ザ・グレート・展開予測ショー

まごころを君に


投稿者名:ゆうすけ
投稿日時:(04/12/12)


まごころを君に


【1】
経過報告―――5月20日
今日で日本を発ってから約二年半が経過しようとしている。事務所の面々は元気にやっているのだろうか。
体の調子は今日もなんら異常なく、肉体的、精神的リハビリも順調に進んでいる。
彼女の様態も良い様でわざわざ朝早く起きて朝食から何から家事一切をこなしても全く疲れた様子は見えない。
前回の定期検診の結果からも見て、彼女の肉体はおおよそ大丈夫だと思われる。
早く完治させて日本に帰りたいものだ。




――夜。夜更け前
郊外と言えど都市に近いだけにそこはまだ街灯やなにやらで多少明るい。
そしてある一軒の小さな家の前に少女が一人、肩を上下に揺らしながら立っていた。
少女は呼吸を整えながら、やっと見つけた。いや、とうとう見つけたという思いと同時に、少女は自分の周りで起こった事件を思い起こす。今この場で泣き崩れそうな感情の衝動が彼女を激しく揺らした。彼女は歯を食いしばりながらそれに耐え、振り払うと目の前の家に歩いて行った。
事件の全てをこの家にいる男に話そう。しかし彼に話した所で、彼が全てを元通りにしてくれるとは限らない。もしかしたら追い返されるかもしれない。
しかしそれも半ばどうでも良かった。自分はただこの人に会いに来たのだ。自分はただこの人に自分の悲しみを受け止めて欲しいだけなのだ。
少女が家のドアの前まで来てノブに手をかけた時、中から男女の笑い声が聞こえた。
少女は激しい衝撃を受けた。思わずノブから手が離れる。
こんな所に自分の知っている人間がいるわけはない。と言う事は相手の女性は自分の全く知らない人物…。その衝撃は彼女の悲憤を吹き飛ばし、その反動として強い憎しみ、怒りが少女の身体を染め上げていった。ノブを捻る。鍵がかかっていた。少女は半ば躁状態に陥り、ノブを捻り壊し、ドアを開けた。
「先生!!」
リビングへ入るなり少シロは帽子を勢いよく外し、目を血走らせながら大声をあげる。銀色の長い後ろ髪と夕焼けのような紅い前髪がふわりと舞った。
シロの探していた人物は三人用のソファがあるのにわざわざ一人用のソファでセミロングの女性を抱きかかえながらテレビを見ていたらしい。
横島は少女の姿を見ると、男は目を丸くし、驚きの余り声が出ず口をパクパクさせていた。
「な、なんなのあんた!!勝手に人の家に上がりこんで!!」
女の方はシロの事を知らないらしい(当然シロの方も彼女を知らない)。横島の膝から降り、恥かしい所を見られた所為か、少し恥かしさを残した厳しい表情でシロに詰め寄る。
「誰なのって聞いてるのよ!」
女がシロを問いただし、彼女の胸を軽く突き飛ばした時、シロの感情を抑えていた理性の鎖が切れた。
「ふぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
シロは頭を抱え、掻き毟りながら奇声をあげる。シロは頭から手を離し、正面から女と目を合わせる。シロの獣じみた目の様に女は身体を縛り付けられ、硬直させる。シロは右の手を力一杯開き、背中に引き寄せる。彼女の腕は下弦の弧を描き、女の胸部を思い切り突き飛ばした。女は3m先の壁の天井付近に背中を強打し、彼女の身体は壁にめり込み、次には床に崩れ落ちた。
再度シロは悲鳴に似た叫びをあげる。それは今の今まで負い続けた悲しみや憤り、怒りをその声に乗せて吐き出すようだった。


