ザ・グレート・展開予測ショー

天使が私に語ること(6/6)


投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/11/20)



成功は時として代償を伴う――


皆本は薫を精神的危機から救うことに成功した。
彼の言葉は、薫を癒す特効薬だった。

だが、今回はいささか薬が効きすぎた。

薫は、皆本から受けた深い「愛」を、訪れる人々すべてに喧伝した。

皆本の薫に対する感情は、「家族愛」のようなものだったが、
薫は、彼女にとって余計な修飾を伴う、その表現を採用しなかった。

それは葵の耳に入り、皆本は彼女の“奥義”によるお仕置きを受けた。
皆本があまり薫に甘い言葉を掛けぬよう、牽制するためである。

彼は紫穂に助けを求めたが、
「そんなに薫ちゃんが大事なら、二人で駈け落ちでもしたらどうですか。」
と、こちらにも冷たくあしらわれた。

一見、3人の関係を悪化させると思われたこの事態は、思わぬ“仲直り”のきっかけを生んだ。

紫穂の「駈け落ち発言」を聞きつけた薫は、「それは良いアイデアだ」とばかりに、
その実行を画策し始めた。
その計画を察知した葵と紫穂が、薫と膝詰談判をして、和解が成立したのだ。

もともと、紫穂は薫を嫌っていたわけではなかったし、薫も自分の行いを反省していた。
だから後は、きっかけさえあれば、いつでも仲直りはできたのだ。
葵によれば、この膝詰談判で一番苦労したのは、皆本が薫に対して家族愛以上の
“特別な感情”を今はまだ持っていないことを、薫に納得させることだったという。


皆本は、3人が仲直りしたと聞いて安堵した。
だが他にも、彼女らの和解の鍵となった重要な要因があった。
それが何だったのか、彼はまだ知らない。




薫が退院した翌日、皆本はバベルの一室の前で待たされていた。

「お見舞いに行くからには、それなりの装いで」という朧の指示の下、
この部屋の中で、数人の女性職員の手によって、薫の“変身”が演出されていた。

あまりに長く待たされたため、
「薫を着せ替え人形にして遊んでるんじゃないか?」と皆本は疑った。
実際その通りだったのだが、それも必要なことだった。
こういうことは楽しみながらやらなければ、うまく行かないのだ。

やがて、忍耐に見合うだけの成果が皆本の前に示された。
扉から現れた薫は、「お見舞い」にふさわしい、清楚で上品な服に身を包んでいた。
小さな髪飾りを付け、手に花を持ったその姿は、良家の子女のようだ。

「変かな?」

顔を少し赤らめて、薫は皆本に感想を求めた。
葵と紫穂による制裁がふと頭を掠めたが、薫の努力に報いるため、彼は率直な感想を返した。

「見違えたよ…。まるでどこかのお嬢さんみたいだ。」

薫はその言葉で満足したのか、少し俯いて、皆本の傍に寄り添った。

「さあ、行こう。」

そう、今日は薫が“救出”した少年――冬海くん――のお見舞いの日なのだ。



病院への移動にはバベルの公用車が使われた。
それも運転手付きで。

この「お見舞い」は、表向きは私的な訪問だが、実質は半ば公務だったからだ。

目的地が近づくにつれ、薫の表情は固くなり、口数も減った。

「緊張してるのか?」

「大丈夫。皆本に恥はかかせないよ。」

皆本が聞きたかったのは、そんなことではなかった。
薫は、改めて自分の過ちの結果に直面することになる。
それが、薫の重荷になっていないか心配したのだ。


病院で、皆本と薫の二人を迎えたのは、予定通り少年の両親だけだった。
マスコミ関係者はもちろん、親戚や知人の類もシャットアウトされていた。
これは、薫の意向を最大限に尊重し、内務省が周到に準備した結果だ。

二人は、両親の感謝の嵐に迎えられた。
応対は主に皆本が担当し、薫は挨拶と花を渡すとき以外は、ごく控え目に話した。

何度もお辞儀をしながら、丁寧な感謝の言葉を述べる父親、
涙を流しながら、感謝と喜びを語る母親。

薫はその姿から、はっきりと自分と少年の違いを読み取った。

  … 本当に愛されているんだ …

そこには、薫が欲して得られなかったもの ― 両親からの無条件の愛情 ― があった。
それがどんなものか、少年に聞いて確かめたい…。

薫はその望みを言葉にした。

「冬海くんに会わせていただけますか?」

薫のこの申し出は、すぐに叶えられた。
病室の扉が開かれ、薫の目に飛び込んだのは、まだ体のあちこちに包帯を巻いた
痛々しい少年の姿だった。

「あっ、エスパーのおねえちゃんだ!
 ほんとうに来てくれたんだ。ぼくね、ぼくね、」

「こら、冬海。ちゃんとご挨拶なさい!」

怪我の原因の多くが、自分のせいだと知らず、屈託のない笑顔を見せる少年に、薫の良心は痛んだ。
自分の罪の証しを見せつけられるのが嫌で、彼女はニュースを見るのも避けていたのだ。

