ザ・グレート・展開予測ショー

天使が私に語ること(2/6)


投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/11/16)


女同士の喧嘩に男が口を挟むとろくなことがない―――

これは有史以来の黄金律であり、無謀にもこれに挑戦し、痛い目に遭った男たちは数知れない。

皆本も一度その処世訓に挑戦し、あえなく敗れ去った経験がある。

まだ小学生のときだったが、女子同士の喧嘩の仲裁に入ったのである。
彼は男子の喧嘩と同じつもりで間に入った。
セオリーに従い、両者の言い分を聞く事から始めた。
最終的には、どちらにも落ち度があったことを互いに認めさせれば、仲裁成功だ。

ところが、事は一筋縄では行かなかった。
そもそも何で揉めているのか、当事者の言うことを聞いても、さっぱり分からなかったのだ。
かろうじて彼にできたのは、2人を物理的に引き離して、問題を先送りすることだけだった。

結局、彼も「女の子ってよく分からないな」という、男子なら必ず抱く結論にたどりつき、
この一件には、それ以上関与しなかった。

やがて彼の興味は、女の子よりもっと分かりやすいもの――数学――に移り、
女性と関与すること自体が減っていった。


皆本にとっては、十年来の時を経て、その苦い経験が甦ってきたわけだが、
今回は他人事として無視することはできない。

ところが皆本は、朧に指摘されるまで、問題の存在すら気付いていなかった。
それどころか、指摘された後で、少女たちの行動をいくら思い返しても、
それらしい振る舞いを特定することができなかった。

 … やっぱり僕はこの仕事に向いてないんだろうか …

すっかり自信をなくした皆本は、自分が何も気付かなかったことを正直に告白した。
それを聞いた朧は、彼の着任前のことも含めて、自分の見解を述べた。

皆本が着任する前、チルドレンのリーダーは間違いなく、薫だった。
葵は現実主義者である反面、状況に流されやすいところがあった。
紫穂に至っては、主体性という概念があるかどうかすら、怪しい。
薫だけが唯一自分の意志で行動し、残りの2人を巻き込んだ。
皆本の前任者たちは、すぐに辞めていったし、在任期間中も自分の身の安全を図るため、
チルドレンのご機嫌取りに終始し、彼女たちのコントロールを放棄した。

ところが、皆本が着任してから、状況がすべて変わった。
指揮権が皆本に一元化され、3人の関係は対等になった。
紫穂は早々に、自分が最優先で従うべき相手を皆本と定めた。
葵も薫の後を追うのではなく、自律的な行動をとるようになった。
逆に、薫は命令違反を咎められて、惨めな思いをすることが多くなった。
いわば、リーダーからいきなり劣等生に転落したようなものだ。

事態を更に悪化させたのは、皆本の軽率な行動だった。
薫の指導に悩んだ皆本が、紫穂にそのことについて相談したのが原因だ。
薫にしてみれば、皆本が紫穂を贔屓にしているように見えたし、
紫穂にしてみれば、皆本が薫のことばかり気に掛けるのが面白くない。
これが2人の不和を生んでいる。
それでいて、このチームがバラバラにならずに済んでいるのは、
葵が仲裁役を果たしているから――これが朧の「所見」だった。

朧が子供たちをよく観察していることに、皆本は驚かされた。
同性だからこそ気付くこともあるだろうし、
考えてみれば、朧の方が彼女たちとの付き合いが長いのだ。

「今の皆本さんは、小学校の先生みたいなものですね。
 先生の前で、生徒が良い子のふりをするのは普通のことですし、
 ちょっとしたことで、誰かが贔屓されていると言い出すのも、よくあることですわ。」

この喩えに、皆本は妙に納得してしまった。
僕は小学校の先生か…。
たった3人の生徒でも大変なのに、本職の先生はどうしているんだろう?

皆本は当面の対処について、朧に意見を求めた。
しかし、朧にも即効性のある、良いアイデアはないようだった。

「長い目で見れば、収まるべきところに収まると思います。」

朧はこの状況が、必ずしも皆本の行動が招いたものではないことを強調した。

「これは、あの子たちが必ず通らないといけない関門なんです。
 あの子たちは、自分がエスパーだということで、社会から疎外されてきました。
 あの3人の仲間意識は、そういった負の要因から生まれたものです。
 冷たい言い方をすれば、虐げられた者同士が、お互いの同情心で結びついているだけ…
 でも、それは本当の仲間と言えるでしょうか?」

