ザ・グレート・展開予測ショー

横島忠夫奮闘記 29〜家族団欒〜


投稿者名:ぽんた
投稿日時:(04/12/19)

セアラは心配そうな面持ちで坑道の入り口をじっと見つめていた。横島が入って行って
から15分位たった頃に、いきなり中から火柱が噴出してきた。正面にいたらまともに
浴びて死んでいただろう。言われた通りにここで待っていて命拾いしたようなものだ。
心配で中の様子は気になるが、あの火柱を見た後ではとてもではないが中に入るような
勇気は無い。ヤキモキしながら待っているとようやく横島が出てきた。服の表面が
焦げてところどころ裂けている。一時撤退してきたのだろうか。確認しようと近寄ると、

「終わりました〜これで今からでも中で作業できますよ。」
「は?ど・ど・どういう事です?だってまだ30分くらいしか・・・」

セアラは動揺していた。普段の彼女は常に冷静沈着で、理知的な光がリムレスの眼鏡の
奥の瞳に宿っている。硬質の美貌を誇るがその身に纏う雰囲気が男を寄せ付けない。
だが今の彼女なら砂糖にたかるアリの如く引き寄せるだろう。それほど今の彼女は
無防備な表情をしている。だがそれぐらい横島の発言内容はとんでもなかった。
人間の力では倒せないのではないか、とさえ思っていたのだ。それを僅か30分程で・・・

「あ〜信じられないんでしたら中へどうぞ。ご案内します。そちらも報告等が
あるでしょうから、ついて来て下さい。」

そう言って横島はセアラを連れて坑道の中へと戻って行く。ケルベロスの事をどう
説明しようか、と悩んでいた。元の同居人だなどどと言っても信じてもらえそうにない。
相手の様子を見ると、総て退治したと思っているようだ。ならば誤解したままにして
後で事務所の名刺を渡しておけば、ナルニアでも六道除霊事務所の評判があがるだろう。
最近外国人を相手にする事が多かったので、英語版を作っておいたのが思わぬ場所で
役に立ちそうだ。

セアラが坑道の中ほどまで来ると、以前精霊が留まっていた場所には痕跡すらない。
更に奥まで進むと獣臭が色濃く残っている。だがそれだけだ、闘った様子もなければ
仕留めた魔獣の死体すらない。不思議に思い横島に尋ねてみる。

「あの、横島さん?何の痕跡も無いようですが、肝心の魔獣はどこに?」

しまった。そこまでの言い訳は考えていなかった。いっそ本当の事を話そうかとも思うが
信じてもらえる可能性は低い。第一それでは宣伝効果が薄れてしまう。横島は知恵を
絞って考える。何とか言い抜けなければならない。

「ああ、確かに並みのGSでは相手にもならないでしょうが、俺にかかれば瞬殺ですよ。
死体の処理はまあ、アフターサービスです。これならすぐに操業再開できるでしょう。」

これぞ美神事務所時代に身に付けた必殺技。《口車》である。かの地獄車も目では無い。
六道事務所に移って以来更に磨きがかかっている。他の追随を許すものではない。

「ま・まさか、あれだけの事ができる相手に対して、そこまで考えていたんですか?」

「もちろんです。我が六道除霊事務所は、顧客の事情に最大限の配慮をするのがモットー
ですので。お知り合いの方や、故郷の方でお困りの方がいらしたら、是非ご紹介を。」

そう言って笑顔で名刺を渡す。こうしておけばナルニアだけでなく、ザンスでも
評判が拡がる可能性が高くなる。更に、

「海外出張も随時受け付けておりますので、いつでもどうぞ。」

そう言葉を添える。それを聞いたセアラは微笑みながら、

「さすがはザンス王家の精霊騎士、横島卿だけの事はありますね。驚きました。」

そう呼び掛けられたが、横島にとっては初耳だ。卿などと呼ばれたのも初めてだ。
詳しく事情を説明しだしたので聞く事にする。以前、ザンス王室を巡るオカルトテロに
巻き込まれた事があった。成り行きで解決したような物だったが、その時の功績で
国王直々に勲章を授与されていた。それが騎士の叙勲と同等だったらしい。
外国人の叙勲は珍しいらしく、美神・西条・横島の三名はザンスでは有名人らしい。

