ザ・グレート・展開予測ショー

天使が私に語ること(3/6)


投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/11/17)


「薫、もう一度やってくれないか。」

今日は、薫の測定だった。
測定対象は彼女が「サイコバリア」と称するものだ。
これは彼女に近づく物体や波動を、ほとんどシャットアウトする優れものだ。

『念動能力を攻撃だけでなく、防御にも使えれば、君たちの安全は増す』

この皆本の要請に応えて、薫が開発したのがこの技だった。

薫はそれまでにも、念動能力で大量の土砂と岩石を突き破ったり、
マシンガンの銃弾を空中静止させたりする離れ技を披露していた。
だから、この技を開発するのも、さして苦労はしなかった。
そして測定の度に、薫のサイコバリアは強度を増していた。

だが、今回の測定では憂慮すべき兆候が見られた。

「確かに“結界”の強度は前回より落ちてますが、実用には充分ですよ。
 今回の測定結果も一時的なものでしょう。」

こう言ったのは、皆本の助手のひとりである。
皆本より少し年齢は上であり、職務上も研究所のトップなのだが、
皆本の驚異的な実力を認め、あっさり彼の助手の立場に納まった。
元々、人間の上下関係などには関心のない人間なのだろう。
皆本も仕事を離れたときは、友人として彼と付き合っている。

この助手が薫のサイコバリアを“結界”と呼んだのには理由がある。

バリアには外部からの侵入を遮断するイメージがあるが、
この「サイコバリア」は不思議なことに、侵入するものを全部はじいていないらしい。
外部から供給されたもの、反射されたもの、内部に侵入したもの。
それらの釣り合いが取れないのだ。
一部はどこかに消えてしまっている。それがどこかも分からない。
物体だけでなく、電磁波などでも同じことが言える。
物理学上の基本的な保存則がいくつも破れているのだ。

だから、助手は「バリア」より、もっとよく分からない「結界」という言葉を使っている。

皆本にとっては名称など、どちらでも良かった。
ESP現象を研究していると、こういうことは珍しくないのだが、
論文で読むのと、実際の現象を目の当たりにするのでは、全然違う。
朧が「寄り道かもしれない」と言ったこの仕事だが、これに立ち会えるだけでも、
寄り道などではなかったと断言できる。
特に薫の驚異的な能力には興味が尽きない。

だが、研究者から指揮官に思考を切り替えると、その高揚感も醒めてしまう。

再測定の指示に、薫は異議を唱えなかった。
いつもなら、最低でも「かったりぃな〜」くらいの文句を言うはずだが、
今は黙々とその指示に従っている。
それでいて、測定値に改善の傾向は見られない。
エスパーのパワーが精神状態に左右されるのは周知の事実だが、
だとすれば、彼女の心を曇らせている何かがあることになる。

紫穂との確執が原因だろうか?

皆本は朧の言うことを鵜呑みにはしていない。
自分で確かめるまで納得しないのは、皆本の科学者らしい一面だった。

だが、科学者としてはともかく、教育者としての皆本はまだまだ未熟だ。

 … こんなとき、自分は何をしてやればいいのか。

子供の扱いには少し慣れてきたと思っていたが、その自信も朧の指摘で崩れてしまった。

 … 何をすれば良いのか分からないけれど、とにかく何とかしてやらないと …

熱血教師など皆本の柄ではないが、今はそんな体当たり型の接し方しか思いつかなかった。



皆本の想像以上に、薫は落ち込んでいた。

普段が活発なため、誤解されがちだが、彼女も人並みに悩むことがある。
いつもなら、仲間――葵と紫穂――と接することで、すぐに立ち直るのだが、
今の薫はその2人に会うのを避けていた。

会うと昨日の自分の愚かな発言を思い出してしまうからだ。

そして、彼女の苦悩の原因は、他ならぬ皆本だった。

昨日、皆本に呼び出されたとき、薫はまたお説教されると思っていた。
ところが、彼はたった二言でその事件を片付けた。

「君は自分のどこがいけなかったと思う?」

薫が答えると、皆本はこう言った。

「分かっているなら、それでいい。」

本当にたったこれだけだった。
それ以上、皆本は薫の失態を追及せず、別の話題に移ってしまった。

   『いつか見限られるわ』

   『何も言われんようになったらお終いや』

紫穂と葵の言葉が甦る。

   もし、そうだとしたら …
   いや、そうだとしても … 皆本は、優しくしてくれるだろう。

   でも、きっと信頼はしてくれない。
   大事な仕事からあたしを外すかもしれない。

   確かめたい …
   でも、どうやって?

