ザ・グレート・展開予測ショー

横島忠夫奮闘記 22〜はじめてのお正月〜


投稿者名:ぽんた
投稿日時:(04/12/10)

横島は学校が冬休みに入った為、一日中バイトに明け暮れていた。以前であれば早朝から
深夜までの仕事に及ぼうが、気にしなかった横島だが、せめて朝と夜の食事ぐらいタマモ
と一緒に摂りたかったので、9時〜18時の間ですますようにしていた。どうしても緊急の
要望がある場合は、自宅で夕食を終えてた後で、除霊に出かけていた。

「さて、メシも食ったし、そろそろ行こうぜ横島。」

「・・・ったく、ちゃっかり居着きやがった挙句に、お前が仕切るなよ雪之丞。」

伊達雪之丞は”試写パーティーまで”という予定で横島宅に転がりこんでいたのだが、
その際に除霊仕事の手伝いを申し出ていた。現在、横島の所属する六道除霊事務所では、
尋常では無い程の依頼を抱え込んでいる。しかも儲けは全く見込めない。そうなった背景
には、色々な事情があるのだが、雪之丞にとって重要なのは、ここにいれば常にハードな
実戦の場に身をおけるということだった。

幸いにも横島から紹介された、映画の仕事の報酬で経済的には余裕がある。住む処は家賃
無しで確保した。あとは戦う機会が多い程、充実した日々を送る事ができる。まさしく、
雪之丞にとって今の環境は理想的だった。

所長である冥子まで出張るような依頼ではなかった為、二人で出かけていったが、横島は
ほとんど戦う必要もなかった。雪之丞が一人でやりたがったからだ。相手が単体ではある
が強大な悪霊、という彼の最も好むシチュエーション”強敵とのタイマン”だったせいで
ある。仕事自体はあっさりと終わり二人でのその帰り道、

「それで?あのことはどうすんだ?」
「どうするって・・・どうしようもないだろ?」

二人が話題にしているのは、つい最近発売された写真誌の内容についての事である。
横島とハリウッド女優・李麗蘭との熱愛疑惑について、もっともらしく書かれているのだ
が、使われている写真が、先日同席したパーティーの時のもので、仲良く寄り添って腕を
組んでいるものだった。その場にいた仲間達は、その時の状況を知っているので事実無根
な事がわかっていたが、最初に”印刷された物”として見た人々の反応は違っていた。

最初に反応したのが六道理事長で、即日呼び出された。”娘の事務所の人間”がゴシップ
の対象になったのが気になる、との事だったが、詳しく事情を説明すると納得していた。
それを踏まえて、出版社への圧力をそれとなく示唆されたが、横島は謝絶した。人の噂も
75日と割り切っていたのだ。実際にかつて”人類の敵”として報道された時に比べると、
気にするほどの事でもないと思っていた。

家に帰り着くと、銀一が寛いでいた。

「おう、お帰り横っち・雪之丞、おつかれサン。」
「何が”お帰り”だ、自分ちみたいな顔しやがって。」
「お前が言うな、お前が!」

銀一と雪之丞は最初、横島を間に挟んで距離をとっていたのだが、偶々ミニ四駆の思い出
話をした時に、‘89年のタマヤカップの話になったのだ。雪之丞の正体(と言う程大層な
ものではないが)に気付いた銀一がそれまでの”伊達サン”というヨソヨソしい呼び方を
やめて、”ダテ・ザ・キラー”の名前で呼びだしたのだ。それを雪之丞が腕ずくでやめさ
せて以来、二人はお互いを名前で呼び合う、親しい友人として付き合っている。

銀一はパーティ−以来、毎日横島宅に泊まっていた。本人曰く、現在正月特番の撮り貯め
をしており多忙な為、TV局に(比較的)近い横島宅を根城にしているそうなのだが・・
どう見ても、くつろぎに来ているようにしか見えなかった。

