ザ・グレート・展開予測ショー

君ともう一度出会えたら(エンディング3)


投稿者名:湖畔のスナフキン
投稿日時:(04/11/ 2)

『君ともう一度出会えたら』 −エンディング3−



》》Reiko


 横島クンが私のもとを去ってから、半年が過ぎた。
 ふと気がつくと、無意識のうちに彼の姿を探している自分に気がついた。
 この五年間、ずっと一緒に仕事をしてきたから、それだけ彼の存在が自分の中で大きくなっていたのだと思う。

 横島クンが言っていたとおり、彼が去ったあと、彼のことは関係していた人の記憶からきれいに消えていた。
 おキヌちゃんも、シロもタマモも、彼のことを覚えていなかった。

 そして数ヶ月が過ぎた頃、事務所に変化が起きた。
 まず、シロが自分の村に帰っていった。
 タマモも、シロが村に帰ってからしばらくした後、突然事務所から姿を消した。
 その後の行方は、未だに分かっていない。

 おキヌちゃんも、先月、実家の氷室神社に戻った。
 お父さんの体の具合が、思わしくないとのこと。
 神社の跡取りにと両親から望まれていた彼女は、東京での生活にピリオドを打った。

 考えてみれば、おキヌちゃんもシロも帰る場所があるのに、今までこの事務所に留まっていたのは、横島クンがいたからかもしれない。
 彼がいなくなったから、この事務所に居続ける必然性がなくなったのだろう。
 彼の存在を大きく感じていたのは自分だけではなかったと、今になって気づかされた。
 タマモも、この事務所が自分の居場所でなくなったことを、感じていたのかもしれない。

 人手がなくては事務所の仕事を続けられない。私は新規に二名の女性GSアシスタントを雇った。
 GS免許はもっているが、能力的には可でも不可でもないといったレベルだ。
 今まで自分の事務所に、どれだけの逸材が集まっていたのか、あらためて実感した。




 そんなある日のことであった。
 現場は都内だったが、雨が降っていたのでタクシーで出かけた。
 仕事を終えたあと、夜も遅くなっていたので、事務所に戻る途中、近くのレストランで食事をとった。

 そして、傘をさして事務所に戻る途中のことだった。
 深々と降る雨の中、私は事務所の前で傘をさして立っている男性の姿に気がついた。

「誰なの──」

 私は、その男性に声をかけた。
 背後から声をかけたので顔は見えなかったが、私はその人の後姿に見覚えがあるような気がした。

「お久しぶりです、美神さん」

 その男性が私の方を振り向き、そして私の顔を見つめた。

「あなた──横島クン!?」

 私はその場で、立ち止まってしまう。
 私の目の前には、いなくなったはずの横島クンの姿があった。




「何か飲む? あいにく、洋酒しかないけど」
「水割りでお願いします。量は少なめで」

 私はグラスに氷を入れると、ウィスキーを半分ほど注いで彼に渡した。

「いろいろと聞きたいことはあるけど、まずは乾杯しましょう」

 私は自分のグラスを横島クンのグラスに軽く触れさせると、グラスの中身を一気に喉に流し込んだ。

「半年ぶりかしら」
「そうですね」
「よく戻ってこれたわね。正直、もう二度と会えないかと思ってた」

 ソファに座った横島クンは、過去に遡る前の姿とはずいぶん違っていた。
 Gジャンにバンダナと高校生の頃の格好をしていた。顔つきもずいぶん若くなっている。
 私は、もうすぐ27歳になろうとしている。若返った横島クンが、ちょっぴりうらやましくなった。

「俺も過去に遡った時は、ここには戻ってこれないと思ってました。
 それができるようになったのには理由があるんですが、それについては後で話します」
「それで、結果はどうなったの?」

 もっとも、結果は聞かなくても想像できた。
 今の横島クンには、以前にもっていた、張り詰めた雰囲気がなくなっている。
 むしろ、一仕事成し終えた充実感すら感じられた。