   本人に直接その疑問をぶつけても、きっと彼は優しい嘘で本心を隠すだろう。

一瞬、紫穂の顔が頭に浮かんだ。

   紫穂に頼んでも無駄だ。
   仮に紫穂があたしを許して、皆本の心を読んでくれたとしても、
   紫穂も本当のことを話さないだろう … それが皆本の意思ならば。



「どうした薫。今日は調子が悪いみたいだな。」

負の思考の泥沼に引き込まれていく薫を、引き上げようとしたのは皆本だった。


   いつもはこの声を聞くのが大好きなのに、
   今は逃げ出したい…


「何度も測定に付きあわせて悪かったな。もう終わりだよ、お疲れさま。
 ほら、差し入れだ。」

皆本はそう言って、スタミナドリンクの壜を薫に投げて寄越した。
薫はそれに手を伸ばそうとはしなかった。
だから、壜は薫の手前に落ちる放物線を辿った――通常の物理法則に忠実に従って。

ところが、その壜は地面に落ちる寸前に、唐突に軌道を変えた。
地面に平行に横滑りし、薫の手の中に納まったのだ。

   そう、これが二人のいつものやり方。
   スタミナドリンクの銘柄も、あたしが一番好きなもの。
   でも、いつまであたしは、こんな女らしくない物を飲んでいるのだろう?
   皆本も同じスタミナドリンクを飲んでいる。
   本当は口に合わないだろうに…。

   いつもと同じ皆本の気遣い。
   いつもと同じ優しさ。
   いつもと違うのは、あたしが口を利かないことだけ。


「なあ、薫。
 前から思ってたんだが、何で手で直接受け取らないんだ?」

「何でそんなこと聞くんだよ?」


   形だけでもいい。いつもと同じにしよう。
   そうすれば、いつもの自分に戻れる。


「いや、もしかしたら薫って、案外運動神経が鈍いんじゃないかと思ってね。」

「あたしは鈍くなんかない!」

もちろん、それは皆本も知っていた。
バベルでの体力測定結果は、上司の皆本に知らされている。

「じゃあ、確かめてみよう。
 今から中庭に出て、キャッチボールでもしてみるか?」

「イ・ヤ!」

「どうして? 薫はキャッチボールをしたことがないのか?」

「皆本って…本当は“バカ”なんじゃないの?」

普通に返事を返さないところを見ると、いつもの調子を取り戻してきたようだ。

「キャッチボールなんて、男の子の遊びだぜ。
 レディのあたしが、やるわけないじゃん。」

その態度のどこがレディだよ、という心の突っ込みを抑え、皆本はこう言った。
意味は似たようなものだが。

「薫なら、男の子の遊びも一通りやってると思ってたんだけどな。」

「皆本はあたしを何だと思ってるんだ!」

いつものような他愛のない会話。
結局、皆本は薫が自分から悩みを話してくれるのを待つことにしたのだ。

これは賢明な方法だった。時間さえ許せば。

しかし、二人にその時間は与えられなかった。
電話の着信音が会話を遮った。しかもその着信音は「緊急」を意味していた。

「はい、皆本。
 … ええ、いま終わったところです。
 … !!」

皆本の顔色が一瞬にして変わった。

「皆本、今の電話いったい何!?」

「今すぐ出動だ! 都心の高層ビルで火災が起こったらしい。」




それは通常の火災ではなかった。
防火設備の整った、現代の高層ビルでは、滅多に火災は起こらないし、
起こったとしても、こんなに大きく燃え広がることはない。

これは一種の自爆テロによる火災だった。
犯人は複数で、時限式の爆弾と、自分の体に結びつけた手動式の爆弾で、このビルに火をつけた。
火災は主にビルの中層階で起こっており、高層階にはまだ多くの人が取り残されている。
消防庁から、特務エスパーに要請されたのは、生存者の救出と、消防士の搬送だ。
火災の場所が場所だけに、通常の装備では、まともな救出はできない。

幸い、チルドレンは全員都内にいた。
薫と葵はバベルに待機していたし、紫穂の自宅も近かった。
3人は通常のバベルの制服ではなく、小型の消防服に着替えた。
本物の消防服に比べ、耐火性も低いし、ヘルメットなどもないのだが、ないよりはマシだ。
自宅から駆けつけた紫穂は、現場で着替えるのを嫌がったのだが、安全には代えられない。
ちょっと狭いが、バベルの装甲車両の中で急いで着替えさせた。

現場は混乱を極めていた。
消防・警察の車両、飛び交うヘリ、助けようとする人、逃げ惑う人、報道関係者…

耳を覆う喧騒の中で、皆本は冷静になるよう自分を戒めた。
一刻も早く救出に加わりたいが、この混乱した雰囲気に呑まれてしまったら、
却って救出できる命を減らしてしまう。