特に美神・西条の両名はアシュタロス戦役の英雄として報道された為、さすがは精霊騎士
という事で、本人達の預かり知らぬ処で勝手に評判が上がっている。対して横島は、一切
名前が出ないようにしたので影が薄いが、支社長と同じ名前でありどことなく面影が
似ている気がして注意していたのだ。

「精霊騎士って言われても初耳だし、あの指輪も持ってないんで、関係無いですよ。」

そう横島が応えると、セアラは何かを考え込むような顔をしていた。

「今日はお疲れでしょうから、支社長のお宅までお送りします。それともし明日にでも
お時間が空いてましたらお会いできませんか?」

別に予定もなかったので了解すると、そのまま車で支社長宅まで送ってもらう事になった。





息子の忠夫を会社の前で降ろした後も横島大樹はしきりに首をかしげていた。

「なあ百合子、忠夫のやつ変わった、というか変わりすぎだと思わんか?」
「あの年頃なら、きっかけがあれば大化けする事はあるけどさすがにあそこまでは・ね」

百合子の口調も珍しく歯切れが悪い。以前帰国した時とは様子が違いすぎる。あの時は
性根はまっすぐなくせに小細工をして、あっさりとバレたり、自分の意志をはっきりと
主張できなかったり、と情ないところは昔のままだった。

大樹の印象も似たようなものだった。お互いが感じたものを二人で話した事もあったが、
互いの認識にズレはなかった。となると”今”の忠夫を知る者に聞くしかない。

「ねえタマモ、忠夫はいつから”ああ”なのか、貴女知ってるかしら?」

そう百合子に問われても、タマモの知る横島は初めからああだった。

「別に・・ヨコシマは初めて会った時から変わらないわ。誰よりも強くて優しかった。」
「あら忠夫の事をヨコシマって呼んでるの?”お兄ちゃん”じゃなくて?」

そう口を挟みながらも百合子の頭の中は全く違う事を考えていた。
強くて優しい?忠夫が?百合子の知る息子は確かに優しくはあった。むしろ優し過ぎて
優柔不断のきらいがあったほどだ。だが強さは、息子のイメージの中に欠片もない。

「あいつが強いって?何か勘違いしてるんじゃないのか?」

大樹にとっても、自分にナイフを突きつけられて怯えていた姿が忘れられない。
息子に対して刃物を突きつける是非はさておき、その時も反抗する素振りも見せずに
おとなしくしていた。尤もその後、小賢しい真似をしてきたが。それだけに
正面からぶつかるより小細工を好むという印象が強い。だがランクSが現実である以上
何か理由があるはずだ。タマモを保護したのがきっかけかと思ったが違うらしい。

「ヨコ・・お兄ちゃんは本当に強いわ。どうしてそんな事言うの?」

一応、呼称を訂正してタマモが言葉を挟む。かなり違和感があるが家族全員が
”ヨコシマ”なのだ。ここにいる間だけでも変えておいたほうが良いだろう。

二人としてもタマモにそう言われては、これ以上は続けられない。
そんな事をしているうちに、自宅に到着した。荷物を運び入れて客間に案内すると、

「あの、お母さん、私料理を覚えたいの。教えてくれない?」

律儀に注意された通りの言葉遣いで、以前から考えていた事を、良い機会だとばかりに
百合子に頼みこんだ。

「今日着いたばかりなんだから、ゆっくりしてて良いのよ?」

そう言ってみたが、タマモは譲らない。詳しく聞くと普段は台所に立たせてもらえない
という。火傷したり指を切ったりしたら危ないから、という理由でだ。その為普段は
忠夫が簡単な料理を作るか、殆どできあいの物で済ましているそうだ。自分も食事ぐらい
役に立ちたいので、前々から料理を覚えたかったと言ってきた。

