ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 11 ―


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(04/10/29)




 とあるマンションの前で、西条は中へ入るでもなく佇んでいた。やがて背広姿のGメンが複数、中から戻って来て彼に報告する。

「やはり伊達雪之丞の事務所はもぬけの殻です。ドアに、香港へ行くので長期休業だとメッセージが・・・」

「・・・いや、まだ日本にいる。結果を見届るまで離れない筈・・・行くのはその後だ。ほとぼり冷めるまで戻らないつもりだろうがな」

 無線にて小笠原オフィスに向かわせた部下からも報告が入った。タイガー寅吉が任意出頭を、小笠原エミが捜査協力を、それぞれ拒否したとの事。彼らはGメン達に取り合わず、自分達の仕事に行ってしまった。
 その数分後、今度は西条の携帯に上司の美神美智恵から連絡が入る。たった今、公安から勧告―事実上の圧力―を受けたと言う・・・「これ以上この件で小笠原オフィスに関わるな」

「手回しが良過ぎる・・・元から、実行する前にバレる事を強く考えていた・・・?」

「そうかもしれません。美神事務所から本部に連絡があり、監視が横島忠夫をロストして・・・まだ2時間も経っていませんよ」

 相槌で答えた部下も、西条の呟きが捜査官としてのものではなく横島達の隠れた共犯者としてのものであったとは、気付いていなかった。

 再び西条の携帯が鳴る。出ると聞き憶えのない声が意外な名前を名乗った。

「かねてからお名前とご評判は伺っておりましたが、こうして直接お話するのは初めてになりますね・・・」

 どこで伺ってるんだ。西条の口元が微かに引き攣る。電話の向こうの神内は、コーポレーション附属研究所がオカルトGメンの捜査協力要請に応じ、立ち入り調査を承諾する事を西条に告げた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 神内の電話から30分もせず西条と捜査員数名は研究所を訪れた。神内は門前にて彼らを出迎えて言う。

「すぐ来られるとはお聞きしましたが、驚く程迅速です。近所のピザ屋より早い。貴方に電話する前に注文したのですが、彼らはまだ届けに来ない・・・いつも30分ギリギリなんですよ」

「ピザ屋にはピザ屋の事情があるでしょう。そして、我々にも我々の事情がある。公務員はいつでもどこでも、チンタラやって来るものだとお思いでしたか?」

 西条の皮肉に神内は肩をすくめた。

「確かに国際警察、それも扱う事件の多くに人間の常識が通じないとなれば、派出所の警官とは違います・・・お気に障ったなら申し訳ない。本当に感心しただけで悪気はなかったんです」

 互いに笑顔だったが、二人の間に流れる空気は余り雰囲気の良いものではない――いや、率直に言えば、悪い。二人のプライベートな事情を知らない捜査員達は怪訝そうに顔を見合わせた。
 彼らの背後でバイクのエンジン音とブレーキ音が響き、ピザ屋の配達員がケースを手にお待たせしましたあっと声を上げながら神内へと駆け寄った。神内は男に代金を渡しながら西条達に向き直る。

「丁度ピザも届きました。来るのは遅いんですが、味は結構お勧めなんですよ。一緒に食べながらでも所内を見て回るとしましょう」



 オカルトGメンが神内コーポレーション附属研究所の何を調べるのか、大きく分けて二つ。
 一つは彼らの研究内容がドクター・カオスを介して横島達の計画とどこまでリンクしていたのか――カオスに提供された技術だけではなく、研究所がカオスに・・・横島達に提供した技術もあるのではないかと言う事。
 そしてもう一つ。カオスが今、施設内に匿われているのではないかと言う事。
 Gメンはカオスの行方も掴めないでいた。薙刀片手の大家の立合いで部屋も調べたが、手掛かりになるものは見付からない。大家によると、カオスとマリアはここ半月ばかり下宿に戻って来ていないとの事だった。

