ザ・グレート・展開予測ショー

ボージョレ・ヌーヴォー


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/11/18)

「今年のワインは出来がいいですから」

そんな魔鈴の言葉に誘われて、横島は彼女の自宅に招かれていた。
ヌーヴォーと言われて心が動くほど造詣があるわけではないが、美人のお姉さんの招きとなれば、それをどうして断る道理があろうか。断じてあるはずがない。
たとえ、そこが魔界だったとしても。


雰囲気たっぷりの古風な洋館で、ワイングラスを傾ける二人。
ふいに会話が途絶え、訪れる短い沈黙。
麗しくも妖しげな視線を向ける女。
淡く揺らぐ蝋燭の光の中、次第に重なる二つの影―――――


「先生・・・何を考えているのでござる」

在らぬ妄想に浸っていた横島は、傍らに立つ弟子の言葉に現実に引き戻されてため息をついた。
せっかく、しっぽりとした大人の時間を過ごすチャンスだと思っていたのに、文字通りどこからか嗅ぎ付けてきたシロが一緒に行くと言って聞かなかったからだ。
なんとかして諦めさせようと説得を試みたのだが、美神どのにバラす、と言われてあっさりと降参した。

美神と魔鈴の相性の悪さは周知のところである。あくまでも一方的に、であるが。
時たま店のほうへ食事をしに行くのも内緒にしているのに、プライベートで、ましてや自宅へ招かれるなど、知られたらどのような結果を招くか。
神ならぬ我が身にも想像がついてしまうのが恐ろしく、かつ情けないような気がした。




「それにしても・・・噂に違わぬ、凄い家でござるなぁ・・・」

部屋のあちこちに飾られたインテリアを眺め、シロが消え入るような声でつぶやいた。

「あいかわらずと言うか・・・なんか増えてるし」

横島も頬を引きつらせながら、相槌を打つ。

見るもの全てを陰鬱とした気持ちにさせるような、死神や魔女などを描いた暗い色調の絵画。
不気味な装飾が施された、中に何が入っているのか知りたくもない壷。
そして、どう見ても本物としか思えない拷問器具の数々。

中でも一際目を引くのが、部屋の奥に鎮座している悪名高き処刑道具―――ギロチンだった。
自由と平等、人間性の名の元に血に乾く神々に捧げられた断頭台の上には、切りやすいように斜めに加工された厚い刃が誇らしげに掲げられている。
禍々しい光を放つそれは、新たな獲物を見つけて喜んでいるようにも見えた。

「こ、これは・・・」

「ホンモノ、でござるか・・・?」

恐る恐る、といった感じで聞く二人に、魔鈴が待ってました、とばかりに答える。

「そうなんですよ。これはフランス革命の時に使われたという逸品で、なんでも、マリー・アントワネット王妃の首をはねた物なんだそうです」

やっと手に入れた自慢のコレクションを披露するかのように嬉々として話す魔鈴に対し、二人はどう返事をしたら良いかわからなかった。
確かにそれが本当なら歴史的価値はありそうだが、西洋アンティークと言うにはちょっと、いや、かなり違うような気がした。
某番組に出したら一体どんな値がつくのでござろうか、怯えながらもシロはそんなことを考えていたりもした。
当の魔鈴はそんな二人の反応など気にせずに滔々と説明を続け、終いにとんでもないことを、さらりと言った。

「どうです横島さん、ちょっとためしてみませんか?」

「え・・・、い、いや、いいっス!!」

「あら、そう・・・ じゃ、シロさんはどう?」

「け、結構でござる!!」

「遠慮しなくてもいいのに・・・」

(遠慮しなきゃ死んでしまうわーーーっっ!!)

声を大にしてそう叫びたいのを、ぐっと堪える師弟であった。




現金なもので、横島もシロも食卓についてしまえば先程のことなどすっかり忘れていた。
華美なほどではないが、それなりに手の込んだ飾り彫りが施された椅子に座って待っていると、早くも食欲を刺激する匂いが漂ってくる。
セルフィーユやエストラゴン、マンドラゴラといったハーブが効いたひな鳥の蒸し焼きや、大鍋にたっぷりと作られたポトフ、冷製のテリーヌに自家製のピクルスなどが次々と並ぶ。
ヌーヴォーには少々荷が重い感じもするが、そんなことにいちいち気を回す彼らでもない。
招かれたのが西条であれば、サン・フェリシアンのチーズでも軽くつまみながら楽しむところであるが、今日の二人はまだまだ食べるほうが主の年頃だろう、という魔鈴の配慮でもあった。

「お待たせしました」

ホスト役である魔鈴が席につくと、このささやかなパーティーが開かれる。
指を軽くぱちんと鳴らすと同時にワインの入ったデキャンターがふわりと浮かび、あたかも給仕でもいるかのようにそれぞれのグラスに注いで回る。
もう見慣れたとはいえ、いつ見ても不思議な光景で、シロなどは興味津々といった様子で見つめていた。

