ザ・グレート・展開予測ショー

冬の女王


投稿者名:veld
投稿日時:(04/12/ 9)


 季節は流れ、私は一人。
 孤独の中で死ぬ。解かりきっていた事だ。私を支えてくれる人など誰もいやしないのだから。
 過去にはいた。幾つもの人々が私を行き過ぎていった。私はその通過点でしかない。
 実のところ、私は彼らの誰よりも早く自分が死ぬと思っていた。死因は何かの見当をつけていたわけではない。病死か、他殺か。それさえも考えはしない。漠然と、死ぬ、と思っていた。
 ドラッグの幻覚に魅せられ、狂い死ぬことさえも、またありうると思っていた。それは近い将来―――すくなくとも、遠い今であろうとは思わなかった。

 孤独は嫌いなわけではない。ただ、好きでもなかった。ただ、一人でいれば、誰かの温もりを未練がましく抱こうとする自分を見られない、と、そういう分では好都合ではあったかもしれない。そんな弱さを抱いた事はない。ただ、その保険はほしかった。―――結果的に見れば、それは不必要な保険であったことになるのだけれど。


 ―――死が訪れるのを感じる。

 窓から差し込む陽光は、窓枠に張り付いた霜を溶かす。外は凍える風が吹き荒れているに違いない。対して部屋の中は温もりのかいなの中にある。暖炉に薪をくべる事もない。くもの巣の掛かったそれはもう、何人の侵入も許しはしないだろうが。
 冬に差し掛かる。ロンドンは今年も酷く冷え込むだろう。何人の浮浪者が冬の女王に魅せられ、その命を預けるだろうか。私は考え、そして笑った。
 くだらない考えだ。そんなものが存在する筈もない。

 いや、そうか?

 「冬の女王」

 想像する。
 白く冷たい肌。
 その表情にはうっすらと微笑みが浮かび。
 そして―――。

 音もなくそれは消える。


 「マリア」

 自然、口から漏れた呟きにはっとする。
 意識が今、一瞬過去へと戻ろうとしていた。


 忘れるべき過去と決め付けた。
 これが最後だと背を向けた。
 彼女はまだ、あの笑顔を他の誰かに向けているだろうか。


 私は苦笑いを噛み潰した。
 恐らくはそうだろう。あの笑顔を誰かに向け、そしてあの男のために生きている。

 ―――いや、生きているフリをしている。

 彼女はロボットなのだ。命あるものではない。
 永遠を『使われる身』として死に続けている―――。


 椅子は揺れる。いや、私の身体が震えているのか。
 最後だ。もう、私の命は終わる。
 こんな風に終わるとは、思わなかった。









 最後の思考―――。

 それが『彼女の事』だとは、何て情けない話だろう。





 (―――いや)

 (―――きっともう笑顔など見せてはいないだろう)

 (・・・なぜかは解からないが・・・そんな気がする)














 部屋は凍えるような寒さだった。
 外と大差ない―――マリアの熱センサーは確かにそう『感じた』。

 その目が映しているのは一人の男の姿だった。
 彼女の顔に表情はない。ただ、静かにその現実を見つめている。

 彼女の傍らでその身を闇に顰めていた男は呟くように言った。


 「死んだか」と。




 彼女の応えによどみはなかった。







 「イエス、ドクター・カオス」

 何の感慨も抱いては、いないように見えた。

 「全く、愚かな男よ。私の力を借りておけばずっと生きることができたと言うのに」

 「―――」

 「・・・マリア」

 「・・・」

 「お前はこの男のために笑顔を捨てたのだな」

 「・・・」

 「・・・マリア、わしは思う。お前は笑わなければならない。それはわしに対してではない。この男に対して―――」

 「・・・わしは先に部屋を出る。―――お前が弔ってやると良い・・・その男には、弔われってくれるものはいない」




 応えのない会話が終わった後、ドアの開き、閉まる音が響いた。





 彼女はまだ、見つめていた。
 彼の正面に移動する―――窓の外を見つめるその瞳は焦点があっていない筈だった。
―――が、確かに彼女の後ろの光景を見つめているように見えた。

 『彼女を見てはいない』

 皺だらけの顔の奥底に沈むように、眼がある。
 それはまるで作り物のように煌いた。。
 彼女は何も思わなかった。ただ、彼の身体を抱えると、その部屋を出る。
 ドアの先に、カオスの姿はなかった。彼女はそれでも何も思わない。



 一人、悠然と雪の降り注ぐ石畳の道を歩く。すれ違うものなどはいない。そんな命知らずはいない―――。
 冬の女王はその姿を見たものの命を奪うと言う―――これは誰が聞かせてくれた話だろう。
 彼女はほんのわずか、立ち止まった―――。


 秒針が12から3の文字を通り抜けるほどの時間もない。

 彼女は歩き出した。答えは既に出ていた。



 注ぐ雪がまるで手向けられた百合のように見えた―――神秘的な光景が広がっている。その手向けられた花で一杯になった大地にところどころに墓石がその表面を垣間見せている。―――市営墓地へと出ると、空いた一角―――そこに、彼女は静かに穴を掘り始めた。

 一瞬、考えた。

 『彼を生き返らせることも、可能なのではないか』

 穴を掘りながら、考える―――が、その手は止まらない。そして、いつしか思考はとまった。

 『彼はそんなことを望まない』ことは、解かりきった事だったからだった。

 「・・・ホームズ」

 ―――彼女はただ、呟いた。
 握り締めるシャベルが多量の土を飛ばす。
 深いとも浅いとも言えない穴が一つ出来た。
 彼女は目を閉じる。

 意味などは、ない。

 そして、シャベルを静かに下ろし、彼の体を持ち上げ、ゆっくりとその穴の中に下ろした。
 柔らかな土は白い雪の粒に煌いている。彼女はそっと、彼の顔にも降りかかるそれを払おうとして―――。

 彼の声を、聞いたような気がした。










 それは拒絶の声だった。


 もう二度と私の前に姿をあらわすな、と言ったはずだ。


 そう、聞こえた。






 彼女は彼の身体を大地に横たえ、その身体に土を落とした。
 その顔には誰もがそれと解かる表情が見える。
 恐らくは、誰しもがそうと解かる表情が―――。





 泣いているのか。と、尋ねたに違いない。
 彼女を知っているものがそこにいたなら。



















 「奪い去って欲しい、と思う人間もいるかもしれないな」

 ホームズは話の終わり、彼女に告げた。
 そこにはつまらない話をした、と言う幾分の照れ隠しが見え隠れしているように聞こえる。
 彼女は首を傾げた。彼は苦笑する。

 「いや、そんなことを願うのは弱い人間に過ぎないだろうがね―――しかし、そんな人間もいるだろう。理解はしないが、同情は出来る」

 君はどう思う?
 彼女は返答に窮した。
 彼は頭を振った。

 「よそう。つまらない話をした。気にしないでくれ」

 肩をすくめ、彼は背を向けた。





 ―――その肩に、触れようと手を伸ばした。
 しかし、触れる事無くその手は引かれる。
 元の位置に戻った手を一瞥し、彼女は何も言わず。
 彼の後を追うように歩き出した。


 それは、何時かの教室の中。




 凍える冬の風のかいなの中。




 彼女のメモリーの中に残った『記録』。





―――fin

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