 各書類に目を通したりもするが、西条達の調査は後者を主な目的としていた。また、それは天井裏を覗いたり壁に隠し扉を探す入念な調査ではなく、見取り図片手に施設内を巡回し神内や担当者に確認を取る程度のものだった――西条自身、あの老人の行動範囲を考えると、こんな所で押えられるとは思えなかった。

「確かに、横島さんに聞いて頂こうとしていた試案の中には先生のご提案を基に研究されたものもありましたが・・・私共も彼とは直接の面識はありませんし、先生も今年に入ってからはお見えになっていないですね」

 今回の騒動について一通りの説明を受けた神内は横島達との関わりをそう否定した。

「何故、その横島クンと面識のない貴方が、彼の為にルシオラの復活を?」

 西条は美神からの話で既に答えを知っている疑問を、敢えてぶつけてみる。

「私共は常に、優秀なGSの皆さんのお役に立ちたいと考えております。それは装備の充実や各種待遇に限りません・・・特に、彼の様な特殊能力者の場合そうではありませんか?この先、師匠であった美神さんとも離れて行かれる事で、本当の“独り”になってしまっては精神的な負担も大きい・・・必要な筈です、心まで支え合えるパートナーが」

 用意されていたかの如く流暢な神内の答え・・・美神と横島を引き離そうとしているのは他ならぬ彼なのだが・・・西条は美神が酒の席で語った事を思い出す。

―――あの男は私だけを欲しがっている訳じゃなく・・・何と言うか・・・“全てを自分の手の中に”って感じがするのよ。

 普通に考えて、美神の見合い相手である神内は横島の反感を買って当然であり、美神が神内を選び横島から離れるなら、彼と横島との間に友好的な関係が築ける筈がない。
 しかし、そのマイナスをプラスに転換しうるのが「ルシオラの復活」だ。もしそれが成功したなら横島が彼に反発する理由がなくなるばかりか、多大な恩義や借りが作られる事になる。神内が考えているのはそれだけではあるまい――横島を囲い込む事で、復活したルシオラも囲い込める。霊的アイテムの製造が主力の神内コーポレーションにおいてそれがどれほどの収穫であるか、考えるまでもない。

 「何かを得る事で何かを失う」とは良く言われるが、この男の世界観はきっと違う――「何かを得る事でもう一つの何かも手に入れる」のだ。常にそう教えられて来たのだろう・・・「全てを手に入れろ」と。それがコーポレーション現会長である神内の父の口癖だと西条は聞いた事がある。

「なるほど。僕達の所にもそんな個別ケアプラン、一度お願いしてみたいものですね」

 当の西条と神内以外には軽い社交辞令にしか聞こえなかったが、露骨な当てこすりだった。美神に去られる事で“独り”になるのは西条も同じだ。

「おや、オカルトGメンではICPO経由で世界中の高性能アイテムを公費で購入出来ると言う装備面同様、一人一人の様々なサービスが充実されていると聞きましたが?」

 どんなに優秀でも敵対既存勢力のお役には立ちたくないとの事。微笑み合う二人の空気は更に剣呑な色合いを帯びる。感受性の高い捜査員の一人が、自分でもその原因が分からぬまま激しく身震いした。

「しかし、こんな事になって、貴方達が彼の為にした事・期待した事は全て無駄になってしまったのでは?・・・それにしては余り失望していらっしゃる様にも怒っていらっしゃる様にも見えないですね。」

「無駄?何故です?研究成果は研究成果です。使い道の事情が多少変わったからと言って無駄にはなりませんよ。それに・・・」

 神内は言葉を切って、ちらっと西条を一瞥する。さっきまでの作り微笑と少し違う、少し狡猾な感情の浮かんだ笑顔だった。

「捕えた後、あるいは事の後、貴方達は彼をどうするのですか?規則通り業界から追放して将来を閉ざすんですか・・・あの彼を?これっぽっちの違反事項で、本当に?・・・・・・あり得ませんね」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



