ザ・グレート・展開予測ショー

雨(17)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/11/30)

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「これを使うのも、久しぶりだな」
黒衣の内から、取り出す拳銃。
SW、M48。
二十二口径の銃は、殺しには向いていない。
急所以外では、貫くだけなのだ。
殺されてもいい。自分の命を、無造作に掛けてみるような男の、銃。
だが。
「……こんな、ものか」
試し撃ち。というふうに撃った弾は、正確に中枢を貫いていた。
聖水に浸された銃弾は、瞬く間に侵食していく。
断末魔をあげる暇も無く崩れていく、化け物。
「それでは、よろしく頼むよ」
唐巣。黒衣の神父が、笑った。
「……君には、多くの仲間が屠られている。楽に死なせてやると思うな」
バアル。たった今殺された眷属に目も向けず。
手を翳した。
「そこが、僕の勝機さ」
古き宗教の王。
当然、唐巣は信者と合わせて大量の眷属を撃ち殺している。
嬲る積もりの、バアル。
手傷さえ負わせればよい、唐巣。
好都合だった。
後ろに放り投げた煙草からは、一筋の白煙が立ち上っていた。

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「僕も、この話を聞いたのはつい最近です」
ベルク。
ただ、ぼんやりと耳を傾ける二人に。
「何しろ異端審問官の破門なんて、前例も無かったですし、破門状自体が直ぐに「紛失」されてしまいましてね。唐巣さんの破門自体、知っている方は多くありません」
彼がまだ審問官だと思って脅えている関係者も多いですよ。
ベルクは、小さく笑った。
「唐巣さんは、結局僕と、アンさんを助けたわけですが……」
ほんの少し、辛そうに。
「その後、ただの一度も連絡はありませんでした。まあ、義父の方には物資の調達などの話がきているようですが……」
小さく、息を吐く。
「多分、怖いんだと思います。何も知らないアンさんはともかく、僕が、今幸せであると確認することが」
「どういうこと?」
タマモ。
「……わかるような、気がする」
横島。ようやく、ポツリとつぶやく。
あまりにも自然な作り笑いも、あまりにもやさしげな虚動も、そこには無かった。
「助けたことが、正解だったと思いたくないんだ……不正解だったことを、忘れたくないんだろうな」
同じ思いがあるゆえの、辛さ。
助けたかった者。助けられなかった者。
いま、助けられる者。償いにも、言い訳にもならず。ただ、助けることができる者。
だが。
迷いながら助けることを選んだものに対する。
助けることで負う傷を贖罪に定めた者の。
明らかな羨望がそこにあった。
「神父は、助けることに何も求めていない。俺は、まだどこかでルシオラに許されることを期待しているんだ」

ガラス一枚隔てた、向こう側。
「笑顔が見たい。それに、慰められる。それは、エゴでしかない」
ラプラスが、つぶやく。
ありとあらゆる強化の施されたガラスの向こうに、聞こえるはずは無い。
「だが、助けるという行為自体が、そもそもエゴなのさ」
目を、閉じる。
「……君は、間違っていない。だが、あまりにも遠い」
真実を授けた悪魔は、微笑を浮かべたまま、静かに首を振った。

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銃声。
硝煙の匂いが、立ち込めていた。
唐巣を囲んでいたはずの眷属たちは、当に巻き添えの中消滅している。
かろうじて永らえ、分離した蝿が唐巣の隙をうかがう。
「……わからんな。そんなもので、何時までやりあうつもりだ?」
バアル。疲れた様子は無い。
もとより、例え中枢を貫かれようと、小さな鉛球に奪われるほど軽い命ではない。
このままでは、最初から勝負にすらなっていないのだ。
「君こそ、どうして力を解放しない?」
不可解なのは、バアルも同じ。
この世界に、顕現していることすら普通ならありえない魔人。
全力で戦えば、軽く街一つくらい消えるだろう。
「どうやら、お互いに思惑は別にあるようだな」
「そのようだね」
「……さしずめ、お前の目的は私の戦う理由。といったところか」
「君の目的は、横島君を捕らえるための、人質かな?」
わかりきっていることを、お互いにとぼける。興味。こんな戦い方をする理由など、その一つで十分だった。
沈黙。
「……そろそろ、その気に触る話し方をやめたらどうだ?「殺し屋」」
「……そうだな。あんたもその無表情の仮面、剥いだらどうだ?「裏切り者」」
少しだけ、笑みが浮かんだ。

