつつ納得する。

「それより折角来たんだから、昼食でも食べていって下さい。今から作りますから。」

そう言うとそのまま台所に入って行く。タマモが驚いた顔をしている。
だがセアラの驚愕はそれ以上だ。ザンスでは騎士が厨房に入るなど有り得ないのだろう。

「さて三人分で良いか。どうせ親父は飯どころじゃないだろうし、俺は満腹だしな。」

そう呟いて、手早く調理を始める。もちろん百合子直伝のチャーハンだ。
これに朝の残りの味噌汁をつけて、冷蔵庫にあった作り置きのサラダを添えれば十分だ。
奥の部屋から聞こえていた鈍い音がやんだので、じきに百合子も来るだろう。

「ごめんなさいね、セアラさん。いくら知らなかったとはいえ、戒律に触れるような事、
二度とさせないから許してもらえないかしら。」

しない、ではなく、させない、という辺りが百合子の真骨頂だろう。
セアラは気圧されたように頷く事しかできない。
食事の用意が終わり食卓に練習の成果が並べられる。

百合子の舌の判定でもなんとか及第点を与えても良い味だった。
妹可愛さ故とはいえ、大した急成長だ。タマモは嬉しいような悔しいような複雑な顔だ。
おそらく忠夫の作った物の方が、手が込んでいるように思えるのだろう。
セアラはろくに味も判らない様子で、もぐもぐと口を動かしている。
それでも満腹になり、人心地ついたのかようやくリラックスしたようだ。

食事が終わるとお茶を入れて皆で寛ぐ。当然話も弾んだ。最初の話題は今の料理だった。
味の方は概ね好評だった。セアラは横島が食後のお茶までいれるのを見て絶句していた。
色々な話題で会話が流れて行く。ナルニアの事、ザンスの事、日本の事。
百合子などは過去の大樹のセクハラの数々を聞き出し、何かを決意したような顔つきだ。
今夜あたり第二ラウンドだろう。明日の朝日が拝めれば良いが。

ナルニアとザンスは国同士の雰囲気が似ている。自然や精霊の恵みが豊かで、それほど
文明化や機械化が進んでいない。だからこそ鎖国に近い状態のザンスと人材の交流が
あるのだろう。セアラの主な仕事は精励獣石に加工できそうな石を選別する事で、
その分だけザンスに輸出しているそうである。加工は総て本国で行っている。

だからこそセアラはここで自分の技術の成果を試したかったのだろう。
横島としては、そのおかげでタマモに精霊獣がついたのだからお互い様だ。
百合子とタマモは精霊獣の特性や、その戦いぶりを聞いて驚いていた。
百合子にとっても初耳の事が多すぎて消化しきれない。ただでさえ昨日の件もあるのだ。
どうやら他にも危ない橋を、何度も渡っているのを察したようで渋い顔をしている。

「横島卿、日本という国の事自体をもっと詳しく教えてくれませんか。」

セアラが興味深そうな顔で聞いてくる。ザンスではキャラット王女が親日派として
知られており、来日の頻度も増えているという。その一団の中には技術者も含まれており
上手く紛れ込めれば、日本へ行ける可能性もあるそうだ。

「私は是非一度日本へ行ってみたいのです。史上初の異国の精霊騎士を生んだ国へ。」

なんだか日本をロマンチックに誤解しているような気がしたが、あえて今ここで
幻想を壊す事もないだろうと流しておいた。その頃にようやく大樹が復活したのか
こちらの方にやってきた。恨みがましい目つきで睨んでくるが、百合子の視線に
射竦められすみっこで小さくなっていた。人数も増えて更に話は弾んだが気付いたら
夕暮れ時になっていた。

送っていくという大樹の申し出を謝絶してセアラが帰る。
そればらせめて玄関の外までと、家族全員で見送りに出て行った。
もてなしの礼を言いながら歩き去っていくのを見送り、視線を転じると見事な夕焼けだった。

「どうだ忠夫、日本では見れない素晴らしい眺めだろう。」

大樹の言う通り、素晴らしかった。家が高台にあるため広大なジャングルが一望できる。
雄大なジャングル、その総てを赤く染め上げるような力強い太陽。
そして茜色に染まった夕焼けの空。
初めて見る景色。だがそれでも、どこか懐かしかった。

「昼と夜の一瞬の隙間、短い時間だからこそ余計に美しい・か。」

「お前にしちゃ随分と詩的な言い回しだな。誰かの受け売りか?」

息子にしてはガラでもない事を言うのでからかいも交えて話し掛けてみた。
だが唐突に息子の目から涙が流れているのを見て驚いた。後の二人も同様だ。
悲しくてないているようでは無い。自然にあふれてきているようだ。
自分が泣いている事にも気付いていないようだ。夕焼けが引きがねになったのだろうか。

タマモは穏やかな表情で、滂沱の涙を流し続ける横島を見て態度に窮していた。
何かを言いたいが何の言葉も浮かんで来ない。だから心の赴くままに行動した。

横島が静かに夕日を見つめていると、正面からいきなり何かに抱きつかれた。
驚いて見やると自分の胸のあたりにタマモの頭がある。今までにないような
強い力で両腕をまわしてくるので、正直驚いた。

「どうかしたのか?タマモ?」

とりあえずそう尋ねてみた。すると潤んだ目でこちらを見上げてくる。

「どうかしたのは、貴方の方よ。自分が泣いているのに気付いてないの?」

そう言われて初めて気がついた。自分は泣いていたのか。涙を流すのは何時以来だろう?
瞬間的にこぼれそうになる事はあっても、結局そのまま流れる事は無かった。
もはや涙も枯れたのだろうと思っていたが、どうやら凍り付いていただけらしい。
ならばこれは凍てついたものが溶けて、流れ出した雪解け水だろうか。
それにしては随分と温かい。
横島は涙を拭いながらそんな事を考えていた。

「こんな時間の、こんな景色がルシオラの一番好きなものだったんだよ。」

穏やかな声で語り始める。

「最後に一緒に見たのはいつだっけな。」

掛け替えの無いもの取り出すように。

「今でも毎月、決まった日、決まった場所で、夕日を見に行ってるんだよ。
そこがアイツの死んだ場所でもあるからな。」

そうして正面から相手を見つめる。

「なあタマモ、一回でも良いから、俺とその場所で一緒に夕日を見てくれないかな?」
「ばか・・・1回なんて言わずに、100回でも200回でも一緒に見てあげるわよ。」

それはかつて、別の時間、違う空間で紡がれた言霊。果たせなかった優しい誓い。
時は巡り、運命の歯車はゆっくりと回りだす。


タマモはますます強くしがみつき、顔を横島の胸に押し付けている。
横島はそんなタマモの髪を撫ぜている。切ないほどの優しさを込めて。


そんな兄妹の様子を、少し離れて両親が優しく見守っている。

もう大丈夫、子供達は進むべき道を見つけた。
困難はあるだろうが、支え合って生きていくだろう。
もし道に迷うような時が来れば、手を差し伸べて導いてやろう。

そんな家族の情景を、ナルニアの雄大な大地に沈む、荘厳な夕日が照らしていた。






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(あとがき)
この話は最後の場面が最初に思い浮かんで、そこまで行き着くのに四苦八苦しました。
あとタマモの最後のセリフ、どうしても言わせてみたかったんです。
皆様の反応を楽しみにお待ちしております。
(タマモスキーな方々からの反応がちょっと怖いかも・・・)

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