ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(2)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 5/ 8)

「……冗談じゃないわ! 何考えてんのよ、このマッド・アルケミスト! 」
美神はそう一喝するとアームチェアを力強くターンさせてそっぽをむいた。背後の応接机にはつま楊枝で歯を掃除しているカオスと充電中のマリア、二人の対面には自分用の紅茶にしとどと砂糖を放り込んでしまった呆れ顔のキヌが腰を落ち着けていた。
「何を言うか美神令子、量産型人造人間製造計画の、どーこーがー悪いというのだ?」
上の前歯の隙間につま楊枝を挿したまま、カオスは口角を飛ばす。美神の責める様な態度にも悪びれた様子は全く、無い。
「悪(わる)も悪、大悪、最悪よ。カオス、あんたねぇ前の……あの、テレサの一件、そのトコロテン頭でまさか、忘れた訳じゃあ無いでしょうね! 」
「? おぉーっ、無論、忘れる訳が無かろう。」
返事の最初の所の妙な間は、本当に忘れていたからなのか、それとも単に反応が鈍いだけなのか、判断は難しい。
「あの時の失敗の原因は……まあ、色々と考えられるのじゃが、やはり最大の原因はマリアを組み上げた当時の資料の、実に肝心な部分が喪失しておった事じゃ。まあ、かれこれ七百年も昔の物じゃからなぁ……」
「失くした資料って、どうせ食うに困って好事家に高値で売り付けたとか、さも無ければ新聞紙代わりに疊の下に敷いたり鍋敷きに使ったり、そんなトコでしょ」
「それに・トイレット・ペーパーの・代わりにも……」
「……マリア、余計な事は言わんでいい。」
「イエス・ドクター・カオス」
柄に無く微かに赤面するカオスと俯いた様子が心無しかしょげている様に見えるマリアを見て、美神は眉をひそめて大きく溜息を吐いた。
「で、何なのよ、その『肝心な部分』ってのは?」
「あー、オホン、それはな……」
「……それは?」
興味津々のキヌが促す。
「……人工霊魂の作成法に関する所なんじゃ。」

少し長めの間。

「それって一番肝心なトコじゃない! アンタ、そんなんでよくテレサを作る気になったわね! 」
口火を切ったのは美神だ。アームチェアを素早くターンさせてから立ち上がり、相対するカオスを睨み付けた。先程までは呆れ7部に怒り3部といった処だったのが今ではその比率が逆転している。尤もカオスのそのいい加減さのせいでテレサに殺されそうになったのだから、それも当然かもしれない。美神ならばなおさらだ。
「そんなんだから肉体性能ばかり向上して精神がまるで発達していない未成熟な不良娘が出来るのよ! 」
「美神さん……何だか……」
「おキヌちゃん、何か言った!?」
「い、いいえっ! 何にも!」
応接机の方に近付いて来る美神の気迫に押されて、キヌは不用意な発言を慎んだ。
その発言の具体的な内容は想像に任せる。
「ま、待て、美神令子! 今回は、その失敗を踏まえてだな、より万全の態勢で臨む為の秘策が有るのじゃ! ええっと……」
なおも接近してくる美神の影に怯えつつも、カオスは震える右手で上着の内ポケットをまさぐった。取り出したりまするは栓のされた一本の試験管。その中はやや粘性のありそうな深緑色に濁った怪し気な液体で満たされている。
怒りに紅潮していた美神の顔に、不安の色が混ざる。
「な、何よ、それ。」
おそるおそる訊ねてみる。すると先程までの気弱な老紳士はどこへやら、そこには『魔王』の貫禄を備えた一人の偉大な錬金術師が居丈高に哄笑していた。
「フフフフ……ガァーーッハッハッハッハッハバホッゲホッゲホッゲホ……」
前言を撤回する。
「……良くぞ訊いた美神令子、聞いて驚け! これが今回の計画の目玉、その名も『時空超越内服液』! 」

すぱーーーーん!!

