ザ・グレート・展開予測ショー

『妹』 〜ほたる〜 (10)


投稿者名:湖畔のスナフキン
投稿日時:(04/11/13)

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 『妹』 〜ほたる〜   第十話 −シロの帰還−           

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 横島が蛍と出会っていた頃、シロは人狼の村に帰省していた。
 亡くなった父親の法事などもあり、シロは村に一週間ほど滞在していた。

「長老殿!」
「なんじゃ、シロか。もう東京に戻るのか?」

 シロは大きめのリュックサックを背負って、長老の家に来ていた。

「はい。父上のお墓参りも済ませましたし、あとは一刻も早く東京に戻って、
 修業を再会するでござる!」
「本当は、横島殿に会いたいだけではないのか?」

 その言葉を聞いたシロの頬が、急に赤く染まった。

「せ、先生にもお会いしたいのでござるが、それはその、拙者が修業中でござるからして……」
「ふふっ、もうよい。くれぐれも、美神殿と横島殿によろしくな」
「はい!」

 シロは長老に一礼すると、村を外界から隠している結界の出入り口に向かって、まっしぐらに駆け出していった。




「うっ、うううぅぅぅーーっ! ほ、蛍〜〜〜〜!」
「ほら、お父さん。もう泣かないで」

 成田空港の出発ロビーで、蛍が大樹の目をハンカチで拭いていた。

 大樹の海外勤務はまだ終わっていない。今回の帰国は一時的なものであった。
 本社の用事と蛍の転入手続きも済んだため、赴任先のナルニアに戻る日が来たのである。

「蛍。これクロサキさんの緊急連絡先。何かあったら、すぐに連絡するのよ」
「……息子を信用してねーな、うちのお袋は」

 横島が、少し渋い顔つきとなる。

「大丈夫よ、お母さん。お兄ちゃんがいるから」
「そう? それじゃあ、忠夫。あとはよろしくね」
「了解。蛍のことは、俺に任せとけって」

 横島は百合子に向かって、グッと親指を立てた。

「蛍〜〜っ! お父さんはなあ、お父さんはなあ……」
「ほら父さん、もう行くわよ。出国手続きが間に合わなくなるわ」

 大樹は娘の前で滝のように涙を流していたが、百合子に袖を引っ張られて、ようやく立ち上がった。

「忠夫!」
「なんだ、親父?」
「蛍に髪の毛一筋でも、傷をつけさせるなよ!」
「わかったから、早く逝けって。仕送りケチるんじゃねーぞ」

 父と子の視線が、空中で激しくぶつかりあう。
 しかし数秒後、大樹は視線を外すと、フッと小さく笑った。

「少しはできるようになったな、忠夫」
「ぬかせ、この規格外中年が」
「蛍のことを頼んだぞ」

 大樹は息子の肩をポンと叩くと、百合子と一緒に出国ゲートへと向かった。




 横島と蛍は空港の屋上から、大樹と百合子の乗った飛行機が飛び立つのを見送った。

「お父さんとお母さん、行っちゃったね」
「ああ」
「今日から二人で生活だね、お兄ちゃん」

 蛍の言葉に、横島はドキッとした。
 今までは両親の目があり、煩悩や欲望を無意識のうちに抑えていたが、その両親はもはや日本にはいない。

(そ、そう言えば、これからずっと二人きりじゃないか!)

 横島は、蛍にチラリと視線を向けた。
 気のせいかもしれないが、普段より三割ほど可愛く見える。

(やっぱり、蛍は可愛いよな。
 何と言ってもルシオラ似だし……というか、本当にルシオラなんだけど)

 今まで妹と割り切って見ていた反動か、急に蛍のことを強く意識してしまった。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 やや挙動不審な横島を、蛍が不思議そうな目で見つめる。

「あ、いや、何でもないよ。ハハハ……」

 乾いた笑い声を上げつつも、横島は内心、焦りを感じていた。




 その日の夕食は、カレイの煮付けときんぴらごぼうだった。
 もちろん作ったのは、蛍である。

「お兄ちゃん、味はどう?」
「うん、おいしいよ」

 蛍の料理の味付けは、母親の百合子の味と非常によく似ていた。
 横島には、なじみ深い味である。

「ごちそうさま」

 横島は食事を終えると、すぐさま自分の部屋に引き上げた。
 今の部屋に引っ越してから、寝る間際までリビングでテレビを見たり、家族で雑談したりしていたが、今日はそういう気分になれなかった。

 横島は部屋に入ると、布団を敷いて、その上に横たわった。
 布団の上で目をつぶると、すぐさま蛍の顔が浮かんでくる。
 しかし、次の瞬間、その顔がルシオラの顔へと変化した。

(ルシオラ!!)

 横島は思わず、ガバッと跳ね起きてしまった。

「はあ〜〜っ。まだ初日だってのに、もうこれかよ」

 夢の中でルシオラから、『蛍を露骨に口説かないで欲しい』と頼まれたことは、よく覚えている。
 また蛍の方も、横島を純粋に兄として慕っているので、大丈夫だろうと思っていた。
 ところが両親がいなくなった途端、蛍のことを意識してしいる自分がいることに気づいてしまった。