「そういう事なら、基本から教えてあげるわ。ついてきなさい。」

そういって、台所まで連れ立って歩いて行きながら息子の過保護さに呆れていた。

大樹は台所で肩を並べて料理をしている、妻と娘の背中を見ながら、胸の中に暖かい
ものが満ちてくるのを感じていた。正直不安はあった。息子からの初めての真剣な
頼み事だからと妻に押し切られ、あまり表沙汰にできないような手段を使って養女に
したのだが、今日が初めての対面とあって少なからず緊張してのだ。
何せいきなりできた娘だ。自分が相手を見た時にどう感じるか、予想できなかった。

初めて見た娘は文句なしの美少女だった。さすがに自分の守備範囲ではないが
それでも美しい”女性”を見たらそれなりに感嘆する。だがそれよりも緊張しながら
話し掛けてきた、最初の挨拶でいっぺんに気にいってしまった。不安そうに
だが卑屈ではなく、おずおずと初めて口にしたであろう「おとうさん・おかあさん」
という呼び掛け。なんとも可愛らしく、またいじらしかった。この年になって初めて
”女”と”娘”は全くの別物だという事が実感できた。生きていると良い事もある。

いっそ息子だけ日本に帰してこちらで一緒に暮らしたいと思い始めた時に
息子が帰って来たのだろう、呼び鈴を鳴らしている。随分と早いので今日は
下見だけで戻ったのかと思いながらドアを開けるが入って来ない。怪訝におもっていると

「横島支社長、ご依頼の件、万事問題なく解決致しました。以上終了のご報告です。」
「ご苦労様です、横島GS、こちらの方で確認出来次第、報酬を振り込ませて頂きます。」

まだ仕事の時間だという事でケジメをつけようとしたのだろう。大樹もそれにあわせて
応対したが、舌を巻く思いだった。下手したら自分の部下達より言葉遣いが
しっかりしている。普段一体どういう仕事をしているのだろう。断じて高校生の
アルバイトのレベルではない。それとも美神事務所の方針だろうか。

「ほれ、仕事は終わりだ、突っ立ってないで中に入れ。」

そう言って招き入れると、入って来る。いきなり隠し持っていたナイフを喉元につけた。

「た・だ・お〜?、お前妹におかしな気持ちもったりしてないだろうな〜?」

別に本気で言ってる訳ではない。以前と同じ目にあわせて反応の違いが知りたかったのだ

「はあ?何ボケた事言ってんだ親父?ありゃ俺には妹ってより娘みたいなもんだぞ?
それよりも、喉が冷たくてかなわん、切るなり引くなりさっさとしてくれ。」

「ふん、娘を持った事も無いくせに生意気な。もうすぐ食事だ、さっさと来い。」

かろうじてそう返して自分も中に入っていくが、頭の中はそれどころではなかった。
いくらなんでも以前との違いがありすぎる。あれはハッタリではない、虚勢でもない。
相手が父親だからと安心しているのとも違う。どうでも良いと本気で思っている目だ。
自暴自棄という訳でもない、完全なる無関心だ。自分の生き死にに対しての。
どんな経験をすれば、人間がここまで変わるのか、追求するべき事が増えていくのを
感じたが、今は食事前だ、そういう話は食後にまとめてすべきだろう。いささか
いやかなり、消化に悪そうな予感がするが。


食堂に入って行くと良い匂いが漂ってきた。事前に伝えておいたタマモの好物を
母が作ってくれているのだろう。タマモの舌に合えば良いがと思っていると、
当のタマモがエプロンをつけて料理を運んで来た。その後に百合子が続く。