――ガチャッッ――――


「わあ、入口ちょっと狭いですねー。横島さん、靴脱ぎっ放しに出来ませんよ。ちゃんと揃えて下さいね」

「・・・・・・」

「こっちがお風呂とトイレで、お部屋は・・・何だか普通っぽいですね。ドラマだともっと派手な部屋だったりするから意外」

「・・・・・・」

「えっと、エアコンは枕元のこれですね。こっちは有線・・・メニューはあれかな。横島さん、何番が良いですか?そのファイルの中に・・・」

「・・・・・・」

 物珍らしげに室内のあちこちを見て回るおキヌと対称的に、横島はソファーに腰掛けたまま半ば呆けていた。
 “取り敢えず”入り、パネルでおキヌの選んだ部屋を(彼女は横島にも意見を聞いたが上の空だった)指定し、フロントで鍵を受け取り、部屋に来るまでずっとこの調子だ。
 目の前の展開に、どうも現実感がなかった―――もっとも、彼にはそれ以前・・・大分前から現実感なんてものはなかったかも知れないが。

「―――横島さん?・・・横島さんっ」

「――へ?あ、はい。何でせうっ?」

 横島は今初めて声を掛けられたかの様に辺りを見回しながら返事すると、おキヌのいる場所で視線を止めた。

「・・・大丈夫ですか?」

「あーー・・・・・・んっ?」

 我に返った横島の耳に、勢い良く水の流れる音が聞こえて来る。音は玄関手前のバスルームからだった。

「水道・・・?」

「え?・・・あ、お風呂にお湯入れてみたんです。入りたい時、すぐ入れるかなって・・・」

「お風呂って・・・!ここで・・・入るの?」

「だって・・・走って汗もかいてるし・・・今すぐじゃなくても、いつかは前もって入りますよね?」

「前もって、って・・・」

 おキヌの言葉で再び横島の現実感は遠のいた。

 横島は過去何度かラブホテルに入った事があった・・・・・・除霊の仕事でだが(その度に彼が「この部屋で男と女、する事はひとぉーーつっ!」とか絶叫しながら美神に飛び掛かり、血の海に沈んでたのは言うまでもない)。だからチェックインの方法や部屋の大体の作りなどは知っていた。
 それでも・・・だからこそ余計に、そんな場所におキヌと二人でいる事、その先にある事が、彼の現実感から遠いのだと言える。

 ―――しかし、そんなシチュエーションもまた、横島に一度も訪れなかったものではなかった。
 彼は以前「それがあった」時を思い出してしまった・・・その時は鼻血を派手に(耳からも)噴き出したり、極度の緊張の中、訪れる「彼女」を待ち侘びていたのだった・・・そして・・・・・・

「―――さん、横島さん!」

「え・・・――?」

 気が付くとおキヌが間近で彼の顔を覗き込んでいた。いつの間にか彼女はソファーで彼のすぐ隣に座っていたのだ。

「あ・・・またボーっとしちゃってたみたいだな。ゴメン・・・」

 横島は、急激に詰められた彼女との距離――触れ合い、互いの体温と呼吸が伝わる程――に戸惑いながらも、おキヌが自分の反応の鈍さに不満を持ちつつ心配しているのだとだけ思い、簡潔に謝った。

・・・・・・どうして、こーゆーのは、すぐ分かっちゃうのかなあ・・・?

 おキヌは横島の表情から、今の彼が“誰の事を”浮かべていたのかまで読み取ってしまっていた。それを口には出さず、テーブルのリモコンを手に取り電源を入れる。画面にケーブル局で放映していた古い洋画が流れた。
 二人が観始めて間もなく給湯の音が止まった。横島の肩に顔を寄せて画面を見ていたおキヌは少し首を傾げて彼の耳元に囁く。

