ザ・グレート・展開予測ショー

ヨコタマ逃避行/1


投稿者名:冬の子
投稿日時:(04/11/ 1)


 変わらぬ日常のなかでのんびりとした生活を続け、きっとこれからも皆で幸せにやっていけると思っていたあの頃。

 ある日、突然、タマモが姿を消した。

 気まぐれな奴なので、どうせすぐ帰ってくると思っていたことは認めよう。俺とシロで捜索していたときも必死という感じでもなく、家出するなんて困った奴だ程度の認識でしかなかった。
 もしもあの時もっと真面目に探していれば。
 いや、あの頃タマモのことをもっと注意深く見ていれば。
 そんな思いに駆られながら、しかし年月は残酷で容赦なく、いつのまにかもう5年が過ぎようとしていた。
 俺は独立し事務所も構え、そろそろGSとしての信用と実績もそこそこ集め始めていた。

 ――そんなある日のことである。





 ドアをノックされる音で目が覚めた。
 そういえば昨日は書類整理が溜まっていたから一気に片付けようと事務所に泊り込んだのだったか。
 頭を振って眠気を振り払いながら、いまだノックを続ける扉へと向かう。

「ったく、誰だよこんな朝っぱらから。もしやシロの奴が嗅ぎ付けてきて散歩させるつもりじゃないだろうな……」

 自宅ならまだしも、事務所にまで押しかけてくるとは。
 我が弟子ながら思い込んだら一直線なところはどうかと思う。
 しかし最近はお互いに仕事があるしそんな我が侭を言ってくるようなことも無かったはずなのだが。
 内心で首をかしげながらドアノブに手を掛ける。

「はいはい、今開けるって。そう乱暴に叩く……」
「――久しぶりね。ヨコシマ」
「……な? タ、タマモ!?」

 そこには、随分とイロイロ成長していたタマモの姿があった。





 インスタントのコーヒーを注いでカップを運ぶ。
 ソファーでふんぞり返っているタマモに片方を渡すと俺は対面に腰を下ろした。

「さて。本当に久しぶりだな」
「そうね」

 会話を切り出した俺に素っ気無くタマモが返す。
 その以前と変わらぬ態度に内心で苦笑しながら、同時に過ぎた月日を実感させる姿を眺める。
 イイ女になったもんだ。さすが傾国を冠するほどの大妖だと思わざるをえない。

「で? どうしたんだ?」
「たまたま近くに来たから顔を見せに来た……ってのじゃ納得できなさそうね?」
「できねーな。なにか、あったんだろ?」
「……はあ。相変わらず妙なところで鋭いというか」

 視線を逸らし遠くを見るように目を細めるタマモは何かを思い出しているかのようであった。
 恐らく、美神さんの事務所に皆が居たあの頃のことだろう。
 俺は黙ってタマモが話し始めるのを待つことにした。コーヒーを啜りながら、俺もまた5年前に思いを馳せる。
 そうして数分が経過しただろうか。

「ちょっとね。ドジ踏んじゃってさ」
「ドジって、お前がか? 何したんだよ」
「私だってたまにはミスするわよ。それで、まあ、またちょっと人間に追われることになってんのよね」

 あっさりと、そんなことをのたまうタマモ。

「んな、人間に追われるって。何やらかしたんだ?」
「…………九尾狐だってバレちゃったのよ」

 食い下がった俺に、先ほどよりやや言い難い様子で……って。

「――バレたぁ!? ンな、どどどどういうことだお前!?」
「し、しょうがないじゃない! たまたま誑かした金持ちが政府の高官だったんだもの! あっちだって隠してたし! 私のせいじゃないわ!」
「逆ギレじゃねーか! 散々、美神さんやら隊長やらが口を酸っぱくして言っててあっさりバレちゃダメだろ、おい!」
「なによ!? だって最近のオカルトアイテムがあんなに高性能になってるなんてこの5年間GS業界から離れてた私にはわかんないわよ!」

 一気にヒートアップした後、お互いに荒い息を吐いて睨み合う。

「お前、本当にわかってねーのな」
「なにがよ。私だって人間に追われる意味くらい――」
「そうじゃねーよ。いいか? 金毛白面九尾狐は、美神さんが依頼されて退治されたことになってんだぞ?」
「うっ……それは」
「あの美神さん≠セぞ? プライドがなにより高くそして金にがめついあの人が、この事態に乗り出したらお前、どうなるか……」
「か、考えるだけで恐ろしいわ」
「ようやくわかったか」

 頷いて、俺は考える。
 ちょっとだけあの人の折檻を思い出して過去のトラウマから体が震えているのは無視した。
 どのような状況なのか、タマモが詳しく話していないのでよくわからない部分も確かにあるのだが、人間に追われているのはわかった。そして俺のところに来た以上は頼ってくれているのだろう。それは純粋に嬉しい。頼られたからには応えなくてはならない。
 さて、ではタマモはどのような種類の人間に追われているというのだろうか。これは憶測だが、恐らく金で雇える裏GSと思って間違いないだろう。政府の高官とタマモは言っていたし、そんな人物というのは得てして自らの汚点は隠そうとするものだ。オカルトGメンなどが動くような事態にはならないだろう。それはつまり公けにはまだ金毛白面九尾狐の存在がバレていないということだ。
 まあ、その辺りのことは後々確認するとして。

「よし。それじゃ、さっそく逃げるか」
「へ?」





「よし。それじゃ、さっそく逃げるか」
「へ?」

 あっさりと、ヨコシマはそう言って私に笑いかけた。
 その様子にしばし呆然とする。確かに彼を頼ってやって来たのは私の方だが、まさかこうも簡単に妖狐の私に味方してくれるなんて思っていなかった。

 ――人間のくせに。勝手に居なくなった私なのに。初めて出会ったあの時も、今回もそんな簡単に私を守ろうとする。人間なのに。私を。

「か、簡単に言ってくれるじゃない」

 声が震えなかったのは我ながら上出来だと思う。
 だって、

「任せろ! この数年、浮気するたんびにおキヌちゃんやら美神さんやら何やらから追われてきた俺はすでに逃亡の達人だ!」

 だって、

「まずは移動するか、文珠のストックは一応全部持っていくとしてあとは……」

 だって私はいまにも涙がこぼれそうなほど、視界が滲んでいたから。
 それとなく視線を逸らしてくれた彼に感謝して、私は俯くと同時に泣き笑いの表情を作っていた。

「ありがと」

 小さく呟いた言葉に、彼は無邪気に笑っていた。

(――こいつは変わらない。出会ったときから、ずっと……)





 タマモの様子が落ち着く頃には俺の準備も終わっていた。
 依頼の方は別の信頼できるGSを紹介することでなんとかキャンセルできた。特に金が欲しいわけでもないのでキャンセル料も払うことで相手も納得してくれた。これで本当に準備は完了。

「それで? まずはどうするの?」

 すっかり普段の調子を取り戻したタマモが、しかしまだ少し赤い目をして聞いてきた。

「馬鹿正直に逃げても美神さんが出てくるまでは大丈夫なんだろうけどな。念には念を押しとくことにする。ということで、行くぞ?」

 タマモと軽く身を寄せて、『転』『移』の二つの文珠を指で挟む。

「どこに?」
「かつてヨーロッパの魔王とまで呼ばれた天才、今は単なる痴呆老人にしか見えないがそれでもその非凡さは決して失われていない――ドクター・カオスのところにさ」

 こうして逃避行が始まった。
 残されたままのコーヒーカップからはもう湯気は出ていない。



 ――つづくらしい。

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