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キリストは悪魔を使って信仰を広めた。
有名な、噂である。
その悪魔が、バアルゼブブということも知っている者は多いだろう。
「……デタント賛成派の主流だったあんたが、なんでアシュタロスに与したんだ?」
唐巣。
眼鏡の奥の光は、彼を知る誰もが見たことの無いものだった。
「……冥土の、土産にしたいのかね?」
「立ち会った敵の、遺言になるのさ」
「ふん。本当にそうなったら、教えてやってもいいがね」
「別に、言いたくなきゃ言わなくてもいいさ。……そのまま抱いて死んでいけ」
銃声。
音、速度、弾の小ささ。
何一つ変わることの無いそれは、しかしたった一つ些細な変化があった。
「……喰らい尽くせ」
霊能者なら、誰にでもわかるだろう。
一直線に、全ての「調和」を破壊しながら進んでいく弾丸。
霊力の法則と自然に従って存在する「流れ」を、滅茶苦茶にかき乱して。
一点にぶつかり、はじけた。
「があっ!」
短い、叫び。
ほんの、小さな点。
マントに隠れた腕に付いた、小石ほどの穴。
それが、霊衣であったマント共々腕を吹き飛ばしていた。
「何が起こったか、わからないって顔だね」
唐巣。
「種明かしはしないよ。そのまま、消えてくれ」
ヒャクメや、式神の霊視ですら届かないほどの深く。
しまいこんだ自分の罪を、もう一度、小さな鉄の塊に注ぎ込んだ。
「聖」
絶対にして、不可侵なる領域。
全ての始まり。
命あるものも無きものも、等しく憧れ、恐れるもの。
真の、神聖。
言い換えれば、ただの毒だった。

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「……悪いの?」
「?」
タマモの、声。
横島が、顔を上げる。
「助けることに、何かを期待するのはそんなに悪いことなの?」
「……」
いつの間にか、ベルクは姿を消していた。
横島の奥にある、最後の狂気。
誰も、たどり着くことの無かった深遠に、タマモは触れている。
それを自覚しているタマモの声が震えるのは、無理からぬことだろう。
「そのままじゃ、横島の中のルシオラは絶対にあなたを許さないわ。例え、あなたが死んだとしても」
「……わかってるさ」
呟くように、言った。
「俺が、ルシオラを殺した。だから、俺の血でこれ以上ルシオラを汚すことが、間違ってるってことくらい、わかってる」
沈黙。
何一つ、物音の無い。
タマモは、完全に飲まれていた。
横島の持つ、直向さに。
異常なまでの愛に。
ようやく、気が付いた。
彼は、人を愛するには幼すぎるのだ。
自分の全てを投げ出すことを、当たり前にしてしまうほど。
傷つけられることに、恐怖しないほど。
対象を絶対に仕立て、自分を無価値にしてしまうほどに。
それでも。
「償い方なんて、あるわけが無いんだ。俺は、自分の意思でアイツを殺したし、次があっても、間違いなくそうするから」
自分の全てをまだ見ぬ他者のために使ってしまうほど、彼は優しかった。
「……」
タマモは、ただ、黙る。
「皆、言ったさ。罠だったって。結晶を破壊しないでも、ルシオラが生き返ることは無かったって」
本人以外、誰もが知らない事実。
気付こうとしない真実。
「だけど、俺は、わかってたんだ。あの時結晶を渡せば、ルシオラは生き返るって」
「模」の文殊は、相手の思考すらも忠実に再現する。
永劫に対する苦しみ。
死に対する渇望。
娘たちへの愛。
神々に対する憎悪。
そして、圧倒的な力を持つ自分に立ち向かってくる矮小な「人間」に対する敬意と羨望さえも。
敵の悲しみさえ飲み込んで、横島は戦場に立っていた。
誰も知らない。知らせるわけにはいかない。
相手の心はわかっていた。結晶を破壊しなければ、ルシオラは生き返っただろう。
人とて、作り直されるだけ。
そこに善も悪もありはしない。
死滅するのではないのだ。ただ、「作り直されるだけ」
それでも、横島は「世界」を選んだ。
ただ、湧き上がる焦燥と圧倒的な重圧の大きさに対し、狂うことも、逃げることも許されないままに全ての材料を与えられ。
わずか十七の青年は、「恋人」より「世界」を選んだ。
誰も、知らない事実。
彼は、全てを知っていた。
「不確定要素」に逃げることも出来ないままそれを飲み込んで。
横島は、恋人を殺し、世界を選んだ。
贖罪としての意味はあっただろう。だが、それ以上に。
横島が全てを守るのは、自分と世界に対する「憎悪」だった。
「……」
沈黙。何も言えず、何も言わないタマモに、また、声が響く。
「オマエニ、ナニガデキル?」

