ザ・グレート・展開予測ショー

いちばん長い日()


投稿者名:金物屋
投稿日時:(04/12/13)

七月のある日、西伊豆の駿河湾を臨む長浜町(注1)は一年で最も賑やかな時期であった。
伊豆半島の付け根、静岡県と神奈川県の県境、駿河湾の一番奥深くに位置する内浦湾、
複雑な地形の海岸線からは富士山を臨める風光明媚な観光地だ。三津浜には伊豆三津シーパラダイスと淡島
マリンパークの二つの水族館があり、波静かな海水浴場はこの時期大勢の観光客で賑わっていた。
一方で全国的な観光地であるこの地にはもう一つ裏の顔が存在した。
この地方は付近を貫く糸魚川・静岡構造線に関係する地脈の流れと、太平洋を流れる日本海流の
複雑な関係により、魑魅魍魎の跋扈する心霊スポットとなっていたからである。
もっとも、それらの殆どは実害のない低級霊や妖怪であり、村人にとっては妖怪も犬猫と同じく、どうでも
いい存在に過ぎなかった。家には例外なく簡易な結界(注2)があり、街中には村の予算で造られた宝塔が
住宅街では五十メートルに一つの割合で立っていたし、海岸には膨大な量のコンクリートによって過剰とも
いえるほどの対妖怪防壁が建造されていた。一見のどかな村であるがこれほどまでに霊的な要塞化されたと
ころは国内でも稀であろう。村人が霊を恐れないのはこの「駿河湾の防壁」に篭っているためである。
もっともこれらは悪名高い日本的な公共事業の賜物であった。公共団体と建設会社の癒着、影響力増大を
図るGS協会の警告により十年以上にわたり築き上げられたそれは、住民の保護よりも利権やリベートを
目的としていることは乗万時の住民では公然の秘密であったが、日本人に多い税金の使途への無関心(注3)
と、自分の身を守ってくれるなら…という意識が彼らを沈黙させていた。
しかし近寄れないとはいえ、放っておけば増えつづける魑魅魍魎の駆除が必要であり、年に一度のこの月に
なされる。従来、大金をかけてゴーストスイーパーに委託していたものの、日本でも有数の霊能者養成機関
として名高い六道女学院が無料奉仕を買って出た為、学院の一年生によってなされるのがここ十年の状況であった。
六道女学院は日本各地から霊能者の素質を持つものが集まって英才教育を受けており、彼女らエリートに
とっては、数ばかり多い魑魅魍魎の駆除など大した事ではなく、行事として臨海学校に組み込まれていた。
そして今年も東京からゴーストスイーパーの卵140名(注4)を乗せたバスが目的地に向かいつつあった。
一号車の内部では、臨海学校引率者兼責任者の鬼道政樹教諭が臨海学校ではしゃぐ生徒を相手に様々な注意を
行った後、数日前から続いた準備作業の疲れによりぐっすりと眠っていた。
彼は平安時代から続く陰陽道の名家であったが、次第に没落し、現在は新興の六道家が経営するこの学院で
教諭を務めていた。
そのことにこだわりが無い訳ではないが、自分に向いているのか、彼はこの仕事を気に入っていた。
今回臨時講師として同行する、幼馴染で理事長の娘でもある六道冥子との関係は、学院で格好の話の種になっ
ているが、本人は周囲の噂にはいたって無関心で、彼が冥子のことをどう思っているかは謎のままである。
臨海学校は海岸を臨むホテルにて2泊3日し、二日かけて除霊を行い、最終日は海水浴で締めくくるという内容で、
組織的な除霊を実践するのが目的である。主な活動場所は五キロほどの砂浜が広がる小間波海岸とはじめから決まっている。
「駿河湾の壁」によって他地点への上陸が阻まれている以上、魑魅魍魎が集まるのはここしかなかった。
有名GSの子女も多い六道女学院の生徒とはいえ、このような大規模な除霊作業を経験するのはこれが初めて
というものが殆どであり、万全の体制をとってGSとしても一流の教師陣のほか、外部からも現役GSを招い
ていた。うち、美神令子は六道家とは祖父母の代から付き合いがあり、年に幾度かは学院の講師も勤めていた。
彼女はその実力において、大変優れたものがあったが、人間的には大きな欠陥があった。極めて欲深く、金の
事ばかり考えていた。彼女の性格を良く表しているのが助手として雇っている少年、横島忠男の待遇であった。
彼は大変な女好きではあるが非常によく働き、GSとしての実力はすぐにでも開業できるほどのものである。
通常、彼ほどの素材となると相場で月給500万円、働き振りからして最低一千万円は受け取る資格がある。
しかし、彼がもらっていたのは時給255円に過ぎず、この薄給に加え仕事道具130キロを細身の体で持ち
運ぶことを強要されている。当初、全身の筋肉が悲鳴を上げ、歩くことすら出来なくなっていたが毎日血尿を
出しながらも、仕事を止めることなく働き続けてきた。容色に優れた美神令子に惹かれたとはいえ、ここまで
塗炭の苦しみを味わっても付いて行く彼のことが気の毒でたまらない。
また、彼自身にも責はあるものの、美神の彼に対する暴行は誰の目にも犯罪的といえるものであった。ある時
高級ホテルの依頼で、スライムの駆除を請け負ったことがあり(注5)、彼自身スライムに襲われながらも美
神に危険を知らせようと彼女の部屋へ駆け付けたら覗きと間違われ、こぶしを何度も打ち付けられ、ぼろ雑巾
のように打ち捨てられた。頭蓋骨にひびが入り、内臓が破裂するほど執拗に殴られたのである。翌朝、彼はひ
どい気分と頭の上から岩を乗せられているような痛みに悩まされながら目を覚ましたとき、美神は既に出発し
た後だったので足を引きずって四時間かけて自宅に帰り着いた。当然ながら医者に通う金など無く、夜もまと
もに眠れないほどの激痛に一月悩まされた。このようなことは日常茶飯事であり、彼には生傷が絶えなかった。
今回も女生徒との同乗は生徒に不快感をもたらすという理由のため別に来るよう言い渡され、ここにはいない。
やがてバスの車列が停止し、生徒達は次々に降り立つとこれから数日を過ごすホテルと反対方向の海岸を交互に見やった。
バスに揺られた疲れもあるものの、これから経験したことの無い規模の除霊を行うという緊張があるのだろう。
風景明媚な観光地に来たという開放感よりも表情の固い少女が何人か認められた。
美神令子はやはり優秀なGSである悪友の小笠原エミと式神使いの六道冥子と平然とバスを降りる。
「う〜ん!」
腕を振り上げる形で身体を伸ばし、移動の疲れをほぐしつつざっと小間波海岸に意識を集中する。
遊泳禁止の札と共に監視員が何人か立っているが悪霊の姿は影すら見えない。
この時期観光客は立ち入らないよう制限されてるとはいえ、浮遊霊の一つも見えないのは彼女の記憶で初めてだ。
「静か過ぎるわね…」
霊感にひっかかるものでもあるのか機嫌悪そうに顔をしかめるとしばし沖合いに目を向ける。
傍らの友人も注意深く眼前の海原を観察するが水平線近くに漁船や貨物船が見えるだけだった。
「ま、明日の夜来るのはわかっているワケ」
結局数分程そのまま観察し、涼みたがっているエミに促されるまま既に生徒達があらかた入ったホテルへと足を向けた。
入る直前、美神はもう一度振り返って海に目を向けたが照りつける太陽の下にカモメが舞っているだけだった。


