ザ・グレート・展開予測ショー

筆は進む。


投稿者名:cymbal
投稿日時:(04/12/ 9)



十二月二十四日。空は曇ってる。


少しづつ、少しづつ。歩みを進める。転ばないように。慎重に。


季節外れに習って、場所外れとでも言うのかな。大都会東京は一面の雪景色でした。今日はクリスマスイブ。世間的には交通麻痺が横行していますが、概(おおむ)ねこの雪は受け入れられているみたい。私が長靴を履いて、へーこらと町並みを通り過ぎる間も、地面を覆う雪で遊ぶ子供達や、幻想的な光景に酔い知れる彼氏彼女らをあちらこちらに見かけました。


そんな中、目的地へと向かう私に、日も落ちつつある空が顔を赤く照らします。明日は晴れかな・・・と思いました。雪も今日限りかも知れないとも。そういう意味でも天の恵みだったのかも知れません。私にとっては少しばかり迷惑でしたが。


少しずつ、少しづつ。歩みを進める私の髪は乱れていく。汗で。何だか暑いのか寒いのかわかんない。


途中に通りかかった商店街で、美味しそうな香りをさせる焼き芋屋さんを見つけました。寒さも相俟って中々売れているようです。買っている人もちらほらといます。私の気持ちはふらつきそうになりましたが、ここで歩みを止める時間も勿体無い。ただでさえ少し遅刻しているのに。ぐっと唾を飲み込み、気の無い振りをしてその場を通り過ぎました。また今度来てみよう。恥ずかしい思いを胸に私はそう呟いたのです。


太陽が海水に浸かる頃合いに。辺りは少しづつ暗くなっていっています。子供の姿も見なくなりました。


少しずつ、少しづつ。歩みを進める私に鼻先がむずむずと。ティッシュ持ってくるの忘れちゃった。ハンカチで噛む?そんな馬鹿な事出来ません。


いつもなら電車で十五分で着くのに、今日は徒歩なだけやたらと手間がかかります。自転車も滑るから使わない。折角のクリスマスイブだけど、こんな事になるなら家の方に来て貰えば良かった。その分彼には負担を強いりますが。その間も足元はさくさくと。手袋をしている指先は冷たい。さっきうっかりはしゃいで雪を触っちゃったから。今から思うと馬鹿みたい。後悔後先立たず、有名な言葉です。意味は合ってるかどうか知らないけど。二重の意味で今日は憎らしい白い雪。全く電話が止められるなんていつの時代の人なんでしょう?ある意味、人の事言えませんけど。


辺りは真っ暗になりました。時刻は五時半。さすがに冬場は陽が落ちるのが早いです。周りの人達は二人で暖かいかも知れないけど、私は一人きり。早く二人になりたいです。想像すると私の顔も赤く染まります。


少しづつ、少しづつ。彼に近づいているのが分かります。霊感?それはちょっと違う。私だけが分かるんです。例え誰にも信じてもらえなくても。半分冗談であったとしても。気持ちって大事ですよね。


すると目の前に見覚えのある駅が視界に入りました。いつも降りている待ち合わせ場所の駅。進む足取りも軽やかに。たったったったった・・・と。そしてずるっと。おまけにすてんと。見事なまでに転びました。


「あいたぁ!!」


お尻を激しく打ちつけました。目には涙が浮かびます。来てきたコートもびしょ濡れに。ついでに泥まで付いて。


「あいたたた・・・ああ、お気に入りの奴だったのに・・・。髪の毛もぐしゃぐしゃだし。鼻水は出てるし。もう・・・雪なんて嫌い!まあ・・・実家では腐る程降ってますけどね。」


寂しい独り言を一つ。そして服に付いた雪を払うと、すっと立ちあがる・・・ところでそこに走りこんで来る影が一つ。とっても見覚えのあるあの姿。


彼でした。


「おーい、待ってた・・・」


まずずるり。続けてすってん。最後に電信柱にどーーーん!


「ぐあっ!」


私に駆け寄ろうとした彼は、思い切り滑り転びました。そして電柱に頭を打ち付ける。なんてまぬけな人なんだろう。人の事は言えませんけど。ある意味似たもの同士なのかな。ふふふ。


私は慎重に彼に近づいていくと、本来逆の立場でして欲しかった手を私から差し出しました。少し罰が悪そうに彼は私の手を掴もうとして・・・


「大丈夫ですか横島さん?ほらっ、手を持って・・・って、きゃあ!!」


彼が私の手を掴んだその時、さらにすてんと。私は彼の上に覆い被さるように倒れ込みました。踏んだり蹴ったりとは正にこの事を言うのでしょうか。今日は厄日だったのかも・・・。


「うわっ!・・・だ、大丈夫?おキヌちゃん。」
「え、ええ、何とか。ごめんなさい。」


気が付けば大通りの端っこで・・・地面の上で抱き合っている私達二人。周りの視線が痛い、痛い。恥ずかしいです。でも・・・


「と、とりあえず起きましょうか。」
「やっ・・・このままでもいいかも・・・。」
「えっ?」
「いや冗談。」


前言撤回。厄日なんて迷信です。恥ずかしくてもこの温もりさえあれば・・・。などと考えつつも、私はゆっくりと今度こそ慎重に立ち上がりました。次に彼もまたゆっくりと立ち上がります。


「何か・・・服もびしょびしょだし、この格好じゃ何処の店も入りにくそうですね。」


二人ともあられも無い格好になってしまいました。彼の方もせっかくのスーツが台無しです。


「そだね・・・どうする?しょうがないから・・・一端、俺ん所に戻ろうか。おキヌちゃんの家はちょっと遠いし。まあまた歩かなきゃいけないけど・・・何か作ってくれる?」
「・・・そーですね。折角ここまで来ましたけど・・・そうしましょうか。あっ、そうだ焼き芋買ってって良いですか?」
「焼き芋?何で?まあ寒いし、美味しそうだけど。」


焼き芋という言葉ふいに聞いて、彼は不思議そうな顔をしながら、私の顔を見ました。私はそれににっこりと笑って返します。だって食べるの我慢してたんです。





行きは寒かったけど、帰りは温かい。私の隣に居る彼は、組んだ腕に少し照れくさそうに前を見つめている。私がここまで歩んで来た道のりなんて、遠い昔の話のように・・・寄りかかった身体は二つの影を一つにまとめてって・・・ああ、夜だったんだ。とりあえず街灯の明かりに照らされて・・・。


それでも手には二つの暖かくて甘い香り。そして隣に私の大事な人。


今年一年がまた、幸せな日々でありますように・・・。


そこまで書いて彼女は日記帳を閉じるのでした。彼の部屋で。


おしまい。

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