ザ・グレート・展開予測ショー

これからの情景 III


投稿者名:Alice
投稿日時:(04/12/ 7)

 
 
 
 
 
   これからの情景 III 
 
 
 
 
 彼が目覚める一時間は前に美神令子は一度、目を覚ましていた。
 目が覚めたばかりの濁った思考で、一番最初に脳裏が浮かべたことは“思っていたほど痛くなかった”だった。
 始めこそ、見慣れぬ生身の女性に横島は興奮しきっていたのだが、自分自身でも予想外に横島―初めての男に怯えを見せてしまったことで、彼は逆に冷静さを取り戻してくれた。その時のことを思い出して、美神は少しだけ嬉しく思った。
 彼との出会いを思い出せば、誰が今の関係を想像できるあろうか。無論自分だって例外ではない。彼がここまでの男、自分が身体を許せるほどに頼り甲斐のある男になるとは思ってもみなかった。
 彼と出会ったころの自分が、近い将来に彼が自分を抱くなどと知れば、今よりも更に我武者羅だったであろう自分は、彼を殺す。それは絶対だ。彼、横島忠夫が以前のままであれば、今の自分でも許せないかもしれない。
 初めて出会った時、ふざけて告げた時給でついにここまで追いついてきた。仕事の際、事故で死んでもなんとかなるだろうと、使い捨ての感覚で、今にして考えてもかなり物騒な考えで雇うことになった少年。
 今はもう青年も追える頃合になっただろうか。
 二十歳を越えた時、自分が事務所を開いた年齢に彼が達した時に、美神は彼を事務所から追い出した。独立しなさい、と言い捨てて。
 無論、周囲は物凄い剣幕で反対したし、母、美知恵に至っては話を聞いて事務所に怒鳴り込んできたぐらいだ。
 美神は全てを問答無用で一蹴した。冷静に、師匠としての目で見て、彼は独りでもやっていけると判断したし、アシュタロスとの一件が終わったくらいから決めていたことでもあったのだ。
 美知恵もまた、そんな娘の考えを知ってか知らずか、最初は別にしても途中からはなにも口を挟むことはなかった。
 横島は戦力としては申し分はなかったし、通常の相場からしてみれば破格なまでの安い給料でこき使えることを考えても、霊能アイテムを含めても、これ以上の手札はそうそう見つからないだろう。
 彼を手放すということは手痛い“出費”ではあった。けれども、自分は美神令子である。そう自負したいし誇りだってある。一緒にいて、なんら問題はあったにせよ、横島やおキヌたち彼らが家族同然に思えるほどであれば安らいで当然のこと。
 だからと言って、いつまでも親の庇護の元、甘え続けて良いわけではない。子は親から巣立っていくものと昔から決まっている。
 早くに親を亡くした、そう思わされていたことが原因であるにしろ、美神令子として培った哲学でもあった。
 強い気持ちでそのように考えるようになったのは、アシュタロスとの一件が切欠になった。
 前世のしがらみから開放され、巻き込まれるようにして横島は、自らの魂までに禍根を残した。
 それでも生きて、生き抜かなければいけない。とかく痛みを伴う世界で、悲しみや絶望から身を護れるように、痛みを受け入れることができるように。人がより、人間らしく生きて行くのであれば、いつかは独りで立てるようにならねばならない。
 美神としては、多少の不具合はあっても、彼らのいずれも、出ていくべきだと考えるようになっていた。
 今にしてもおキヌはそろそろ独立させるべきだと考えているし、シロと、ついでにタマモにもGS免許を取得させた。免許を取らせた二人には、取らせた以上、単独で仕事をさせても良い時期にきている。いずれにしてもシロは里に戻るかもしれないとして、タマモは横島と同じように放逐するつもりだった。
 寂しくなる。
 ―らしくない感情だと自分でもわかっていながらも、つい、考えてしまう自分が思っていたよりも苦労症だったことを知って苦い笑みが零れた。同時に気の早い話だ、とも。それに、別れは寂しくても、死に別れるというわけでもなし、会おうと思えばいつだって会えるのだから。
 不意に思い出した横島に解雇を言い渡した時の事。彼は泣きそうな顔をして謝ってきた。自分はいったいどのような不始末をしでかしたのか? と。
 一瞬、心が揺らいだ。冗談にしてしまおうかとも考えてしまった。ずっと手元において置けば良いではないか。甘い誘惑に駆られる。
 でも、一度決めたことを覆すような無様を晒すだなんてことはしたくはなかった。自分自身が決めて、そうあるべきだと、正しいと判断したのだからなおさらに。なにより、自身のためにも、これから彼のためにも。
 しばし沈黙の後、うろたえる様を晒すことなく、勤めて冷静に彼に美神は告げることができた。「あなたはもう独立しなさい」と。
 横島は美神の言葉を聞かされて返す言葉もなく、ただ、どうしたら良いのかわからないままでいた。なんとかしてまとめた結論は美神が放った言葉の重さに、わかりましたと小さく頷けるだけだった。
 高校を卒業してから進学せず、GSとして生きると決めたのであれば。独りでも立って見せろ。美神令子の一番弟子だと自負するのであれば、当然のごとくふんぞり返って成し遂げてみせろ。
 それからしばらく経って後、ささやかなな送別会を終えて、彼のアパートまで車で送って行こう、と美神が自ら買って出た。おキヌを目で殺して、かなり強引ではあったが横島も感じることがあったのが頷いた。
 道すがら、師匠から弟子へ、と神通棍を送った。普段自分が使っているものと同じ仕様。無論、彼には神通棍にとって変わる武器、技があることは当然ながら知っていたし、渡す必要もなかった。だがどうしても渡して置きたかったのだ。自分の証を、彼にも注いで欲しいと、そう感じてしまうのは師としては当然の感情だった。
 言葉少ない道中も終えて最後に、美神は退職金のつもりでダッシュボードに忍ばせておいた一億円の小切手を渡した。むろん、意地を張って貸してやると言ってしまったが。
『それでなんとかしてみせろ』
 伝えたかった気持ちは言葉にはできなかった。伝わったかどうかはわからなかった。ただ、少なくとも美神は彼に自立の道を、チャンスを与えた。
 ほとんど勝手に成長していったきらいもあった。今は力も十分にある。GSとして、人間としての心根はまだ子供のように見えてしまうのは師としては当然のこと。それでも、だ。心構えは教えたつもりだった。
 ならば師匠として、自分が通ってきた道をお前も渡ってみせろ、と。
 一億円を渡した時、どこかで甘やかしていると思った。少なくとも自分はゼロに近いところから始めたのだ。対等に見て上げるべきかもしれないが、今までの彼の実績を考えれば一億円でも少なすぎるだろう、と、免罪符を打った。
 今にして思えば、美神なりに見せた親心だったのかもしれない。
 だからこそ嬉しいこともあった。追い出してから一年ほどが過ぎて、彼の経営する事務所の名をちらほらと聞けるようになった頃。事務所にふらりと顔を出して「借りた金を返しにきたっス」と、昔の調子のままで現れた。
 良くやった―思わず声を大にして褒めてしまいそうになってしまった。勿論、そんなことは彼女にいえるはずもなく、意地でもって「遅い」と、きつく告げる。照れ隠しだということは周りにはバレバレだったのだろうが問題はない。当の本人たちがソレに気がついていなかっただろうから。
 
