ザ・グレート・展開予測ショー

美神SOS!


投稿者名:竹
投稿日時:(04/12/16)

「極楽に、逝かせてあげるわッ!」

ズバアッ!

 美神の神通昆が、霊団の中核を為していた親玉を捉えた。
 だが。
「ウキョキョキョキョー!」
「ッ! 効かない!?」
 神通昆の強烈な一撃を浴びた筈の悪霊は、しかしそのまま消滅する事なく、美神に向かってその醜悪な腕を振り下ろした。
「しまっ……!」

ドカァ!

「くっ……」
「ウキョキョキョキョ!」
 悪霊の攻撃を咄嗟に防御した美神だが、その勢いを完全に殺す事は出来ず、肩を抉られてしまった。
 セーターの肩口が、赤黒く染まる。
「美神さんッ!」
 美神に親玉から引き離された霊団の残りの雑魚悪霊を殲滅した横島が、片膝を着いた美神を振り返って叫んだ。
「くそっ!」
 更にとどめの追撃を美神に見舞おうとする悪霊に向かい、横島は咄嗟にサイキックソーサーを放った。

バシィ!

 焦燥の中で放ったそれには大した霊力は込められていなかったが、取り敢えず見事に悪霊にぶち当たり、恐らくは殆ど喪失してしまった理性で勝利を確信していたであろう悪霊の注意を引き、体勢を崩してやる事に成功した。
「グァッ……!」
 それは小さな、ほんの僅かな間の隙であったが、日本最強のゴーストスイーパーと名を取る美神にとっては、反撃するに充分なチャンスであった。
 美神は、神通昆にありったけの霊力を注ぎ込んで、逆袈裟に振り上げる。
「今度こそ……極楽に、逝かせてあげるわ!」

バシュウゥゥ!

「ギャアアアア……」
 決まった。
 断末魔の悲鳴を上げ、悪霊は無へと還った。





「いたたたた……」
「大丈夫っすか、美神さん」
「痛いわ」


 ゴーストスイーパー・美神令子。長者番付の上位にもランクインされる、除霊の第一人者である。
 隣の少年は、彼女の一番弟子である横島忠夫ゴーストスイーパー見習い。高校に通いながら、美神の事務所で働いている勤労学生だ。一応正社員なのに、給料は何故かアルバイト扱いだったりするが。
 二人は、とある山村の観光組合からの依頼を受け、山に出没すると言う霊団を退治する為、この険しい山林までやって来た。
 さっそく霊団を誘き寄せ、何とか退治する事が出来たのだが、その時の戦闘で美神が肩に傷を負ってしまった。
「けっこう深いわね……」
「た、大変じゃないすか!」
「何よ、大袈裟ね。この程度の傷で狼狽えるんじゃないわよ」
「いやっ! 怪我を甘く見ちゃいけないっすよ! だからここは、傷口を見てあげますから裸になって下さい!」
「こんな時にふざけてんじゃないわよ!」

ドカァ!

「げふぅ!」
 美神の右ストレートを顔面に受け、横島は大仰なリアクションで吹っ飛んだ。
「たく……」
 どうしてこいつは、いつもいつもこうなのだろう。だがしかし、そんな彼を気に入っている事も、彼女は少しずつ自覚し始めていたが。
 ──まあ、殴られてくれてストレスを発散させてくれるから良いんだけどね。
 或いはこれも、彼らなりの師弟愛なのだろうか。
「でもほんと、どうするんすか? おキヌちゃんもシロタマも居ないし……」
 数秒の内にあっさりと復活した横島が、改めて美神に尋ねる。
「平気よ、もう出血も止まったし。手当ては、下に降りてからで大丈夫よ」
「はあ……」
 確かに血は止まっているようだが、全く平気と言うようには見えない。
 曖昧な笑顔で窺う横島に、美神は、ふう、と溜め息をついてみせた。
「あー、くそ。最近、何やっても上手くいかないわねー」
「スランプっすか?」
 アシュタロスの乱から幾ばくかの月日が流れ、ぼちぼち強力な悪霊や妖怪達も跋扈してきた。
「て言うか……ね」
「え?」
「ほら、アシュタロスの奴にエネルギー結晶を奪われちゃったでしょ。それで、マイト数がかなり減っちゃったのよ。さっきの奴も、ほんとは最初の攻撃で除霊できるつもりだったんだけど」
「ああ、そうだったんですか……」
「ついつい以前のままのマイト数で計算してたから、一撃と倒せると思っちゃったのよね。……不覚だわ」
 彼と我との力の差を量るのは、実戦に置いて重要な事である。除霊とは、常に命懸けな正に戦闘行為であり、美神はこと仕事と金銭に関しては酷く几帳面だ。この辺りの立ち回りの妙が、彼女を“最高”たらしめている。
 そしてその計算の基本となる自らの霊力は、天賦の才でこそあれ、本人の弛まぬ努力と投資によって得たものである。いきなり大幅に減少してしまったと言われて、はいそうですかと納得できるものではない。
 美神とて、現実を受け入れた上で速やかに対策案を講じなければならないと分かってはいるのだが、感情が容易には追い付いてくれない。抑もが、天邪鬼な彼女である。
「つーか、マジどうしようかしらね。仕事のレベルを下げるなんてのは、私のポリシーに反するんだけど」
「んなこと言ってる場合ですか……」
 こんな弱気な美神は、見た事が無い。それは、これまでどんな強敵にも傲岸不遜に立ち向かってきた美神が、横島に対して初めて見せた弱音だった。
「……」
 横島にとって、絶対的な存在であった美神が、余りにも小さく、弱々しく見えた。
 故に、次に彼の口から出た言葉は、全くの無意識からのものであった。


