ザ・グレート・展開予測ショー

〜『キツネと羽根と混沌と』 第16話 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(04/12/10)





     『私はオペラ座の怪人・・思いの外に醜いだろう? 
          このおぞましき怪物は、地獄の業火に焼かれながら、それでも天国に憧れる』


                                        ガストン・ルルー:「オペラ座の怪人」    





〜appendix.16 『謝肉祭』


静寂を切り裂き、一条の光が唸りを上げた。

矢のような閃光。
淀みきった色を持つソレは、破滅的なメロディーを奏で、空を凪ぐ。重力の絞り出した悲鳴とともに、混沌の波動は大地を穿ち・・・

「♪〜♪〜」

間髪入れずに生じる爆発。
炎上するビル群に見入り、ユミールは瞳を輝かせる。

「はぁぁ・・素敵・・・。今ので何人くらい死んだかなぁ・・」
うっとりと双眸を潤ませて、全身の肌を鳥肌立たせ・・・彼女は熱のこもった吐息を吐く。
・・砕け散り宙を飛び交うガラスの欠片。澄んだ輝片が、朝の街へと舞い落ちた・・・―――――――――


――――――・・。

「な・・なんなの?あのイカれ娘は・・。ガラスで自分の羽根まで切ってるじゃない・・」

建物の陰からユミールを見上げ、美神がうめくようにつぶやいた。
場所は繁華街の中央部。Gメンの誘導のもと、四方10キロメートルが封鎖された都市空間。
陽気に歌う灰色の少女が、次々に建造物を破壊していく。

住民の避難を終え、もぬけのカラとなった街の実体に気づいていないのか・・それとも、端からそんなことは歯牙にも掛けていないのか・・。
単調に・・しかし狂喜しながら、彼女は光を放ち続けて・・。


「・・あの子・・・」


唇に手を当て、美智恵が小さく目を見張った。

「・・隊長どの?」
戸惑う彼女の様子を怪訝に思い、シロが・・・さらにその後ろに控える、おキヌ、小竜姫、パピリオが首をかしげる。
無言の問いかけにあせりながら、美智恵は少し口ごもり・・・。

(・・あの子の顔・・どこかで見覚えが・・)

既視感?
いや、そんな曖昧なものではない、出会ったのは初めてかもしれないが・・
しかし・・・

「――――・・でも、ちょっと変ですよね。私たち、今回は爆弾魔と闘うことになってたはずじゃあ・・」
「・・・・。」

不思議そうにぼやくおキヌの声に、美智恵は思わず顔を上げた。
言われてみれば、妙な話だ。爆発はたしかに起きているが、爆弾魔本人によるものと思われるそれは、未だ一つも確認できていない。
実行犯は全て・・

「大方、武闘派の魔族どうしが徒党を組んだってところじゃないの?
 予告状の文面には『爆弾を使います』なんてことは一言も書かれてないわけだしね。」

言いながら、美神は肩をすくめた。
・・こうして予告日を守ってくれただけ、まだマシと思うべきだろう。空をはばたく灰色の少女には、そう思わせる何か危険な気配が付き纏っている。

「・・それで、2人から見て・・どう?あの灰色の翼人は。なんかいろんな意味で相当ヤバそうな感じなんだけど」
クルリと振り向く美神の視線に、小竜姫はわずかに腕を組み・・
「大丈夫・・だと思います。霊力に関してなら、どうやらパピリオの方が上のようですし・・。機動力の方も、私が超加速を使えば・・」

・・時折放たれる、奇妙な光弾の威力には目を瞠るものがあるものの・・動き自体は直線的で読みやすい。
自分かパピリオ・・・最悪の場合でも2人でかかれば、確実に押さえ込むことができるはずだ。

「・・決まりね。小竜姫さまとパピリオちゃんはあの翼人の相手を・・。他のみんなは、私と一緒に爆破予告場所、セントラルビルまでついてきて頂戴。」

「・・・彼女に他にも、まだ手勢がいるかもしれませんよ?」
即断する美智恵に、小竜姫がためらいがちに静止をかける。それに、彼女は小さく微笑み・・・
「大丈夫ですよ。それに、いざという時は・・・ほら」
そしてチラリと、壁に寄りかかったままの、スズノの方へと視線を向けた。