「!!」
シロの叫び声に横島ははっと我に返る。その刹那壁に何かが激しくぶつかる音がした。壁の方を見やる。壁は酷くめり込み、そのすぐ近くで女が床に突っ伏していた。シロがやったのだと直感した。理性の失ったシロは目をまんまると見開き、顔中の血管を浮き出させ、息は荒く、唇を限界まで引き伸ばし、歯をギリギリと擦り合わせている。眉、鼻筋は顔の中央に引っ張られ、そこには深い皺が刻まれている。横島は今の彼女がどれほど危険なものであるかを確認した。そして彼女は今、人間倫理において最もやってはいけないことへの一歩を踏み出そうとしている。今の彼女にその一歩を踏み出す事への躊躇、罪悪感は微塵もなかった。そのことを察知した横島は彼女の裏手に廻ろうとゆっくりと動き出した。
少女は床に手をつき、獣のように四肢を開くと、床に突っ伏してる女に飛び掛った。
「シロ!!」
裏手に回りこんだ横島がシロを背中から飛び掛り捕まえた。
「やめろ。やめるんだ、シロ」
その声を、そして彼が次に言うであろう言葉を待っていたかのようにシロは振り向き、噴き出してくる感情を押さえ込む作業に集中した。彼の顔をもっと見たいと眉をしかめ涙を堪える。彼の優しい声を自分の泣き声でかき消さないようにと歯を食いしばる。
「止めるんだ。一体、何があったんだ?」
その時シロの感情はダムが決壊したかのように抑止の壁を突き破り、どっと噴き出した。
「っ、ふっ、…っく、っく、」
風船に穴が空き、空気が抜けていくように体中の力が抜け、彼女の膝が折れた。身体を横島の腕から抜き、床に手をつく。まるで全身が心臓になったかのように鼓動していた。
シロは歯を食いしばりながら泣き出した。彼女のその姿はとても薄っぺらく、酷く頼りなげだった。彼女の激烈な感情の衝動は、時折咽喉に痙攣を起こし、吐くようにむせさせる。
横島は歩み寄ると、シロの背中をさすりながら、シロと壁に凭れ掛かっていた女に大丈夫かと声をかけた。女は苦しげな顔をしながら頷く。腰をさすりながらゆっくり二人に近づくと再三横島に誰なのかと尋ねた。
「シロって言ってお前が居なくなってからあの部屋に居候し始めたやつだ」
その言葉を聞いたシロは涙や鼻水でグショグショになったままの顔を上げると女の顔を見る。まさかと思い横島の方を振り向いた。
「―――!」
横島は頷いた。
「ああ、ルシオラだ」




