「……だったら……、俺が美神さんを護りますよ」
「……はあ? なに生言ってんのよ、横島のくせに。そう言うセリフは、一人前に稼げるようになってから口にしな」
「すんません……」
「……もう良いわよ。ほら、向こうの林に張ってきた結界を片付けてきなさい」
「はーい」
 軽くいなされてしまった。
 実際、半人前の自分が何を言っても届きはしないのだろう。彼女の危機に、自分はなんと無力なのだろうか。
 いつか、いつか美神の隣に立ちたい。美神に頼ってもらえるような存在になりたい。
 横島は、改めてそう思った。





「……ふぅ」
 結界を片しに行った横島の背中が木々の合間に消えたのを確かめて、美神はもういちど盛大に溜め息をついた。
「あー、もう。何だかなー……」
 納得いかない。
 いく訳が無い。
 自分の唯一の存在価値であった“才能”でさえ、紛い物であったと言うのか。
「……ったく、変な気を遣うんじゃないわよ。こっちの気も知らないで……」
 その上、自分の側には横島が居る。
 本物の“才能”が。
 そう考えると、仕事に関する事ばかりで霊能力の何たるかを横島に全くレクチャーしていなかったのは、いつか彼に追い抜かれると言う怯えからだったのか。そんな自分が、酷く汚い人間に思えてきてしまう。
「今まで積み上げてきたものは、何だったのよ……? あたしには、何の価値も無いって言うの……?」


「そんな事はないだろう」

「!?」
 突然、背後から声を掛けられ、美神は振り返った。
 全く気が付かなかった。除霊を終えて油断していたからか、それとも──。
 ネガティブな方向に沈んでいる美神の精神は、全ての事象・事実を悪い方へと捉えてしまう。
「何よ、あんた。……人間じゃないわね?」
 先ほど手放した神通昆をさり気なく引き寄せながら、美神は問う。
 そこに居るのは、サングラスを掛けた知らない男。
 男は、質問に答えぬままに言葉を継いだ。
「……時空移動能力を持つ美神の血は、神族魔族にとっては忌むべき存在。貴様とて、魔族に狙われた覚えはあるだろう」
「……!」
 思い当たる。
 母との十年振りの再会。
 あの時、自分や母の命を狙ってきたあの妖怪は……
「加えて」
「何よ」
「恐るべきは、コスモプロセッサや究極の魔体の核となる“エネルギー結晶”を軽々と受け入れてしまう、その魂のキャパシティ。……貴様の魂を欲しがる者は、大勢いるんだよ、美神令子」
 男の口元が、皮肉げに歪んだ。
「……だから何よ。あんたは、一体なにをしにきたのかしら」
「決まっている。……俺も、貴様を欲する者の一人だと言う事だ。正確には、俺達のボスが、だがな」


 ──そのセリフが終わるか終わらないかの内に、美神は神通昆を男に向かって振り下ろしていた。

バシィ……!

「──なっ……!」
「ふん……」
 だがしかし、渾身の力を込めた筈のその一撃は、男の身体に傷一つ付けられてはいなかった。
 剥き出しの霊体である魔族は、霊波攻撃には弱い筈なのに……。
 勿論、それは美神が負傷していたからであるが、男が強い事も確かだった。
「むん!」

ドゴォン!

 男の放った霊波砲が、至近距離で美神を捉える。

ズガァン……!

「がっ……!」
 霊波砲をまともに食らい吹っ飛ばされた美神は、十数メートル先の大木に背中を強かにぶつけ、意識を失ってしまった。
「ふん、他愛も無い……」
 気絶した美神を捕らえようと、男がゆっくりと歩を進める。
 と。

ガサッ!