 独立してから一年ほどたって以降、大物を相手にする時は、決まってパートナーとして彼を選んだ。それは頼りになる一人前のGSとして認めてのこと。
 ギャラについては授業料だとなんだのと、以前と同じように荷物持ちを含めて横島をこき使う割りには七対三ぐらいの割合でふんだくっていた。だが、彼らの以前の関係を知っている者であれば、驚きをもって見られたに違いない。
 それらを別にしても、美神本人としては普段単独で仕事をすることに比べて、横島と組んでの除霊に臨めるようになったのは新しい発見となった。
 そうして、懐かしいと過去を思い出す。自分と横島、それに幽霊だったころのおキヌを交えての、短かったが故に濃厚なまでに過ぎた毎日。たった五年も昔のこと。ともすれば十年も二十年も昔のことのようにも思えるくらいに。あの頃の毎日が幼い日々に過ごした夏休みだったような、そんな気持ちにさせられる。短かったからこそ、振り返った日常が充実しすぎていたからこそ、覚えている。忘れられない。
 長く、それでいてとても短い過去を振り返って、今、自分の隣で静かな寝息を立てている横島を見つめた。
 良い男に育った。
 手のかかる子供に覚える風な感情に近い。まるで母親のような、姉のような気分で、今の彼を誇りに思えてならない。なのに、昨夜はその身に自分は包まれてしまった。ソレはゆっくりと、大きな感覚で寝息を立てている。少年だった頃の面影は淡く過ぎ去った姿に、柔らかな微睡。
「追い越されちゃったな」
 霊能のポテンシャルではとっくに追い抜かれていることはわかっていた。でも、GSとしてはまだまだだったと思っていた。いや、思いたかったのかもしれない。先が見えない彼の才能に、そんな彼の師であり続けたかったのかもしれない。
 彼の著しい成長に焦りがあったか、と面と向かって尋ねられればNOと応えるだろう。自分はそこまで素直ではない。わかっている。でも、本音では焦っていた。弟子といえども追い越されるのは悔しい。だからこそ、技では、気持ちではまだまだ自分の方が上だと余裕すらあった。そのはずだった。見知っていた彼は子供のはずだった。ずっとずっと、子供だった。だのに、この様は一体なんだ。自分こそが、まるっきり子供ではないかと、素直に美神は思ってしまった。
 もう一度、美神は眺める。昨晩のことを思い出して恥ずかしいと思う反面、彼に頼れることへの安堵が浮かんだ。嬉しかったのかもしれない。同時に、悔しさだってあっただろう。整理しきれない様々な感情に自分が振り回されていることが、なぜか冷静に判断できた。普段では絶対にありえない気持ちの揺らぎだったにも関わらず、どこか胸の奥ではストンと納得できる自分がいる。
 