「はじめまして、薫おねえちゃん。
 ぼくは冬海です。
 悪い人から、ぼくを助けてくれて、ありがとうございます。」

事前に何回も練習した言葉を、少年は一生懸命に紡いでいた。

薫はその少年の左手を、自分の両手で包んだ。
そして、病院のベッドに寝かされている少年の顔に、自分の顔を近づけた。
その目には涙が浮かんでいた。

「ごめんなさい、冬海くん。
 そのケガ……あたしのせいなんだ…
 あたしが、もっと…しっかりしていたら…こんなケガをしなくて済んだのに…
 本当に、本当にごめんなさい…」

薫のこの言葉に、少年の両親は驚いた。
彼らは、薫が型通りの挨拶を返して、「元気になって良かったね」という
無難な見舞いの言葉を掛けるものだと思っていたのだ。

だが、実際に彼らが聞いたのは、謝罪の言葉だった。

皆本は、薫が二人だけで少年と会いたいと言った時から、これを予期していた。
本当のことは言えないが、薫はぎりぎりの表現で、自分の罪を告白したのだ。

「おねえちゃん、泣かないで… 泣かないで… 」

少年は空いている右手で、薫の頭を撫でた。
これは彼の母親が、少年をなだめる時にする仕草だった。
なぜ薫が泣いているのか、彼には分からなかったが、何とか慰めたかったのだ。

その様子を見て、皆本は両親にこう申し出た。

「しばらく、二人だけにしてやってくれませんか?」

そして、この部屋には少女と幼い少年のみが残された。



しばらく泣いて、ようやく薫は落ち着いた。

「ごめんね、冬海くん、泣いちゃって。
 もう大丈夫だから…」

目はまだ赤く腫れていたが、薫はようやく笑顔を浮かべることができた。

「よかったあ。おねえちゃん、元気になった。」

「うん。冬海くんのおかげだよ。
 でも、冬海くんは大丈夫? ケガ…痛くない?」

「ぼくは平気だよ。だって男だもん。
 それにケガしてから、ずっとお母さんが、やさしくしてくれるんだ。
 お父さんもよく遊んでくれるようになったし。」

この姿では遊ぶといっても、やれることは限られている。
だが少年にとっては、仕事で忙しい父親が、相手をしてくれるようになっただけでも嬉しかったのだ。

「そう、良かったね。
 冬海くんのお父さんとお母さんて、どんな人?」

「お母さんはね、よく怒るんだ。
 でもほんとは、すごくやさしいんだよ。
 ぼくが悪いことをすると怒るけど、いい子にしてるとほめてくれるし、
 お母さんにほめられると、ぼく、とってもうれしいんだ。
 お父さんは、いつもは会社でいそがしいけど、いまはよく遊んでくれるし、
 ケガがなおったら、遊園地に連れていってくれるって。」

「冬海くんはお父さんとお母さんのこと好き?」

「うん、大好き!」

何の迷いもなく、そう答える少年が薫には眩しく見えた。

ふと、少年の姿が自分とダブった。

   皆本から見たら、あたしもこんな“子供”なんだろうか?

薫はその考えをすぐに否定した。

   ちょっと皆本の気持ちが分かった気がしたけど…
   悔しいから、そんなこと絶対に認めない!

少年はそんな薫の内心におかまいなく、お喋りを続けた。

「ぼくね、おねえちゃんも大好きだよ。」

「本当?」

「だって、おねえちゃん、きれいだし、やさしいし、強いし。」

   この子、皆本よりよっぽど女心が分かってるんじゃ…?

