ザ・グレート・展開予測ショー

天使が私に語ること(1/6)


投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/11/15)


「これはどういうことかネ、皆本クン!?」

ここはバベル本部の局長室。
詰問しているのは桐壺局長、されているのは皆本である。

「また薫クンが暴走したそうじゃないか。今月に入ってもう3回目だヨ。」

「はぁ…、薫にはちゃんと言い聞かせているつもりなんですが…」

だが報告書の記述は、皆本の指導がまったく成果を上げていないことを示していた。

今日のミッションでも、薫は例によって市街地の破壊活動と、
犯人への「必要以上の力の行使」を行い、関係者から抗議を受けていた。
そして、薫が暴走するたびにバベルの上層部は、被害者や関係省庁への陳謝のために
奔走する羽目になるのだ。
矢面に立つのは専ら桐壺なのだが、皆本も直接の担当者として、一緒に頭を下げなければならない。

「君が着任してから、こういうことは少なくなったと思っていたのだが…
 何か心当たりはないのかネ?」

心当たりはあった。

伊号中尉から例の“予知”を知らされてから、皆本は薫の行動により注意を払っていた。
特に「反エスパー感情」を煽りかねない行動に関しては、厳しく叱ることも多かったのだ。
だが、その理由が“予知”であることを桐壺に説明することはできなかった。
だから皆本は、曖昧にこう答えるしかなかった。

「最近、ちょっと薫に厳しすぎたかもしれません。」

桐壺はひとつため息をついてから、皆本をたしなめた。

「皆本クン、前にも言ったと思うが、子供を叱るときは、細心の注意が必要なのだ。
 我々大人にとっては、ほんの些細な注意のつもりでも、子供の方にとっては
 ひどく叱られたように感じるものなのだヨ。」

「それは分かります。」

確かに、子供は叱られることに耐性がない。
だから皆本も、頭ごなしに薫を叱ることは慎重に避けていた。
それに褒めるべきところは、ちゃんと褒めている。
それでも、まだ配慮が足りなかったらしい。

 … 僕は“予知”を避けようとして、焦っているのかもしれない …

皆本自身も、この仕事に就くまでは、他人から叱責を受ける経験はほとんどなかった。
少年時代は一応優等生で通っていたし(実際には授業もロクに聞いていなかった)、
大学時代は、他人に迷惑さえ掛けなければ、好き勝手なことしても、誰も文句を言わなかった。

それが、今では仕事でヘマをするたびに、上司や関係者から叱られる生活だ。
当初は、慣れない仕事へのとまどいとも相俟って、文字通り胃が痛くなる思いをしたのだが、
人間の順応性とは恐ろしいもので、今では多少のことには動じなくなっていた。

頭を下げて済むのなら、いくらでも下げてやる――
そう言えるくらいには、彼もしたたかになっていたのだ。

尤も、局長のように「表向きは頭を下げながら、心のなかで舌を出す」という
厚顔さを身に付けたら、それはそれで問題だが…。

「それが原因なら、あのコたちへの指導方法を、考え直すべきだナ。
 他に何か心当たりはないかね?」

「他には特に…」

「柏木クンはどう思うかネ?」

桐壺は秘書官である柏木朧に水を向けた。
ああ言ったものの、桐壺も皆本の指導方法に問題があるとは、あまり思えなかったのだ。

「もしかしたら、年齢的なものかもしれません。」

「反抗期のことかネ? まだ早いのでは?」

「それは個人差もありますし、あの子たちは一般の子供とは違いますわ。
 心理調査部に調査を依頼しますか?」

「ううむ…」

桐壺はそれには賛成できなかった。
心理調査部は、調査はできても、問題解決はできそうにない。
何より、チルドレンの指導を皆本に一任している以上、
バベルが彼の適性を疑っていると思われるようなことはしたくなかった。

