ザ・グレート・展開予測ショー

Peeping Tom (3)


投稿者名:ちゅうじ
投稿日時:(04/11/27)

先ほどは結論を述べたが、今は私が主役をはれる折角の機会である。
やはり事の始まりも言わねばならない。
最初から最後まで何が起こったのか把握しているのは私だけだ。
義務感、そうこれは義務である。答えを知っているものは説明する義務がある。

いつもなら事件のほうからやってくるというのに、最近の事務所はどうだ? 
あまりに暇、暇すぎる。
地獄組や妖怪がお礼参りに来ないかな、とありえないことを願う。いまならきっと成功するのに。
こんなに暇な状況にしたやつが悪いんだ、愚痴ったって構うまい。

そんなことを突然思った人工幽霊一号は、陰鬱な事務所に訪れた主人の母に、恨み言と脚色を交えて報告を始めた。

「あのとき彼は…」

彼は事件の仔細を語った。夫の不貞を姑に愚痴る妻のように。


ここで彼の結末を語ろう。
彼が愚痴った相手は聞き上手であった。時折相槌を打ち、説明が足りないところは質問で補う。
物語が佳境に入ると、彼女は身を乗り出し、一方ならぬ興味を示した。
気をよくした彼は滔々と臨場感あふれる、素晴らしい語り手になった。
手があれば身振り手振りを交えたい、パントマイムだってやって見せよう。

「どんな状況だったの? どんな気分がした?」

そういう質問が来ても気分良く答えていく。
はた、と気づいたときには余計なことまで話していた。
―――今のなしっ! カットッッ!! 撮りなおしっっっ!!!

海千山千の官僚たちと、丁々発止と渡り合うには誘導尋問も必須だ。
自慢しても良かった。というか自慢したいとさえ思った。

「そうね…どうしようかしら? こんなものがあるんだけど、どうしたらいいと思う?」

ハンドバッグから彼女は長方形の棒を取り出す。
それが何なのか知識は無かった。
訝しがる彼を前に彼女はポチッとボタンを押す。
そこから流れる誰かの声―――あぁ…あれは自分の声だ。撮りなおしとは的を得ていた。
彼は記録というものは撮るものであって、撮られるものではないと思っていたが、それが思い違いであったことをようやく知った。
―――ひどいや……。
生まれて初めて人は信用できないものだと理解した。
端的に言うと人間不信になった。


救いがあったとしたら、彼の趣味に彼女が理解を示したことだった。
彼女は他人を苛めることに快感を見出す人間だ。そして苛めるためには証拠が必要だ。ここに利害は一致した。
取引をしよう。そう切り出したのは果たしてどちらからだったのか。
ここでどんな取り決めがなされたのか、事件からしばらく経っても関係者(二人)は口を開かない。


後に『厳選チョイス』と銘打たれた箱を、事務所から持ち出す彼女の姿を目撃したものがいる。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


そういうわけで彼が主役をはることは無い。
しかし説明はされなければならない。



事の始まりは、事件の日の午前に遡る必要がある。
とりあえず場面は昼食で顔を合わせる前から始めよう。



午前中も午後ほどではないが暑かった。
今日も真夏日和になるでしょう、と居間のテレビからニュースキャスターが告げていたが、このときこれを気にするものはいなかった。
毎日のように暑ければ誰も気にかけたりはしなくなる。


寝起きから所長は、溜まり溜まった書類を片付けるべく、机の上で一人奮闘していた。
今日は休みだというのに彼女は働き者だ。
たとえそれが裏帳簿と呼ばれるものであったとしても、それは確かな事だった。
傍らにはコーヒーが置かれている。馬鹿でかいテレビは、ちょうど地方のニュースに変わったところだ。
香ばしいモカの匂いが鼻についた。
ずいぶん頑張ったかな、と朝からの作業にいい加減疲れていた彼女は、一息つこうとして取っ手に手を伸ばす。
疲れていたのだ、伸ばした先でガタン、と水面は揺れる。
……書類は茶色に染まった。

衝撃が強いと、誰しも遠くを見つめる癖があるものだ。別名現実逃避。
そういうわけで彼女は窓から外を眺めた。
以前は遠くまで見えたはずなのに、今はどでかいビルが建っていた。
なんだか無性に腹が立った。商売敵ということも思い出して、視線の厳しさは否応増した。
視線の先には偶然にも彼女の兄を自負する男がいた。
彼女の視線に彼は始めは喜び、次に訝しがり、最後には恐怖した。
呪い殺さんばかりのそれに総毛だった。
コスト削減のためにそんなに冷房は効かせていないというのに。
―――なんだろうこの寒さ?


