ザ・グレート・展開予測ショー

insomnia


投稿者名:龍鬼
投稿日時:(04/11/13)


―――イヤな夢を、観た。

昔の夢。
大事な人達が離れていく夢。
一人ぼっちの夢。

只、何よりも―――

泣く事しか出来なかった、自分が腹立たしくて。




 『insomnia』




目が覚めると、そこにはいつもの部屋。
お気に入りの枕も、真白な天井も。
只、いつもよりことさら気分が悪かっただけ。





ああ、胸クソ悪い。
なんで、今更こんな夢を。
なんで、よりによってあの時の夢を―――

「――美神さん……?」
「……え、あぁ、何?おキヌちゃん……」

起きてから、ずっと続く思考のループ。
所長室の机に、それらを深く埋めるように。

「さっきの依頼のコトですけど………疲れてるんですか?断っておいた方が……」
「……余計な心配しなくて良いの。億超えてるんでしょ?
 受けるわ。向こうにもそう伝えといて」
「……無理はしないで下さいね?」
長い、付き合いになる。
止めた所で無駄であることを、おキヌは充分理解していた。

「……誰に言ってんのよ。仕事、行ってくるわ」

バタン。

閉められた扉の音が、他者を拒絶するようだった。

「……いつもなら、絶対あんな言い方しないのに……」




―――その寂しそうな背中を、只見つめる事しか出来ず。












―――また、あの夢。

ああ、腹が立つ!
あの時の私とは、違うのに。
もう、私は大人なのに。

夜毎、悪夢が追いかけて来る。
どこまでも、どこまでも。

ガチャッ!!
所長室のドアが乱暴に開いた。
「……「美神どの〜、タマモが拙者の寝床を〜〜!」
「アンタが寝相悪いからでしょっ!?」

「………さい」
「「えっ!?」」

「五月蝿いって言ってんのよっ!!さっさと出てけっ!!」
「…は、はいでござる……」
「え、えぇ……」

部屋を出ると、すぐさま小声で内緒話が始まった。
「……タマモ!お前、なんかやったでござるかっ!?」
「してないわよ!アンタじゃないのっ!?」
だが、お互いに心当たりは無い。
二人の声が、沈む。

「……あんな美神さん見たの、初めてね……」
「そうでござるな……『あの時』だって、あんな顔……」

―――触れてあげたいのに、それが出来ないのがもどかしくて。


















―――また、夢を見た。



―――ママがいた。パパがいた。お兄ちゃんがいた。
   すごく幸せな、自分がいた。
   なのに。なのにどうして?どうしてみんな、離れていっちゃうの?
   独りはイヤ。でも、それが寂しくて泣く自分は、もっとイヤ。
   強く、もっと強くならなきゃ。もう、独りでも大丈夫なくらいに―――


目を開くと、頬に涙の川が在った。時刻は、まだ深夜。
そこは、四方を冷たい壁に囲まれた部屋。
記憶も、気持ちも、全てを凍らせてしまう程に。
逃げ出すようによろよろと、ベッドから起き上がる。

事務所の中には、シロも、タマモも、おキヌちゃんも。
みんながいる。すやすやと、夢の中に居る。


―――でも、今はその温もりが怖くて。


身に着けた寝巻きを着替えもせずに、ふらふら、ふらふらと。

『……美神オーナー?』

「……散歩よ。さっさと、開けて」

『しかし…「良いから。お願い」

『……了解しました。お気をつけて』

―――返事は無く、其処にはぺたぺたと頼りない足音。






何処に、向かってるんだろう。
多分、それは何処でも良くて。
只、眠るのが怖くて。

一歩ごとに、気持ちの襞を剥がれて。
一歩ごとに、心の柔らかな部分を抉られる。

狂気と正気の狭間で、只素足に伝わる痛みだけが。
こんな自分の、余白を彩ってくれる気がして。

―――黒く、どこまでも黒く。






きっと、分かってるんだ。
それを認めたくないだけ。
どれだけ黒く塗り潰しても、それは只の、闇―――


雲間から覗く月の光が、生温く首筋を撫でた。




『お帰りなさいませ。……失礼かとは思いますが、大丈夫でしょうか?』

「………どうかしらね」

結局、戻ってくるしかなかった。
『あの時』とは、違うこの場所へ。


そこにはまた、自分を追い詰めるだけの冷たい壁。
そこにはまた、自分を嘲笑って待ち受ける夢。



―――んじゃ、行ってきます。
   

あの言葉が、私を縛る。
この場所に、あの時に。

アイツを笑って見送った私は、私だったろうか。



ずっと、このままだと思ってた。
ずっと、このままでいられると思ってた。

アイツが、ああ言うまでは。






一度、ここから離れようと思ってます―――





当然、納得出来なかった。
問い詰めて、問い詰めて。
ようやく訊きだした答えも、私を不機嫌にしただけ。


このままじゃ、皆ダメになると思うんです。
せめて、もう少し勉強して、強くなって。
色んなコトに、答えを出せるくらいに―――


そんな理屈は、いらなかった。
それが正しいと、分かっていても。

シロは泣いたし、おキヌちゃんは落ち込んだ。
タマモもなんだか、寂しそうで。
でも結局は、皆納得しちゃって。

私は絶対に、許さないつもりだった。
あんな顔、見せられるまでは―――



いつまでも、ココに、皆に甘えてちゃいけないんです―――


微笑む顔が、悲しそうだったのは気の所為?
それは、私への皮肉?