「とりあえず、気をつけないとな」

 下手をすれば、ルシオラに再会できるチャンスを、自ら潰してしまうことにも成りかねない。
 また蛍の純粋な気持ちを、自らの手で汚したくはなかった。

「しかし……本当に大丈夫かな?」

 自分の理性があまり頼りにならないことは、今までの経験上よくわかっている。
 不安な気持ちを抱えたまま、横島は大きなため息をついた。




「やっと、着いたでござる〜〜〜〜!」

 前日の午後に人狼の村を出発したシロは、夜通し駆け続け、翌朝には東京に到着した。
 自己記録更新である。

「ただいまでござるーーっ!」
「シロ殿、お帰りなさい。しかし、まだ誰も起きていませんが?」

 時刻は朝の六時であった。毎朝、朝食を作るおキヌでさえ、まだ目を覚ましていない。
 入り口の鍵は、人口幽霊壱号が開けてくれたが。

「問題ないでござるよ!」

 シロは荷物を置くと、シャワーを浴びて汗を洗い流した。
 そして事務所を飛び出すと、横島のアパートに向かって駆け出した。
 シロにとって、事務所から横島のアパートまでの道のりは、汗をかくほどの距離ではなかった。

「せんせ〜〜っ! 今からシロが行くでござるーー!」




 ピピピピ……

 シロが事務所に到着した頃、蛍は目覚まし時計の音で目を覚ました。

「朝……」

 蛍は起き上がると、寝巻き姿のまま玄関へと向かった。
 玄関の鍵を開けると、玄関脇の郵便ポストに入っていた新聞を取り、台所のテーブルの上に置く。

 次に冷蔵庫からハムとチーズとバターを取り出した。
 そしてハムとチーズとバターをテーブルの上に並べると、卵をフライパンの上で割り、スクランブルエッグを作り始める。

「できたわ」

 10分もしないうちに、朝食の準備が整った。
 あとはトースターでパンを焼くだけである。
 蛍は横島を起こすため、横島の部屋に向かった。

 トントン

「お兄ちゃん、起きてる?」

 蛍は横島の部屋のドアをノックした。
 しかし、返事がない。

 ガチャ

 蛍はドアを開けると、部屋の中に入った。

 ZZZ……

 横島は、大口を開けて眠っていた。
 寝相が悪いのか、掛け布団が半分めくれている。

「お兄ちゃん、起きて」

 蛍は横島を軽く揺さぶったが、目覚める気配はまったく見えない。

「お兄ちゃん」
「んが……」

 もう一度揺さぶってみたが、やっぱりダメだった。

 蛍は、横島の枕もとの時計に目を向ける。
 時刻は六時二十分だった。
 横島が起きる時間は、だいたい七時半ごろ。
 余裕をもって朝食を食べてもらいたかったので、早めに起きて仕度をしたのだが、やはり少々早すぎたようだ。

「仕方ないわね」

 そう言って、横島に掛け布団を掛け直そうとした時に、蛍は気がついた。
 横島の横には、ちょうど一人が入れるくらいのスペースが空いている。
 蛍の胸の内に、少しだけ甘えてみたい想いが湧いてきた。

(あと一時間は大丈夫よね)

 蛍は素早く時間を計算すると、目覚まし時計の針をセットし直して、横島の布団に潜り込んだ。

(お兄ちゃん……)

 布団の中は、兄の匂いで満ちていた。
 蛍は横島に寄り添って横になると、安心して目をつぶった。




 横島のアパートに到着したシロは、元の横島の部屋の前に来ると、勢いよくドアを開けた。

「せんせーっ! 朝のサンポに出かけるでござるよ!」

 ところが、部屋の中は完全な空き室となっていた。
 当然ではあるが、部屋の中には誰の姿も見えない。

「先生?」

 部屋の中を嗅ぐと、わずかではあるが横島の臭いが感じられた。
 おそらく、数日前まではこの部屋に居たと思われる。

「いったいどこに、行かれたのでござるか?」

 部屋の外へ出て臭いを嗅ぐと、すぐに分かった。
 階下の方から、横島の臭いが感じられる。
 シロは一階に下りると、横島の臭いのする部屋のドアを開けた。

 ガチャ

 玄関に入ると、人間の鼻でも分かるほどの横島の臭いが感じられた。
 しかし次の瞬間、シロは新たな脅威を察知する。

(知らない女の臭いがするでござる!)

 シロは瞬時に、横島の飼い犬モードから戦闘モードへと変化した。
 音をたてないよう注意深く歩きながら、アパートの中を探索する。

(ここでござるな)

 シロは、横島のものと思われる部屋の前に立った。
 そしてドアの前で、大きく深呼吸する。

(先生……拙者は、先生を信じているでござるよ!)

 バタン!

 シロはドアを開けて、部屋の中に踏み込んだ。
 しかし部屋の中に入った瞬間、シロは期待を大きく裏切られたことを知った。

「せ、せんせーーーっ!」
「ん? なんだ、シロか。もう帰ってきたのか」

 シロの大声で目を覚ました横島は、部屋の入り口に立っているシロに視線を向けた。

「せ、先生! その一緒に寝ている女子(おなご)は、いったい誰でござるか!?」
「一緒に寝てるって、いったい何の……」

 いったい何のことだと横島はシロの言葉に反問しかけたが、自分の隣に人の気配があるのを感じた途端、そこで言葉が止まった。
 ギギギ……と音をたてるようにして小刻みに首を回して、誰がいるのかを確認すると、顔面が蒼白になる。

「あ、いや、その、これは違うんだ、シロ!」
「先生の、バカーーーッ!」

 シロは泣きながら、その場から走り去っていった。

「ま、待て、シロ。誤解するんじゃない!」

 横島は慌てて後を追いかけたが、全速力で走る人狼の足には、とても追いつけなかった。

「やん……お兄ちゃんったら……」

 そのころ蛍は、横島にだっこされながら、頭を撫でてもらう夢を見ており、ひとり至福の気分の中にいた。




 その日の午後、バイトに出かけた横島を、怒気を発した赤毛の鬼と巫女服を着た夜叉が迎えた。
 夜叉の絶対零度の視線で氷漬けとなった横島が、赤毛の鬼によってその場で殲滅されたことを付け加えておこう。


(続く)

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