【2】
場は収まり、二人はシロをテーブルに着かせ茶を出し、自分達も席に着いた。
「……少しは、落ち着いた?」
ルシオラは覗き込むようにシロに問い掛けた。
シロは以前、横島に写真と共に彼女の話の燐片を聞いた事がある。でも彼女は自分を助ける為に死んだと聞かされていた。しかし彼女はここにいる。シロの中で軽く混乱が発生する。しかし混乱はすぐ収まった。別に自分が今気にすることではない、と。
シロはコクリと頷き、突き飛ばした事を詫びた。
「気にしなくて良いわ。私の方こそごめんなさい」
彼女は笑顔でシロに返した。大泣きした後からか身体は冷え切っていた。差し出されたコップに手を触れる。温もりが手を通し、体全体に広がり、心にまで染み込んでくる気がした。ゆっくりと湯呑みを口に運ぶ。得も言えぬ安心感が彼女を包んだ。
「なんでここにきたん、いや…日本で何があったんだ?」
横島はやや鋭い眼光をしながら聞く。彼の問い掛けに彼女は目を潤ませ、俯いた。僅かながら再び肩が震えてきた。
シロは言いたくないのではない。
彼女の感情はまだ不安定で、口に出せないのだ。無理に口に出そうとすると再び感情の波が彼女を襲い、先程の様な状態になる。その位横島も察していた。しかし問いたださないわけにはいかなかった。シロの精神がここまで追い込まれる状況、並の事態ではないからだ。
「…オレを呼び戻しに来たんだろ?」
彼女が自身の感情に飲み込まれないように少し遠まわしに質問する。シロはしゃくりながら頷いた。
「オレの学校の事か?」
シロは首を横に振った。
「オレのオヤジとオフクロが帰ってきたのか?」
シロは首を横に振った。
「じゃあ、事務所の事か?」
シロは首を縦に振った。
「…事務所で何かあったのか?」
「…うっく、っく、ひっく、」
シロの呼吸が荒くなる。ぽろぽろと泣き出した。
横島はゾクリとするものを感じた。
――事務所でなにかとんでもない事が起こった………恐らく事務所自体でなく事務所の人間……美神さん達に、なにか…死?
「……事務所の連中に何があったんだ?」
彼にはシロがこんな状態で自分の下に来る理由が他に見当たらなかった。
「うう〜〜っ、っふうううィい〜〜っ」
シロは声を出して泣き出した。
横島の顔から血の気が引いた。
横島はガタンと音を立てながら立ち上がると、青い顔をしながらルシオラに身支度をするように言った。そしてシロの両肩を荒々しく掴み、誰なんだ、誰になにが起きたんだ、と泣きじゃくるシロに激しく問い詰める。彼の取り乱し様に困惑した表情をしながら、ルシオラは横島の両肩を掴んで落ち着くよう試みた。しかし横島は両肩に掛けられた手を払い除け、黙ってろと激しく叱咤する。シロはいやいやと首を振りながら、より一層激しく泣き出す。痺れを切らした横島はシロの横っ面に張り手を入れた。乾いた音が響いた。
「誰なんだ!一体何が起きたんだ!!」
「ヨコシマ!やめて!!」
ルシオラが再び横島の背中に抱きつき、二人を引き離そうとする。
「五月蝿い!!」
顔を真っ赤にしながら横島はルシオラを振り払い、突き飛ばした。
「誰だ!!」
横島はシロの顔を両手でガッシリ掴み、自分の目を見るように促す。張り手をされた為かシロは呆然とした表情を浮べ、少し大人しくなっていた。しゃくりながら虚ろな目で横島の顔を見つめる。
「えっ、えっ、おっ…っく……お〜っ、」
しゃくれて上手く声に出せない。鼻水が出て呼吸が妨げられていた。
「誰だ!!!」
横島の激しさは一層増していた。シロの目と彼の血走っている眼が合う。シロは軽く悲鳴を上げ、全身を強張らせた。
「いいかげんにしなさい!!」
ルシオラが横島の横っ面を思い切りはねた。再び乾いた音が部屋に響くと共に、彼は床に倒れた。
「……ッつ」
上体を起こし、ピリピリする頬を軽く押さえルシオラを睨んだ。
「この子はココに来るまで凄く辛い思いしてきたのよ!!それがわからないの!?」
ルシオラは彼の前に仁王立ちすると、激しく檄を飛ばした。
「大体今から空港に行ったってどうするつもり!?オマエも私もまだリハビリ中だから霊能力は使えないし、もう飛行機なんてないわよ!?」
時計に目をやる。1時をとうに過ぎていた。
「今この場で私達が落ち着かなくて、彼女を刺激してどうするの!?」
横島は落ち着きを取り戻したらしく、黙って俯いていた。
「大丈夫?あなたももっと落ち着いてからゆっくり話した方が良いわ」
ルシオラはシロの方を振り向くと優しく声を掛けた。
「…おっ、おっ、おぎっ、おっ、…っむ、」
シロの意識は見るも聞くもかなわぬ状態だった。ただ言えるのはそこに呼吸も間々ならない喉を必死に制御し、横島の命令を遂行しようとするシロがいた。
「わかったから、あなたが誰に何があったのか今言っても今日はもう東京に帰れないわ。ね?少し横になりましょう?」
シロの頭を優しく撫でる。
「…っん、っん、っん、…っん…」
シロの呼吸としゃくりが大人しくなっていく。
「そう、もう大丈夫…大丈夫だから、ね?」
「っん…っん……ふぅ」
そっと抱き締める。するとシロの体に力みが消え、彼女はルシオラにゆっくりと体を預けた。
















【3】
シロをソファに寝かせ、二人はお互い違う考えを抱きながら、シロの寝顔を眺めていた。
安心した表情で眠っているシロの姿を見ながら、横島は新しく入れてもらったコーヒーを啜っていた。多めに入れてもらった砂糖がかえって疲労を思い出させ、疲れがどっと噴き出す。溜息をついた。
向かいに座っているルシオラを見る。彼女も頬杖をつきながら深刻そうな顔でシロを見ている。顔には疲労の色も窺えた。
「………」
視線に気付き横島に目を向ける。
「…なぁに?」
怪訝な表情をして訊ねる。
「……すまん。取り乱してしまって」
「私に謝ったってしょうがないわ」
彼女はそう言い放つと自分のカップの中を覗き、口に運んだ。
「ああ、そうだな」
「ふふ…」
彼女は彼を一顧すると再びシロの寝姿を眺め始めた。横島はルシオラの顔が穏やかに見えた。まるで夜鳴きする赤子を宥めた後の母親のような、母性に溢れた顔だった。
「……」
「…今度はなに?」
若干驚いたような顔で自分を見ている彼に、クスリと笑いながら応えた。
「いや、なんかお前、今良い顔してたからさ…その、見惚れてた」

