ザ・グレート・展開予測ショー

天使が私に語ること(5/6)


投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/11/19)


「薫、落ち着け! 落ち着いて順番に話すんだ。」


結局、葵から知らされた「事実」を、薫は消化することができなかった。
皆本が帰る前の1日は、すべての面会を断って考えたが、頭が空回りしただけだった。

そして、気持ちを整理できぬまま、その日を迎えてしまった。

それでも薫は普通に皆本と話すことができた…最初のうちだけは。
しかし、話が進むにつれて、感情が昂り、自分でも何を言っているのか分からない
状態に陥ってしまったのだ。


見舞いに訪れた皆本は、取り乱す薫を必死になだめた。

薫の話は支離滅裂だったが、自責の念に駆られていることは、はっきり分かった。
あの事件での命令違反に加え、皆本が隠していた病気のことを知って、
薫はかなり動転しているようだった。

病気のことを知られるのは時間の問題だった。
むしろ、いままでよく秘密を保てた方だ。

だから、皆本はこの事は後に回し、もっと知りたかったこと
――あの現場で何が起きたか――
を先に話させることにした。

まず、客観的な事実を話させることにより、薫を落ち着かせることもできるだろう。



「 … 犯人はそう言って、逆の手でスイッチを押そうとしたんだ。
 だから、あたしは慌ててバリアを張ったんだけど…でも、間に合わなくて…」

少し落ち着いた薫から、現場の状況が具体的に語られた。

「よくそれで、あれが起爆装置でないことが分かったな。
 ビルの生存者の証言や、現場検証で初めて分かったことなのに。」

「ううん、その時は何も分からなくて… ただなんとなく危ないと思って…」

薫の証言は皆本を愕然とさせた。
彼女が助かったのは僥倖に過ぎなかったのだ。

薫が命令を無視して、犯人に手出しする可能性は、皆本の想定にも入っていた。

だから、爆弾の威力を不必要なほど強めに想定してシミュレーションを行った。
薫の突入後も紫穂は透視を続けており、薫が犯人に近づきすぎたら、警告を発する予定だった。

実際、薫は充分距離を取っていた。
そして、爆弾の威力は、ほぼ推定通りだった。
だから、不完全なサイコバリアでも爆風や衝撃を余裕で防げたはずだ。

だがそれは、薫がサイコバリアを張れば、の話だ。
バリアを張る準備もなしに、薫が犯人に手出しをするなど、完全に皆本の想定外だった。

もし、薫が直感的に危険を察知しなかったら…

「そうだったのか…。
 薫、これに関しては考えたいことがある。ちょっと時間をくれないか?」

「 … 」

「薫…?」

「 … 叱らないんだね … 」

皆本は、薫が何を言おうとしているのか分からなかった。

「 …この前も…今度も…、皆本はあたしを叱らなかった…。
 あたしには、叱る価値もないんだね… 」

「違う、薫!」

「当然だよね。全部あたしのせいなんだから。
 皆本が病気になったのも、あの子が怪我したのも…
 もうあたし…!?」

“もうあたしなんか”と続けようとした薫の口に、皆本の人差し指がそっと当てられた。
この行動自体に意表を付かれた上、そのまま喋り続けると指を噛んでしまいかねないので、
薫は沈黙せざるを得なかった。

「順番に、と言ったろう?
 僕に言いたいことを、ひとつずつ言ってごらん。」

皆本はそう言って、指を離した。

何でも良い、再びヒートアップした薫を落ち着けることができれば…
その皆本の試みは成功した。

一方、水を差された薫は、無言だった。
言われた通り、順番に言いたいことを並べるのは、何とも間抜けに思えたからだ。

それを察した皆本は自分から口を開いた。

「じゃあ、さっき君が言い掛けたことから答えようか。
 なぜ叱らなかったか、だね?」

薫は小さく頷いた。

「まず、今回の事件に関してだけど…
 一番反省しないといけないのは、君じゃなくて僕なんだ。」

さっきの行動もだが、この言葉も薫の意表を突いた。

尤も、皆本本人にしてみれば、当然のことを言ったに過ぎなかった。
チルドレンの行動の責任は、すべて彼にあるからだ。

「僕は考えられるすべての不確定要素を考慮して、最善の策を立てたつもりだった。
 でも、実際はそうじゃなかった……まだまだ甘かったんだ。
 今後に備えて、もう一度今回の作戦を検証し直さないといけない。」

「でも、あたしが命令違反をしなければ…」

「ああ、そのことでは君にしっかり反省して貰わないといけないと思っていたよ。
 でもその様子だと、叱る必要はないようだ。」

「どうして…!?」

薫の頭の中では“叱られない=見限られた”の図式が出来上がっていた。
まず皆本がすべきなのは、これを否定することだった。

「薫、僕がなぜ君を叱るか分かるか?」

「…それは…あたしが…いけないことや、失敗をしたりするから…」

「そうじゃない。僕が君を叱るのは“気付いて欲しい”からだ。」

「気付いて欲しい……?」

「君が悪いことをしたとしても、君自身がそれを悪いことだと理解して、
 心から反省していれば、叱る必要はない。
 前の事件で君は、必要もないのに犯人に暴力を振るった。
 でも、後で僕が聞いたときには、君はそれが悪いことだと自覚していた。
 だから、叱る必要はなかったんだ。」