「!」
 そこに、乱入者が飛び込んできた。
 霊波砲の音を聞いて、引き返してきた横島である。
「? ? ? ええ!?」
 駆け付けた横島は、状況を把握できずに混乱した。
 目を回して横たわっている美神に、サングラスを掛けた知らない男が歩み寄っている。
 男は、恐らく人間ではない。だって、角が生えてるもの。
 しかも、何かやばそうな人だ。いや、人じゃないけど。
 やばい人には近付かない。それが、惚れた女の子の前以外では、徹底的に格好付けない横島の信条だ。
 しかし……
「あんた……、美神さんに何するつもりだよ……!」
 横島の問いに、男が振り向いて答える。
「……文珠使いか。まあ、そう睨むな。俺が用があるのは、美神令子だけだ。邪魔だてしなければ、貴様は見逃してやる。とっとと消えろ」
「なっ……!」
 男の言葉に、横島は激昂した。


「ふざけんなー! 貴様、美神さんを気絶させて、何するつもりだー!? その女は、俺のやー! その乳尻太腿は、全部、俺のんじゃー!」
 ……血の涙を流して。
 そんな横島に少々引きつつも、魔族の男は冷静に続けた。
「……心配せずとも、貴様の考えているような下衆な事はせん。俺達のボスが欲しているのは、この女の魂よ」
「ど、どう言う事だよ!?」
「貴様に説明しても意味は無い。……時間の無駄だ、とにかく俺はこいつを連れてボスの下へ帰る。貴様は、一人で帰るがいいさ」
 そう言って、男は再び美神へと歩み寄ろうとする。
「さっ……させるかぁっ!」
 それを見た横島は、叫ぶと共に男に文珠を投げ付けた。
 刻まれた文字は、

『乱』

「何ッ!?」
 瞬間、男の足が縺れた。
 平衡感覚がなくなり、目の前に居る筈の美神や横島の姿が捕捉できなくなった。
「くっ……、ど、どう言う事だ……!」
 文珠とは、霊力を固めて造った珠に様々な概念・事象、或いは物質そのものを表す一文字を刻む事によって、それを具現化してしまうと言う、ある意味なんともいい加減な能力である。
 文珠それ自体は飽くまで術者の霊力である為、自分より格上の相手には力尽くでねじ伏せられてしまう事もある。相手が神族魔族であれば、尚更だ。
 しかし。
 横島がここで文珠をぶつけたのは、男ではなく“この空間”それ自体だった。
 文珠はいい加減な能力と言ったが、それは詰まり術者のイメージ次第で無限の可能性を秘めていると言う事だ。想像力が、そのまま力になる。正に、反則と言える。
 横島が文珠で図ったのは、場の霊気の流れを『乱』す事。
 こうしてしまえば、霊感を初め全ての霊能力に狂いが生じる。“霊体に皮を被せただけ”の魔族に対とってなら、その効果はより顕著だ。
「お、おのれぇっ……!」
 頭を押さえて呻く男を尻目に、横島は気絶している美神を抱き上げると、その場から逃げ出す。
 基礎があやふやで、こと霊感に関しては霊能者として致命的な程に鈍感な横島は、この『乱』された空間の中でも幾らかマシに動けたのだ。
「戦略的撤退─────!」
 そして、負け惜しみも忘れないのは、流石と言うべきか。





ザザザザザ……ッ!

 美神を抱えて遁走した横島は、とにかく少しでも例の魔族の男から離れようと、全力疾走した。
 彼には未だに状況が掴めないが、取り敢えずあのグラサン男に美神を渡してはいけない事だけは何となく理解できた。
 無論、彼とて敬愛する師を見捨てる気などさらさら無い。
 横島は、美神を抱え、森の中を夢中で走った。

ザッ!

