ザ・グレート・展開予測ショー

夏への扉


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/12/13)

私が飼っている猫のピートは、冬が訪れるときまって夏への扉を探しはじめる。
彼は、家にたくさんあるドアのひとつが夏に通じていると信じていて、寒気が吹き荒ぶたびに私にドアを開けるよう要求する。
控えめに開け放たれたドアの向こうをひとつひとつ慎重に見定め、やがて失望した目線を私に送るのだった。

そして、私もまた夏への扉を探していた。



どんよりと澱む鉛色の空に挑みかかるかのように、ピートはじっと窓の外を見上げていた。
同じように沈む私に背を向け、雲の先にある夏の空を見つめて佇んでいた。
こんなときはお互いに話しかけるような真似はしない、それがさほど長くもない付き合いのうちに結ばれたルールだった。

ピートは私が嫌いなわけではない。
むしろ、彼ほどに愛情の深い猫に出会ったことはなかったし、これからも出会うことはないように思う。
媚を売るような振る舞いをすることはけっしてないが、静かに注がれる彼の愛情にどれだけ私が満たされてきたことか。

だが、彼は時折こうして孤独に耽ることがあった。
始めのうちは、その理由がわからずに困惑させられたものだが、今はなんとなく彼の気持ちがわかるような気がしてきた。

彼は猫だ。
今のピートがいくつなのかは知らないが、遅かれ早かれ彼のほうが先に死を迎えるのは間違いない。
私もあんな商売をしている以上、彼よりも先に死ぬ可能性はいくらでもあるが、そんな仮定の話をしてみても意味がない。
日一日として一緒に過ごしながら、同じ時間を歩むことが出来ないために、ことさらに深入りをすることを避けているのではないか、そんな気がしてならなかった。

そういえば、もう一人のピートのほうも似たようなところがある。
彼は猫のピートとは違い、どちらかと言えば私を見送るほうの立場なのだが、同じようなことを考えているに違いなかった。
二人のピートが揃ってろくでもないことに悩んでいることに、私は苦笑いをするばかりだった。

「ねぇ、ピート」

日も陰り、空の暗さが増した頃合を見計らって、私はピートに声を掛けた。
彼は振り向きもせず、少しばかりしっぽを振って応えるだけだった。

「男ってのは、どうしてみんな臆病なワケ?」

私の問い掛けにピートは、

「ニャア」

とだけ、肯定とも否定ともつかない返事をするのだった。



冬が訪れると、私はきまって夏への扉を探しはじめる。
ドアのひとつが夏へと通じていると信じて―――――

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