――――――・・。

「・・・。」

「いつも寡黙でちけど、今日は一段と静かでちね。具合でも悪いんでちか?」

先ほどから一言も言葉を発さず、黙りこくっているスズノ。異変に気づき、パピリオが(珍しく)心配そうにその顔を覗き込み・・
「・・ぁ・・ううん、別にそんなことはないのだが・・・」
すると、スズノがフルフルと首をふる。

「スズノちゃん・・今日は睡眠時間を13時間から9時間に削ってがんばってるから・・。きっと寝不足なんだね」
「・・どういう睡眠事情でちか」

可哀想!!とばかりに目をウルウルさせるおキヌを見つめ、パピリオは半眼でつっこんだ。

「大丈夫?具合悪いときは、ちゃんとそう言いなさいよ?」
スズノのおでこに掌を当てて、そう聞いてくる美神に向かって・・・もう一度スズノは首をふり・・

「本当に、なんでもない・・ただ、昨日の夜、少しヘンな夢を・・・・。・・・・?」

ぼそぼそと、スズノがそう言おうとした・・・・しかし次の瞬間。
窓に映った細身の影に、彼女の表情が凍りつく。始めに浮かんだのは疑問符・・・だが、それはすぐさま驚愕へと変わり・・・


「・・みんな・・・!上・・・!!」


スズノが叫んだ。叫ぶと同時に、上空へ向かって右手を掲げ・・・・


「狐火・・・!」 

「・・・Howling」

その直後。
声が重なり、あたりを巨大な閃光が覆い尽くす。
突風が砂を巻き上げ、爆発が一面のコンクリートを溶解させ・・大気を轟音が突き抜けた。

「ふっふ〜〜ん♪見〜つけたっ・・!」

ヒラヒラこぼれる灰色の羽毛。バサバサと頭上をはばたきながら、ユミールが唇を吊り上げる。

「・・っ!?見つかった・・?・・仕方ありません!先ほど、美智恵さんが言った作戦でいきましょう!」

衝撃からいち早く立ち直った小竜姫が、間を置かず、崩れた斜面を跳躍した。
刹那の目配せ。吹き飛ばされた体勢を整え、美神たちが一気に走り出す。

「死なないでよね、小竜姫さま!私、これからもまだまだ神様たちに恩を売るつもりでいるんだから!」
「美神さんこそ・・これが終わったら、ちゃんと妙神山の修復を手伝ってくださいね」

互いに冗談めかして呼び合った後、2人の姿はそれぞれ逆方向に向かって遠のいていき・・・

「・・・フン、逃がさないよ」
そのやりとりを鼻で笑い、ユミールが空へと旋回した。風切り音。そのまま彼女は・・ダイブするように美神たちの元へと飛び掛ろうとして・・・・

「・・いっけぇええええええええ!!!」  「!?」

しかし、ユミールの動きは、空を荒れ狂う無数の黒点によって遮られてしまう。
奔流のごとく飛び回る、数万の瞬きは・・・・・

「・・・・蝶?」
目を丸くして、ユミールがその場を離脱した。

「どーでちか!!このパピリオの目の黒いうちは、ここから一歩も進ませないでちよ?」
得意満面で言いながら、パピリオが大きく背中をそらした。
彼女の周囲を守護するのは、竜巻のような蝶の群れ。眷属を連れ、久々に能力を全開にしたパピリオが、ユミールの前に立ちはだかる。