「銀ちゃん、すっかりくつろいどんな・・・そんでタマモは?」

「ああ、なんでも年内に宿題終わらす言うて部屋で勉強してるで。俺が正月から休みもろ
うとる、言うたら一緒に遊ぶってはりきってたな。」

「ちょっと待て、お前ら芸能人は正月からガンガンTVに出てるじゃねえか?」

「あんな雪之丞、それを”今”撮り貯めしてんねん。正月から生出演とかしてんのは大体
お笑い系が多いんや。俺みたいな役者とか歌手はオフの人が多いで。」

「ああ、そんで毎年ハワイに行く芸能人が空港で取材されとんのか。せやったら銀ちゃん
も芸能人らしく、ハワイとか行ったらエエやん。」

横島がそう言ってみるが、銀一はのんびりと骨休めしたいからと否定する。だったら実家
に帰れば、と提案すると、家の者の小言が待っているからイヤだという。要するにこの家
の空気が居心地が良いのだろう。一方、横島達も正月三が日くらいはのんびり過ごす為に
、現在殺人的なペースで仕事をこなしているのだ。横島はタマモに現代の正月らしさを味
わってもらう為、色々と考えたがやはり、おせち料理は外せない。その為、デパ地下まで
行って3人分のおせちを予約している。銀一は来ないと思って、員数外になっていたのだ
が、一緒にのんびりしたい、と言われてはケチな事も言い難い。

「んじゃ、正月は四人でのんびり過ごすか。」

結局そういう話に落ち着いた。


次の日、雪之丞と事務所に出勤すると噂の渦中の人、李麗蘭が待っていた。
驚いて冥子に事情を尋ねると、迷惑を掛けた事を詫びに来たとの事で、尾行等は撒いて
きたそうだ。横島は別に実害を感じてない為、かえって恐縮したくらいだった。短い時間
だったが、冥子も交えて窓から見える街の情景を説明したりと、雑談した後で雪之丞が車
の拾える場所まで送っていった。

ところが、この時の写真が前と同じ写真誌に掲載されたのだ。尾行は撒いても、張り込ま
れていたらしい。窓から街を眺めている時のもので、冥子も隣にいたのだが横島と麗蘭の
二人だけに、見えるようトリミングしてあった。第一、雪之丞など連れだって表を歩いて
いるのに、写されたのは横島のみである。特定の悪意が感じられた。横島にしろ雪之丞に
しろ、向けられたのが殺意や害意であれば、ビルの反対側だろうが気付けたのだが、流石
にこんなセコイ悪意にまでは反応できなかった。どの道、麗蘭が日本を離れれば、この騒
動も納まるだろうと横島は気にしない事にした。タマモには雪之丞共々ちゃんと説明して
理解してもらっていたので、他はどうでも良かったのだ。

そんな些細なトラブルがあったが、とりあえず無事正月を迎えられた。

「「「「あけまして、おめでとうございます。」」」」
おそらく日本中で言われているであろう言葉が、四人分重なった。

こんな賑やかな正月は、初めての人間もいたかもしれない。そんな中、横島が満を持した
表情でタマモに向かって、

「タマモ、これお年玉だ。大事に使えよ。」
そう言って渡したのは、正月定番のポチ袋。晴れ着のイラストがはいっている、可愛い
デザインの物で、横島が文具売り場で悩みぬいた末に選んだ一品だ。この男、タマモに
お年玉を渡すのが楽しみで仕方がなかったのだ。それを見た銀一は、

「タマモちゃん、これは俺からのお年玉や、好きなもんでも買うてや。」
そう言って、予め用意していたものを渡す。こちらはキチンとした祝儀袋で、二人共準備
万端整えていたらしい。

一方、雪之丞はこういう事に細かく気の回るタチではない。二人の様子を見ると、無言で
自分が占拠している部屋にはいっていった。すぐに戻ってくるとタマモの手に何かを握ら
せていた。タマモが手を開いて見ると、シワくちゃになった壱万円札が三枚丸まっていた
他の二人も中身は三万円だった。これは二人とも考えての事で、普通の子供は親戚中から
お年玉が集まるがタマモにそんなものはいない。ならばせめて自分だけでもと思い、多少
多めにいれたのだ。ちなみに雪之丞の場合は、ポケットの中身をそのまま渡しただけだ。

タマモは最初、訳がわからない、という顔をしていたが三人が口々に”お年玉”のことを
説明して、最後に”自分こそがあげたかった”と力説した。(厚かましくも雪之丞もだ)
それを聞いて、嬉しそうにタマモの顔が綻ぶと、男連中も笑顔になる。だいたい最近の、
銀一と雪之丞はタマモの事を、妹分とみなしており何かと気にかけている。横島としては
何となく面白くないのだが、タマモを大事にする人間が増えるのは歓迎なので、自分の事
は脇にどけておいた。そんな感じで和んでいると、来客があった。タマモが走りでて、