「…それは紫穂に言われたから…」

「誰に言われたかは問題じゃない。
 君がそれに気付いたことが重要なんだ。
 その証拠に、今度の事件では君は同じ事をしなかった。
 そうでなければ、君は犯人の右手を止める代わりに、関節をへし折っていただろう。」

「 … 」

「逆に、君が悪いことをしても気付かなければ、僕は君を叱るだろう。
 この方針はこれからも続けるつもりだ。」

「でも、あたしがあの子に怪我をさせたのは、皆本の命令を聞かなかったから…」

「確かに、薫は今まで、さんざん命令無視をしてくれたな。
 じゃあ、これからは僕の命令を守ってくれるかい?」

「あたし、今回の事件で思い知らされたんだ…
 命令無視が取り返しのつかない結果を招くって。
 だから…これからは絶対に命令は守るよ。」

「それがどんな命令でも?」

「たとえどんな命令でも…それが皆本の命令なら。」

「じゃあ、もし僕が『命令を守るな』という命令を出したらどうする?」

突然提示されたパラドックスに、薫は戸惑った。
パラドックスそれ自体ではなく、皆本がそれを提示したことに。

皆本は言葉を弄ぶことはしない。
飾りも仕掛けもなく、言うべきことをストレートに言うのが彼のやり方だ。
だからこの「謎掛け」の意図を、薫は図りかねた。

「…皆本は…そんな変な命令は出さないよ…」

「そうかなあ。僕は結構本気なんだ。
 もし、その命令を本当に出されたら君はどうする?」

皆本は、自分が意地悪な質問をしていることを自覚していた。

気付いたのだ。
自分の真意がまるで伝わっていなかったことを…
薫が自分自身の価値を否定する言葉を口走った、その時に。

薫に自分の考えを正しく理解して貰うこと、
そして自信を取り戻して貰うこと――それが何より重要だ。

だから、皆本はその2つの目的のために、あらゆる手段を採るつもりでいた。
この、皆本にしてはトリッキーな論法はその一環だった。

薫が答えるまでには時間が掛かった。

「…分かりません…」

「それでいい。
 君が忘れてはならないのは、僕がいつも正しい命令を出すとは限らない、ということだ。
 だから、君は必ず、自分で考えて行動しなければならない。」

「でも、あたしはあの時、自分で考えて行動したよ。
 それで、あんなひどい結果になったんだ。」

「僕が間違うことがあるように、君も間違うことがあるからね。
 今回はたまたま僕の方が正しかったというだけだ。」

「皆本が間違うことなんて、そんなにないと思うけど…」

「それは程度の違いに過ぎないよ。
 僕だって戦闘指揮に関しては素人なんだ。
 本を読んだり、研修を受けたりして、それなりに勉強してるけど、
 自分でも限界を感じることが多いんだ。」

「じゃあ、あたしはどうしたらいいの?
 皆本の判断も、自分の判断もあてにならないんじゃ、何もできないじゃない。」

「だから話し合うんだ。
 もし、僕の命令に君が疑問を感じたら、そう言ってくれればいい。
 僕だって、上からの命令に疑問があれば、意味を確かめたり、意見の具申をしたりするんだ。
 ただ、あの事件の時のように一刻を争う場合や、話し合っても結論が出ない場合は、
 僕の命令に従ってくれ。
 これでいいかい?」

皆本はここで薫の同意を求めた。
薫が同意すれば、これが今後の皆本と薫の暗黙の了解になる。
しかし、薫はすぐに同意しなかった。

「でも、軍隊なんかだと、上官の命令は絶対って…」

「僕らは軍隊じゃないだろ。
 それに軍隊が上意下達の構造になっているのは、組織が大きいからだ。
 僕たちは、エスパーが3人、普通人が1人の小チームなんだ。
 そんなチームで、自分で自分の行動も判断できないようじゃ、ろくな仕事はできないぞ。」

「じゃあ、あの時、葵一人に仕事を任せたのは、葵ならそれができて、
 あたしじゃ、それが出来ないから?」

これが薫の聞きたいことだった。

なぜあの時、自分一人に仕事を任せて貰えなかったか…
それは葵の方が自分より有能だからじゃないか…

その考えが、ずっと薫の心にこびりついていたのだ。

「確かに、葵はかなり前から、自分で自分の行動を決められるようになっていた。
 でも、あの時一人で仕事をさせたのは、それが理由じゃない。
 ひとつは、それが葵に向いた仕事だったから。
 もうひとつは、敵がいなかったからだ。」

