ザ・グレート・展開予測ショー

私の夢は世界征服です


投稿者名:黒衣の僧
投稿日時:(04/10/13)


「あれ … ここは ・・・ ?」

僕が意識を取り戻したとき、最初に目に飛び込んだのは、乱雑にモノが散らばったテーブルだった。
どうやら、自分はソファで眠ってしまったらしい。
何時か分からないが、外はまだ暗い。
部屋の明かりは点いたままだ。

まだ頭が少しぼうっとしていたが、僕は何があったか思い出した。
今夜は自宅でパーティーをしたんだった。

それは葵曰く「仲直りパーティー」。
僕は「超能力除去」という新技術の実験のため、一ヶ月も彼女らを放置してしまった。
関係修復のため、葵の提案で開催されたのがこのパーティーだ。

その席で、僕は予想通り薫のリンチを受けた。
葵と紫穂は事情を分かっていたが、薫は完全につんぼ桟敷にされたのだから怒るのも当然だろう。
よく憶えていないけど、天井や壁を何度も往復した気がする。

そしてそのまま失神して今に至る … わけではない。

僕は失神なんてしなかったし、薫は何も壊さなかった。
壁も、天井も、家具も、そして僕の眼鏡も。
出会ったばかりのころとは違い、能力を抑制することを完全に覚えている。

「もう絶対こんなことするなよ!」

そう言った薫の顔には、単なる怒りではなく、もっと複雑な感情が浮かんでいた。
彼女たちは確実に成長していた。


ではなぜ、僕が意識を失っていたか?
それは簡単だ。
飲み潰れて眠ってしまったんだ。

その夜、僕は久々に酒を浴びるほど飲んだ。
かつて“クソガキ”と呼んだ彼女たちに呆れられるほどに。
こんなに飲んだのは、学生時代以来だろうか?
そして、そのまま眠ってしまった。
これじゃ「仲直り」どころじゃないな…。

それだけ僕は嬉しかったんだと思う。
長い間、僕を苦しませていたあの“予知”。
決して満足な解決法ではないが、いざとなれば、最悪の結果だけは回避できる。
いわば“保険”ができたようなもの。
心の重しが取れて、つい度を越してしまったんだ。


まわりを見回すと、テーブルだけでなく、あらゆる場所に物が散らかっている。
食べかけのピザや、お菓子、ジュースのボトル、コップ、等々。

絨毯の上では、薫と葵が寄り添うように眠っていた。
さっきとは逆に、この寝顔を見ると、まだまだ子供なんだと思う。
幸せそうに笑顔を浮かべている。

僕はこの笑顔を守れるだろうか?

あの「超能力除去」実験は、紛れもなく人体実験だった。
この実験に志願したエスパーは、僕に感謝してくれたけど、そんな筋合いはない。
子供たちを守るため … 少なくとも命を守るため … 僕は彼女を利用したに過ぎない。

薫はワインの瓶を抱えていた。
僕の飲み残しを二人で飲んだのだろうか、まったくしょうがない奴だな…。

僕は彼女らの毛布を掛け直した。

そういえば、僕が目を覚ましたとき、僕の体にも毛布が掛けられていた。
これを用意したのは…

「目が覚めたんですか?」

紫穂だ。今まで隣の部屋にいたのだろう。

「君は寝てなかったのかい?」

「はい。」

そういう彼女は寝巻き姿だった。眠ろうとはしたのだろう。

「薫ちゃんと、葵ちゃん、むくれてましたよ。
 皆本さんが先に寝てしまったから。」

それはまずい。朝になったら、またひと騒動だな。

「少し…お話していいですか?」

「ああ。」

話をするために、僕は再びソファに戻り、紫穂はその左隣に腰掛けた。
紫穂は僕が寝ている間、ずっと考え事をしていたのだろうか?

「触れてもいいですか?」

僕は頷いた。
彼女の左手には、あの指輪はない。大事な話があるということだ。
僕のいないところでは決して指輪を外さない…それが、僕と彼女の約束。
彼女は忠実にその約束を守っていた。

紫穂は自分の右手を僕の左手の上に置いた後、前置きを省略して
本題の質問をぶつけてきた。

「皆本さんは、私たちの超能力を除去するつもりですか?」

この質問は厄介だ。何しろ自分でも迷っているのだから。
そして僕が迷っていることを彼女は知っている。

「しないよ。」

「それは嘘ですね?」

紫穂との会話では、自分はしゃべる必要はない。
だが、言葉にすることで自分が何を考えているか整理することができる。

「一般的に言うと嘘ではないよ。
 僕は、君たちが望まない限り、超能力を除去することはしない。
 あれは、超能力が本当に害にしかならない人か、
 超能力を重大な犯罪に使った人にだけ適用されるだろう。
 君たちはそのどちらにも当てはまらない。
 それに、その作業には一ヶ月も掛かる。
 相手の同意がないと、そんなことはできないよ。」