めいめいに行き渡った頃合を見て、乾杯のために魔鈴がグラスの脚を持って軽く掲げる。シロも見よう見まねでグラスを持つ。
魔鈴の向かいに置かれた燭台の灯りに透けて、赤い果実の色合いが悪魔のようにゆらゆらと揺れた。

「それでは、若い子羊さんたちに―――――」

「―――――拙者は狼でござるよ」

単なる修辞にも律儀に反応するシロが微笑ましくもあったが、あえて何も言わなかった。

「乾杯!」

少しかちりと鳴らしてグラスを傾けると、新鮮でふくよかな香りが漂う。
一口含むと、瑞々しくて飲みやすいフルーティーな味の奥にも複雑な味わいが隠れている。
なかなか慣れぬ渋みが少ないのはまだ新しいからだろうが、それでもちょっとしたものにも引けを取らない感じだった。

「拙者、わいんは初めて飲むのでござるが、意外とおいしいものでござるな」

アルコール分があるせいか、ちびりちびりと舐めるようにではあるが、それでもシロの口にはあったようでグラスを置こうとはしない。
何しろ、未だに料理に手もつけていないぐらいなのであるから、気に入り様が推し量れるというものであろう。

「そうですか。よかった」

「でも魔鈴さん、これってなんとなくお店で飲むのとは違うような気がするんだけど」

半分ほど減ったグラスの中身を見つめながら、横島が言った。
具体的に何がどう、と表現できないのが実にもどかしいが、やはりどこか違う。

「あら、わかります? 実はこれ、自家製なんですよ」

嬉しそうに顔をほころばせて魔鈴が言う。

「自家製!? ということは、魔鈴さんが作ったんスか!?」

「ええ、そうなんですよ。今までもちょこっと作ってはいたんですけど、今年は本当においしく出来たものですから・・・」

微妙な味の違いに気がついてもらえて、魔鈴は嬉しそうだった。

「ワインにするぶどうも、この辺で採れる地物なんですよ」

「へー、そうなんスか」

と、さも感心した風に横島は相槌を打つが、ふと嫌な予感が頭をよぎる。
家の中にいるぶんにはまったく違和感を感じないが、魔鈴の自宅は魔界にある。
粗末な窓を開けた向こうは、おどろおどろしい風景が広がり、濃密な魔力が漂う荒涼たる世界だった。
そこで採れる作物など、普通のものであろうはずがない。
だが、そんな横島の予感など、魔鈴は意に介す様子もなかった。

「これがそうなんですけどね」

脇の小さなテーブルに置かれた篭から、軽く両手で持ち上げる。
その色つや、香りはまぎれもないぶどうの粒であったが、およそバレーボールほどの大きさがあった。

「でかっ!?」

あまりにも常軌を逸したそのサイズに、二人は思わずうわずった声をあげる。
一粒でこの大きさなら、これが房になって生っているところは一体どんな様子なのだろうか、想像もつかない光景に頭を悩ます二人であるが、さらに追い討ちをかけるようなものが見つけられた。

「あ、あのぅ・・・魔鈴どの、その表面のはなんでござるか・・・?」

シロが躊躇いがちに尋ねる。
魔鈴が手にするぶどうの表面に、奇妙な形の濃淡が浮かび上がっているのが見える。

「あ、これ? ただの模様ですよ、模様」

「―――――拙者には、人の顔にしか見えないのでござるが・・・」

ちょうど人の頭ほどの大きさの果実に浮かぶ模様は、どうみても苦悶する人の表情にしか見えないのだが、魔鈴はあくまでもただの模様だという。

「なんだか、落ち武者の首のようでござるな・・・」

「気のせいですよ、気のせい」

そう言いながら、そそくさとぶどうを篭にもどす魔鈴であった。

「・・・で、このワインの原料がそのぶどうなんスか」

横島が、わかりきったことをあらためて問う。そうであってはほしくない、と微かな願いを込めて。

「ええ。このぶどうを桶に入れてつぶして―――――」

「つぶすのでござるか!?」

悲鳴にも似たような声を上げるシロ。
だが、魔鈴は何故そんなことでいちいち声を上げるのかが不思議で仕方がない様子だった。

「つぶして絞った液を樽に詰めて熟成させて―――――」

その先の話は二人の耳には入っていなかった。

急に口の中に鉄さびにも似た苦味が広がり、さほど飲んでいないにもかかわらず、酔いが回ってカーテンをかけられたかのように頭の中がぼんやりとしてくる。
向かいに座っている互いの姿が現実感を失って揺らぎ始め、全身の力が抜けていくのが感じられた。
己の全ての本能が警報を激しく打ち鳴らしてはいるが、迫り来る倦怠感にはそれすらも無力であった。

やがて、空しい抵抗を続けていた頭ががくりと落ち、二人の手から空になったワイングラスが滑り落ちて砕けた。

「あらあら、もう酔っ払っちゃったんですか・・・」

不甲斐ないゲストの醜態に向ける言葉とは裏腹に、魔鈴の満足そうな笑みが蝋燭の炎の中に揺らめいて、消えた。

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