「アシュタロスには勝ちました。ルシオラも、死なずに済んでます」
「そうなんだ。じゃあ今は、ルシオラとよろしくやっているわけね?」

 横島クンとルシオラが仲良く暮らしている姿が、私の脳裏に浮かぶ。
 ちょっとだけ、ルシオラに嫉妬心を感じた。

「それがですね……今、俺は美神さんと暮らしているんです」
「えっ!?」

 横島クンの返答は、私を心底から驚かせた。

「い、今、何て言ったの?」
「俺、美神さんと一緒になったんです」

 私は予期せぬその返答に、呆然としてしまった。




 それから一時間近く、私は横島クンの話を聞いていた。
 横島クンの話は、驚きの連続だった。
 大筋では前回と同じ流れだったが、細部では違うことも多かった。
 特にもう一人の私の行動については……

「ほ、ホントにそんなことを言ったの、私が?」
「本当なんですよ、美神さん」

 私は何とも言えない、こそばゆい思いを感じていた。
 どうしてもう一人の私は、そんなに素直になれたんだろう?

「実はですね……あ、でも、これ言っていいのかな?」
「隠さずに言って」
「美神さんが、俺をドライブに誘ったときに言ったんですよ。私は強い人が好きなんだって」

 その言葉を聞いて、私はようやく疑問が解けた。
 私が変わったわけじゃない。変わったのは、横島クンなんだってことを。

 今の私も、横島クンのことを好きだとはっきり自覚したのは、彼が妙神山で修業して強くなってからだった。
 もう一人の私が、今の横島クンの実力に気づいたなら、彼に心引かれて当然なのかもしれない。

「そ、そうね。そうなのかもしれない」

 どちらにしても、私が自分の気持ちに気づいた時には、彼の心は既に定まっていた。
 だから私は、別れの時まで彼に自分の想いを告げることができなかったのだ。

 そう思ったとき、わたしは一つの疑問に気づいた。
 あんなにもルシオラを求めていた横島クンが、どうして彼女と一緒にならなかったんだろう?

「でも、なぜルシオラじゃなくて私なの?」

 横島クンは、もう一人の私と一緒になったと言った。
 私を選んでくれたことは嬉しかったが、理由がよくわからない。

「実は……」

 横島クンが、究極の選択を迫られたときのことを話し始めた。

「つまり、私に借りがあったから、断り切れなかったということかしら?」

 私は、ちょっとがっかりしていた。
 心のどこかで、ルシオラよりも私を選んで欲しかったという願望を、もっていたのかもしれない。

「いえ、決して貸し借りだけじゃないんです。
 たしかに美神さんには、言葉にできないほど世話になりました。でも……」
「でも?」
「俺、昔から美神さんのことが好きでしたから……」

 その言葉を聞いた私は、一瞬、その場で固まってしまった。
 たぶん私の頬は、真っ赤に染まっているに違いない。

「あ……あの、ありがとう……」

 私はまるで小娘のように、もじもじとしてしまった。




 その日の晩、横島クンに泊まってもらった。
 さすがに、まだ同じベッドで寝る勇気はなかったので、事務所のソファで寝てもらったが。

「横島クン、おはよう」

 昨夜はなかなか寝つけなかった。
 自分が横島クンのハートを射止めたわけでもないのに(正確には射止めたのは別世界の自分)、私はすっかり有頂天になっていた。
 中途半端に酔っていたこともあり、ベッドの上であんなことやこんなことを考えながら、明け方近くまでゴロゴロしていた。
 お陰で目が覚めたら、昼近くになっていた。