「いらっしゃいエミさん、あけまして、おめでとうございます。」

そう言って迎え入れたのは、小笠原エミだった。エミは挨拶もそこそこにタマモの部屋に
二人ではいっていった。しばらくして出てきたのを見て、

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

「だから、なんでまた、こういう時に黙り込むワケ?さっさと感想を言ってあげな!」

そこには晴れ着姿のタマモが立っていた。華やかな柄の着物で、髪は敢えて結い上げずに
ナインテールのまま流している。それがなんともコケティッシュだった。

「えへへ、内緒でエミさんにお願いしてたんだ。似合う?」

そう尋ねられて、呪縛が解けたかのように三人が一斉に誉めはじめる。

「もちろん、似合うぞ!やっぱり世界一だな。」
「待て待て、どうせなら三界一ってのはどうだ?」
「それやったら宇宙一の方がええんちゃんか?」

三バカ兄貴が競うように誉めているのを、エミが呆れたような目で見て、

「タマモには妙な兄貴が増えたワケ・・・」

と呟いていたが、エミもタマモに関しては十分甘かったりする。

結局五人に増えて、おせちを広げていたが食べているのは、横島と雪之丞だけで残りの面
子はあまり箸がすすんでいない。理由を聞くと、豪華で気取った料理が好みではないらし
いのだが、食えさえすれば良いという二人には、何とも言いようがなかった。

なんとなく場の雰囲気がしらけかかった時に、横島の携帯が鳴り出した。
「はい横島です、    はい、   はい、    わかりました、すぐに行きます」

そう言って電話を切ると、立ち上がって自室にはいっていく。Gジャンをはおり、つくり
置きしてある霊符と文殊をポケットにねじ込んでからリビングに戻る。

「どうしたのヨコシマ?」
「大した事じゃないよ、困ってる人がいるみたいなんで横浜まで行ってくるよ。」
「手ぇなら貸すぜ?」
「必要ないよ、難易度Cってとこだから、すぐに帰るよ。じゃ、行ってくらぁ。」

気遣わしげに声を掛けて来る二人に、軽く応えて気楽そうにでていった。

「ヨコシマ、大丈夫かな?」
「アイツなら心配いらないワケ。ただCってのはウソね、最低でもAはあるワケ。」
「だな、ポケットに霊符が束になってたし、文殊も複数持ってる音がしたな。アイツが、
あんだけ準備してったって事はAかSだろうな。」

実に平静に会話が続いているが、内容を聞いた銀一が慌てて口を挟む。

「ちょお待てや、雪之丞、Sってやばいんちゃうんか?」
「お前にゃわからんだろうがな、アイツはプロだぜ銀一。助けがいるなら、そう言うし
一人でいけると判断すればそうする。そんだけだ。」
「その判断が間違うてたら?」
「死ぬだけだな。」

そう言いきる雪之丞だが、内容の割には全く心配している様子はないしエミも同様だ。
タマモですら、完全にという訳にはいかないが、横島の強さを信じている。銀一はそんな
三人を見て、自分だけが横島の真価を知らないのでは、と違う意味で不安になった。

「近畿クン、横島の事は心配するだけ無駄なワケ。宴会でもして待ってればケロッとして帰って来るワケ。」

そう言うと、持参してきた酒とツマミを並べて、グラスを取りに行く。

「「「未成年なんだけど・・・」」」
その呟きは当然聞いてもらえなかった・・・



{横浜中華街}

横島は連絡を受けた場所に着いていた。タマモに心配を掛けたくなかったので、ワザと軽
く言って出て来たが、相手が冷静さを欠いていたうえに、日本語が怪しかったので事情が
良く把握できていなかった。かなり切迫していた様子だったので、危険だろうとは思って
いたが、師匠から人界最強のお墨付きを受けている身だ。何が相手だろうが負ける気は、
しなかった。しかしすぐに自分の判断の甘さを知る事になる。