「もし今後も改善が見られないようなら、それも検討しよう。
 皆本クンは、薫クンや他のコたちともよく話し合ってくれたまえ。」

桐壺はこの結論の後に、更に付け加えた。

「あのコたちは通常の子供ではあり得ないような重い責任を負わされているんダ。
 君のちょっとした言葉、ちょっとした仕草にも、あのコたちは敏感に反応する。
 それをよく肝に銘じておくんだナ。」




この後、今回の“お詫び行脚”についての打ち合わせを済ませ、皆本は退室した。

「皆本さん、少しお話して良いですか?」

こう言って、彼を呼び止めたのは朧だった。

「あの子たちのことなんですが…
 局長に話すと、余計な騒ぎになりかねないので、黙っていたことがあるんです。」

「何か知っているんですか!?」

「最近、薫ちゃんと紫穂ちゃんの仲がぎくしゃくしているようなんです。
 それがたぶん、薫ちゃんが荒れている一因かと…」

これは皆本には衝撃的な情報だった。
毎日のように彼女たちと顔を合わせているというのに、まったくそれに気付かなかったからだ。



「いったいどういうつもりなの、薫ちゃん!」

そのころ別室でも、同じようなやりとりが行われていた。
詰問しているのは紫穂、されているのは薫である。

「どういうつもりも何も、犯人はちゃんと捕まえたじゃないか。」

薫は何とかごまかそうとした。
だが、紫穂は本気で怒っており、話を逸らすことは不可能だった。

「確かに捕まえたわね。
 でも、そのために高架を破壊したり、犯人に複雑骨折を負わせたりする必要はなかったはずよ。」

正にその通りだった。
これは犯人を逮捕するためではなく、犯人の暴言に薫がキレた結果に他ならない。

「私たちは“国家公務員に準ずる身分”なのよ。この意味は分かるわよね?」

「“法律は守れ”だろ。皆本から耳にタコができるくらい聞かされてるよ。」

「だったら守ったらどう?
 あのくらいの挑発を受け流せないようじゃ、この仕事は続けられないわよ。」

「ああもう分かったよ! 次から気をつけるからさ。」

「その言葉も耳にタコができるくらい聞かされたわ。」

話を切り上げることを、紫穂は許さなかった。
薫は反感を覚えた。

「何で皆本じゃなく、紫穂にそんなこと言われなきゃいけないんだよ。」

それが、薫の反感の正体だった。
むかしなら、間接的であったが、紫穂も一緒になって悪さに荷担していた。
それが今では、まるで皆本の代弁者のように振舞っている。

「あなたの恥は、私たちみんなの恥なの。
 それに、あなたが暴れるたびに皆本さんに迷惑が掛かるのよ。
 一度、皆本さんの代わりに自分で謝罪に回ってみれば?」

「まるで、皆本のことは何でも知っているという口ぶりだな。」

「あなたが知らな過ぎるのよ。
 薫ちゃんは、私の5倍は皆本さんと一緒にいるじゃない。」

「そのほとんどがお説教の時間だよ。」

「だったら少しは皆本さんの言うことを聞いたら?
 そのせいで私と皆本さんの貴重な時間も、薫ちゃんの話題で潰されてしまうの。
 こっちも迷惑してるのよ。」

チルドレンは基本的に3人一緒に行動する。
だが、スケジュールの関係で単独の訓練や検査を行うこともある。
これが彼女たちにとって皆本を「独占」できる貴重な時間になるのだ。

薫が皆本を「独占」する時間が多いのは、念動能力の発達が著しく、
測定等のために呼び出されることが多いせいである。
“ほとんどがお説教の時間”というのは、薫の主観に過ぎない。

同様に、薫の話題で紫穂と皆本の時間が潰れるというのも、誇張された表現である。

葵は一切口を挟まず、興味津々といった表情で、成り行きを見守っていた。

このところ似たようなやりとりは何回かあったのだが、今回の衝突は特に激しい。
いつもなら途中で間を取り持ち、場を収めるのだが、こうなってしまっては、
両者に言いたいことを全部言わせ、後でフォローをした方が良いとの判断だった。