「美神さん、仕事の方はいいんですか?」
「今日は休むことにしたから、大丈夫。従業員には、もうメールしといたから」

 横島クンは先に起きていたようだ。
 事務所のソファーに座って、コーヒーを飲んでいた。

「食事は、トーストでいい?」
「あるもので、いいッスよ」

 私はトーストと目玉焼きを作ると、テーブルの上に並べた。
 そして皿を並べた時に、椅子に座っていた横島クンの頬に、軽くキスをする。

「えっ……!?」
「おはようのキスよ。イヤだった?」
「いえ、そんなことは……」

 横島クンは、目をぱちくりさせていた。
 ちょっと、驚いているみたい。

「どうせだったら、いつもどおりにしてもいいわよ」
「いいんですか、美神さん?」

 横島クンはそう言うと、立ち上がって私に口づけする。
 さらに、そのままディープなキスに移行した。

「…………!!」

 しばらくして唇が離れたとき、私の頭の中は真っ白になっていた。
 目の焦点が定まらないまま、ふらふらしながら自分の席にすわる。
 それから朝食を食べたが、味をほとんど覚えていなかった。




 食事が終わったあとも、私は自分の席でぼーっとしていた。
 頭の真ん中からしびれるような感覚に、完全に浸ってしまっている。
 だが、いつまでもこうしてはいられないから、シャワーを浴びて頭の中をすっきりさせると、昨晩ベッドの中で練っていた計画を実行に移すことにした。

「横島クン、ドライブに出かけない?」




 私は横島クンを愛車の助手席に乗せると、湾岸道路を横浜方面に向かって、車を走らせていった。
 そして海底トンネルをくぐり、海ほたるの駐車場で車を停めた。

「いい天気ねー」

 東京湾には薄もやがかかっていたが、まずまず天気はよかった。
 私は車を降りると、横島クンの左手に掴まり、両手でギュッと抱きかかえた。

「どうしたんですか、美神さん!」
「いいじゃない。前からやってみたかったんだから。それとも老けた私はイヤ?」
「そ、そんなことないッス!」

 今の私は20代後半。横島クンは精神的には大人とはいえ、見かけは二十歳を越えているようには見えない。
 周りから見ると、若いツバメを連れた女に見えるかもしれないが、今さら気にはならなかった。

「そう言えば……」
「何ですか、美神さん?」
「一つ聞きたいんだけど、どうやって戻ってこれたの?」

 昨晩から不思議に思っていたのだが、どうやって横島クンは戻ってきたのだろうか?
 過去に戻った横島クンは、そこから別の未来を選択している。
 時間軸がもう違っているから、普通の時間移動では移動はできないはずなのだが。

「そうですね。俺のいた世界とここでは、時間軸が異なっています。平行世界になるんですかね。
 平行世界間の移動なんて、普通はできないんですが、今の俺は普通じゃないですから」
「普通じゃないって、それどういう意味なの?」
「俺、もう人間じゃないんです。アシュタロスの後を継いで、魔神になりましたから」

 私は横島クンの腕に掴まったまま、目をぱちくりさせてしまった。




 それから私は、横島クンが魔神になった経緯について、詳しく話を聞いた。
 昨晩は途中で話が脱線してしまい、そこまで話が進まなかったのだ。

「そうだったんだ。べスパのために、アシュタロスをね……」
「贅沢な願いかもしれませんが、できるだけあの事件で傷つく人を減らしたかったんですよ。
 まあ、こんな結果になるとは、俺自身予想していませんでしたが」

 私だったら、そこまで他人の世話を焼くことは、まずないと思う。
 それを自然とやってしまうのが、横島クンの優しさだと私は思った。

「もう一つだけ聞かせて。向こうでの生活は順調なの?」
「ええ、順調ですよ。俺、まだ高校卒業してないんですけど、もう籍を入れちゃいました。
 美神さんが、『こういうのは早い方がいい!』って力説するんで」