ひと段落着いたとばかり、執事は主人に声を掛ける。
彼女は過去にこだわらない女、切り替えは早かった。


「オーナー、お手紙が届いていますよ」
「あぁ…適当に読み上げて」
「今日のお手紙は三通です。精霊石オークション開催のお知らせと、普通免許更新の通知、それと回覧板ですね」
「オークションは代理人に任せてあるし…免許はめんどくさいわねぇ……回覧板?」
「今日、このあたり一帯で工事をするそうです。一時から四時までだそうで、停電になるそうですよ。通知自体は以前に電力会社から届いています」
「自家発電にでもしようかしら?」
「まだコストの面で割高ですが?」
「リスクの問題よ。原発はまた止まる、夏場はあちこちで停電する。いざって時になにかあったら洒落にならないわ」


今年も水不足は深刻で、ダムの貯水量が30%をとうとう切りました。東京の一部では断水するところも出てきたようです。
電気に続いて、生活に直結するニュースが耳に届く。顔を顰めて綺麗な眉を寄せた。
まさかうちは断水なんかしないよね。そう願いを込めて、執事に尋ねる。
「何日も前に言ったじゃないですか」
昨日も言いました。そう呆れられて彼女はまた遠くを見る。

風邪をひきそうだ、と男は思った。


「お昼はまだかしらねぇ?」


「お昼はまだでござろうか?」
窓辺に立って待ちきれないとばかりに犬はつぶやく。
―――先生、来ないかな?


「まだかなぁー?」
狐はソファーに横になり、テレビを見ていた。画面に流れるのはメロドラマ、出演は中学生のくせして内容は過激だ。
『…美樹ちゃん、僕は、僕は我慢できない!…』
―――まだかなぁー?


「まだですよー!」
コックは汗だくになっていた。
―――あちちっっ!!


この日の朝ごはんは素麺、きっと昼も冷たいものになると狼少女は思っていた。
夏ばてで食欲が無かった所長は何が出てくるんだろう、脂物は嫌だ、とちょっと恐れていた。
狐の少女はなんでもいいからお揚げが食べたい、と変わらなかった。
彼らの期待? を一身に背負った黒髪の少女は彼女の戦場、台所で忙しく動いていた。



このメニューこそ事件の要因の最たるものだったのだ。



くうくうとお腹が鳴く頃、ようやく届いた「ご飯ですよ」の声。
彼女らは食卓につく。テーブルには良く焼けた炭が置かれている。
狼少女はバーベキューかなと期待に目を輝かした。それは期待はずれで終わる。


まつことしばし。
団欒と憩いの場であった食卓は、殺気溢れる戦場に、怨嗟渦巻く刑場に取って代わった。
そのことを彼女らはとくと身にしみて感じることになる。


どしん、と豪快な音を響かせテーブルの中央に巨大な鍋が置かれた。
その細腕のどこにそんな力があるんだ? などという無粋な質問をするものはいない。
乙女には秘密がつきものなんです、えへっ♪――by コック
鍋はとある職人が作製した由緒ある土鍋だ。
かなり値を張るものだがこの業界の道具に比べれば安い買い物である。
食事の後で所長は高い買い物だったと後悔した。


目を円くしている一同の前で封印の蓋は開けられた。
もわん、と擬音が聞こえてきたようなきがする湯気の向こうには、真っ赤な世界が待ち構えていた。
野菜も真っ赤、肉も真っ赤、スープは言わずもがな、赤く染まっていないものなどどこにも無い。
ばちばちと炭が音を立て、ぐつぐつとスープが沸騰する様子は、さながら地獄を連想させた。
少女は告げる。


「タイトルは…地獄鍋です!」


さぁどうだ、といわんばかりの少女に対して、彼女らはこめかみに汗をかいて見せることで答えた。
狐娘はぼそりとつぶやく。


「……そのまんまじゃない」



所長は思った。
暑いときには熱いものを、それは分かる、がこれは行き過ぎのような気がする。
なにか食べたいものは? と聞かれて食欲が出るものを、とリクエストしたのは自分だ。
なるほどこれは確かに夏ばてには効きそうだった。
しかし唐辛子と豆板醤とで赤一色に染められたこれは、果たして耐えられる辛さなのだろうか?
辛いという表現では足りなさそうだった、これを表すにはあたらしい表現が必要だ。 
口に運ぶまではいい、味わうことが果たして可能か? 
それを確かめる方法を彼女は知っている。
ちょっと甘い言葉をかければ進んで実験台になるであろう男を一人知っている。
―――どうしてあの丁稚はこういうときに限っていないのか! 
この場にいない人間を責めても状況は変わるわけも無い。
逃げられない、追い詰められている、もうすぐ行き止まりだ、と泣きそうになっている少女の顔を見てそう感じた。