60
「……この世の全てを、呪ったことはあるか?」
腕の再生を終えた、バアル。
静かに、呟いた。
「……ああ」
唐巣。
「そうか」
緩慢な動作。だが、触れられぬ何かがあった。
「それで、どうした?」
手をマントからだし、前に構えた。
「……気付いたさ。全部を呪うくらいなら、自分ひとり呪った方が楽にすむ」
銃口を向けながら、唐巣。
「……」
バアルが少し、笑ったように見えた。
「行くぞ」
「ああ」
銃声。
瞬時に、背後。
振り下ろされる手刀。
前に跳び、振り返りもせずに二弾目。
かろうじて避けた核。吹き飛ばされた肩を瞬時に再生して、霊派を放つ。
体を浮かせることで衝撃を流す。それでも負った、怪我。
三発目。
バアルが、消えた。
その一瞬を、怪我の回復に当てる。
気配。
逆方向に飛ぶ。
構える。いない。後ろ。
体を地面に転がして、ぎりぎりのところでかわした。
四発目。
苦し紛れのそれは、難なくかわされる。
装填した弾はあと一発。
胸の内側の予備は、取り替える暇に殺されるだろう。
躊躇わず、放った。
最大の一撃。
ぎりぎりで致命傷を避けても、核に掠っていた。
再生に、数秒。
見逃すわけにはいかなかった。
構える。
リロードは、間に合わない。
空の銃を投げ捨てる。
再生しかけ、攻撃の態勢をとろうとするバアル。
唐巣はほんの少し、口元をゆがめると――。
「能力」を込めた拳で、思いっきりぶん殴った。