「なんだ、そんなことか…」
 
 もう、彼は自分の弟でもなければ、子供でもなかった。
 手のかかったクソガキは、もういなくなってしまった。それだけのこと。
 認めなければいけない。既に彼は自分の庇護から本当に巣立っていってしまった。
 
 ならば、もう構うまい
 
 誰に気兼ねすることなく、一人前の男と認めて、いっそ自分の物にしてみせようか
 
 これからの未来を少し想像して、美神は少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべる。おキヌやシロがどんな顔をするのか。そうして、彼のあわてるふためく姿を想像して。
 いつか、母が言った。良い男からは目を離してはいけない、と。その意味が分かった。当然だ。彼は、横島忠夫は美神令子が自分のためにいつからか、渾身を込めたただ唯一だったはず。未来の自分の男のために一億をかける女なんてはそういやしまい。
 
 
 
     それは遥か昔
 
     記憶すら融けかかった古(いにしえ)
 
     葛葉に交わした
 
     いつか、どこか、遠い未来への約束
 
 
 
 横島忠夫は美神令子専属の丁稚である。生まれる前から決まっていたことだ。それに生殺与奪はとっくに自分のものだったではないか。なにを今更遠慮する必要があったのだろう。
 当然の権利なのだとばかりに美神は横島の眼(まなこ)に、そっと口付けを交わす。
 次いで、気だるさを催した身体を横たえた。再び訪れた睡魔に身を委ねれば、彼の腕を枕にする彼女。
 それはまるで、幼子のように。
 
 
 
 
 
 続く

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