「お風呂にお湯が貯まるまでこうしてようと思ったんですけど・・・もう、ですね・・・」

 囁きながらも彼女は、そのまましばらく彼から離れようとはしなかった。





――−−・・・キュッ

 顔に掛かる濡れた髪を払いつつ、おキヌはバスルームのドアを見る。横島が近くにいる気配はない。

――こんな時は、ほぼ間違いなく覗きに来るんだけどな・・・

 やはり向こうも戸惑っているのだろうか。そう考えると同時に、自分のさっきまでの大胆さ、そして今一瞬浮かべた「覗きに来る事を期待した」みたいな思考を思い出し、顔から火が出そうになる。
 そう。ここまで来た彼女もまた、自分のしている事、これから起きる事に現実感を持てないでいたのだ。だって、まるで私が横島さんをここに・・・

――それとも

 おキヌは今度は手前の大鏡に目を向けた。そこには彼女の身体が余す所なく写し出されている。鏡の中のもう一人の自分へ彼女は問い掛けた。

「私・・・やっぱり魅力ないのかな・・・?」

 今の横島さんは私以外のひとだけで頭が一杯なのかもしれない。おキヌの中で恥ずかしさと共に、そんな弱気までもが頭をもたげて来た。私のしている事は余計な事なのかもしれない、私は邪魔なのかもしれない・・・求めてはもらえないのかも―――

   ぱちぃんっっ!!

 おキヌは両手で頬を打つ。「たとえそうだとしても」でしょ?・・・横島さんを探しに出た時、そう覚悟を決めた筈。思ったままに何もかも掻き回してみようって・・・流れも、相手の心も・・・私自身の心も。
 それはもう始まっている、ここで退くなんてない。おキヌは鏡に向かってキッと睨み付ける。鏡の向こうの白い裸身の女性も、同じく彼女を睨み付けていた。

――だって私には・・・どうしても横島さんに言ってもらいたい一言があるんだから。





・・・一体どうして・・・どう言うつもりでおキヌちゃんは、俺とここまで来たんだ?

 今頃になってようやく、横島にはその疑問が湧き上がって来ていた。いつものバカげた下心発言だ、いつもの様にとっちめられればそれで済んだ話、なのに・・・それが何故か、こんな事になっている。
 そもそもどうして彼女は横島を探しに来たのか。計画が知られ美神に――そして事務所の皆に別れを告げた筈の彼を。彼女は彼を見付けても通報もせず、戻らせる説得もせず、彼の時間潰しに付き合って回り、最後には・・・
 そこまで考えて横島は突然顔を上げた。窓へ駆け寄りそっとブラインドをずらして外を覗く。外の通りにGメンやGSの姿は――隠れてる様子すらも――ない。横島は胸を撫で下ろすと同時に激しい自己嫌悪に襲われた。押し潰す様な呟きが口から漏れる。

「どうかしてるぜ俺も・・・よりによっておキヌちゃんを疑うなんて」

 充分な包囲を敷いて捕える為の足止め。その為のおキヌの行動。横島はそう考えたのだ――それは「彼女はもう自分の味方じゃない」と言う意識。

「そーだよ・・・どうかしてんのさ、俺は・・・」

 投げやりに呟きながらバスルームへ視線を向けると、シャワーの音は消えていたがおキヌが出て来る様子はない・・・風呂に入るのだろう。「彼女はどう言うつもりなのか」と言う最初の疑問は振り出しに戻った――そして、彼は未だに、彼女がバスルームから出て来た後の事について現実感を持てないでいる。
 勿論、今の彼に煩悩がない訳ではない。さっきソファーで身を寄せ合った時の記憶は鮮明に残っている。伝わる温もり、少し汗の匂いが混じった甘い香り、ふわっとした感触、小さい唇と息遣い――しかし、それらは横島の思考と現実感を一層混乱させるばかりだった。


バタンッ!

「――きゃあっ!?」

ゴゴゴゴゴゴッ!