安らぎと休息を与えてくれる筈のベッド。
今は、棘すら生えている。

いや、違う。その棘は、自分自身の―――





―――今夜も、目覚めた時に太陽は無かった。
   病的なまでに綺麗な月が、勝ち誇るように支配する真夜中。


気が、狂う。寧ろ、既に狂っているのかもしれない。
怖かった。

夜が、怖かった。

どうにかして、逃れたくて。
気付けば、枕元の電話に手が伸びていた。


ずっと、押せなかった番号。
何度も押そうとした。指が、覚えていた。耳障りな声で啼くそれを、そっと耳に当てる。
思考は、疾うに止まっている。
そうでなければ、今度もまた駄目だったろうから。





―――「ふぁい、もしもし?」





身体の、心の全てが、その声を待っていた。
他の誰のものよりも、耳に馴染むその声。

「もしもし?ったく、誰だよ?こんな時間に……」

何か、何か言わなきゃ。

「……………!」

開いた口からは、微かな音も出なくて。

「もしもしー?イタズラかー?」

駄目。
切らないで。
まだ、私と繋がっていて―――
















「……美神さん、ですか?」

自分の名を呼ぶ、その声。
当たり前だった、その言葉。

「どうしたんスか?」

声は、まだ戻ってこない。
暫しの、沈黙。





「……今すぐそっち行きますから、待っててください。絶対ですよ」

乱暴に切られた電話は、まだ仄かに温かかった。









事務所の中。
扉を開く音と共に、静かな夜の闇が浸み込んだ。
『………お早い、お着きで。お久しぶりですね』
「文珠でちょっと、な。あぁ……久しぶりだよ、全てが」
『寝室にいらっしゃいます。どうか……お願いします』
「了解。お前も、元気そうで良かった」

自分に、元気そうもなにもないだろうに。

そう言って歩き出す後姿を眺めて、人工幽霊一号は考える。
自分も、同じかもしれない。
この青年を、待っていた。








閉じられた部屋のドアノブが、静かに回る。
それを回す人物の、呆れる程の優しさを伝えて。

「……今晩は。いや、ただいまの方が良かったですかね?」

あの頃より、少し大人びた声色。
その主が、自分に向かって歩を進める。

ずっと、飢えていた。
当たり前の日常に、飢えていた。

冷たい咽喉が、音を紡ぐ。

「………来ないで」

―――コツ。

気持ちと言葉の擦れ違い。
その言葉に、彼の歩みが止まる。

「どうせ皆、離れていくなら……ずっと一人ぼっちが良いの。
 私は一人で生きていくの。だから、来ないでッ!!」

それは、咄嗟に出た言葉。
半分は本音。もう半分は虚ろ。
でもきっと私は、彼の顔を悲しみで塗り潰したかった。
今はもういない、『あの娘』みたいに。


だけど、彼は。

「『らしく』ないっスよねぇ、美神さん」

苦笑しながら、また彼は歩み始める。
近くて遠い、この隙間を埋める為に。

「……人って、ずっと一緒にはいられませんよね。それは互いの夢の為だったり、 他にも大事な人が出来たり、どっちかが――――死んだり」

揺ぎ無い、静かな微笑み。
伝わる罪悪感が、自らの肌を焼く。

「……それでもね。どれだけ離れようと、その人が大事な人であることに、 
 何の変わりも無いんですよ」

分かってる。分かってるわよ、そんなコト。
それでも心を締め付けるのは、喪失の恐怖―――




「だから……大丈夫ですよ。多分」




こんな時くらい、「絶対」って言ってくれれば良いのに。
こんな時くらい、二枚目を演じて欲しいのに。

でも、多分。
それは今の私が、一番欲しかった言葉。












気付いた時には、私は彼に包まれていて。
彼の体温が、私の冷たい鎧を砕いて。

「………その時まで、『お帰り』は言わないわよ」

「じゃ、やっぱり『今晩は』で良かったんですねぇ」



「………背、伸びた?」

「さぁ………どうでしょうね」




窓の隙間から忍び込んだ風が、二人の影を柔らかく揺らした。




―――翌朝。
   目覚めたその部屋に、もう彼はいなかったけれど。
   いつからだったろうか。
   こんなに眩しい太陽を、見落としていたのは。
   こんなに温かい、陽だまりに気付かなかったのは。
   もう、大丈夫。
   多分、大丈夫。

   今も私は、朝を待ってる。

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