ザ・グレート・展開予測ショー

雨(18)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/12/12)

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笑み。
人と向かい合ったとき、本当に恐ろしいのは相手が笑っているときだろう。
余裕、韜晦、嘲弄、捨身。
何を含んでいるか、わかったものではない。
そのうえ、相手が決して笑わないような状態にいたりすると……。
端的に言うと、横島はビビりまくっていた。
「た、タマモ?」
無言。返事は無い。
ただ、微笑んでいる。
怖い。
「え、えーっと。あの、な?」
さっきまで殻に閉じこもっていた横島も、今はそんな余裕は無い。
というより。
「ど、どうして動けないのかなーっとか」
呪縛。
それも、いつぞや心中しようとタマモがかけたものより遥かに強い。
「ふふふふふふふ」
タマモの小柄な体躯から、青白い光が異様な強さで放たれている。
少しうつむき加減なため、表情の確認ができない。
そこからもれる、不気味な笑い声。
小さな子なら、泣き叫んで許しを請うだろう。
いや、小さくなくとも。
「あ、あのな……。す、すまない!すまなかったから許してくれっ!」
じたばたと、暴れようとする横島。もちろん、動けない。
「……なにを?」
ぼそり。
タマモが、呟いた。
光明。
ここぞとばかりに横島は今までの悪事を思い出し、許しを請う。
「しかたなかったんやー!美神さんが、あんまり色っぽかったから……」
ただ、なぜかタマモには関係ないことを思い出すあたり、狙っているのか疑いたいところだ。
「……なにしたの?」
さらに小さな声で。もちろん、威圧感は倍加していた。
「なにしたって、そりゃ風呂覗いて下着盗んで……。もしかして、これじゃない?」
あたりまえだ。
だが、重力加速度レベルで増加した威圧感と裏腹にタマモは小さく頷いただけだった。
「じゃ、じゃあ、これか!おきぬちゃんのクラスメートからかかってきた電話間違えて出ちまったやつ」
結果として、おきぬに繋がなかったのだから、悪事ではあろう。だが。
なにゆえタマモが怒っているのに他の女性の話を持ち出すのだろうか。この男は。
「……それで?」
か細い声なのに、オーラが尋常ではない。
「そのままナンパしたら、なんか向こうもいい雰囲気で今度遊びに行こうって携帯の番号交換……。これでも、ない?」
こくり。
タマモは、小さく頷いた。身に纏う空気はもはや瘴気の域に達している。
シリアスな空気だったはずなのが、今は全く危険のベクトルが違うことに一抹の疑問を抱きながら、横島は生きるために自分の悪事を思い出そうとする。
「じゃ、じゃあこれだっ!タマモから借りたっていうシロの服破いちまったこと!……ヒイッ!」
ゾワリ。
確かに、ようやくタマモに関することが出てきたのはいい。だが、出てきた言葉は核兵器にも匹敵する威力を秘めていた。
目の前の「妖狐」の纏う空気が、一変する。
騒ぎ立てていた周りの悪魔が、一斉に静まり返った。
仮にも世界で最も恐るべき悪魔達が、牢屋の隅でがたがたと震えだすところなど、まず見られるものではなかろう。
さらに危険なのは、横島だった。
タマモの空気が変わったことを、彼は「正解」だと判断してしまったのだ。
必至に説明し、許しを請おうとする。とっくに起爆距離に置かれたプルトニウムに、わざわざおまけの反物質まで精製する横島。ある意味勇者ではなかろうか。
「あ、あれは俺が悪いんじゃない!いきなり真夜中にシロが扉蹴破って入ってきて……」
「……真夜中?」
「ひっ!そ、それで「拙者、発情期でござる」とか言って襲ってきて……」
「……発情期?」
「ヒイイッ!し、しょうがないから食「食べた……ってわけ?」
「……そ、それで動けないとかいってぶっ倒れたシロを担いで」
「……事務所に、送ってきたわけね」
そういえば、そんなことがあった気がする。
珍しくかわいい服が着たいといったシロに、面白半分で服を貸して。
破けた服に怒ったタマモに、シロは矢鱈上機嫌であっさり自分の肉代を削って弁償してきた。
シロは、食べ過ぎで動きが鈍ったとか言っていたが……。
「食べられ過ぎだった……ってわけね」
「な、何か、大いなる誤解の存在を感じ……」
「……ヨコシマ?」
「は、はひいっ!?」
「窒息と、失血と、ショックと、打撲と、火傷と、凍傷と……どれがいいかしら?」
マジ。
あまりにも当たり前のように、タマモは笑いながら言う。
だが、それだけに、その言葉は、本気だった。
「一つじゃ、(私が)物足りないわよね……。いっそ、全部っていうのはどう?一つずつ、順番に、じっくりと、体験させてあげるわ」
その言葉に臨界点をこえた周りの悪魔が、不死の因果をあっさりと放棄していく。
「自殺する悪魔」。今日は、ずいぶんと珍しいものが見られる日である。
「ち、ちょっとまて!弁解の余地は……」
「ないわ」