 機械的な物音と共におキヌの小さな悲鳴が聞こえ、シャワールームの照明が消えたのはその時だった。

「おキヌちゃんっ、どうしたっ!?」

 一も二もなく横島はシャワールームに駆け寄り、ドアを開けて飛び込む――妖怪?それともGメンの連中?
 だが、その暗い部屋には妖気も霊気も・・・二人以外の人の気配すらもなく、おキヌが呆然とした表情で浴槽を眺めているだけだった。横島に気付いた彼女は、彼の顔を驚き冷めない様子で見ながら浴槽を指差す。

「よ・・・横島さん・・・あれ・・・」

 見ると、浴槽の湯はボコボコと激しく泡立ち、その底からは消えた照明に代わって目まぐるしく変わる様々な色のライトが光を放っていた。

「そこの壁にボタンスイッチがあったから、何かなーと思って押してみたら・・・」

「俺も見るのは初めてだ・・・除霊の仕事で来ても風呂なんか使わねーからなー。ま、そーゆー仕掛けなんだよ」

「みたいですね・・・あ、説明もここに書いてありました・・・これを入れるともっと楽しいって・・・」

 おキヌはシャンプーなどと一緒においてあった入浴材を泡立つ風呂の中に入れた。次の瞬間、泡がひたすらに増え続け、浴槽の上で山の様に積み上がる。

ボコボコボコボコボコッ・・・!

「す、すごい・・・!」

「いやー、何か頭悪そうな風呂だな・・・」

「でも、キレイですね・・・フフッ、ほら見て下さい、泡が下からライトに照らされて」

「・・・そうかあ?・・・―――って!?」

 おキヌが半ば見とれながら泡の山を手に取り遊び始めた時、横島は彼女が裸のまま手やタオルでさえ隠していない事にやっと気付いた。

「いや、カンニンやーー!悲鳴が聞こえたから来たんであって、悪気はなか・・」

 しかし、踵を返そうと(ダッシュで逃げようと)する横島の前におキヌが回り、押し止めるかの様に問い掛けた。

「・・・どうしたんですか?・・・どうして、出て行くんですか?」

 おキヌは両手を横島の胸の辺りにそっと当て、淋しげな表情で彼の顔を見上げる。

「心配して来てくれたんですよね?そんな事分かってます・・・でも出て行かなくて、いいじゃないですか。ここに横島さんがいたっていつもの覗きみたいに犯罪でも、私が嫌がることでもないんですよ」

「お・・・おキヌ、ちゃん・・・?」

 そっと当てた手のひらに、ゆっくりと力が入り、横島は少しずつ押し戻されていた。

「いや、ほら、服も濡れるし、俺は着替え持ってないし・・・」

「脱げばいいじゃないですか?お風呂場なんですから・・・そうです、横島さんも脱いじゃえば恥ずかしい事も気まずい事もなくなりますよ」

 浴槽手前まで押されている横島の上着ボタンにおキヌの手が掛かる。おキヌは淋しげな視線のまま、微笑んでいた。どことなく艶然としたその笑みは、彼女が普段の彼女ではないと知るに充分だろう。
 その手を掴み、横島は声を張り上げる。本来果てしなく煩悩まみれの彼としては精一杯の抵抗であったかもしれない。

「一体どうしたって言うんだよ!?何か変だよ、おキヌちゃん!」

「横島さんだって変ですよ・・・でもいいんです。そんな横島さんにいて欲しいんですから。出て行かないで下さい・・・私から、離れないで――」

 おキヌは掴まれていない方の手を横島の背中に回し、しがみ付いた――二人の足がもつれる。横島はしりもちをつき、後頭部を背後の泡の山に突っ込ませる。衝撃で泡の山は半ば崩れ、二人の上に覆い被さった。
 横島の上で彼女が腕を絡ませ、胸に顔を埋めている。やがて顔を埋めたまま彼に言った。

「横島さんに・・・お願いが、あるんです」

 おキヌは顔を上げた。泡まみれの横島の顔を真っ直ぐ見据える。先程とは違う――浮かぶ思いはそのままで、ただ切実な意思を感じさせる表情。

「横島さん・・・私にアメリカへ行くなと言って下さい。私がいないとダメだって、離れたくないって、だからずっといてくれって・・・・・・言って下さい」









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―




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