「でも、超能力を取り除かないと私たちに不幸が降りかかる事態になったら?」

その言葉で、僕はまた伊号中尉の予知を思い出した。
普通人とエスパーが戦い、僕が薫を撃つ未来を。

「皆本さんは今、あの事を考えているんですね。
 プロテクトが掛かっているせいで、内容は分からないけれども、
 それについて考えている、というのは分かるんです。」

紫穂がプロテクトの話をしてくれたのは、あの事件のすぐ後だった。
不思議なことに伊号中尉の予知に関して、僕がいくら考えを巡らせても、
それが透視できないらしい、紫穂にさえ。
逆に、僕が何らかの形で他者に伝えようとしても、それが実行できないのだ。

これは比喩ではない。
声に出そうとすれば、声が出ず。
何かに書こうとしても、手が動かなくなるのだ。

プロテクトのことを、紫穂が教えてくれたことは幸いだった。
そうでなければ、彼女を遠ざけるか、彼女にも重荷を背負わせるか、
難しい選択で悩まされただろう。
尤も、後者の選択はプロテクトのせいで、実行不可能なのだが。

「君には、プロテクトは解けないのかい?」

「何度もやってみたんですが、だめでした。」

彼女はプロテクトの内容が不吉なものであることを感じているはずだ。

彼女はその能力のせいで、心に多くの傷を負っている。
人々が無意識に抱く思考が、彼女をどれだけ苦しませて来ただろう。

『慣れてますから』

いつか、涙を堪えながら、彼女がなんとか搾り出した言葉を思い出す。
この上、僕の悩みまで背負うつもりなのだろうか。

「試してみたいことがあるんです。協力して貰えますか?」

「もちろん。でも、何をすればいいんだい?」

「私がいくつか質問をします。
 それにすべて、はい、で答えてください。」

紫穂はそういうと、僕の左手の上に、もう一方の手を置いた。
そして目を瞑った。
集中して、わずかな反応も逃さないつもりらしい。
僕は彼女が何をしようとしているか理解した。

「最初の質問です。
 あなたはイルカのおじいちゃんと話をしましたね。」

「はい。」

「その中には予知の話もありましたね。」

「はい。」

「その予知には、私たちの未来に関する予知も含まれていましたね。」

「…は…い」

声が上ずった。質問が“あの事”に迫ってきたからだ。

「その予知には私たちのうち、一人以上の死が含まれていましたね。」

「 … 」

今度は完全に言葉が出なかった。
この沈黙が質問に対する肯定の返事となった。

紫穂は目を開け、両手を離した。

「今日はここまでにします。
 これ以上は、私もちゃんと心構えをする必要がありそうですから…。
 でも、これで皆本さんが私たちを遠ざけてまで超能力除去に取り組んだ
 本当の理由が分かりました。」

僕は答えることができなかった。
またしてもプロテクトがそれを阻んだのだ。

「このまま特務エスパーの仕事を続けていると、私たちの誰か、あるいは全員に死が訪れる。
 けれど、私たちの超能力を除去できれば、その未来は回避できる…。
 プロテクトのせいで答えられないのは分かっていますが…、
 そんなところでしょうか?」

この質問にも答えることができない。
頭の中でなら、もっと正確な内容を浮かべることができるのに。

話題を変えることによって、ようやく僕は何とか口を開くことができた。

「でも、こんな方法、どうして思いついたんだい?」

「仕事で警察に行ったことがあるからです。」

そう、紫穂は嘘発見器代わりに、警察から重宝されている。
無論、大半の依頼はバベルが断っているのだが、重大事件の時はさすがに断れない。
裁判では透視の結果は証拠として採用されないのだが、隠された事実が分かることで、
捜査が非常にやり易くなるのだ。

どうやら今回の試みも、その経験をもとに思いついたらしい。

子供は教えなくても自分で学習する力を持っている。
紫穂のように賢い子は特にそうだ。

… いや、紫穂を“子供”として扱うことがすでに間違いなのかもしれない。

僕は彼女を対等な相手として扱うべきなのだ。

「実を言うと、超能力除去ができたとしても、根本的な解決にならないことは
 僕も分かっているんだ。
 仮にそうすることによって、君たちを…救えたとしても、普通人とエスパーの
 対立の構図を何とかしないと、別の…犠牲が出るだけだ。」

僕は言葉を選びながら慎重に話した。プロテクトが働かないように。
それでも真相に近づくたびに声が詰まりそうになる。

「普通人とエスパーが共生する社会は、自然に訪れる。
 うまく共生を成し遂げた国が繁栄し、失敗した国が没落することによって。
 …でも、それには長い時間が掛かるし、それまでにたくさんの血が流れるだろう。
 そして、何より…」

「私たちには間に合わないんですね。」

言葉を続けられない僕を、紫穂が補足した。
これで、次の質問にも彼女が的確に答えてくれると確信できた。

「紫穂、君の意見を聞かせて欲しい。
 君たちに超能力除去の措置を受けるよう言ったら、
 みんなは受け入れるだろうか?」

紫穂は少し考えてから言った。

「薫ちゃんと、葵ちゃんは、たぶん断ると思います。」

あの予知を知らなければ、薫と葵には超能力除去の措置を受ける理由はない。
むしろ、薫と葵に超能力除去を強要すれば、彼女らは僕から離れ、
却って予知の通りになる可能性がある。

「君自身はどうだい?」

「私は…
 皆本さんが望むなら、その通りにします。」

「今度は君が嘘をついているね。」

さっきのお返しだ。
自分の方こそ子供じみているけれど、こんなやりとりも楽しい。

「そんな答えなら、一晩中寝ずに考えたりしないはずだ。
 僕の意志は関係ない。
 君がどうしたいのか、君自身の意志を聞かせて欲しい。」

「私も嘘はついていません。
 自分より、皆本さんの意志の方を優先したいんです。
 でも、自分の意志がどうかと聞かれれば…
 私は…、
 私は今のままでいたいんです。」

僕はこの答えに満足した。
自分が苦労して用意した手段が、まったく使えないことが明らかになったのに
なぜそう思うのだろう?

「正直、私もまだ迷っているんです。
 この能力のせいで、今までいっぱい苦しいことがありました。
 何度も、こんな能力さえなければ、と思いました。
 これから、もっと辛いことがあるかもしれません。
 でも、それは私だけじゃないんです。
 普通の人も、それぞれに悩みを持ち、耐えながら生きているんです。
 私にはそれが分かります。
 それに、悪いことばかりじゃありませんでした。
 この能力のおかげで、薫ちゃんや葵ちゃんに会えました。
 皆本さんにも会えました。
 超能力を取り除くことによって安全になっても、
 大切な人たちとの絆を失っては意味がありません。」

「普通人になれば、新しい絆ができるかもしれないよ。」

「私には今の絆が一番大事なんです。
 …それに、超能力を取り除いても私たちは安全とは言えません。」

「え?」

「狂信的な人たちにとっては“エスパー”も“元エスパー”も関係ないんですよ。」

確かにその通りだ。
何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろう!

紫穂は僕の心理を知り尽くしている。
僕を説得しようと“情”と“理”の両面から訴えてくる。

「私たちは皆本さんに会って初めて、夢を持つことができたんですよ。
 例えそれが本当に“夢”に過ぎないとしても、今はそれを信じたいんです。」

そう、それは“明るい未来を信じる夢”だ。
ようやく僕は彼女たちの運用主任になったばかりのことを思い出した。
あの時は、僕も明るい未来を信じていた。

でも、あの予知を見せられてから、僕は焦りを覚えた。
いくら考えても、有効な対策を得られなかったので、手近な解決策に飛びついてしまったのだ。
それが安易な妥協だと分かった今、僕はもう一度原点に立ち戻らねばならない。

「君の言うとおりだね。僕も夢を信じて戦うよ。
 きっと良い方法が見つかるはずだ。」

その答えに満足したのか、それとも僕の表情を見て安心したのだろうか、紫穂は席を立った。

「まだ、朝までには時間があります。
 私は隣の部屋で休みますから、皆本さんも少し寝てください。」

そして、「おやすみなさい」と呟いた紫穂に「おやすみ」の言葉を返そうとしたとき、
ふとあることが閃いた。


僕はいたずらっぽい口調で彼女に言った。

「そうそう、君には言ってなかったけど、普通人とエスパーが共生する社会を
 短時間で実現する、良いプランがあるんだ。」

この言葉に紫穂は心底驚いたように振り返った。

「えっ? そんなこと一度も…」

心に浮かべたことがない、って言いたいんだろう。
そりゃそうだ、僕だっていま思いついたばかりなんだから。

「僕が着任したころ、君たちが書いた作文を憶えているかい?」

紫穂は思い出すのに少し手間取ったようだった。

「もしかして“世界征服”って書いた、あれですか?」

「その通り。
 君たちの代わりに僕が世界を征服するのさ。」

紫穂の目が点になった。

「それで、普通人とエスパーの共存政策を押し進めるんだ。
 どうだい、いいプランだろ。」

「その冗談、あまり面白くないですよ。まだ酔いが残ってるんですか?」

紫穂は呆れたという口調でそう言うと、隣の部屋に入ってしまった。


違うよ紫穂。
これはあながち冗談とは言えないんだ。
伊号中尉が、ぼくに掛けたプロテクト、これは完全な“思考調整”だ。
相手の思考と行動をコントロールし、なおかつ精神に何の損傷も与えない。
この原理を解明し、応用すれば、きっと他人の思考を調整できる。それも安全に。
それで世界の要人を片っ端から、共存政策推進派にすればいい。
この方法なら、裏から世界をコントロールできる。

もしかすると中尉はこのために、ぼくにプロテクトを掛けたのだろうか?
あれ以来姿を見せないのも、もう自分の仕事は済んだと考えたから?

とにかく、自分に掛けられているプロテクトの性質を調べてみよう。
今まではそんなこと考えたこともなかったけれど。

『私の夢は、世界征服です。』

薫、葵、紫穂。
君たちもちょっと手伝ってくれないか。

「僕の夢も、世界征服さ。」


そろそろ、また眠気を催してきた。
彼女たちと同じ夢を見ることを願い、僕はまどろみに身をゆだねた。



 

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