ザ・グレート・展開予測ショー

宣戦布告(その1)


投稿者名:金物屋
投稿日時:(04/12/14)

因果応報という言葉がある。

過去や前世における行いの善悪に応じて報いがあるという意味であり、古来より人の心を戒めるために唱えられてきた。
しかしながら、人は悪事と認めつつも目先の欲望に忠実な生き物である。
限りない欲望の前に、戒めは常に軽んじられているのだ。

ここに一つの例を挙げよう。
1926年、昭和元年に花戸鷲彦という高利貸しがいた。
街は第一次世界大戦による特需景気が過ぎ去り、追い討ちをかけるように関東大震災が経済混乱に拍車をかけていた。
当時、関東大震災の影響で生活に困窮する被災者が後を絶たず、彼はそんな人々に貸し付けては身包み剥がすやり方で私腹を肥やす。
しかし、被害者の怨念は筆舌に尽くしがたいものがあり、何人かは彼の呪詛を試みる。
その効果は不明であるが昭和十六年十二月の開戦直前、上野の一等地に在った彼の屋敷に
身の丈十五メートル程にもなる貧乏神の姿が霊能者によって目撃された。
話を聞いた鷲彦は当初一笑に付したものの、事業が急激に不調に陥り、そして昭和十七年四月十八日、東京初空襲にて財産は一瞬で灰燼と化した。
本人もまた、3年後の昭和十九年から始まった日本本土爆撃の犠牲となり、その生涯を終える。
彼の子孫は戦争と戦後の混乱の中、因果がもたらした窮乏と赤貧に苦しみながらも時代を生き、結婚し、
生まれた時から貧乏を運命付けられた人生を歩んできた。

数十年が過ぎて現在、鷲彦より四代目にあたる花戸小鳩の代でようやく曽祖父の業から解放される。
当分は低所得から抜け出せそうにない日々ながらも彼女はささやかな幸せを見つけていた。


日はまた昇る。
世界中に例外はなく、築十数年を経たアパート「椎名荘」も朝日に照らされて
くすんだ外壁を束の間の化粧で彩っていた。
ここ数日は曇り空が続いていたのだか、ようやく晴れ間が広がって綺麗な朝焼けを見せている。
大部分の人間にとっては気にも留めないこの風景をアパートの窓から一人の少女が見つめていた。
窓枠にそっと掌を置き、昇る太陽を真っ直ぐに見つめている。
一日の始まりを最も良く象徴するこの光景が彼女は好きだった。
壮大な自然の運行に感じるものがあるのだろう。
眼前に立つ一軒家の屋根から徐々に太陽が姿を見せ、やがて完全に天空へ姿を表すと
少女は元気を貰ったかのように笑顔を浮かべて視線を部屋に戻した。
古びた外観にふさわしく、部屋も所々に染みと傷が目に付き、畳も数年張り替えられていないようで
ささくればかりか微かにカビ臭い臭いも放っている。
それでも丁寧に掃除されているらしく、埃はどこにも見あたらなかった。
少女は使い古された布団を畳むと、朝食の支度に取りかかる。
トン、トンと包丁の音を響かせて特売で買った形の悪い大根を切っていると
もう一枚の布団で寝ていた少女の母親の花戸燕がそっと上体を起こした。
以前は健康に難があり臥せっていたが、今は肉付きも良くなり白い肌にも精気が感じられた。
それでも病床にあった時の習慣のまま、自分に代わって家事を行う娘に対し、精一杯の感謝を込めた言葉を贈る。

「お早う、小鳩」
「お母さん、お早う」

少女は母に明るい声で返事をすると、ちょうど切り終えた大根を鍋に放り込む。
少女の名は花戸小鳩、赤みがかかった髪を三つ編みにまとめ、おとなしそうな
印象を与える垂れ目が特徴の女子高生であった。
幼い頃に父親と死別し、母子二人で育った彼女の生活は見ての通り裕福とは言えなかった。
 それは母子家庭だから、というものではなく、もっとずっと大きな原因があるのである。

「お早うでんがな、小鳩」

突然空中にメキシコ風の大きな帽子を被り、唐草模様のマントを羽織った奇妙な影が現れると、
当然のように朝の挨拶を送った。
子供程の体躯の割には非常に頭が大きく、宙に浮く異様な存在。
明らかに人間ではない、異様と呼ぶべきことがふさわしいそれこそが彼女の家
庭から富を奪った存在―。貧乏神であったのだ。
 
「お早う、貧ちゃん」

けれど、小鳩はそんな貧乏神にも母親と変わらぬ口調で挨拶する。
生活は苦しくとも小鳩は明るい元気な子に育ち、貧乏神を「貧ちゃん」と呼んで仲良くつき合っていた。
しかし彼女に貧乏神が憑いていると知ると友達は関わりたくないといった目で、小鳩から離れていくのが寂しかった。
高校に進学した後には母の燕が体調を崩し、小鳩は学校を休学してアルバイトを始めた。
あと数年、あと少しで花戸家に課せられた怨念は消え、貧乏は去るはすだったし、彼女もそれを支えにして日々の生活を過ごしてきた。
少しでも生活を楽にするため、より家賃の安い「椎名荘」に引っ越したのだが、
隣に住む少年によって貧乏神は再びエネルギーを注ぎ込まれてしまった。
一時は小鳩と少年は結婚までしたが試練に挑戦した少年によって貧乏神の呪いは解け、貧乏神は福の神に生まれ変わった。
しかし生活は少しマシになった程度で、相変わらず小鳩も「貧ちゃん」と呼び続けている。