 不意に、森が途切れ視界が開けた。
「あ……」
 しかし、前方には道が続いていなかった。
 目の前には、目も眩むような断崖絶壁が落ちている。
「ひえ〜……。ど、どうする……?」
 横島が、思わず一人ごちる。
 美神は、いぜん目を覚ます気配は無い。ここは、自分一人だけで決めなければ。そして、その決断に懸かっているのは、自分の身だけではないのだ。
「……!」
 チラリと、後ろを振り返る。
 いい加減に文珠の効果も切れただろうし、今頃は、グラサン男が二人を追い掛けてきている事だろう。
 逃げ足に関してだけは自信と定評があり、それこそ魔族にだって簡単に捕まる事は無いと自負している横島だが、それにしたって、このままではすぐに追い付かれてしまうだろう。
 ならば、自分があの魔族の男と戦ったとして、勝利を収める事が出来るのか?
 ……ちょっと何とも言えなかった。
 絶対的に自信の足らない横島には、それは少し無理な相談なように思えた。ましてや、傷を負い、気絶した美神を庇いながらの事では。
「み、美神さんなら、こんな時どうする……!?」
 目の前には、崖。そして、それに沿うように左右方向に伸びる道。
 ここで、自分達と逆方向へと男を誘導できれば、一気に彼との距離を空けられる。逃げ切れる可能性も、高くなると言うものだ。
 今現在は、男との距離はどれだけ離れているのだろうか?
「ええい、くそッ! 迷ってる暇は無い!」
 横島は文珠を取り出すと、再び『乱』の文字を刻んだ。
 左右どちらの道を逃げたのか。それを探られないように、場の霊波を『乱』しておく。
 文珠によって、滅茶苦茶に掻き回された場の霊気。ここから横島達の足取りを追うなど、犬神でさえ不可能だ。
 そして。
 ──そうして細工を終えた横島が選んだのは、右でも左でもなく……


 前方。


「どりゃああぁあっ!」
 美神をしっかりと抱き抱え、横島は、崖の向こうへと飛び出していった。





「……ちっ」
 横島と美神を追って森を抜けた男は、思わず舌打ちした。
 眼前には、かなりの高さを垂直方向に落ちている崖と、それに沿って左右二股に分かれている道。
「どっちだ、どっちに逃げた……!?」
 必死に二人の足取りを追おうとするが、妙な感覚に邪魔されて、ここまで辿ってきた彼らの霊波が見付けられない。
 恐らくは、またあの文珠使いの仕業だ。先程と同じ術で、場の霊気の流れを乱してしまったのだろう。これでは、連中がどちらに向かったのか分からない。
「くそ、どうする……?」
 下手に動くのは、危険だ。もし選んだ道と反対方向に逃げられていたとしたら、それこそ取り返しが付かない。
 と言って、何の手掛かりも無しにこの広大な森の中から人二人を捜し出すと言うのは……
「落ち着け! まだ遠くには行っていない筈だ」
 テンパりかける自分を叱咤する。
 そうだ。追おうと思えば、手は幾らでもある筈──
「……」
 途方に暮れそうになる自分に、本来の目的を思い出させる。
 自らの主に、美神令子の捕獲は自分に任せてくれと言ったのは何故だったか。
 ……憎しみだ。
 そうだ、奴を逃す事など、決して出来ない。出来る筈がない。
 ──男は、萎えかけた闘志が再び湧いてくるのを感じた。
「……美神令子をボスに差し出した後は、悪魔ワルキューレ、奴をこの手で始末する。あの二人を、許す事など出来ない。……兄貴の仇だ」


 兄を殺した二人の戦乙女の顔を思い浮かべ、男は憎悪を燃やし、それを気力へと変えた。





ドサササササササッ!

「……ふう」
 内蔵がおかしくなってしまいそうな垂直落下を経て、美神を抱えた横島は深い森の中へと吸い込まれていった。
 着地する直前に『柔』と刻んだ文珠を地面に投げ付けた為、落下によるダメージは少なくてすんだ。それまでに通過した木々の枝葉によって、幾らか引っ掻き傷を負ってはいたが。
「……」
 その場に座り込んだまま、横島は考える。
 この後、どうするか?
 ……兎に角、逃げなければ。麓の群まで着いたら、オカルトGメンにでも連絡して、美神さんの身柄を何とか保護してもらえるようにして──

ガサッ

「!」
 そこまで考えが及んだ時、横島の耳に草を踏む音が聞こえた。

ザッ、ザッ、ザッ……

 足音だ。
 しかも、これは獣などではなく、人型の何かのもの。それが、複数。
 そして、恐らくこの気配は──足音の主は妖魔だ。それくらいの事は、横島にも分かる。
「くそ、さっきの奴の仲間が居たのか……!?」
 それにしたって、幾ら何でも見付かるのが早過ぎると思うが、ヒャクメのように追跡能力に長けた能力の持ち主なのかも知れない。
「ど、どうする……!?」
 自らは疲労困憊の状態であり、美神は自分の腕の中で気を失っている。
 この状態で魔物と戦うなんて、無茶もいいとこだ。
 万事休すか。

ガサッ!

 果たして、木々の合間から二つの人影が顔を出した。
「……!」
 横島が、恐怖に目を瞑る。


 しかし──

「おや、美神令子に横島じゃないか。何をやってるんだい、こんなところで」
「あーっ、横島にーちゃんだぁ!」

「え……?」
 敵意の感じられない声に、思わず目を開ける。すると。
「お前達は──」
 横島の両の眼が映し出した少女と少年の姿は、彼の見知ったものであった。




To be continued...?

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