彼女たちの絆が同情心だけだとは思えないが、皆本も似たような心配をしていた。
あの3人の心から「普通人に対する不信」の気持ちが完全に消えたわけではない。
もし、外部からの要因で、それが強化され「不信」が「反感」に変われれば、
彼女たちが普通人とエスパーの争いの火種になる可能性がある。
“予知”を知っている皆本にとって、それは単なる懸念以上のものだった。

「普通の女の子なら、単なる馴れ合いを友情と同一視しても、問題ありません。
 いえ、むしろそれが自然な姿と言えるでしょう。
 でも、あの子たちには、もっと強固な結束が必要なんです。
 あの子たちも、いつまでも子供ではありません。
 成長するにつれて、個性や思想の違いが顕在化します。
 その時に、互いの相違を認めた上で、自分の果たすべき役割の認識と、
 互いに対する信頼の構築ができたとき、初めてあの子たちは本当の“仲間”になれるんです。」

「でも、僕が彼女たちの年齢の時には、そんな難しいことは考えなかったですよ。」

皆本は、この点についても、完全には同意できなかった。
より深い信頼関係の構築は必要だと思う。
でも、それは彼女たちには早すぎるし、時間を掛けて自然に育むべきものじゃないだろうか?

「皆本さんと、あの子たちでは、置かれた状況が違いますからね。
 それに、葵ちゃんと紫穂ちゃんは、そのことに気付いているみたいですよ。
 早く大人になろうと一生懸命です。
 薫ちゃんは出遅れているようですが、すぐに追い付こうとするでしょう。」

皆本の疑問はますます膨らんだ。

確かに、彼女たちが例外的な環境に置かれているのは事実だが、
あの年頃の子供といえば、薫みたいに無邪気なのが普通のはず。
なぜ、そんなに急いで大人になる必要があるのだろう?
“予知”を防ぐ上でも、彼女たちの成長は歓迎なのだが、あまりにも性急すぎないだろうか。

「心を読める紫穂はともかく、なぜ葵まで…?」

「任務を遂行する上で必要だから、というのもありますけど、
 それ以外にも、あの子たちは早く大人になりたい理由があるんです。」

「それは何ですか?」

朧は意味ありげに微笑んで、答えを保留した。

「それは、皆本さんへの宿題にしておきましょう。
 時が来れば、あの子たち自身が、その理由をあなたに語ってくれるでしょう。」

「宿題ですか…。僕はさしずめ、出来の悪い生徒ですね。」

それを聞いた朧は、本当に面白そうにこう言った。

「皆本さんが、出来の悪い生徒だったことなんて、あるんですか?」





「これがテレポーテーション奥義“スーパー・ゴールデンドロップ”や。」

葵は紫穂の自宅で新作の“奥義”を披露していた。

「“奥義”って…、いつもやってることじゃない。」

葵の“奥義”は、ポットの紅茶をカップに移すという、ただそれだけのものだった。
紫穂には、それがいつもの遠隔移動にしか見えなかった。
しかも、葵は一週間にひとつのペースで“奥義”を乱発しているのだ。

「これ、結構難しいんやで。
 うまく空間を切り取らんと、カップに移した紅茶が溢れてしまうんや。」

よく見ると、カップに移された紅茶は、わずかにさざ波を立てているだけだった。
確かに見事なお手並みだ。
でも…

「また、前の“奥義”みたいに、変な所に被害が出ないでしょうね?」

以前、急な夕立に遭ったとき、葵は奥義“空中レインコート”を披露した。
次々と頭上に落ちる雨粒を、ことごとく移動させるという妙技だったのだが、
近くの通行人が、傘の内側から突然降り注いだ土砂降りで、ずぶ濡れになったのだ。

「大丈夫、大丈夫。ちょっとポットの中の紅茶が揺れてるだけや。」

「ふうん。葵ちゃんも普段からいろいろ研究してるのね。」

「鍛えとかんと、勘も鈍るしな。あんたは練習せんのか?」

「私は今のままで充分だから。」

そう言って、紫穂は葵の差し入れたケーキに手を伸ばした。
葵もそれに加わり、2人だけの、ささやかなお茶会は穏やかに過ぎていった。



「薫の念動能力、また強くなっとるみたいやな。」

一通り甘味を堪能した後、葵が発したこの言葉が、本題の始まりの合図だった。

「皆本はんも、研究スタッフも、薫の能力を夢中になって研究しとる。
 “ニュートンやマクスウェルに見せてやりたいよ”って、皆本はん言っとった。
 それだけ凄い能力なんやろな。」