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「令子ちゃんに、毒されてしまったな」
思わず出た拳をしげしげと眺め、唐巣は呟いた。
放り投げた銃を拾う。
「……」
バアル。その名を持った人間が、地に伏しながら見上げていた。
「何時まで寝ている?」
「殺さないのか?」
唐巣。ポケットを漁り、さっき買ったばかりの煙草を取り出す。
「お互い様さ。それに「能力」で殺しはしないと決めてる」
「……知っていたのか」
いくら猛毒とはいえ、「霊力」である以上、実体を持つ人間には、多少の抵抗力がある。もちろん、普通の人間には何の意味も無いほど微小だが。
「俺に付いた教会の講師が、なかなか博識でね。あんたが元は人間だって、何かのときに聞いたのさ」
バアル。古き宗教の王は、そのまま古き国の王を意味する。
神の戦いと人の戦いが、同一であった時代の話だ。
もちろん、当に肉は失われている。
それでも、バアルは自らの骨を媒介に顕現することで、負う制約を軽減できた。
人の世に、容易く顕現できた理由でもある。
「神の名の下に滅ぼされた悪魔。デタントに、賛成していたことの方が不思議だったね」
「……国が滅びたといえ、わが民。平和なら、勝ることは無いと思った」
バアルの力が、回復してきている。
最初から、全力ではないのだ。大怪我とて、真の全体から見たならたいした事は無い。
それでも、唐巣は殺さなかった。
勝敗は、付いたということだろう。
「……なぜ、途中で翻した?」
「……」
煙草の、煙を吐き出した。
周囲の空気に、いがらっぽい香が満ちる。
「……」
「……そうか」
何も言わないバアル。しばらく見つめて、唐巣。
「……これから、どうするつもりだ?」
「メドーサを、守るさ。最初から、それ以上でも以下でもない」
「わざわざ俺に喧嘩売っておいてか」
「部下に甘いのは、私の欠点でな。まあ、直そうとも思わないが」
虐げられた、六十余の腹心。顔が浮かんでは、消えていった。
誰一人として浮かべぬ怨嗟が、逆にバアルを攻め立てる。
共に、堕ちよう。
嘲弄の蝿が、真の魔王になった瞬間だった。
「神に虐げられ、世界に弄ばれた女。放っておくには、哀れでな」
呟くように、言った。メドーサ。その境遇に、重ねた女がいた。
今は、存在ごと消滅している。記憶があるのは、自分の部下と、最高指導者と呼ばれる者たちだけだろう。
敗戦国の女王。死してなおそのあまりの扱いに対し、神も悪魔も、蓋をすることで合意した。だから、覚えている者はほとんどいない。
「……愛、か?」
「何千年生きたと思っている。愛し方など、当に忘れた」
「……お前と同じような言葉を吐いた奴がいた。ほんの少しの間、友達だったよ」
唐巣は、笑った。つられるように、バアルも少しだけ笑う。
「出会い方が違えば、などと無粋を言う気は無いよ。殺しあう友人というのも面白い」
バアルが片腕で身を起こしながら、空いた手を差し出す。
「あんた、王には向いてないな。気安く友人なんて、作るもんじゃない」
それでも、唐巣は手を受け取った。
引き起こしは、しない。立ち上がるのは、自分の力だ。
ただの、握手。直ぐに手を離した。
バアルは、自分で立ち上がる。
「……また、会おう」
「……ああ」
転移する、バアル。
消え行くそれを見送る、唐巣。
数分前まで殺しあった二人の顔は、旧知の親友に相対するように楽しげだった。
煙草の煙。
短くなっていたそれを足でもみ消す。
もう一本、取り出して火をつけた。

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「それで、なんの用だい?」
ラプラスの嘲弄するような声が、ガラス張りの独房に響いた。
「……わかってるんでしょ」
独りにしてくれ。そう言った横島を置いて、今度はタマモがラプラスと対峙していた。
「ふむ。それでは、ヒントを一つあげようかな」
珍しい、ラプラスの言葉。
数日でこの悪魔を把握したタマモは、いぶかしげに眉をひそめる。
「もちろんただじゃない。それなりの、代価はもらうさ」
「……なに?」
「簡単なことだ。百年後、ここに横島君と二人で訪れること。もう一つ、そのとき二人の髪の毛を一本、頂戴することだ」
言葉の意味は、聞いていた。
「わかった」
考える必要など無い。それよりも、急いていた。その言葉の意味は、先を読むラプラスしか知りえなかったが。
「……それでは、ヒントだ。彼が「憎悪」するのは、ルシオラのことが乗り越えられないからじゃない。世界が、助けられたことを自覚しないからでもない。そんなことは、彼にとって、とっくの昔に片付いた問題なんだ」
「……」
軽々しく乗り越えていいような問題じゃない。世界が、悪いわけではない。
一番初めに結論付いて、幾度も己に言い聞かせた言葉。例え納得できなくとも、彼の優しさはそれを包み込むのに十分すぎる。
「彼がなにより「憎悪」するのは、そうまでして選んだ世界で、何も得ていない自分に対してだよ」
ここまで言えば、君のすることはわかるだろう?
ラプラスは、口を噤み、目を閉じる。
「……」
タマモ。静かに、けれど固めた決意は決して小さい物ではなかった。
急くように去っていく足音を聞き終え、ラプラスはまた目を開く。
「あの男が尻にしかれるのは、どうやら誰を選んでも同じだったようだな」
自分以外誰もいない独房の中で、悪魔は声を上げて笑った。

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