華やいで
投稿者名:veld
投稿日時:(04/12/17)
逢いたいと思う気持ちが強くなれば強くなるほど、遠のいていく気がするのは何故だろう。それは、思いが明確になるほど、現実を直視しなければならないからに違いない。
もう気にしない、なんて思っても。忘れる事なんて出来ないから何度も何度も思い返す。
思い返せば。
更に、逢いたい、と思う。
「六十四回目」の墓参りも、何変わる事も無く過ぎるだろう。墓地は静寂を保ち、線香と手向けられた花の香が空気に混じり、死を優しく具現化したような、薄い香りが漂っている。彼女は手にしていた花束をそっと横たえると、汲んで来た水を墓にゆっくりと注ぎ、一年の出来事を語りだす。娘のこと、息子の事、孫の事―――。楽しそうに、時折、怒ったり、渋い顔をしたり―――そして、泣き出しそうな顔をしたり。
それに対する答えはない。頷いてくれるわけでもない。それでも彼女は一人で語り続けていた。
六十四回目。
木々の青は既に散り去り、来る冬に備えるように身を縮めている。命が死に、そして新たな時につなげるように。
冬は訪れる。彼は苔むした石段を一歩一歩、六十四年前とまるで変わらぬ姿で去年同じように通った道を昇っていた。
手にした花束が風に揺れる―――花びらが円を外れるように飛び散ったー――行き先は彼の向う友の眠る墓石の方向―――石段のつなぎ目の無くなる白色の光の中に吸い込まれるように、黄色の欠片が消え去っていく。
追いかけるように、駆け出した。追いつけないことは知っている。もうそれは姿さえ見えないのだから。
ただ、何かに急き立てられるように―――。
開けた地に幾つもの段差がある。そして墓石はまるで互い関わりを持つことを嫌うようにばらばらに配置されている。
不思議なものだった。年一回しか訪れない―――心迷う事があれば、年二回程度か―――この場所なのに、すっかり見慣れてしまっている。変化などがない所為か・・・だとすれば、まさに聖域と言う事になる。つまらない考えかもしれないが、彼は覚えていた道筋の通り歩み、友の方へ、近づいていく。
ブロック塀の仕切の一角に、人の姿が見えた。
黒い衣装を身に纏った、女性だった。
女性は、一つの墓の前で手を合わせ、静かに目を閉じている。黒色の衣装は柔らかな陽光に微かに濡れ、鮮やかな赤い唇に触れる白色の指先をぼんやりと映している。彼は彼女の姿を眺めていた。声も無く、ただ、彼女を、眺めていた。
見慣れた、女性である。
「・・・シロちゃん?」
尋ねると、振り向き、微笑んだ。あの頃よりも幾分、年を経た。それでも、まだ、長い時を生きることになるだろう。自分ほどではないにせよ。
「・・・ピートどのでござるか。お久しぶりでござる・・・今年も・・・」
友の命日ですから。
彼は微かに顔を緩めた。
そして、彼女の隣に立ち、墓石に花を添え、目を閉じる。
「タマモさんは・・・?」
「タマモは、もう帰ったでござるよ」
「残念です。逢いたかったのに」
「忙しい、のでござろう」
「・・・彼の事を知るものは少なくなりますね」
「六十四年。・・・経てば仕方が無いことでござるよ」
「・・・シロさんは・・・」
「・・・」
「再婚はしないんですか?」
「拙者は・・・先生と共にあり続けることが幸せでござった・・・」
彼女は、何の表情も浮かべてはいなかった。
彼はそんな彼女に伝える言葉を持ち合わせてはいなかった。
「・・・生まれ変わり、と言うものがあるのなら」
ただ、何気なく口から出た言葉。
「素敵ですね」
苦笑いと共にしか、出てこない言葉。
彼女は頭を振った。
そこには、微笑が浮かんでいる。
その目には、初めて見えた強い悲しみの色が浮かんでいる。
「・・・生きているから、逢える」
「拙者は、先生と―――拙者のままで、逢いたい―――でござるよ」
流れる風が静かな墓地に吹き抜ける。
さざめくように。
―――彼女は何も言わず、また、目を閉じた。
今までの
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