「皆本さんは、薫ちゃんの能力だけに関心があるわけじゃないわ。」

紫穂は薫の話題を避けなかった。
それどころか、自分から積極的に、その話題に踏み込んできた。

紫穂の薫に対する感情を、朧は読み違えている。
確かに、年相応の無邪気さで皆本に甘えられる薫を、羨ましくは感じている。
だが、紫穂は誰よりも皆本を理解しているという絶対の自信を持っていた。
葵はそれを知っていたので、紫穂が話に乗ってくることを予想していた。

「最近、皆本さんの薫ちゃんへの態度が変わったと思わない?」

「ウチは、あんまりそうは思わんけど。
 しいて言えば、薫を叱るとき、ちょっと真剣味が増しとるかな…。」

「むかしはね、皆本さんが薫ちゃんを叱るとき、もっと余裕があったのよ。
 “これは薫の個性だから仕方がない”って、どこか割り切ってた。
 でも、今は本当に薫ちゃんのことを心配してる。
 切羽詰まっている、と言ってもいいわ。」

「何で、そうなったかは分からへんのか?」

「残念だけど理由は分からないわ。
 でも、あの南の島のできごとから、変化があったのは確かよ。」

「あんたが言うとった“プロテクト”が関係しとるんやな。」

「私にはプロテクトの解除は無理なの。
 でも、皆本さんの態度を見れば、それが薫ちゃんに関係しているのは確実ね。」

「このままでは、薫の身が危ない … そういうことやな?」

「多分そう。
 でも、特別な事がなくても、薫ちゃんの身が危ないことは確かよ。」

「いつも最前線で戦うのは薫やからな。逆恨みも買いやすいやろ。
 次に危ないのが、紫穂か。相手の嘘を暴いてしまうから…。
 一番安全なのがウチやな。」

「あなたも油断は禁物よ。」

これで話は一段落したかに見えた。
だが、葵は追求の手を緩めなかった。

「それで、薫に口うるさく反省を迫ったっちゅうわけか。
 でも、ほんまにそれだけか?」

「何が言いたいの?」

「危ないのは薫だけやないやろ。
 皆本はんも危ないんやないんか?」

葵の口から皆本の危険を指摘されたとたん、紫穂の表情が変化した。

「紫穂が薫との話を打ち切ったときの態度、ずいぶん不自然やったしな。
 それに、部屋を出て行く前の薫への脅し文句。あれも前もって用意していた感じやった。
 薫を止めるのは、皆本はんの役目やから、あんたが介入する理由はあらへん。
 あんたが、あそこまで気合い入れてたのは、皆本はんのためやないんか?」

「 … 」

「言いたくないんなら、無理にとは言わんけど…。
 ウチかて力になれるかも知れんのやで。」

「 … あなたには話しておいた方が良さそうね。」

紫穂はそう言うと、自分の机の引出しから、小さな紙袋を取り出した。

「これは皆本さんの部屋で見つけたものよ。」

そう言って差し出された“もの”を見て、葵の態度は一変した。

「これ…、薬を入れる袋やないか! 皆本はん病気なんか!?」

「そうよ。」

「何で早よ言わへんねん! こりゃ一大事やで!!」

「ちょ、ちょっと葵ちゃん、落ち着いて!
 ちゃんと、書いてあることを見て。そこの日付!」

葵はそこで初めて、薬袋の内容に目を通す冷静さを取り戻した。
調剤日は一ヶ月前の日付だった。
だが、袋には皆本の名前があり、間違いなく、皆本に処方されたものであることを示していた。

「それは胃炎の薬なの。病気自体はもう治っているそうよ。」

「治ってるって…
 何でこんな大事なこと隠しとったんや!」

「皆本さんに口止めされてたの。
 本当は葵ちゃんに話すのもだめなのよ。」

「これ、バベルの医務局のやあらへん。
 ウチらに気付かれんように、わざわざ外の病院に通てたんやな。」

外の病院を使っても、紫穂に気付かれるのは避けられない。
だが、皆本は紫穂に口止めして、自分たちには知られないようにしたのだ…
葵は一連の経緯をそう理解した。

とりあえず、命に関わる重病でないことに一安心した葵だったが、
病気の原因を考えて、暗い気持ちになった。
その病気の原因は間違いなく…

「そう、皆本さんはあなたたちに気付かれないようにしていたの。
 症状は一種の神経性胃炎、原因はストレスよ。
 元々、研究だけしていた人が、お役所仕事や、戦闘訓練をしなくちゃいけなくなった。
 そして私たちのような子供の世話も…」