燕が布団を押入にしまい、ちゃぶ台を置くと小鳩はすぐ朝食を並べ始めた。
ご飯、味噌汁、塩鮭が3人分。
いただきますとの声と共に燕と貧ちゃんが急かされるようにかき込むのはまだ食事に事欠く頃の癖が抜けていないのだろう。
小鳩はそんな二人とは対照的に落ち着いた表情で箸を動かしてゆく。
元々大した量ではないため、小鳩が半分も食べないうちに二人は朝食を済ませてしまった。

「ごちそーさま」
「ご馳走様」
「お母さんも貧ちゃんもそんなに早く食べなくてもいいのに」

小鳩は苦笑して食器を片づけ始める二人を見ている。こんな些細なことにも彼女は幸せを感じていた。
やがて小鳩も朝食を食べ終えると、後片付けをする。

(横島さんどうしているかな)

流しで茶碗を洗いながら、小鳩は隣に住む少年のことを考えていた。
小鳩が隣の住人、横島忠夫と出会ったのは「椎名荘」に引っ越して三日後のことである。
前述の経緯で名目だけとはいえ夫婦となった少年を想うと胸が高鳴るのを自覚するが、
彼の周辺にいる女性達を意識すると気後れしてしまう。

(初恋が実らないって本当なのかな…)

その少年は貧ちゃんの存在を知ってもなお自分に近づいてくれた。
偽善でなく心から小鳩の事を気にかけてくれた彼に気が付けば恋をしていた。
結局自分よりお似合いだと認めざるを得ない女性が彼の近くにいる事が解り身を引いた形になっていたが
彼を想う気持ちは時が過ぎる程強くなってゆく。
開け放たれた窓からは早朝の冷たい空気が風となって入り込み、微かに彼女の髪をさざ波のように揺らすと、
微かに車の排ガスの交じる空気を吸い込みながら彼は今日学校に来るのだろうかと考える。

GS見習である彼はあまり学校に来ない。
来たとしても学年も違うし、会う機会も殆ど無いのであるが同じ校舎にいるだけでもその日一日は気分良く過ごせるのだった。
この頃、小鳩が早朝の布団でまどろみの最中にも関わらず「せぇんせーっ♪」と呼ぶ声が聞こえてくる。
お日様も姿を見せない内に彼とその声の持ち主が階段を慌しく駆け降りる音がしてまた静寂が戻るのだ。
聞けば新たな仕事仲間だというが、小鳩にとっては新たな恋敵の出現とすぐに理解した。
彼の方はその想いに気付いてない、というより気付く余裕が無いと小鳩は考えている。
ある時、彼の心には既に住む人がいるのだと気付かされた。
そしてその人はもう居ないという事も同時に気付いた。
言葉で聞かされた訳ではなく、偶然夕日の中で見た彼の表情とその瞳が教えてくれた。
彼の瞳は遠くの、ここには居ない誰かを見ていた。
その眼差しはとても優しそうで悲しそうだった。

(横島さん、誰の姿を見ているのですか?)

胸の痛みに耐えながらも小鳩は横島に尋ねたかったがとてもそのような事ができる雰囲気ではなかった。
心当たりが無い訳ではない、横島さんが魔族の手先になったという疑いが晴れて学校に戻ってきた日に校門でたたずんでいたという女の人。
私は横島さんの事で頭が一杯だったのでその人の姿を見たのは一瞬だけ、横島さんと一緒に学校を飛び出す姿だった。
けどこれを最後にあの人の姿を見る事はなかった。
美神さんやおキヌさんは知っている筈、でも語らない。
そして横島さんの周りでは「彼女」が最初から存在しなかったように以前の日常が戻ってきた。
でも、「彼女」は横島さんの心の中で今も存在しつづけている。

(私にできる事は時々食事を差し入れたり、部屋の掃除をしてあげる事だけなのかな…)

相変わらず美人の人に目が無く、おっちょこちょいな所もあるけど横島さんは確かに以前より変わりました。
悲しい事を経験して前よりももっと優しく、もっと強くなったと思います。

やがて朝食の片付けが終わり、セーラー服からエプロンを外してハンガーに架ける。

「それじゃ、お母さん、貧ちゃん、行って来ます」

学校へ行く支度も整い、小鳩はいつものようにひまわりのような笑顔を浮かべて扉の外へと踏み出した。
すると目に飛び込んで来たのは今しがた考えていた想い人の姿。

「あ、小鳩ちゃん」

目の前では制服姿の横島が学生鞄を持って学校へ行こうとしていた。
心臓が瞬間的に高鳴って頬が朱に染まる。

「横島さん、おはようございます。今日は学校に行けるんですね」

朝から横島に会えた喜びを笑顔に浮かべ、明るい声で小鳩は横島に挨拶した。
隣同士とはいえ登校のタイミングが一致するのはあまり多くない。
小鳩は一緒に行きたいのだが横島の方がランダム過ぎて出会えないのだ。

「今日はバイト無しだからね。小鳩ちゃん、一緒に学校行く?」

「はい、久しぶりですね横島さんと一緒に登校するの」
 
(今日この日に横島さんと朝から出会えるなんて…)

今日は彼女にとって特別な日。
目の前の少年を見つめながら小鳩は一層輝きの増した笑顔で返答した。



後書き

小鳩ちゃんはGS美神の女性陣の中でも好きな方なのですが登場するSSが少ないので自分で書いてみました。
原作でももっと出番を増やしてほしかったキャラクターです。
当初は花戸家四代の歴史のお話を書こうかなとも思ったのですがオリキャラの話と説明にしかならずGS美神の世界とかけ離れてしまうので止めました。
また、先に投稿した「いちばん長い日(その1)」ですが「非常に読み難い」という意見をいただきましたので
いろいろ手直しして「いちばん長い日(その1・改訂版)」として可能でしたら投稿してみたいです。
書くペースも遅くなりがちですしSSを書くのは非常に難しいですね…。

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