 私は思わず苦笑した。
 自分のことだから、手に取るように考えがわかる。
 たぶん、他の女性がちょっかいを出す前に、しっかりと釘を打っておきたかったんだろう。

「それから、二人で新しくマンションを借りました。
 食事も三食、美神さんの手作りですし、俺としては、けっこうハッピーかなって思います」
「そうなんだ」

 横島クンをリビングで待たせながら、キッチンで料理にいそしむ自分の姿が脳裏に浮かんだ。
 きっと、幸せ気分を満喫しているに違いない。

「私も、向こうに行ってみたいな」

 私は、小さな声でつぶやいた。

「でも……無理よね。向こうには、別の私がいるわけなんだし」

 今、私の横にいる横島クンは、向こうの世界の私のものだ。
 そこに私が割り込むわけにはいかないし、また向こうの私が割り込ませてもくれないだろう。

「行けますよ」
「でも、どうやって? それに向こうには、もう一人の私がいるんじゃ……?」
「魂だけ逆行して、分岐点についたら向こうの世界に行く時間軸に乗り換えます。
 それから別の時間軸をたどって、向こうの世界の美神さんと一つになるんです」
「あんたねー。そんなとんでもないことを、簡単に話さないでよ」
「まあ、普通の人間じゃできないですけど、今の俺は魔神ですから」

 横島クンが言ったことは、普通の人間はおろか、並の神族や魔族でもできることではない。
 アシュタロスの後を継いだとか言っていたけど、今の横島クンは、どれだけ常識外れの存在なんだろう?

「それにしては、霊力が貧弱ね。逆行前より、弱くなっているんじゃない?」
「今の俺は、17歳の頃の霊力がベースですから。
 それに魔神になったからって、霊力が急に強くなるわけじゃないんですよ。
 ただ使える能力とか、文珠で実行可能なことは、桁違いに増えました」

 私は、身の回りのことに想いを巡らせた。
 仕事には、特に未練はなかった。
 どのみちお金はもっていけないと思うし、向こうでも稼げるだろうから何の問題もない。
 今の従業員も、推薦状を書けば別の事務所で引き取ってくれるだろう。

 人間関係でも、今まで一番縁が強かったおキヌちゃんやシロやタマモは、もう今の事務所から出て行ってしまっている。
 あとは、家族のことだけか……

「横島クン、考える時間をくれない? 仕事の整理とかもあるし、できれば一ヶ月くらい」
「わかりました。それじゃ、一ヶ月後にまた来ます」

 そういって去っていこうとする横島クンを、私は手を伸ばして引き止めた。

「待って、横島クン。今夜も、事務所に泊まってくれるわよ……ね?」




 それから一ヶ月の間、私は事務所の整理を始めた。
 キャンセル可能な仕事はすべてキャンセルし、キャンセルできなかった仕事と従業員は、別の除霊事務所に引き継いでもらった。
 税金関係も耳を揃えて完納し、余ったお金は、ママの名義の口座に振り込んでおいた。
 事務所の登記名簿も、ママの名義に書き換えた。将来、ひのめがGSになった時に、除霊事務所として使えるはずだ。
 人口幽霊壱号は、それまでの間、眠ってもらうことにした。

 そして一ヶ月が過ぎ、約束の日が来た。
 私は実家に戻っていたが、横島クンと会うため出かけようとしたとき、幼稚園児のひのめが玄関にやってきた。

「お姉ちゃん、出かけるの?」

 私はひのめの頭に手を置き、そっと髪をなでた。

「ひのめ。ママとパパのことを大事にしてね」
「うん、わかった」

 よくわかっていないと思うが、そう返事をしたひのめに、私は小さく微笑んだ。

「私がいなくなっても、誰にも負けないで強く生きるのよ。頑張ってね、ひのめ」




 事務所の前でしばらく待っていると、横島クンがやってきた。

「横島クン、行きましょうか」
「本当にいいんですか、美神さん?」
「身の回りの整理も済んだし、大丈夫よ。ま、ちょっと寂しいけどね」
「わかりました。それなら美神さん、俺の体のどこかに掴まってください。

 私は横島クンの左腕に掴まり、両腕でしっかりと抱え込んだ。

「それじゃ、出発します」

 その直後、私と横島クンは、この世界から姿を消した。


(→ラスト・エピソードに続く)

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