半分は、この喧嘩を面白がっているからでもあったが…。

葵の悪趣味な期待に反して、この口喧嘩は唐突に終わりを迎えた。

「あたしの居ないところで、勝手にあたしの話をするなよ!
 いくら紫穂が皆本のお気に入りだからって、やり過ぎだぞ!」

薫のこの一言が決定打だった。

「私が皆本さんのお気に入り…?
 …あきれた、話にならない!」

こう言って紫穂は席を立ってしまった。
更に、部屋を出て行く前に、こう吐き捨てたのである。

「薫ちゃん、いくら皆本さんだって、いつまでも甘い顔ばかりできないわよ。
 こんなこと続けていたら、いつか見限られるわ。」



思わぬ紫穂の反応に、薫と葵の2人はしばらく言葉を失っていた。
先に回復したのは葵の方だ。

「あっちゃ〜、マジギレしとったな、紫穂のやつ。」

薫の暴言はともかく、紫穂まで捨てゼリフを残していったのは、葵の予想外だった。

「ほっときゃいいだろ。」

薫の方はまだ頭に血が上ったままだった。

「しかし意外やったな。
 薫とキレた紫穂って、案外面白いコンビになりそうや。」

「何のコンビだよ。」

「漫才コンビに決まっとるやん。」

「こ、こいつは……」

葵がこの状況を面白がっているのを知って、薫は完全に毒気を抜かれてしまった。

「ま、紫穂の言うことも、もっともやな。
 ええ加減、自粛せんと皆本はんもフォローしきれんやろ。」

「お前まで紫穂の味方かよ…」

「別にそういうつもりやないけど、あんたも少し冷静になった方がええで。」

薫には、葵がなぜこんなに落ち着いているのか理解できなかった。

「皆本って、あたしたちには相談しなくても、紫穂には相談するんだな…」

「そらそやろ。紫穂は、ウチらと皆本はんの両方の心が読めるんやから。」

「葵は全然気にならないのかよ。
 お前だって、陰で何か言われてるかもしれないぜ。」

「全然。ウチはあんたと違ごて、後ろ暗いことないからな。」

「 … 」

葵と会話を進めるうち、熱くなった感情が少し冷め、薫は自分が取り返しのつかない
発言をしてしまったことに気付いた。

紫穂と皆本の関係を邪推した発言もまずかったが、葵に言ったことは更に悪かった。
あれでは、紫穂の読心能力が疎ましいと言っているようなものだ。

それは、自分たちを排斥してきた人々と同じ思考に他ならない。
もし葵にそのことを追求されたら、弁解のしようがない。

いまさらその話を蒸し返すわけにもいかず、彼女は無理に話題を変えるしかなかった。

「皆本は、どう思っているのかな… あたしのやったこと…」

「さあな。
 でも、説教されているうちは大丈夫ちゃうか。
 むしろ、何も言われんようになったらお終いやで。」

「叱られているうちが華 … か。」

これは大人が子供を諭すときに、よく使う論法だ。
葵や紫穂はこういうことを、サラリと言う。

薫は自分と二人の差を見せつけられた思いだった。

皆本が着任して以来、葵と紫穂は精神的に急成長している。
一方、自分は幼稚な子供のままだ。
それを自覚していながら、行動を改められないくらいに…。

薫のこの感情を一言で表すなら「劣等感」だった。


一方、葵は薫の発言を問題視しなかった。

薫の態度は実に分かりやすい。
身も蓋もない言い方をすれば、単なるヤキモチだ。

むしろ紫穂の態度に引っ掛かるものを感じていた。
彼女が自分から何か主張をするときは、決まって隠していることがある。

それが何か、後で突き止めてやろう… それが、葵が心の中で下した決定だった。


(続く)

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