「……もう!なに言ってるのよ」
ルシオラは一瞬思考が止まった。彼の発言が余りにも唐突で意外だったからだ。彼女は思考を再開すると照れ隠しのために彼に顔を背けた。
「おっ、その照れた表情もまた」
「そんなことより!」
彼女の反応を横島は踵を返すようにからかった。彼女は抵抗して卓を軽く叩きながら話題を変える。

「…それよりさ」
「…ん?」
「あの子、どんな子?」
「シロか?」
「ええ、興味あるわ」
彼女は身を乗り出した。
「そーだなぁ。どっから話そうか…」
横島は上を向き、天井のある一点を打ち眺めた。
「初めてあったとこからでいいわ」
彼は東京で人狼の犬飼ポチが起こした連続刺殺事件と犬飼を追って人狼の里からシロが東京へやってきた所から話した。
「…そう、お父さんが殺されたの…」
「ああ。で、今はなんつーか人と人狼の交流を深めるため。まあ言ってみれば人と人狼の掛け橋となることを目的に事務所に居候してんだ。ま、表向きはな」
横島は残りのコーヒーを一気に飲み干した。もうコーヒーは冷たかった。
「あの子、寂しいんでしょうね」
そう言うと彼女は彼が飲み干したのを見て自分も一気に飲み干した。
「……だろうなぁ」
気付くと彼女の手が目の前に差し出されていた。
「もう一杯、飲む?」
横島は頷くとルシオラにカップを渡した。
確かにそうなのかもしれない。狼は常に集団で行動し、そしてその集団全てが家族のようなものらしい。とは言っても人狼も人間のようにそれぞれに個々の家に個々の家庭を構えていた。やはりシロも自分が一番に思うのは自身の家族であったに違いない。シロの家族は(シロから母親の話は一度も聞いた事がない。恐らく彼女を産んだ直後に亡くなったのだろう)父親以外いなかったと思われる。シロの父親に対する思いは他の里の者のそれより数段強かっただろう。そう考えるとルシオラの言う通り、シロが自身の孤独感を紛らわす為に事務所にいるのは頷けた。
ルシオラが台所から戻ってきた。彼女から湯気を立てたカップが差し出される。
「サンキュ」
横島が受け取ると彼女は席についた。
「ねえ…」
「ん?」
「これからどうするの?」
彼女の問い掛けに横島は答えずコーヒーの水面を眺めていた。
「はっきり言って危険な可能性もあるわよ」
「そーだな」
「霊能力が必要な場面に直面するかもしれないわよ」
「そーだな」
「それに研究所から許可が下りない可能性もあるわよ」
「そーだな」
横島の気の無い返事に彼女は痺れを切らした。
「ねぇ、一体どうするつもり?明日になって帰れないって彼女に言えて?」
横島は短く溜息を吐くと、頭を上げた。
「日本には、帰る。研究所がなんと言おうが帰った先に危険が待ち受けていようが関係ない。オレは、帰る」
彼の答えは明快だった。
「霊能力は?使えないじゃない」
「霊能力がどうとかも関係無い。事務所の連中に何かあったんだ。帰らないわけにはいかない。そんなことは現地についてから考えるさ」
彼の言う事が単純過ぎて彼女は少し呆気に取られた。しばらくするとクスリと笑った。
「ふふ…愚問だったわね。でも一応明日には研究所に行って話をしておかないとね。そうよね、お前には関係無いわよね。いつも何とかしてきたもの」
彼女は身を乗り出し、彼の首に腕を回す。
「いざとなったら私も守ってよね、ワイルド・カードさん♪」
二人の唇がそっと重なった。







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