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もちろん、誤解である。
襲ってきたシロを、「食べ物」でごまかし、バイト代のほとんどで存分に肉料理をおごってやり。
うまくごまかされたシロを送っていく途中、引っ掛けてしまっただけだ。
それが判明するのは、横島が7回ほど死んだ後だった。
周りの悪魔が、その光景に十字を切ったとだけ言えば、凄惨さは伝わるだろうか。
「そういうことは早く言いなさいよ」
毒気を抜かれたタマモが膨れる。
かわいい。だが、そう思う者はもはや周囲にはいないだろう。
横島が、震える。
「かんにんやー。しかたなかったんやー」
棒読みで繰り返すその姿は、明らかに「壊れて」いた。
「……ヨコシマ?」
「は、はひいっ!」
沈黙。
ゆっくりと、だが確実に空気が変わっていく。
「今、私は、あなたに怒って、嫉妬したわ」
タマモの顔が、朱に染まる。
「……?」
「わからない?ヨコシマが、シロに手を出したと思って、私は嫉妬したの」
「……?」
いらっ。
びびくうっ!
「は、はひっ!」
「私は、あなたを、好き。……これだけいえば、わかるかしら?」
タマモ。気丈に言い放った言葉とは裏腹に、声も、体も震え、真っ赤に染まっていた。
横島も、顔を引き締める。
沈黙。
「いままで、あなたが聞いてきたどれとも同じで、違う。私はあなたに、全てを託す。裏切られても、忌まわれてもね」
「……」
怯えながら、震えながら、泣きそうになりながら。
「他に守りたいものがあるわけじゃない。あなたが死ねば、私も死ぬわ。……あなたがルシオラを愛したように、それ以上に私はあなたを愛する。……さあ、今度はどうやってごまかすのかしら?」
タマモは、言った。
声は震え、体は振え、心は痛み、体が意識から遠のいていく。
頭は真っ白でただ恐怖だけが支配する。
ここまでは(多少想像を超えた事象があったが)計算どおり。
だからこそ、この後が見たくなかった。
横島は、ルシオラを振り切れて居ない。
わかりきった、敗北。それでも、前に進むきっかけにはなるだろう。
目にたまる涙を必至にこらえる。
計算された、敗北。それなのに、なぜ、こんなにも怖いのだろう。
「っ!……馬鹿野郎。そんなの、ごまかすわけにいかねえじゃねえか」
答える横島の声もなぜか、泣きそうだった。

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「……ったく。美神さんも、おきぬちゃんも、シロも……。なんで、俺なんだよ」
たった一人。言わないことで逆に強くあることを示された思い。
呪縛は解かれ、横島は冷えたコンクリートにへたり込む。
「俺に、そんな資格は無いから……。だから、全てをかけて守るから、他に、見つけて欲しかったんだ」
無意識で人に気を配れる人間は、実は逆に好意に疎い。
彼とて、例外ではなかった。
それでもなお、気が付かされる、気が付かされてしまうほどの、想い。
「ルシオラのことがある前は、俺は、ただの餓鬼だった。そのあとは、ただの屑だ。俺が女ならこんな屑、絶対に許さない。そんなのに、なんで……」
「……何時まで、そうしているつもり?」
「……」
「無駄だって、言ってるの」
「?」
「だれだって、本当の姿なんてわからない。不公平にも、横島とルシオラは同化して、全てを知った。それでも愛してるっていうんだから、私がかなわないってことぐらいわかってる。それでも、私は、私のヨコシマを好き。自分の全てを、投げ出すくらいに」
「……」
「だから、いくら自分を貶そうと、傷つけようと、憎もうと、馬鹿演じようと、私はあなたを遠ざけたりしないわ」
あたりを、一瞬の静寂が支配する。
「っ!……ふざけんなっ!」
横島。泣いていた。泣きながら、叫ぶ。
「どうして俺なんだよっ!命張って、体張って。それでも助けらんなくて、挙句そいつに命救われてっ!代わりにあいつが死んでっ!そんなクズなんでそんなに信じられるんだよっ!」
遠ざけたかった。嫌われたかった。憎まれてもかまわなかった。
自分に向けてくれる好意に、気付いてしまったから。
それに、身を浸らせていたかったから。
叫ぶ横島。
タマモ。少し前の、自分が浮かぶ。
横島も、同じだったのだ。
だが、共に無力感から来る拒絶でありながら、その両者には明らかな違いがあった。
自分に何も出来なくて、助けて欲しいのにそれが嫌で。
自分ひとり壊れてすむならその方を選びたくて。
横島は、優しすぎる。
そして。
己を傷つけたのは、当の昔のはずなのに。
横島の傷口から流れる血液は、いまだに鮮やかな赤だった。
汚そうと、何度となく体に忌みを擦り付け、傷つけていく。
それでも、ただ傷口が広がり嫌味なくらい鮮やかな血液が流れ落ちるだけ。
いつぞやか横島が放つ笑みの虚構に気付いたのも、タマモ。
壊死したと思っていた怪我が、傷口に穢れを刷り込んであるだけだと最初に気付いたのも、タマモだった。

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「……信じてなんか、いないわ」
タマモ。横島の空気に呑まれながら、それでも、搾り出すように言った。
「騙されても、裏切られても、かまわないだけ」
「……」
「それぐらい思わせることを、あなたは私にしたのよ」
「……」
「言葉にする気なんて無い。あなたが気づいてなくてもかまわない。ただ、私はあなたが好き」
「……俺に、そんな資格は」
「そんなもの、いらない。あなたを好きな私が、自分の意思で、あなたに託すだけ。資格が要るのは、むしろ、私」
「……」
「過去のことは覚えてない。ただ、私を望んだ権力者が堕ち行くのを眺めていたことを幽かにとどめているに過ぎない。でも、そうして移ろい続けた金毛白面九尾が初めてその名に誓うわ。……私はあなたを守護し、共にあり続ける。……私に、その資格が、あるかしら?」
いつの間にか、二人とも流す涙。
初めて気付く。
快かった。なぜか、とても。
顔を見合わせ、笑う。
「……えーっと、これ。もしかして愛の告白?」
横島。
何か言おうにも言葉が出ず。「仕方が無いので」タマモは微笑む横島に飛びついた。
笑いながら、泣く。
ただ、たまらなく、快かった。

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