「タ・タマモ?危ない事しちゃいけないって言っただろう?」

横島が慌ててそう言うと、

「アホんだらっ!!傷や火傷が怖ぁて台所に立てるかいっ!優しさと甘やかしを
履き違えおってこのバカ息子がっ!料理は女のアドバンテージやで、早うから
覚えて何が悪いねん、このボケナスッ!」

「きゅ・急に大阪弁はズルイぞ。」

なんとか言い返したものの、こうなった相手には何を言っても無駄である。するとその時

「ねえ、ヨ・・お・お兄ちゃん、私の作った料理を食べてもらいたかったの。」

じ〜〜ん。お兄ちゃん・・お兄ちゃん・・初めて、初めて呼ばれた・・・・・
これは小さな一歩だが、いずれ俺にとっての偉大な一歩に・・・

「やかましいっ!ブツブツ言っとらんと早う座らんかっ!」

母からいきなりドツかれてしまった。何時の間にか声に出していたらしい。
この癖はなおったと思っていたが、衝撃のあまり出てしまったらしい。気をつけよう。
取り敢えず席に着き食事を始める。久しぶりというより初めての、家族全員が揃っての
食卓である。自然と箸も進む。タマモが作ったのは、油揚げを食べ易い大きさに切って
焼いた物に醤油をかけ、大根おろしとカツオ節を添えたもので、シンプルだが香ばしさが
満点でとても美味しかった。しきりに誉めると照れたように笑っていた。

食事が進む中、大樹は気になっていた事を話題に上らせる。まずは軽いジャブのみだ。

「お前帰ってくるのがえらく早かったが実際はどうだったんだ?」

この事も気になってはいた。あの鉱山は考えられる最悪のケースで例えランクSの
GSであっても確立は五分五分だ、と言われていたのだ。それを、

「う〜ん、掛かった時間は、正味30分てとこかな。方法はまあ、企業秘密って事で。」

などと事も無げに答えてくる。
横島としては正直に言う訳にもいかない。途中の精霊を強制的に送り還して、その奥には
旧知の者がいて困っていたので、力になってやった。言葉にすればこれだけだ。
使った霊符は二枚、召喚した精霊も二体。掛かった時間は30分、これで報酬は10億円。

だが横島以外のGSが派遣されていた場合、力押し以外に解決策は無く、最悪の場合
坑道の崩落まで考えられる。しかも、それでも成功するとは限らないのだ。
そう考えると悪びれずにもらっておこうと思える。どの道、使い方は決めてある。

「説明についたのはセアラだったろう?彼女は支社一の美人だ、妙な真似はしとらんだろうな?」

普通のジャブがあっさりとかわされたので、今度はスナッピィチョップだ。

タマモが疑いの目でこちらを見ているが、セアラは美人だったろうか?思い出してみる。
褐色の肌、艶やかな黒髪、眼鏡の奥の理知的な瞳、スッキリと通った鼻、
引き締まった口元、瓜実顔の輪郭、ほっそりとした肢体、なるほど美人だ。

「あ〜、なるほど、言われてみりゃ、美人だったような気がするな。」

実際、仕事の前はそれどころでは無かったし、終わった後は安堵感でいっぱいだった。
精霊騎士云々は興味も無いし、勲章など置き場所さえ忘れてしまった。
大体今の日本で勲章なぞ有難がるのは、俗悪な文化人か業欲な経済人しかいない。
明日もう一度会う約束はしてあるが、その後は会う事も無いだろう。依頼でも無ければ。

食事の時間も終わり、お茶をいれて居間に移動する。最初は寛いでいたが、どうしても
確認しなければならない事がある。まずは百合子が口火を切った。

「ねえ忠夫、最後に会ってから今までの間にいったいアンタに何があったの?」

「俺もそれが聞きたい。以前のお前と今とでは全くの別人のようだ。どんな経験をすれば
そこまで変わるのか正直想像もつかん。」

「以前お前が人類の敵として報道された時期があったわね?結局、スパイとして敵中に
侵入していたと後で報道されてたけど、あれは怒りを通り越して呆れたわよ?」

「何かあったとすればあの時期しか考えられん。その後は人類を救った英雄として
美神さんや西条とかいう男が祭り上げられていたが、お前に関しては一切の報道が無い。
一介の高校生にあれだけ危険な真似をさせておいてだぞ?」