そこは光が無かった。
日本第二位という魚種の豊富さを持つ駿河湾は日本一深い湾でもある。
湾奥でさえ水深1000メートルに届く世界有数の深さを持つ海底のさらに奥、最深地点の2800メートルという一切の光が届かない海底。
深海魚が時々通り過ぎるだけの暗黒の世界に既に現世での生命を終えた者達が集まっていた。

六道女学院の生徒とGS数名が到着したという報告は侵攻作戦最高司令官トラフォード・D・ラムゼーに対し迅速に報告された。
横須賀の在日米軍基地にて勤務する士官だった彼は不慮の事故死を遂げた後付近の海域をただ彷徨うばかりであったが
付近の霊と接触する内に毎年無残な失敗を繰り返すこの上陸作戦を知り、自ら最高司令官を名乗り出た。
「今まで誰も成功しなかった事を成功させる、それは非常に意味のあることだ」
そう語った彼は遠い異国で死なねばならなかったのはこの為ではないか、と天国へ昇れず漫然と海原に漂っていた自分に
運命付けられていた任務なのかもしれないと思った。
前年の上陸作戦を彼は直接見てないが参加した経験のある帰還兵から記憶をダイレクトに伝えられている。
従来は数を頼みにしてただ突撃するのみであり堅固な陣地で待ち構えているGS達に撃破されるのみだった。
(…バンザイ突撃だな)
ふとそんな事が思えたが霊体に大きな損傷を負ったその帰還兵には顔に出ださなかった。
強力な対霊装備と組織力を持った相手に対しては直接的な物理攻撃、通常兵器を使うしかないと考えた。
こちらもそれなりに組織だった軍隊を編成して寡兵で突撃したとしても相手が霊能者である限り
撃退される可能性は高い、なら物理的な攻撃すれば対霊に特化した相手を叩けるのではないか。
そして成功すれば自分も偉業を成し遂げたことで天国に行けるのではないか。
例え地獄であったとしてもこれが自分に与えられた役割だ。
そして一年近くの準備の末、再び集まり出した怨霊や幽霊船に対し海底で秘密保持に注意を払いながら訓練を重ね
どうにかものになる、と判断できるまでになった上陸部隊はようやく訓練の成果を発揮する日が来たのである。
ラムゼーが光の届かない海底でも関係無く眼差しを向けた先には延々と海底を埋め尽くす大霊団が見えていた。
「諸君、君らの中には何十年も生きていた者も少なくないだろうが生前、死後を通じてこの作戦の決行日が」
一度言葉を切ると改めて上陸部隊を見渡し口を開く。
「それが我々にとって一番長い日となるだろう」



注1 適当過ぎますね、これは。一応沼津の近くという設定にしました。
注2 お札など
注3 偏見でしたらすいません
注4 コミックス24巻74ページによって1クラス大体20名と計算し、1年はG組まで確認されているので140名と計算
注5 コミックス11巻眺めのいい部屋!!

後書き
この作品はGS美神がギャグ漫画というせいもあるでしょうが、元ネタとなる「史上最大の臨海学校」に不満があって書いたものです。
何年も前に未完の状態でほったらかしだったものをGS美神のSSが書きたくなって続きを考えたので投稿させていただきます。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa