ザ・グレート・展開予測ショー

雨(16)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/10/27)

21
「この話の悲劇であり、喜劇なのは、「誰も悪人がいない」ということだ」
蒼い月。
光を返す、芝生。
赤いグラス。
荘厳な、教会。
そして。
含み笑いの、ラプラス。
「研究員は、自らの使命と野望に、「彼」は自分の目的に。それぞれがただ、尽力しただけなのだよ」
「……知って、いたのね」
タマモ。薄ら笑いを浮かべながら、いやに明朗な声で話し続ける横島を抱きかかえて。
「もちろん。これが、「もう一つの予想されうる未来」だ」
狐火。
彼女の、心。
「私を燃やしたところで、彼は救われなどしないよ。そもそも、その程度で私は死ねない」
それが出来ればどれほど楽か。
彼は心の奥で笑う。
「君に、一ついいことを教えよう。あの研究員……宝条といったかな。彼には、恋人がいた。ま、女性の方がそう思っていただけかもしれないがね。同じ研究所の彼女がこう進言したんだ。「全部のクローン体を見せることは無い。一体だけ与えて、後はそのデータを下にこちらでやればよい」。その「未来」では、どうなったと思う?」
「……やめて」
体が震える。
舌が乾く。
炎が、揺らめく。
「横島君は、その一体を「恋人」として迎え入れ、後に、「生体兵器」となった「運悪く選ばれなかった」ルシオラを見て―「やめてっ!!」」
タマモが遮る、だが、紡がれた言葉は、想像よりさらに酷いものだった。
「躊躇うことなく、殺したよ。「偽者だ」と言ってね。傑作だったよ「俺には本物がいる。いまさら偽者如きで惑うものか」横島君は格好良くそう言い切った。――ん?まさか発狂して世界を滅ぼしたとでも?そんなもの、「珍しい未来じゃない」」
ま、結局その世界も滅びたがね。
ラプラス。あくまで楽しそうに。
「結局のところ、彼には死が理解出来ていなかったのさ」
嘘をつかずに人を苦しめるタイプの、悪魔。
「……ヨコシマは、治るの?」
意識こそ、ある。
声も、はっきりしている。
だが。
壊れたレコードのようにただ自分の「罪」を告白し続ける彼は。
「私が決めることじゃない。彼にとっては、それこそが「正常」なのかもしれないよ」
「……許さない」
タマモは、睨みつける。
視線の先は、ラプラスでも、彼の「過去」でもない。
今、目の前にいる、「横島忠雄」だった。
22
「そろそろ決着を着けようじゃないか」
西条。
月明かりの下軽く横に振られる、剣。
返す光は一条の帯と成る。
両手に支えられ腰だめに当てられたソレはただ静かに敵を貫くときを待つ。
「……ふん」
軽く鼻を鳴らす。
金色の、剣。
「――この剣は、私の半身なのさ」
「……もう半身は、ペガサスだったかな?」
「……ああ」
くだらない、話。
「神々を皆殺しにしてやるのが、私の目的だった」
もともとの夫婦。
ギリシア神話に加入する際、不本意に夫と別れ。
名残を惜しむ逢瀬を彼の今の妻に妬まれ。
「姉さんたちの、復讐さ」
抗議をあげた二人の姉妹諸共化け物に変えられ。
さらに。
「アシュタロスの目的は、私と一致した」
死した後の骸さえ、盾に貼り付けられた。
理不尽な嫉妬に殺され。
屍骸さえ、辱められ。
その上、「力の拮抗」の名の下に命を弄ばれ。
復活を果たすたびに募る神々への憎悪。
「……正直、今回の「復活」が人間で、ほっとしたよ」
「……なんで、僕に?」
「さあ、ね」
輝きを増す、半身。
「決着。つけようかい」
23
蒼い、月。
静寂。
風が、凪ぐ。
草木さえ気圧されたかその動きを止め。
虫の声だけが響き渡る。
「……僕が、酷く惨めになる瞬間だよ」
「……」
剣に込められた霊気。
三流のGSでさえ、どちらが大きいのかは一目で分かる。
魔族を取り込んだ横島。
十二の式神を使役する六道。
単純に常人では強いだけの美神にすら。
西条の霊気は、及ばない。
だが。
「同時に、僕の一番高揚する瞬間でもある」
「……見せて、もらおうかい」
圧倒的優位。
メドーサは、静かに笑う。
一撃。
掠っただけでも全ての霊力を剣に注ぎ込んでいる西条には致命傷。
静寂。
―――風。
間合いを詰めるなどという生易しいものではない。
両者の間の地面が、縮む。
それでも。
共にゼロコンマでありながら、やはり肉体に依存しないメドーサのほうが明らかに疾く。
「もらったっ!!」
振りかぶった剣が、西条の頭部を襲う。
そのロスでさえ、速さは腰だめから貫くだけのソレと互角で。
だが。
「――終わりだ」
縮地、とでも呼ばれるのだろうか。
肉体に縛られる者が、「跳ぶ」という行為でその束縛から逃れ。
破魔の金属で効果は増幅されているといえ、それでもたかだか80マイトの霊力が。
「神」と呼ばれるソレを、貫いた。
24
「ぐうっっ!」
メドーサが、苦悶に喘ぐ。
この男で無ければ出来ない技。
剣を極め。
霊力を知り。
努めることを忘れず。
怯える事無く。
――人であることを捨てず。
「この剣にちなんで、「ジャスティス」と名付けたよ」
全ての力を剣に注ぎ、相手の与える「死」を体術のみで掻い潜り。
細身の剣の、さらに先端に集めた力で。
チャクラを貫く。
それは、もはや戦いで繰り出されるような「技」ではない。
霊力量で見るならば、この男は横島や美神のような「天才」では無い。
だが、この男は間違いなく天与の才を勝ち得ていた。
「まだ、やるかい?」
西条は、問う。
いくら魔族。いや、魔族であるからこそ。
霊的中枢を貫かれて無事ではありえない。
「――ここまでにしておいてくれないかね」
ぞわり。
声が、響いた。
25
足下まで届くような、銀髪。
紫の魔方陣。
「バアルかい」
声。安堵ではない、憤怒でも。
「来るな。とは聞いていない」
「……ああ。言ってないさね」
腹部を押さえ、砕かれた容器から流れだす霊気を押さえ込む。
もちろん、焼け石に水だが。
「派手にやられたようだ」
「……ふん」
男が、手をかざす。
身を包む黒いマントがばさりと音を立てる。
一瞬。
描かれた魔方陣が光り。
「――何を驚いている。上位の魔族が、眷属を生み出せることは知っているはずだ。修復が出来ないとでも思ったのか?」
チャクラが、再生されていた。
「完全に砕いたはずだ」
「ああ。だから、「創った」」
上位。それも、メドーサより遥かに。
「……」
冷や汗。
西条の、最も危惧する事態。
「……アシュタロスクラスが、また出てくるとはね」
背中をいやな感触が伝う。
「……」
ぶわり。全力の、何百分の一だろうか。
力を、解放する。
「があっ!」
体が、吹き飛んだ。
「霊格なら、アシュタロスと同等かもしれん。だが……」
何も宿らない、眼。
「私のは、「戦闘」のための力だ」
――勝てない。
26
圧倒的だった。
たった、一歩。
それで、全てが分かるほどに。
目の前。
見えるか見えないか。という話ではない。
文字通り「空間を飛び越えて」バアルは西条を追い詰める。
「……じゃあ、な」
マントの下に隠した手を出そうともせず。
ただ、「見る」という行為だけで――。
「やめな」
静止は、意外なところから掛かった。
「メドーサ?」
「聞こえなかったかい?やめなといったんだ。バアル」
「なぜだ?」
それには答えず。
「……お客さんだ」
メドーサ。
視線の先には。
「よお」
二度目の、邂逅だった。
27
その男に、バアルでさえ驚愕を隠すことは出来なかった。
見える。だが。
「見ることしか出来ない」
気配が、霊気が、生命力が、存在感が「無い」
いや、無いのではない。
同化しているのだ。
視認でさえ、「そこにいる」という自覚の上でないと不可能。
いま、こうして見ている事さえ容易に疑える。
まるで、公園。いや、世界の「一部」として。
それはそこにあった。
「そいつ、引き取っていく。知り合いなんだ」
そっけなく口にされた声さえ。
「……」
それが、意思と共に放たれた「声」であると理解するのに瞬きの間を要し。
「!?」
気がついたときには西条とバアルの間を裂いていた。
「ば、馬鹿なっ!」
それは、地獄の主とは思えぬ「恐怖」
押さえ込んでいるとはいえ、出力数万マイトの霊波が襲い掛かる。
だが。
「無駄だ」
一言。
その一言が引き金となり、霊気が霧散した。
「あんたらが宇宙を力でねじ伏せるなら、俺らは宇宙を懐柔する。全力でこない限り、勝負はつかねえよ」
いつぞやの美神の言葉。
コスモプロセッサが宇宙のレイプなら、東洋のそれは口説いて靡かせるようなものだ。
もちろん限界はある。
バアルが全力で攻めてきたなら、この男は一瞬で灰燼に帰すだろう。
だが、ねじ伏せるのと比べてその限界は遥かに高く。
そしてなにより。
「なんなら、試してみるかい?」
この不気味な男は、底が見えなかった。
「……引くよ」
メドーサ。
「別に、そこまでしなきゃいけない理由は無いさね。機会はいくらでもある」
「……ああ」
バアルが、背を向ける。
「待てっ!」
西条。
地に伏し、立ち上がれぬ体を腕で起こし。
「どうして、僕を助ける?」
目の前の男に、そして何より。
「二度も殺されりゃ、情も移る。そいつの、兄弟子で「仲間」だ」
メドーサ。
「……あんたの勘の良さも、理由の一つさね」
疲れたような笑みを一つ浮かべ。
ぐにゃり。
強烈な違和感と共に、メドーサたちは消えていった。
「……」
自然と視線は「男」に。
「気まぐれさ」
一言。
西条は苦笑いを浮かべる。
「それより、さっきの技「ジャスティス」とかいったか。あれだけ霊気を使いこなせるなら、十分だ」
「?」
「「宇宙の口説き方」覚えてみる気はないかい?」
沈黙。
「……ああ、ぜひともお願いしたいね。僕の「仲間」に矢鱈理不尽にもてる男がいてね。彼に負けるのは、我慢ならない――」
そこまで。
霊力と体力を使いきり、限界に達した体が重力に耐え切れなくなる。
どさり。
――ゆっくりと、目の前が暗くなっていった。
28
「……許さない」
タマモ。
全ての懺悔が終わったのか、悔恨に言葉を失ったのか。
黙する横島。
それを見下ろす、ラプラス。
彼もまた、何も語らない。
「横島」
冷たい、冷たすぎるほどの声。
「どうして、あの時話してくれなかったの」
沈黙。
問いではない。
「どうして、私以外の人がそれを知ってるの」
西条。ラプラス。ひょっとすれば他にも。
憎い。
そう思った。
九尾として、女として。
眼をつけた男が、隠し事をしていた。
それ以上に。
「そこまで、「ルシオラ」を愛してたのに、どうして「忘れる」なんて、言ったの」
雨の、森。
あそこで語られたこと、語られぬこと。
そして。
ぞわり。
押さえつけようとする心と裏腹に、こみ上げる。
「私を見てくれるっていうのも、嘘だったの」
猜疑と、絶望。そして、恐怖。

夜が、明ける。
蒼く空を照らしていた月は成りを潜め、無粋なまでに明るい日の光が全てを白日の下に晒してゆく。
誰もが疲れ眠りに深ける夜。
明けた先に、見えるもの。

29
「いったいどうしたの?あんなところで」
朝。
ずたぼろだった体はすっかり回復し、西条は眠っていた。
事務所の前で。
仰向けだったおかげで酔っ払いと間違えられ、寝ぼけたシロに蹴飛ばされた挙句
「魔族の臭いがするでござる」
鼻がいいのは分かったから、蹴飛ばす前に気付いてくれ。
女性陣に尋問を受けながら、西条は切に思った。
「……メドーサと、遣り合いました」
隠し様がない。
西条は事実だけを述べる。
「……で?」
もちろん、彼女たちがそれで納得するわけはない。
だが、他に言うこと、言った方が良いことなど一つもなく。
西条は口を噤む。
「……西条君」
唐巣。
この男も底が知れない。
どこまで気付いているのか。
「……逃がしました。いえ、逃げてもらったというべきでしょうか」
いずれ知られるなら。
何より。
この男がいれば、なんとかなるかも知れない。
真実の姿をようやく見せ始めた師の、師。
西条は訥々と顛末を語り始めた。
30
「……ふむ。陰陽連と、バアルゼブブか」
唐巣。
急速に眼が冷えていく。
「わっかんないわね。どうなってるの!?」
メドーサと横島。
二人の抱えているモノは話さなかった。
戦わなかった者が、聞いてよい話ではない。
「……次にバアルが来たときは、眷族ともども僕が引き受けよう。陰陽連が敵でないなら、遠慮もいらないだろう」
「勝てるのですか?」
西条。
目の前にあの恐怖を見た唯一の証人。
「……バアルなら、ね。他の悪魔や魔人ならともかく、バアルなら、多分退けるくらいはできる」
自信。自嘲を伴っていた。
「……聞いても、いいかしら?」
「?」
美智恵。
「あなた、一体何者なの?」
師に向ける言葉ではなかった。
「……どういう、意味だい?」
「公彦さんが、昔言っていたの。「彼の心は、まるで作られたように整然としすぎている」って。そのときは大して気にも留めていなかった。でも、今回見せた能力、最高位の悪魔を退けると言ってのけた自信。なにより――「もういい」」
冷たい、声。
彼が今まで見せたどれとも違い、また彼が隠している者が全て出揃ったような、声。
苦悩。自責。猜疑。
確かに「良心に従った挙句、破門された若き神父」としては人間的な感情といえるだろう。
たった一つ、抜けている物がなければ。
「確かに公彦君が「読んだ」僕の心と記憶は、教会が用意した「偽物」だ」
彼は、一言そう吐き捨てるように言うと、止める間も無く部屋を出て行った。
疑われずにすんだろう。例え精神感応者をもってしても。
たった一つ「自分を破門した教会への「憎悪」」がありさえすれば。
31
「しかし、あなた方は日が経つに連れ確執が強まっていきますね」
呆れたように、ベルクは言う。
流石の紳士も、耐えかねたのだろう。
一晩眠って起きると、横島は「いつもの」様子で。
タマモは「明らかにいつもと違う」様子で。
ラプラスは「異様に楽しそうな」様子で。
何度かここには入ったが、「口笛を吹く悪魔」などというものは初めて見た。
「あなた方が、悪魔の妄言に弄されるとは思いませんが」
特にタマモは、部外者のベルクにも見て取れるほど「怯えて」いた。
「気にするな」横島は、そう言った。
それは「忘れろ」という意味なのだろう。
けれど。
「お前に何が出来る?」
――そう聞こえた。
「……ふう」
ベルク。
どうしようもない、という風に。
「これは、帰り際の手土産にでも、と思ったのですが……」
一息、おいて。
「唐巣さんは、私と、私の義父の恩人なんですよ」
ベルクは、独身だった。
32
煙草を吸うのは久しぶりだ。
それでも、初めて吸ったときのように咽込んだりはしない。
体に染み着いてしまったモノ。
少し、恨めしかった。 
紫煙をくゆらせる。
吐き出す煙に、自分を映していた頃。
吐き出す煙の中にしか、居場所がなかった頃。
「ずいぶん、早いな。バアル」
吐き出す煙に映ったのは、変われなかった自分と、変わろうとする前の自分だった。
「私の眷属が、君のことをいたく嫌っていてな」
蝿。
集まり、異形をなす。
幾千が集いて獣となり。
幾万が集いて人形となり。
「眷属?必至に吐き出した、自分の汚れのことかい?」
双方の目は、限りなく冷たく。
唐巣の寄り掛かっている自販機を囲むように集う、化け物。
組まれた円の中に、バアルと唐巣が対峙していた。

「神を憎みし寵愛者」
そして
「魔でありながら神に与した者」
持つ牙は、あまりに鋭かった。
振るたびに、自身さえ切り裂いてしまうほどに。

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