まったく照れることなく、誉め言葉を並べる少年を見て、薫はそう思った。
皆本はあれからすっかり、いつもの彼に戻り、薫の欲しい言葉をくれなくなった。

   今日だって、やっと貰えたのが、あの一言だけ。
   そりゃ、少しは嬉しかったけどさ…
   鏡を見たときは、あんまり綺麗で、自分じゃないみたいって思ったのに…

そして少年は自分の「夢」を語った。

「ぼく、大きくなったらエスパーになるんだ。」

   エスパーに…なる?
   この子、エスパーは「なるもの」だと思ってるんだ…。

「冬海くんは、エスパーになってどうするの?」

「エスパーになったら、悪いひとたちをやっつけて、
 困っているひとたちを助けるんだ。
 おねえちゃんの、お手伝いもするよ。」

「じゃあ、大きくなったら、お姉ちゃんを助けてね。」

「うん、早く大きくなって、おねえちゃんに恩返しするんだ。
 でもね…」

「でも、何?」

「エスパーになるテストって、むずかしいんだろうなあ。
 ぼく、ちゃんとうかるかな?」

薫はどう答えようか迷ったが、適当に話を合わせて軽く流すのは無責任な気がした。

「エスパーになるにはね、一杯お勉強しないといけないんだよ。
 だから、お父さんとお母さんの言うことをよく聞いて、一生懸命頑張らなきゃね。」

「うん! ぼく、がんばる。」

「それに、これは大切なことだからよく聞いて。
 困っている人を助けるのは、エスパーじゃなくてもできるんだよ。」

「ほんと?」

「本当だよ。だって…
 あたしの大好きな人もね、エスパーじゃないけど、たくさんの人を助けてるんだ。」



皆本は少年の父親に事情を打ち明けた。

父親は理性的で、エスパーに対する偏見をまったく持っていない人物だった。
そして完全に信頼できる人物だった。
母親を同席させなかったのは念のためだ。

父親は事情を理解し、その上で改めて感謝の意を表した。
彼女の行動は義憤から出たものだから責める気はない、責めるべき相手は爆弾犯以外にはいない、
そう彼は語った。

「それにしても、心の優しいお嬢さんですね、薫さんは。」

「いや、あれはかなりのじゃじゃ馬で、手を焼かされてるんですよ。
 でも、彼女は行動力と勇気があり、正直で正義感も強い。
 欠点を抑えることも必要ですが、僕は、むしろ彼女の長所を伸ばしたいんです。」

「お若いのに、しっかりした考えを持ってらっしゃるんですね。
 あのお嬢さんの真っ直ぐさも、貴方の指導の賜物でしょう。」

「いえ、あれは彼女が本来持っている個性です。
 僕が彼女にしてやれることは、限られているんですよ。
 ですから、任務に送り出すときも、できるだけ安全を確保するようにしています。
 でも…」

皆本は、今までバベル外部の人間には言ったことのない、本音を話すことにした。
インタビューの時には、話したくても話せなかったことだ。

「本当は、彼女たちにこんな危険な仕事はさせたくないんです。
 特に今回のような命に関わる仕事は…
 もしものことを考えると……不安でよく眠れないときもあります。」

「そのお気持ちは、私にも分かりますよ。
 息子が攫われたと聞いたときには、私も平静を保てませんでしたし、
 家内など半狂乱でした。」

「今はまだ、この仕事を続けさせるしか、彼女たちを守る方法はないんです。
 彼女たちが普通の女の子…いえ…普通の女性のように暮らせる日が来るまでは……」

「でも、テレビでも拝見しましたが、あのお嬢さん方は、まったく不幸には思えません。
 こんな比較をしては失礼かもしれませんが、何の目的もなく、夜の街を徘徊している
 一部の若い女性たちより、ずっと活き活きしています。」

「そう言って戴けると、少し安心します。
 あなたのように、エスパーに理解のある方がもっと増えれば良いんですが。」

「これからは、きっとそうなりますよ。
 うちの息子も、その一人になります。」

返事の後半は推測ではなく断定だった。
皆本が彼を信頼したのは、間違いではなかった。



「満足したかい?」

帰りの車の中で、皆本は薫に今回のお見舞いの感想を尋ねた。

「うん、話せて良かった。」

それは、薫の表情を見れば、訊かなくても一目瞭然だった。
そして、薫は会話の一部始終を嬉しそうに語った。
どうやら「優しいお姉さん」役が、とても気に入ったらしい。

 … 子供の笑顔に癒されるのは、大人だけじゃないんだな …

皆本は薫の笑顔を見て、そう思った。
チルドレンの「お守り」は彼にとって、悩みの種であると同時に、心のオアシスだったのだ。

「冬海くん、可愛いかったな。
 “大きくなったらエスパーになる”だってさ。」

「彼にとっては、“エスパー”と“正義の味方”は同じ意味みたいだね。
 これも薫のおかげかな。
 今回のこともあるし、君を慕って将来バベルに入るかもしれない。」

「それは、なんか微妙な気分。」

「なぜ?」

「だって、あんまり心の中で美化されると、実際に会ったとき、
 ガッカリされるかもしれないじゃん。」

「薫は将来美人になるから、そんな心配はないだろ。 … 薫?」

薫の反応が途切れたことで、皆本は自分の軽率な発言に気が付いた。
皆本は“予知”で薫の成長した姿を知っていたため、知識としてそれを語った。
しかし、薫はそんなことは知らない。