「できればアンタの方から話してくれるのを待つつもりだったのよ。でもね・・・」

夫婦で交互に畳み掛けるように問い掛けてくる。
タマモにしてみれば初めて聞くような事ばかりだ。横島が何か大きな傷のようなものを
抱えているのは薄々感じてはいた。だが本人が何も言おうとしない以上タマモの方から
問い質すような真似は憚られた。話す事によって新たに、この優し過ぎる男が
傷つくのではないかと心配だったのだ。

一方横島にしてみれば、いずれ聞かれるだろうという予感はあった。自分の両親ながら
この二人は底の知れないところがある。タマモにも話さなかったのは別に嫌われるのを
恐れた訳では無い。同情の目で見られるのがイヤだったのだ。あの事件以来、誰も彼もが
何事も無かったかのような態度を取る。忘れた方が良いと、いずれ時が解決してくれると
必ず癒される時が来ると言わんばかりだ。

自分は癒される事など望んでいない、そんな資格も必要も無い。
無限に再生する命を持って、永遠に殺され続ける業苦。それこそが横島の求めるもの。
実際に《死》という安楽に逃げるのを許せない以上、魂を切り刻むような苦しみを自分に
与え続けたい。それこそが望み。そこまでして尚、自分に赦される資格があるとは思えない。
だからこそ、何かを守りたかった。生きていく理由の為に誰かを守りたかった。

そんな自分がタマモに出会えたのは幸運だったのだろう。タマモと過ごした日々は
楽しかった。生きていても良いのだと思う事ができた。今の自分には過ぎた幸せだろう。
総てを話す時なのだろうか?その事によって目の前の三人から背を向けられたら?
それこそ自分に相応しいだろう。一度僅かな希望を抱いて後、無残に砕け散る。
そんな絶望こそが自分のような永遠の罪人に相応しい。幸いタマモと両親を
引き合わせる事はできた。両親の様子を見る限りでは、タマモの事を気に入ったようだ。
自分が消えても仲良く暮らしていけるだろう。そう思い総てを話す事にする。

「あんまり聞いて楽しい話でもないけどな、タマモも聞きたいか?」

その問いかけにタマモは無言で頷くのみ。

「じゃあ聞いてもらおうかな。ただこれは一応極秘事項で機密指定になってるからな。
知ってるのはGS協会の上層部と各国政府の首脳部だけ、知ってるだけでもヤバイ事に
なりかねないから、誰にも言わないと約束して欲しいんだ。」

「「「誓う。」」」

三人の声が重なる。そうして横島は話し出す。切なくも哀しい、そんな思い出を。

出会いは最悪だった。最初はペットして連れ去られ、首輪に繋がれ檻に入れられた。
一旦は抜け出せたが、再びスパイとして潜入を命じられた。
人類の敵として報道され世界中の憎しみを背負った。

憎むべき敵である魔族の寿命が一年と知らされ、憎めなくなってしまった。
味方と信じていた相手に敵もろとも殺されそうになり、敵味方のジレンマに陥った。
そして運命の告白、その資格も無いのに一人の女性から愛されるようになった。

そして知る驚愕の事実。文字通りの意味での命懸けで自分の事を想ってくれた。
そうして初めて誰かの為に強くなろうと決意した。命を削るようにして自分を鍛えた。
それで幾ばくかの力を得て、南極で決戦を挑み、決着を得たかのように思った。