「連絡を受けたGSの横島です。詳しい状況を説明して下さい。」

指定された飯店に入り、開口一番で説明を求める。対応したのは、恰幅の良い白髪の老人
で、黄伯仁と名乗り周囲の人々からは黄大人と呼ばれていた。かなり興奮している様子で
肩が震えていたが、意思の力で押さえ込んでいるようだった。説明を聞いてみるとかなり
厄介な状況だとわかった。事の起こりは店に食事に来ていた親子連れらしい。最初に応対
した店の者の話では何ら、不審な様子はなく至って普通に食事をしていたそうだ。その時
に、偶々黄大人を訪ねてきていた昔馴染みの道士が、帰ろうとして店の中を通った時に、
いきなり「妖怪退散!」と叫んで札を投げつけると、その札が母親をかすめた後に相手が
変化したそうだ。息子を連れて逃げ出そうとしたが、道士に出口を塞がれた為、奥に逃げ
ようとした。運の悪い事に、道士を見送りに出ていた黄大人の孫娘が前をふさぐような形
になり、その妖怪が孫娘を抱えるような形で奥の事務所に立てこもったという。

状況は最悪だった。問答無用で殺そうとした挙句に、逃走を許し更に人質まで取られた。
その状況を作った道士に、何故いきなり攻撃したのかを聞くと妖怪退治は古来より道士の
義務だと言う。挙句に人質を取って立てこもっているのは卑怯だという、それさえなけれ
ば、とうに退治していたとまで言うのだ。横島は本気で頭痛がしてきた。

確かに道士の意見は正しいのだ。人間の立場からすれば。妖怪は滅ぼされるべきものだか
ら、見つけ次第殺す。おとなしく殺されずに逃げ、人質を盾にするのは卑怯だと罵る。
周りの人間も道士に同調している。その顔には信頼と共感まで浮かんでいる。きっと腕の
良い道士なのだろう。更に最悪なのは、周囲に集まっているのが、皆屈強な若い男達で、
全員が柳槍や青龍刀で武装している。中には左胸がふくらんでいる男も数名見受けられる
、おそらく銃を呑んでいるのだろう。こんなザマでは日本の公安関係は呼べまい。

妖怪側からすれば、いきなり殺されそうになった以上、非は人間にある。卑怯だなんだと
いう言い草など戯言にしか聞こえないだろう。異種族間の生存闘争となれば一切の妥協は
ない。パレスチナやクルドの民族闘争を見れば良い。問題なのは、その事を理解している
のが横島以外に誰もいないという事なのだ。彼らは相手を退治する標的としか見ていない
が、この場合標的の方が強いのだ。道士は自信ありげにしているが、何の根拠もない。
最初の不意打ちを避けられた以上、スピードは比較にもならないだろう。とりあえず、場
の責任者である黄大人に質問する。

「条件は?」

「孫を無傷で取り返す事。それのみじゃ。その為なら何でも融通しよう。成功すればどん
な褒美でも与えよう。貴様の名前は近頃、我が同胞達の間で良く耳にする。日本人などに
頼るのは業腹じゃが、貴様の実績は調べた。その実力は信頼して良かろう、人柄は知らん
がな。ただしワシの信頼を裏切り、孫にケガひとつでもさせたら一寸刻みきざみにして、
海にバラまき魚の餌にしてくれるからな。」

周りを見れば同調して頷いている。つくづく雪之丞をおいてきて良かったと思う。もしも
この場にあの男がいればとっくに大乱闘だろう。とりあえず自分が呼ばれた理由は解った
最近相手にする事の多かった、公の場に出れないような在日外国人達の間から、自分の名
が伝わったのだろう。その結果、正月早々横浜くんだりまで呼び出されて、勝手に信頼さ
れた挙句にそれを裏切れば殺すという。普通に考えれば無礼、非常識極まる話だが怒る気
もしなかった。孫の身を危険に曝されて安否を気遣っている祖父が、礼儀正しく、常識的
だったらその方がおかしいだろう。日本人が嫌いなのも、年代からいって第二次世界大戦
で日本軍と戦った”抗日の戦士”なのかもしれない。いずれにしろ横島としては、受けた
依頼を果たすのみだ。第一、今も人質の恐怖に曝されている少女を、放っとくつもりなど
更々ない。だがそれ以上に、相手が人外の者でも殺したくなかった。