―――だれか、だれでもいいから私を安心させて! 生贄が必要だった。



力作なのに、会心の出来なのに、黒髪の少女は思った。なんでだれも食べてくれないの? 
夏ばてにはと味付けはスパイシーに、肉は必要だろうとわざわざ精肉屋のおじさんにお願いしておいしいところを揃え、帰り際に一日限定二百枚という話題のお揚げさえ買ってもきたのだ。
キムチ鍋なんかありきたりだ、と事務所の台所を預かる身、料理人のプライドがかかっているこの料理。
むしろ作品と誇りたい。
ご開帳から一分たち、二分たっても期待する反応は無い。
―――はずしたんだ!
あとで彼にもおすそ分けしようと思って、たくさんたくさん作ったのに。

『今日はどうしたんだい、おキヌちゃん?』
『じゃーん! えへへ、横島さんおなか空いているだろうと思って、いっぱい作ってきちゃいました』
『うわ、マジで! こりゃぁうまい!』

そんな光景を夢見ながら作った。にへらにへらと笑いながら。
豆板醤を大匙一のところ一瓶丸々入れても気づかない。
唐辛子の種を取り去らずにすべて注ぎ込んだことも気づかない。
気づいたときには修正不能の辛さ。天啓に導かれるようにタイトルは決まった。
製作者をして地獄のようだと印象付けるくらい辛かった。
けれど彼女のプライドに掛けて味はしっかり調えた。

―――うん、まさに夏の料理ね。辛さはともかく味は良かったのだ。



狼少女は自分が生贄に選ばれたことを知った。
気まずい空気の中、どこからか視線が刺さってくる。
顔を上げてみれば所長と狐がこっちを見ている。
期待するような目で、いや、実際期待しているのだ。
自分に食べろと、そう彼女たちは目で語る。
視線を落とす。
目の前には、ぼこり、ぼこりと泡を立てる料理がある。
武士といえどこれはさすがに食べられない、この場で腹を切れといわれているのと等しい。
これは筋違いではあるまいか? 
そうだ、断固として断らねば。
覚悟を決めて顔を上げる。ばっちり、目が合った。製作者と。
―――武士道とはなんでござろうか? 教えてくだされ先生………
左を見ても右を見ても変わらぬ視線が降りかかる。
時間の進みがやけに遅かった。ここで事務所の扉が開いて先生が来ればいいのに、という願いは叶わなかった。
ごくり、とつばを飲み込んで箸を伸ばす。

―――肉はどこでござろうか? せめて好物を食べたいと思った。




赤、朱、緋、赫。
目の前には赤い世界。それに手をかけようとする狼が一匹。
それに手を出すのは自殺行為だ。きっと死ぬ、狼は焼け死ぬ。
そう確信してしまうほどに、目の前の世界は炎を連想させる。
そしてどこか記憶に懐かしかった、私は地獄に逝ったことがあるのだろうか?
狐娘は思い出に浸る。
いつの間にか目の前には口を押さえ震える狼が一匹。
一気に頬張るからそうなるのよ、可愛そうに……。
狼を追い詰めたのは無言の圧力、私達のせいじゃない、だって師匠の不始末は弟子の責任でしょう?
こういうときこそ毒見役を仰せ付かるべきだ。むしろ全部食べるべきだ。
責任問題はこうして解決された。

「うふふ♪ シロちゃんたら、そんなにおいしいの?」

それはさすがに無理がある、自分を誤魔化すのはやめましょう。

「さぁっ! 食べるわよ!!」

勇ましい声には諦めの響きが混じっていた。
物事を成すには何かを諦めることも時には必要なことだ。人生諦めが肝心。
―――あーあ、もう自棄かな?
ちびちびいけばなんとかなるだろう。それは最後の希望、むしろ願望。
箸を手に持ち、いただきます。

―――お揚げは…と………………………………からイ。

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