高らかな破裂音と共に、無防備なカオスの額に衝撃が走った。
「……たたた、いきなり何をするか小娘! 大体何処に隠しておったんだ、そのハリセンは!」
「それはこっちのセリフよ、ドクターカオス! 何でこんな時に、『時空消滅内服液』なんか、出てくるのよ!」
「!! あのな、他人(ひと)の話はよく聴けと、言っとろうが! 全く……『消滅』では無くて、『超越』じゃ。」
「紛らわしい名前を付けるな!」
美神もカオスも双方肩で息をしながら、お互いの出方を警戒している。
『時空消滅内服液』はかつて美神暗殺に使用された脅威の魔法薬である。実質的に被害を被ったのは言わずとしれた横島忠夫だが、その薬の恐しさを目の当たりにしている美神がその薬に過剰に反応を示すのも、まあ致し方ない。

キヌが紅茶のお替りを淹れてくるまで、たっぷり二人の睨み合いは続いた。

「……つまりこういう事ね。」
静かに湯気を立てる紅茶の香りで肺の中を満たしつつ、美神はカオスの話を継いだ。
今は他の三人と一緒に応接机を囲んでいる。
「私の時間跳躍能力で過去に跳んで、失くしてしまった人造霊魂の作成法に関する書類を取って来て欲しい。。しかし私の能力は非常に不安定な為に、帰りはおろか行きすらも上手くいくか確証が無い。そこで、その薬を使って私の能力を強化すれば、大丈夫、と。」
美神は確認を取る様にカオスに眼を向ける。それに応えるようにカオスが口を開く。
「いや、寧ろ逆じゃな。本来その薬だけでもそこそこの時間跳躍能力を得る事が出来る。基本原理としては、お前さんたちが以前に時間跳躍をした時にも関係しておったが、服用者の持つ『縁』の道筋を辿って行くものだ。しかしこの薬だけではまぁせいぜい百年そこらでしかまともに働かんじゃろう。普通の人間に強く影響を及ぼす『縁』など祖父母の代まで合わせたとして、高々そんな物じゃからな。」
そこまで言うとカオスは横目でマリアの横顔をちらと窺った。有限の命を持ったかつての思い人に生き写しのビスクドール。永遠を生きる自分にとっての唯一の伴侶。
「……オホン、そこでだ、美神令子。貴様の時間跳躍能力と掛け合わせる事により跳躍可能時間とその確実性は相乗的に増す。さらにマリアを同行させてやれば『縁』の引力は一層増加するじゃろう。加えて貴様もわざわざ雷に打たれずとも、薬の効果により時間跳躍が可能になるのじゃ! 」
そこでカオスはおもむろに立ち上がり美神を見下ろすと、唇の端を歪めて話を続ける。
「無論貴様もこのビジネスの有用性や将来性は分かっているであろう! 不況不況と世知辛いこの世の中で、あの実用性皆無の愛玩用犬型ロボットがあの価格設定であれだけ売れたのじゃぞ! 人造人間の生みだす利益は計り知れないものがあろう!
しかも汎用人型決戦……もとい汎用にしてその用途は様々、無限大じゃ…ここに科学分野のみにとどまらない産業革命、いや産業ハルマゲドン・イン・ミレニアムが興こるであろう!」
そう叫んでガッツポーズを極めた後再びソファに腰を落とし、カオスは美神の顔色を窺う様に首を伸ばした。
「……勿論、そうじゃな、売上げの二割はマージンとして受け取って貰おう。万が一、それが不満ならば三割迄なら儂と貴様の刺身いや、よしみだ、まぁ考えてやらんでも無いがなぁ、……フハハハハ、ハーハッハッハッハのハ」
「……やっぱり断るわ。」
「ハッハッハッハ……はぁ!?」
「えっ!?」
カオスとキヌは同時に眼を白黒させた。確かに時間跳躍には大きなリスクが付き纏う。しかしカオスの語るビジネスの話に関しては近年の成功例までも示されており、実に説得力に溢れていた。その上、ざっと皮算用をしてみても条件は決して悪くはない、はずである。それにも関わらず余りにも素気無い、美神の返答だった。

しばしの間、気不味い沈黙が部屋中を支配した。

「そんな事言わないで、僕からもお願いします! 」
「ぅわっ!?」
唐突に背後から声を掛けられて、今度は美神が眼を白黒させる番だった。
前方に退け反るという世にもめずらしい芸当を演じた後に美神が振り向いた先には……青スーツ姿の金髪の美少年が場違いにも瞳を潤ませて立っている。

ピートだった。

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