「あたしが美人!? つまり、……これはもうあたしへの愛の告白としか…!!」

もう手遅れだ。
トリップした薫は、どこかの漫画のようなセリフを口走っている。

皆本はこの時点で葵と紫穂による制裁を覚悟した。

だが、災難はたいてい、予測とは違う形でやってくるものだ。




「これはどういうことですか、局長!?」

ここはバベル本部の局長室。
詰問しているのは皆本、されているのは桐壺局長である。逆ではない。

「どういうことも何も、命令書に書いてある通りだヨ…」

桐壺ははぐらかそうとしてそう答えたが、さすがに後ろめたいらしい。
その声は、どこかおどおどしている。

「僕が聞いているのは、なぜこんな命令が出されたか、ということです!」

皆本の怒りはもっともである。
命令書には、皆本に対する2つの義務が記載されていた。

男女問わずすべての面会者に関する事前申請を行うこと。
外出時はチルドレンを護衛として帯同すること。

その他にも細々とした附則があるが、要するに、彼の自由を奪う命令だ。

「そ、それは君の警護を強化すべきだとの、内部からの意見があってだね…」

「“内部”って誰なんです?」

それは命令書の内容を見れば、バレバレだ。

「往生際が悪いですよ、局長。」

「皆本さん、この命令が出たのは、あのドキュメンタリー番組がきっかけなんです。」

桐壺の情けない態度にあきれ果て、朧が口を挟んだ。

「ドキュメンタリー番組……局長の“イメージ戦略第二弾”ですか?
 あれは、評判が良かったと聞いていましたが。」

「評判が良すぎたんです。
 番組の放映後、皆本さんに関する問い合わせが、放送局や内務省に殺到しました。」

「そんなもの放っておけば、すぐに収まりますよ。
 警護なんて必要ないでしょう。」

「問い合わせて来たのは、若い女性や主婦が大半でした。
 どうやら番組の内容より、皆本さんの容姿の方が、その人たちの興味を惹いたようですね。
 それに目を付けた、広報部と局長が、皆本さんを使って女性ファンを獲得することを
 計画したんです。うまく人気が出たら、それに乗じて啓蒙活動を行う予定でした。」

「僕の知らないところで勝手に…」

余りのばからしさに、皆本は怒る気さえ失せてしまった。

「その計画が、あの子たちに発覚して、責任者である桐壺局長とチルドレンによる
 緊急会議が催されました。これがその議事録です。」

それは“会議”とは名ばかりで、実態は桐壺に対する“吊るし上げ”だった。
例の計画はその会議の冒頭で、あっさり潰され、
皆本の“安全”を守るための対策立案に、残りの時間が費やされた。

朧はその“議事録”なるものに目を通しながら言った。

「薫ちゃん曰く“優秀なESP科学者を守るのも、特務エスパーの仕事”だそうです。
 分担は、薫ちゃんが身辺警護、葵ちゃんが尾行と追跡、紫穂ちゃんが面会目的の透視だとか。
 どうやら、あの子たちは完全にチームワークを取り戻したようですね。」

「あいつらの“仲直り”って、こういうことだったのか…。」

「外圧があると、結束が強まるのは世の常ですからね。
 あの子たちにとって、皆本さんの女性ファンが“安全を脅かすもの”なんです。」

「じゃあ、何で面会の申請対象が“男女問わず”なんですか?」

「それも議事録にありますよ。
 “万が一にも運用主任が通常の男性として不適切な趣味に走ることのないように”
 だそうです。
 皆本さん、そういう趣味があったんですか?」

「ありません!! まったく、どこでそんな歪んだ知識を仕入れたんだ…」

皆本は事の発端たる桐壺に向き直った。

「とにかく、この命令は撤回してください。」

「それはできんヨ、皆本クン。私だって命は惜しい。
 皆本クンからなんとか説得してくれたまえ。」

「お言葉ですが、局長。いくら皆本さんでも、今度ばかりは説得は無理ですわ。」

「じゃあ、僕はどうすれば良いんですか?」

「我慢するしかありません。」

「は…?」

「だから、我慢するんです。あの子たちの気が済むまで。」

呆然として声も出ない皆本に、朧はいつもの生ぬるい応援の言葉を掛けた。

「がんばってくださいね、皆本さん。」


(完)

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