「ウチらがワガママ言うたびに、皆本はんは神経をすり減らしとったわけか…」

「その筆頭が薫ちゃん。
 あの子は、本能全開で突っ走って、皆本さんを窮地に陥れている…
 しかも、皆本さんに構って欲しくて、無意識に暴れているから、余計にタチが悪いの。
 今回は胃炎で済んだけれど、原因であるストレスを取り除かないと、
 再発の可能性はなくならないし、もっと重い病気になる可能性もあるわ。
 例えば胃潰瘍とかね。」

「だから、あんたはあないに過激な発言をしたんやな。」

「きっと、私は薫ちゃんに嫌われたわね。
 でも、それは皆本さんの安全に比べれば、些細なことよ。」

葵は紫穂の隠し事を暴くつもりでここに来たのだが、出てきたのは予想以上の深刻な事実だった。
だが、彼女はすぐに解決策を思いついた。

「なあ、紫穂。これを薫に見せたら、簡単に説得できるんやないか?」

「それはだめ。
 このことを薫ちゃんに教えないよう、皆本さんから厳しく言われているの。」

「何でや!?」

「皆本さんは、薫ちゃんの自主性を尊重したいみたいね。
 自分に遠慮して、あの子が自分で自分の行動を判断できなくなるのを避けたいのよ。」

「じゃあ、紫穂は薫に教えんつもりか?」

「ええ、それは最後の手段にしたいの。
 本当は薫ちゃんが、少し自制してくれれば、それで済む話なんだし。」

「薫が自制やなんて、永遠に無理や。
 まったく、皆本はんといい、紫穂といい、なんちゅう融通の利かん…」

言うが早いか、葵はその薬袋を自分のポーチにしまい込んだ。

「ええか、紫穂。
 あれはウチが、あんたの部屋を勝手に物色して見つけたもんや。
 だから、いつあれを使うかもウチの勝手や。
 あんたは、皆本はんとの約束は破らなかった。
 これでええな?」

葵の意図を察し、紫穂は無言で頷いた。
本当は彼女も、これを早く誰かに教えたかったのだ。
だから、事実を暴こうとする葵を避けることもしなかったし、
追求を受けたときには、あっさり事実を打ち明けたのである。

「あの程度の脅しで、薫が大人しくなるとも思えんからな。
 近いうちにあれを使うことになるやろ。
 それから紫穂、あんたにひとつ忠告や。
 たとえ皆本はんの命令でも、守ったらアカン時もある。
 特に、皆本はん自身に関係する命令はな。」

「それは分かっているつもりよ。
 あの人は、自分のことより、他人のことを大切にする人だから。」

実は、この病気に最初に気付いたのは皆本本人ではなく、紫穂だった。
紫穂の強い勧めに従って、皆本は検査を受け、胃炎が発見されたのである。
皆本は自分の使命を優先し、心身の不調は「気のせい」にして無視していたのだ。

「分かってるならええ。
 ウチは今でも、あの時のこと後悔しとるんや。」

紫穂にはそれで充分に意味が通じた。

あの時のこととは、皆本を銃弾の射線上にテレポートさせたときのことだ。
幸い、致命傷にはならなかったものの、あれから目に見えて葵は変わった。
行動は思慮深くなり、それでいて遅滞や逡巡は微塵も見せない。
時には皆本の作戦を読んで先回りをすることさえあった。
力任せに物事を解決しようとする薫とは、別の道を進もうとしている。

皆本は彼女たちにとって、単なる「上司」をはるかに越えた存在だった。
彼には、全面的な信頼と尊敬の念を抱いている。
しかし、彼には危うい一面もあった。
他人を救うために、自らの危険を省みないことがある。

だからこそ彼を守らなければならない。

やり方はかなり違うが、それが葵と紫穂の共通の想いだった。



話が終わり、葵は帰り支度を始めた。
帰ると言っても、明日は検査があるので、バベルで割り当てられた個室に泊まることになる。
つくづく、普通の少女とはかけ離れた生活である。
かつては検査の前日に、皆本の部屋に3人で押し掛けるのが常だったが、
紫穂は自宅待機だし、それがなくても今回はさすがに自粛せざるを得ない。

葵は玄関を出る前に、思い出したように言った。

「そうや、紫穂。
 あんたに、もうひとつ忠告があったんや。」

「何かしら?」

「これからは野菜も残さず食べた方がええ。好き嫌いは美容の敵やで。」

少し前の会話とのギャップの大きさが、葵らしかった。


葵を見送った後、紫穂は改めて、葵の存在のありがたさを感じた。
彼女が、自分と薫の間にできてしまった溝を埋めてくれると信じていた。
ほんの一瞬で、カップに紅茶を満たしたように…。

だが、ティーカップのさざ波のような、この小さな諍いが収まる前に、
大きな津波がやってくることを、彼女はまだ知らなかった。


(続く)

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