「ふ〜ん・・逆鱗にさえ触れなければ、私と小竜姫でいい勝負になると思ったんけど・・。君もくるんだ?これはちょっと予想外かもねぇ・・」

品定めするようにパピリオを見やり、翼人はニコニコと笑みをこぼす。
・・何やら、眼鏡には適わなかったのか、ため息とともに視線をそらして・・・

「な、なんでちか!そのムカつく反応は!!ちゃんとこっちを見るでち!」
「・・だって〜私、お子様には興味ないんだもん。遊んでも全然楽しくなさそうだし・・・」

ぷぅっと頬を膨らませ、つまらなそうにソッポを向くと、ユミールは羽根を抱きしめる。ガラスによって切り裂かれた翼から、ポタポタと雫が流れ落ち・・・

「でも、そっかぁ・・・このままじゃ、私がちょっと不利かもねぇ・・」
そして、地面が剥き出しになったアスファルトに、赤色の染みを作り出していく。


「しょうがないよね・・・ちょっと早いけど・・出番だよ!『みんな』!!!」


瞬間。
ユミールが祈るように両手を組み、激しく髪を振り上げる。
その全身に漂うのは、灰色の輝く光の粒子。血溜りの置くから、ウゾウゾと影が蠢き出す。

「我、恩寵の名において、第3権限を執行する―――――!!」

『!?』

木霊する声音にその場の誰もが、ほんの一瞬足を止めて・・・そしてすぐに、それが大きな間違いだったということを思い知らされる。

「・・・domination」

少女のつぶやきと共に現れたモノ・・それは・・・――――――――。

「何よ・・・コイツら・・・」
吐き捨てるように、美神が零した視線の先・・・。
無人の・・・無人だったはずのその場所には、いつの間にか・・・数千を超える巨大な蟲たちが溢れかえっていた。


                            ◇



宙に舞い散る緑色の血が・・・飛沫となって凍結した。
断末の叫びを上げる間もなく、蟲たちが半瞬にして氷塊へと変わる。天井から側面、壁から床・・・緩急自在に、舞うが如く飛翔する紅い影。

(やはり・・仕掛けてきましたね、混沌)

冷たい瞳で、敵を見つめて・・神薙が腕を袈裟懸けに振るう。
・・どうやら、本部で待機していたのは正解だったようだ。こうなれば、最早『彼ら』の介入は間違いない・・・。
(・・・この建造物内のどこかに潜むイーターを発見、しかる後に殲滅。さらにはフェンリルを、ですか・・今日は忙しくなりそうです・・)

薄く笑うと、彼女は空間に紋様を刻み・・・・廊下全体を、アクアブルーの燐光が包み込んでいく。

―――――――シャァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

「・・・遅いですよ」

危険を察知し、神薙に向かって殺到する蟲の群れ。静かな声で宣告する彼女の姿は・・まさに氷の死神だった。
本来の出力の・・・わずか数万分の一。しかし、その冷気は獅子を模り、一息に怪物たちを飲み込んでいく――――・・・。


・・・。


(・・・すごい・・・)

目の前で、薄赤の髪がサラサラ揺れる。その光景が信じられず、タマモはただただ言葉を失っていた。

部屋を出て、通路沿いに大浴場へ・・・待機といってもすることがなく、神薙と2人で、朝の湯浴みへ出かけたのが10分前。
さらに、大規模な停電を伴って、灰色の怪物たちがその異様を現したのが、ほんの3分前。
・・そうまだ3分しか経っていない。

(なのに・・・)

廊下に累々と積み上げられた、百体を超える氷のオブジェ。
一切の無駄なく、次々に敵を薙ぎ倒していく神薙を見つめ・・・・タマモは、ただただ言葉を失っていた。

―――――・・。

「大丈夫ですか?タマモさん」

息一つ乱さず彼女が聞いて・・それにタマモは苦笑する。

「私は、全然・・。そっちの方がずっと動いてるように見えるけど・・・」

――――――・・。

・・彼女のような闘い方をする人間に出会うのは、これが初めてだった。
横島や西条、美神とも違う・・違うというより、全くの別物なのだ。
体術に始まり・・・果ては槍術まで・・。
あらゆる『術』は全てにおいて、正道・邪道の2種のタイプに大別できると聞いた事があるが・・・これは・・・

「・・あの」

戦闘開始から、約7分後。眼前の敵全てを、大方片付けたところで・・・タマモは小さく口を開いた。

「?何でしょう?」

「・・神薙さんって・・もしかして、剣を・・・?」

客観的に見て、最も可能性が高いと思える推測をぶつけてみる。瞬間、神薙が目を丸くして・・・

「・・・?よく、わかりましたね・・今は所持していないはずですが・・・」
意外そうな顔をして、タマモの顔をまじまじと覗き込んでくる。・・どうやら肯定ということらしい。

「聞いたことがあって・・たしか剣術、特に西洋剣は・・正中線をズラさない、滑るような歩法が理想形だって・・」

理論上・・しかも実践に移すことができれば、という条件付きの話ではあるが、間違いない。
高速かつ、攻めの気勢を殺すことが至上とされる移動術。その技術が完成に近づけば近づくほど、自然、それは舞い・・『剣舞』のような動作へと変化していく。
話を聞き、タマモが想像で思い描いていたイメージと・・先ほどの神薙の動きは酷似していた。

「・・理想形だなんて、私はまだまだですよ。友人に、もっと未熟な人なら一人知っていますけど・・」

つい2日前。愛用の刺叉をポッキリ折られ、ションボリと帰ってきたとある『友人』
彼女の顔を思い出し、神薙ぎは少しだけ可笑しそうに笑いをもらした。

――――――・・。



「・・・・。」 「・・・・。」


本部の廊下には完全に静寂が落ちている。どこに伏兵が隠れているかは分からないが、とりあえず敵の気配はない。
・・ついでに言えば、会話もない。
なんとなく気まずい空気が流れる中、タマモと神薙は無言で歩みを進めている。
実は一つだけ、2人に共通する話題がないでもなかったが、互いにそれについては触れようとしない。
直感的にわかる・・・・この『気まずさ』は沈黙に起因したものでは決してないということが。


(この人は・・横島のこと、どう思ってるんだろう?)

唇を結び、タマモが神薙の横顔を盗み見た。・・信じられないくらい綺麗な人だと、そう思う。
何より、彼女は自分なんかよりもずっと・・・・

(・・・・。)

・・・だから、口に出して尋ねることが恐かった。
『ただの、学校の先輩と後輩』そう答えてくれるならそれでもいい。

(でも・・・・)

でも、もしも・・・・・・


――――――――・・?

角を曲がり、一歩踏み出すと、そこには開けた視界が広がっていた。
荒い壁面と、大小さまざまな木箱が置かれた広大なスペース。
闇に目が慣れ気づかなかったが・・そこは、もとから明かりの差し込む余地がない場所だったらしい。

「倉庫の・・・ようですね・・」

警戒を強め、神薙が言う。タマモも瞬時に理解した。
この部屋を漂う強烈な殺気・・・それを向けられているの他でもない、自分たちだということに・・。

「・・ビンゴ、か・・。全然嬉しくないけどね・・」

足元に転がるバラバラにされた蟲の破片。
『先客』の犠牲になったのだろう。それら全てに引き千切られたような傷跡が刻まれている。


「待っていたよ・・・」


低い声が響き、闇の中から一つの影が立ち上がった。



『あとがき』

よし!公約を守れました〜ぴったり10日ですね(笑)皆さん、ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
決戦開始なのに、主人公とサブ主人公が出てこない小説、キツネシリーズ!!(爆
こ、今回はヒロインサイドということで・・ちゃんと横島たちも目立ちます。
西条VS間下部もあることですし・・横島の秘密もぼちぼち明かしていかないといけませんし・・(汗

神薙さんはまだまだと謙遜してますが、実際、彼女の剣の腕は凄まじいです。
ゾロアスター教出身・・つまり主神よりずっと長生きで、その間、ずっと鍛錬を続けてきたんだから、当前といえば当前ですが・・
技術的には、多分最強クラスなのではないかと・・。

ちなみに今回登場した、「domination」はユミールの切り札ではありません。
これは第3権限・・つまり『下から3番目の能力』という意味の能力で、第1〜第3までは混沌なら誰でも使える代物です。
霊的に弱い生物に体液を浴びせ支配する力ですね。
第4〜第6までが中位者、第7が上位者。それ以上は最上位者たちにしか使えないという設定です。

奇妙なことに、ユミールは下っ端で新参者であるにもかかわらず、何故か第7権限が使え・・・というネタバレはここまでにして(笑)
次回は16か17日の更新になると思います〜それでは〜

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