「わかりました、お孫さんは俺が必ず助けだします。俺からの条件は二つ、妖怪の親子の
処分を俺に一任する事とこの場の全員が俺の指示に従う事。それだけです。」

横島としては、この条件は絶対に譲れなかった。周囲の者達はすわ出番かと色めき立つ。

「良かろう、貴様に一任する。望みの報酬は?」
「そうですね、家で腹すかした連中が待ってるんで、美味いもんでもたらふく土産に持ち
帰ってやろうと思うんで、そこんとこヨロシク。」

そう屈託無く言い放つと、周囲の人間に向き直る。いよいよ出番かと張り切る連中に、

「黄大人以外の人間は全員外に出てくれ、足手まといだ。」

想像と全く逆の事を言われた、連中が最初呆気に取られた後、逆上して血の気の多い何人
かが前後左右から切りかかってきた。こんな力押し以外思いつかない連中など何人いても
犠牲が増えるだけだ。横島は総ての斬撃をわざと紙一重の差でかわし続けた。服一枚だけ
を切り裂くように攻撃を受けていたが、相手も武術の心得がある分、その実力差に嫌でも
気が付いた。無言で見据えると、最後までゴネる道士を若い連中が宥めながら外に連れだ
した。残ったのは服のみを切り裂かれた横島と黄大人のみだ。大人を残したのは、人質の
少女を救出した後、少しでも早く安心させてやりたかったのと、外に出るように言っても
孫の事で頭が一杯の老人が従うとは思えなかったからである。そして奥の方に近づいて、

「事件解決を依頼されたネゴシエーターだ、そちらの条件を言ってくれ。こちらの希望は
人質の少女の安全だけだ。それ以外は望まない、貴女達の安全も保障しよう。」

正直、こんなふざけた呼びかけで交渉を始められるとは思っていない。何せ、自分が着く
までは何を言おうが”はいろうとすれば人質を殺す”の一点張りだったらしいのだ。大体
あの道士が呼びかけた内容が”人質を放しておとなしく出て来い”だそうだ。そんな相手
と話し合う篭城犯がいたら、横島の方が驚きだ。とにかく、先刻までのバカとは違い交渉
の余地の可能性を信じさせなければ一歩も進まない。GSと名乗らずに、ネゴシエーター
と言ったのも、あの道士の同類と思われたら事態が悪化するからだ。つくづくとあの道士
の固まりきった価値観が恨めしい。幾らあの道士の考えが標準なのだ、と自分に言い聞か
せても恨めしく思う気持ちは止められない。相手にウソはついていない、これは方便だ。

「俺は先刻までの無力なうえにバカな人間とは違う、貴女を退治したいなどとは考えてい
ない。貴女も自分の子供は守りたいはずだ、俺はその方法を知っている。我々には話し合
う余地が残されているはずだ。」

ここまで言った時に、黄大人が何か言いた気な顔になったが口は挟まない。相手の子供と
人質の少女を等価と認めての交渉の提案だった。これを理解して貰わなければ交渉が進ま
ない。

「お互い子供の安全が一番大事なはずだ。今からそちらに行く。俺は丸腰だ、心配ならば
上半身裸になって手を頭の後ろに組んで行く。中にはいる時は、背中を向けて後ろ向きに
はいって行く。信じられなければ、その時に殺すが良い、尤も交渉は決裂だがな。さあ!
こちらが提示できる条件は、これだけだ。了解なら部屋の鍵を開けてくれ。」

これ以上さらせるカードは無い。横島は祈るような気持ちで返事を待った。これで駄目な
らもう、強硬手段しか方法は無い。それだけは避けたかった。やがてドアの前から、物を
どかすような音がしてカチリという鍵の開く音がした。間を空けず上半身の衣類を総て、
脱いで向かおうとすると後ろで大きく息を呑む音がした。振り返ると黄大人が驚愕の目で
こちらを見つめている。裸体に走る無数の傷跡を見て驚いたのだろう、無理もない。最も
大きな傷が背中から腹に抜けている巨大な貫通砲創、その他にも、致命傷になりかねない
ような斬撃の跡が無数に走っている。これだけの傷を生きていられる人間などいるわけが
ない。説明する時間もつもりも無いので捨て置いて、奥へ向かうことにする。



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