その後の短い時間、ささやかな幸せの日々。それでも自分にとっての黄金の記憶。
だが偽りの時間は破れ、突きつけられた現実。
そして戦いの中で守るべき相手に命をもらい、生き残った不甲斐無い自分。
総てを投げ打って自分を愛してくれた相手を救うチャンスを自分の手でつぶしてしまった。

「ようするに俺は愛してくれた女を二回殺してのうのうと生きてる最低のヤツって訳だ」

自嘲的にそう淡々と平静な声で語り続ける。
だがその静かな声に含まれる激情に、気づかない者などこの場にはいない。

横島夫妻はあまりの事に声も出ない。
周囲の大人達は何をしていたのだ?たった十七歳の自分達の息子にこれほどの
傷を負わせて。その肩に世界の命運を負わせて。確かに息子にしかできなかったのかも
しれない。他の者では力が及ばなかったのかも知れない。だが、それでも、どうしても
思わずにはいられない。「何故だ?」と、「何故自分達の息子なのだ?」と。

息子がいったい何をした?ただ一人の女性を愛し、守ろうとしただけではないか?
その女性と世界を天秤にかけるような目に、何故会わなければならなかった?
いっその事世界より、その相手を選んで欲しかった。息子が自分達を含む世界の為に
その選択をしたと解っていても、そう思う事は止められない。
息子の心を砕け散らせた事によって、救われた世界など滅んでしまえ。

世界の命運が掛かっていたのだ、色々な思惑が絡み合っていたのだろう。やむをえない
事情というものも多数あったのだろう事は推測できる。だがそれでも思う。
息子の幸せ以上に望むものなどありはしまい。
二人は自分達の中で荒れ狂う激情を抑える為に言葉も出ない。

タマモにとっては、あまりの事に圧倒されて何も考えられない。
やっと解った。この男の強さと優しさの理由が。
何も解らなかった。この目の前の傷ついた魂に何を言えば良いのか。

それでも何かをしなければいけない、言わなければならない。
焦りばかりが心に募っていく。
何も思いつかないまま、立ち上がり横島に近寄って行く。そのまましゃがみ足に縋りつく。

「ねえヨコシマ、私は貴方に出会えた幸運に感謝してるの。貴方に救われたのは、
嬉しかった。一緒に暮らせて楽しかったし、今の自分は幸せだわ。それではいけない?」

注意された呼称の事など既に頭の中には無い。そんなものは、どうでも良い。
他にもっと良い言い方があるのかも知れない。だが何も思いつかない。それでも、
この男のおかげで、どれだけ自分が救われたか、ほんの少しでも伝えたかった。

タマモの言葉を聞いて、二人も考えを纏めようとする。何ができるのかはわからない。
何を言って良いかもわからない。だがそれでも目の前の息子に何か言ってやりたかった。
二人は懸命に言葉を探す。

「なあ忠夫、それでも俺はお前が生きていてくれて嬉しいよ。お前が自分をどう思おうと
俺にとっては一人きりの息子だ、何があろうとそれは変わらない。」

「そうね、私は女だから、その彼女の気持ちが少しだけでもわかるような気がする。
確かに自分と引き換えにしてでも何かを守ろうとする事はある。今の亭主に対して
そこまでできるかって聞かれたら悩むけどね。でも母親としてなら断言できるわ。
どんなものと引き換えにしようが守りたいものはあるってね。」

二人は闇夜の嵐の海に小船で漕ぎ出すような気持ちで語り出す。
だがそれでも、絶対に向こう岸まで辿り着かなければならない。
息子を今のままには、しておけない。

「いっそあの時死ねてれば、悩む事も無かったよ。だがアイツの命を貰った以上は
生き続けなきゃならない。”死”なんて安楽な道を選ぶ事など赦されない、許せない。」

その為に、自分に価値を、生の意味を求めた。力を欲した。
妙神山の加速時空間の中での10年に及ぶ、自分を磨り減らすような修行の日々。
強くはなった。人界最強のお墨付きを貰える程度には。だがその結果、
予想もいていなかった事になった。魔族になりかけ、時の流れから外れようとしている。