これから消防隊と合流という時になって、今度は警視庁から応援要請が入った。
それは桐壺の口から伝えられた。

「皆本クン、犯人の一人が子供を人質にとって、立て篭もっているそうだ。
 特務エスパーの応援を要請している。」

「人質…? 犯人は自爆テロじゃなかったんですか!?」

「どうやら自分の命が惜しい奴が、一人混ざっていたようだネ。
 体に爆弾を巻いて、近づくと人質ごと死ぬと言っているそうだ。」

皆本は反射的に断ろうかと思った。
3人をバラバラに行動させるのは、得策ではない。
何とか、こちらの救出作業が終わるまで、犯人との交渉を引き延ばせないだろうか。

「実は、消防庁と警視庁の間ではもう調整が済んでいてネ。
 どちらを1名で、どちらを2名にするかだけしか、我々は選択できないのだヨ。」

まったく、これだからお役所というヤツは!

皆本は憤慨した。
犯人もめちゃくちゃだが、こっちの方もめちゃくちゃだ。
現場を無視して、勝手にそんな大事なことを決めないでくれ。

「じゃあ、あたしが人質救出の方に回るよ。
 犯人は一人なんだろ。だったら、あたしだけで何とかなるよ。」

最初に提案したのは薫だった。
だが、皆本はその提案を即座に修正した。

「いや、人質救出の方は薫と紫穂を回します。僕も人質の方へ。
 局長は葵をお願いします。」

桐壺は皆本の提案を承認した。

「悪いが葵、ここは一人で頑張ってくれ。
 局長や、消防士さんたちの言うことを良く聞いて、一人でも多くの人を助けるんだ。
 ただし、絶対に無理はするな。」

「はい!」

葵は最近、外部関係者との共同任務には関西弁を使わなくなった。
意思疎通の問題というより、これは彼女なりの公と私の区別なのだろう。

局長と葵を残し、皆本たちは立て篭もり現場に移動した。
移動に使った警察車両の中で、紫穂が質問をしてきた。

「なぜ、私をこちらに回したんですか?」

「その話は後だ。」

紫穂を火災現場に残さなかった理由は簡単だ。
接触感応能力は火災現場には不向きなのだ。
鎮火後の生存者探索はできるかもしれないが、火と煙が充満している場所に彼女を放り込んだら、
冷静さを失い、要救助者探しなどできないだろう。
彼女を葵に運ばせるくらいなら、プロの消防士を運ばせた方が、はるかに役に立つ。

だが、皆本は情報収集に手一杯で、そんな面倒な説明をする暇はなかった。
こちらの現場もかなり混乱しており、信頼に足る情報を抽出するのは難しかった。

それでもいくつかの確実な情報が手に入った。

犯人はエスパーではなく、反エスパー思想の持ち主でもなかった。
そして、まったく説得の通じる相手ではなかった。
警察も犯人の身柄確保は、ほとんど諦めている。

これはある意味良い情報だった。
普通人なら戦いは容易になるし、犯人の生死を考慮する必要もなくなったのだ。

また、立て篭もり場所の情報も入ってきた。
小学校の体育館だ。
人質はそこの小学生ではなく、近くの幼稚園児だった。
場所が場所だけに心配したが、不幸中の幸いで人質は、その一人だけだった。
児童や教師の避難も終わっている。

「立て篭もり場所が、体育館なら助けるのは簡単じゃないか?
 壁を突破して、子供を取り返す!」

「犯人は爆弾を所持しているんだぞ。」

「それはサイコバリアで防ぐよ。」

「いや、今の段階では、まだ結論は出せない。」

「皆本!」

薫の抗議を無視して、皆本はバベル本部に連絡を取った。
相手は皆本の助手だ。
普段と違い、上官として会話している。

「こっちの状況は分かっているな。
 今、爆弾犯に対して薫を向かわせるかどうか検討している。
 犯人の爆弾に、薫のサイコバリアが耐えられるかどうか計算してくれ。
 爆弾の種類や威力については、確かな情報がない。
 警察の推定値があるから、その3倍の威力を想定するんだ。
 バリアの強度は、今日の測定値を使ってくれ。」

「彼女の“結界”なら余裕で大丈夫じゃないですか?」

助手は即答した。

「僕も10メートルの距離を取れば確実に大丈夫だと思う。
 だが、安易な思い込みは禁物だ。
 人質のことも考慮に入れないといけないし、バリアの強度も一様じゃない。
 物質と輻射では透過率が違うことも忘れるな。」