「敵?」

「そうだ。
 火災現場のテロリストは皆死んでいて、残っていたのは火と煙だけだ。
 火と煙は確かに怖い存在だが、意図的に人を襲うわけじゃない。
 だが人質事件の現場には、人を殺す意図を持った人間がいた。
 それも強力な爆弾を所持して。
 そういう悪意を持った人間と対峙するには、なるべく人数が多い方が良いんだ。
 できれば、3人全部をそちらに当てたかったくらいだ。」

「もうひとつ教えて。
 なぜあの時、バベル本部に何度も確認したの?
 あれは…まるで、あたしを行かせない理由を探してるみたいだった。
 あたしはそんなに頼りないの?」

これも薫が素直に納得しない理由のひとつだった。

「あれは当然の安全対策だよ。
 石橋を叩いて渡るのが、僕のやり方だ。
 それは薫もよく分かってるだろう?
 たとえ1%でも、君が死ぬ可能性があったら、僕はその作戦を採用しない。
 たまたま結果が良かったから、それで良いなんて、言えないからね。」

彼が自分の命を最優先に考えていたことを知って、薫の心はようやく晴れた。
皆本が結果オーライの作戦行動を認めないのは、彼女もよく知っていたことだ。

「僕は君の行動力や正義感を、大きく評価しているんだ。
 むしろ頼りにしていると言ってもいい。
 だから君は自分の意志を大切にして欲しい。
 でも、独断の行動で、君が危ない目にあうことも僕は望まない。
 自分の意志と、僕の命令を両立させるんだ。
 これからは、そうしてくれるね、薫?」

「分かったよ。あたしはちゃんと自分で考えて行動する。
 でも、絶対自分勝手に行動しない。」

長い会話の末、ようやく皆本は薫から満足できる回答を引き出した。
立ち直った薫は、さっそく交換条件を出してきた。

「その代わり、ひとつ約束して。」

「何だい?」

「あたし、本当にバカだった。
 皆本が苦しんでいることも知らないで、勝手なことをして、ワガママばかり言って……
 でも、あたしだって…、皆本の病気のこと知ってたら、あんなこと……
 だから…あたしに隠し事はしないで!」

「病気のことは紫穂から聞いたのか?」

「葵からだよ。紫穂とは今ちょっと…その…うまくいってなくて…」

「だったら、紫穂と早く仲直りするんだな。
 あれ以来、紫穂は僕を厳しく監視しているんだ。
 前みたいに、体に悪いことはできないよ。
 ちょっと残業しただけでも、うるさく言われる始末でね。」

  … 紫穂のやつ、やっぱり女房気取りじゃないか!

まるで「自分のことは紫穂に聞け」というような皆本の物言いも気に障ったが、
薫はそれに対して抗議したい気持ちを何とか堪えた。
ワガママばかり言っていたことを、ついさっき謝ったばかりなのだから。

結果的に、皆本から「約束」は取り付けられなかった。

「今日は見舞いに来たのに、反省会になってしまったな。
 まあ、反省会はいつかやろうと思っていたんだが…。
 ところで薫、退院はいつの予定だ?」

「来週の末ごろ、って先生からは聞いてるけど。」

「退院したら、君が助けたあの少年…冬海くんという名前だけど、
 彼の見舞いに行かないか?」

「でも、あたしは…」

「彼にとって薫はヒロインなんだ。
 ぜひ会ってお礼を言いたいそうだ。」

「…あたしはヒロインなんかじゃないのに…」

「彼に怪我を負わせたせいで、後ろめたいのは分かる。
 でも、君が彼を助けたのは厳然たる事実だ。
 軽率な行動もあったが、命懸けで任務をやり遂げたことに変わりはない。
 それに、こう考えたらどうかな、
 “子供に夢を与えるのも、特務エスパーの仕事”だとね。」

「夢…」

それは、彼女が持つことのできなかったもの。
本当なら、誰もが持つはずなのに、物心がついたときには、すでに放棄していたもの。

あの少年…冬海くんには、夢を持って欲しい。

「そうだね、皆本。あたし、お見舞いに行くよ。
 できれば、二人だけでお話したいな。」

「じゃあ、そう手配しよう。
 邪魔者は入らないようにするから、ゆっくり話しをするといい。」

「でも、やっぱりあたし“ヒロイン”なんて実感、全然ないよ。
 葵は百人以上の人を助けたのに、あたしは一人助けるのが精一杯だった。」

「君が助けたのは一人じゃない。」

「え?」

「ある意味、葵があれだけの人々を助けられたのも、薫のおかげなんだ。
 あの時、薫は即座に人質救出に志願してくれただろう?
 あれがなかったら、僕の決断は遅れ、助かる人数も減っていたと思う。
 だから、薫も火災現場の人々の救出に一役買ってるんだ。」

「でも…」

   それは自分が手柄を立てたかったからだ。
   手柄を立てて、自分を認めて欲しかったんだ…。

「それに、君はもう一人、とても大事な人物を助けたことを忘れているよ。」

「もう一人……
 いったい誰?」

「明石薫、君自身だ。」

「!!」


今日何度目かの驚き。

薫は、思わず自分の唇に手を触れた。

皆本が触れた、その指の感触を思い出すように。


(続く)

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