その事自体はどうでも良い。おかげで力を得たのだ。
その力で何か大切なものを守る事ができれば、生きていても良いように思えた。
そうする事で、彼女と引き換えにしたこの世界と繋がっていたかった。
そんな自分がタマモと出会えたのは、幸運な偶然だったのだろう。

それからは自分を取り巻く環境が目まぐるしく変わった。
美神事務所をクビになり、一旦はGSの世界から足を洗った。別に未練など無かった。
結局呼び戻されるようにして元の世界に舞い戻り、今は六道事務所に身を置いている。
おかげでタマモと二人で暮らしていけるだけの収入を得る事ができている。

一緒に暮らし、共に笑い合う仲間も増えた。
変わらすに自分を案じてくれる、神々や魔族の少女もいる。
ならば今の自分は恵まれているのだろう。

静かな口調で総てを語り終え、そのまま口を噤む。
ようやく総てが解った。それならこの変わりようも納得がいく。

「そのルシオラという女性は素晴らしいヒトだったんだろうな。
会ってみたかったよ。息子を愛してくれてありがとう、と言いたかったな。」

「それだけの女性と出会えた貴方は幸せだわ。例え喪ってどれほど哀しい思いをしても
それでも出会わなければ良かった、とは思えないでしょう?」

「私にはうまく言えないけど、そのヒトはヨコシマの命を救って心を殺したのね。
でもそのおかげで貴方に会えたんだから、やっぱりありがとうって思う。
私は貴方の側にいる。何の力も無いかもしれない。それでも貴方の心を癒したい。
貴方と一緒に生きていきたい、ずっとずっと離れたくない。」

皆が口々に話し掛けてくる。確かに素晴らしい女性だった。出会えた自分は幸せだった。
生き延びたおかげでタマモと出会えた。ルシオラと比べる事などできないが、
タマモとの日々は確かに癒しを与えてくれた。

「それにお前は周囲の人々に恵まれている。修行をつけてくれた師匠達がお前をそこまで
鍛えてくれたのは、強くする為というより、お前の事を深く案じての事という気がする。
まるで家族に対する思いやりのようじゃないか?」

「お前が何に変わろうと、私のお腹を痛めて生んだ子である事に変わりは無いわ。
その事だけは忘れないでちょうだい。たとえ何があろうと、私達は家族だわ。」

「私も家族の一員にしてもらえたから一緒にいられる。支え合って生きていこうよ。」

思い出すのは妙神山の事。まるで優しい姉のような、慕ってくれる妹のような、
そして厳格ながらも暖かい目で見守ってくれる祖父のような、思いやりに満ちたヒト達。
それはまるで、もうひとつの家族。

そして顔をあげれば、そこに確かに在る家族の絆。それは一心に自分の事を案じる気持ち。
無私の気持ち、無償の愛。なんの見返りも求めない思いやり。
自分がそんなものに包まれていた事に初めて気付いた。

ひとつに気付けば、連鎖して記憶の視野に浮かんでくる人々の顔。
自分はどれほど多くの人の想いに支えられていたのだろう。
それを与えられる資格は自分には無いと思っていた。だが与える資格を持つ人もいるのだろう。
そんな人々の気持ちを蔑ろにする事などできはしない。

今迄の自分を見て泉下のルシオラはさぞ気をもんでいた事だろう。
だが無心で支えてくれる家族の想いが、他の多くの人々の心に気付かせてくれた。
まだ迷いはある、自責の念は消えない。
だがそれでも、顔をあげよう、前を向こう。正面から世界と向き合おう。

千年の時を超えて、彼女に再会できた時に、胸を張って会えるように。





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(あとがき)
あ〜暗い、しつこい、長い、クドい、終わらない、まとまらない。
どん底の横島を引き上げるのに無茶苦茶手間取りました。
内容の暗さに不快を感じた方はどうかご容赦のほどを。

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