「了解。今からコンピュータでシミュレートします。」

皆本は薫に向き直った。

「薫、聞いた通り、今コンピュータで検算中だ。
 その結果がOKなら、突入作戦を決行する。
 詳細は現場の状況を確認してから詰めることにしよう。」

「もし、シミュレーションで危険だと分かったら?」

紫穂の質問に皆本はこう答えた。

「その時は別の手段を考える。
 最悪、葵の手が空くまで、長期戦に持ち込む必要が出るかもしれない。」

薫は条件を付けられたことが不服なのか、窓の外に顔をそむけていた。




「人質は今、拘束されていません。ステージの袖に寝かされています。」

現場に着いて、紫穂はさっそく透視を行い、結果を報告した。
体育館の裏手からの壁越しの透視だ。
日はすでに落ちかけており、外から中を見通すことは難しい。
下手に犯人を刺激して自爆されたら終わりなので、うかつに覗き込んだり、
照明を当てたりすることはできない。透視で中を伺うしかないのだ。

「ただ…、犯人からかなり暴力を受けたようです。
 早めに助けて治療してあげないと…。」

報告する紫穂の表情は暗い。
葵の状況も確認したが、とてもこちらまで手が回りそうにない。長期戦は無理だ。
バベル本部からシミュレーションの結果も報告された。

「距離を5メートル以上取れば大丈夫です。
 消防服はそのままで。
 爆発時の光で目を痛めないように、念のためゴーグルを着けてください。」

これで、作戦が決まった。
犯人の注意を一方の壁に引きつけ、反対側から薫が突入する。
そして、人質を取り戻してすぐに引き揚げる。
後は警察に任せればいい。

「薫。最優先事項は、人質の救出だ。
 人質を確保したら、すぐに引き揚げろ。
 犯人のことは無視するんだ。」

薫は無言で頷いた。

皆本と警察の現場責任者との打ち合わせにより、作戦はさっそく実行されることになった。
その実行直前、皆本に助手から警告が入った。

「薫さんは大丈夫ですが、その位置では主任と紫穂さんが危険です。」

現場の映像は、バベル本部にも中継されていた。
これは関係者のみに流されているもので、かなり鮮明な映像だ。
マスコミは近づけないようにしているので、遠くから不鮮明な映像を伝えているだろう。

「だが、これ以上離れると、紫穂の透視が利かなくなる。」

今度は地面を通しての透視のため、これ以上の距離は取れないのだ。

「では、せめて車の陰に移動してください。」

「分かった。」

つまりこの後は、薫が一人で危険に立ち向かわなければいけないのだ。

「薫、これからは時間との勝負だ。
 僕が合図してから、10秒以内に帰って来い。」

「任せて、皆本。」

短い言葉ながら、薫の返事からは、この任務に対する彼女の並々ならぬ意欲が見て取れた。

そして、作戦は開始された。
体育館の壁の外で、いくつかの照明が点けられた。
決して強い光ではないが、犯人の注意を惹くように。
犯人はまんまとその罠にはまった。

「犯人が人質から離れました。」

「今だ、薫!」

紫穂と皆本の声に応えて、薫は飛んだ。

薫は手筈通り、反対側の壁を突破した。
そして、紫穂の報告通りステージの袖に寝かされていた園児を見つけ、念動能力で引き寄せた。
園児は地面から浮いて、平行に横滑りし、薫の腕に納まった。

犯人にとっては、想像もしない出来事だった。
突然壁が壊れ、人質はいつの間にか、そこに現れた少女に奪われている。

「う、動くな! 動くとお前を吹き飛ばすぞ!」

そう言って彼はスイッチらしきものを、見せつけた。

だが、薫にはそんな声は耳に入っていなかった。
人質の園児は薫でも余裕で抱きかかえられるくらいの、小柄な少年だった。
その少年はひどく殴られたらしく、痣があちこちにできていた。

  … こんな小さい子に、暴力を振るうなんて!

「おじさん。
 悪いけど、そのスイッチは押させないよ。」

  … そう、こんな最低な奴を簡単に死なせてたまるものか!

犯人は自分の右手が、突然動かなくなったことに気付き、狼狽した。

「ち、違う。これは…」

そう言って、反対側の手をスイッチに伸ばそうとした。

ここで、薫は自分の間違いに気付いた。
それは、起爆スイッチではなく、起爆抑止スイッチだったのだ。
安全装置を外して所定の時間までに、スイッチが入らないと爆発する仕掛けなのだ。

“薫、どうした! 返事をしろ!”

通信機から聞こえる皆本の叫びに、答える時間はなかった。
サイコバリアを展開し切らないうちに、爆風が薫を包み、彼女は意識を失った。


(続く)

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa