ザ・グレート・展開予測ショー

逢魔の休日 -No Man Holiday- <Scene 13>


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(04/10/12)

「ベスパッ! どういうことなんだ!」

ついさっきまで二人の会話に口を挟めなかった横島が、容易ならぬ台詞を聞いてベスパを問い詰める。
ヴァチカンに入ると聞いて、こんな事態になることは簡単に予測できた。
だからこそ一刻も早くこの場を立ち去りたかったのであり、この展開そのものには落胆こそすれ、さして驚くほどのものではない。
得体の知れぬ男が敵で、ベスパを倒そうとすることも、そして、その可能性が充分にあるだろうということも予想の範疇だった。
しかし、その男の言った一言が横島を激しく動揺させた。

我が事のようにいきり立つ横島に対し、ベスパはどう話していいか迷っていた。
別に黙っていたつもりもないのだが、ある意味ですっかり騙されていた横島はすぐには収まりそうもない。
理不尽な怒りの目を向けられて困惑するベスパに救いの手を差し伸べたのは、敵であるあの男だった。

「なんだ、気が付いていないのかい? 彼女は今日、長くても明日までの命なんだよ」

「うそだっ!!」

「うそなものか。君も彼女たちが作られた経緯は知っているだろう? そして、それがちょうど今から一年前、というわけさ」

「そ、それは―――――」

「彼女に埋め込まれた自滅機能はすでにカウントダウンを始めているはずだ。こうして時間を無駄にしている間にも、いつ作動してもおかしくはない」

「だ、だけど、それはたしかに―――――」

そこまで言って横島は、はっと気が付いた。
男の言う自滅機能とやらは、南極から戻ってきた時に確かに除去したはずだった。それは間違いない。
だが、あの時ベスパはどこにいた? そして、その後は?
事件が終わった後、ベスパは本人の希望で魔界の軍隊に入ったと聞いた。その時は?
横島は頭を振り絞って思い出そうと努めるが、そのことを裏付ける記憶は欠片も見つからない。
あの時、ベスパの寿命について触れた者は、およそ自分の知る限り誰もいないのである。

「―――何故だ?」

横島は悔しそうな顔をしてベスパに振り向いた。
心底裏切られた、そういう思いがしてならなかった。
ベスパはそんな横島を見て、辛そうな表情を浮かべながら言った。

「―――言ったろ。あたしはアシュ様について行く、って」

その一言に、横島は大きな衝撃を受けた。
ベスパがアシュタロスを愛していたことは知っていた。
それ故に仲の良かった姉妹と袂を分かち、アシュタロスの真の願いを叶えるために、彼を裏切って死を成就させたことも知っていた。
だが、アシュタロスが死んだ後も、彼の意図に殉ずるつもりで生きていたとは知らなかった。想像すらできなかった。
死してなおもベスパを呪縛するアシュタロスに、横島は僅かな怒りと猛烈な嫉妬の念を抱いた。


ベスパは自分にぶつけられる激しい感情を黙って受け止めていたが、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。
刻一刻と時間が過ぎ去っていくのを感じてもいたし、あの男を待たせておくのも悪いような気がした。
無論、時がくれば横島のことなどは無視して始めるだろうが、出来れば無用な犠牲は避けたいのが共通した思いでもあった。

「―――ヨコシマ」

それまで黙っていたベスパが、そっと横島の名前を呼ぶ。
幾分かは落ち着いてきた横島の胸を撫でるように手を触れる。

「さよなら」

そう一言呟いて、手のひらに力を込めて横島の体を突き飛ばす。
霊波砲の要領で放たれた力は危害を加えるほどの威力はないが、まったくの無防備だった横島は文字通り大きく弾き飛ばされた。
大理石の床に巧妙に隠された結界を越えるのを確認すると、安堵したようにかざした手を下ろした。
そして、それが決められた合図であったかのように男は何ごとかを唱え始め、すぐさま結界を発動させた。

「―――――――――――――――――――――ッ!!!」

ベスパの身体を青白い光が囲み込み、身を切り裂くような激痛が走る。
身動きの取れぬ光の中で、ベスパの長い髪だけが悶えるかのごとく激しく蠢いていた。

「ベスパーーーーーーーーーーーーッ!!」

その光景を目の当たりにした横島が叫ぶ。
今すぐに助けに駆けつけようとするのだが、ベスパの仕業なのか体が痺れて思うように動かせない。

「ベスパーーーーーーーーーーーーッ!!」

横島はもう一度叫ぶ。
彼には最早、叫ぶことしか許されてはいなかった。


「くっっ―――――!!」

男はなおも精神を集中させながら、我が身に跳ね返ってくる苦痛を堪えていた。
もとより彼女に抵抗するつもりがないのはわかっていたが、それでも強力な魔族である彼女を滅ぼすには術者にも相当な負担を強いられる。
生半可な者ではそれに耐えられない以上、自分がやるしかない。
ともすれば意識が途切れそうになるのを押さえ、自分を奮い立たせて力を込める。
一刻も早く終わらせてこの苦痛から自分を、そして彼女を解放するために。

いつ果てるとも知れぬ責め苦を受けながら、決して声を漏らさぬように歯を食いしばる。
力を抜いてしまえば早く楽になれるのはわかってはいるが、ヨコシマの見ている目の前で無様な姿を晒したくはない。
断末魔の叫びなど、決して聞かれたくはなかった。


さほど長くもない時間が過ぎた後、ベスパは自分にようやく終りが近づいてきたことを悟った。
己の意思とは別に抗い続けてきた身体も臨界点を越え、少しずつではあるが霊基構造が崩壊し始めてきたのが感じられる。
四肢の末端の感覚はとうに失せ、もはやそこに存在しているかどうかすらわからなかった。

着実に死へと向かうベスパには、気がかりなことがあった。
それは、自分を滅するまであの男が持ちこたえられるのか、ということだった。
仰け反るように締め付けられる結界の中では、頭を動かして見ることも叶わないが、それでも術者の男のほうも限界が近いことがわかる。
依然として強力な力を出し続けてはいるが、ときおり力の抜ける揺らぎが生じ、次第にその幅が大きくなってきていた。
彼が万が一でも失敗するようなことがあれば、自分に残されたのは自滅機能の発動という死しかない。
それを避けたいからこそ自分はここに来たのだし、それが出来るのは敵であるあの男しかいない。
ぼんやりと霞み始めた視界の中で、彼に力を貸してくれるよう、天を仰いでベスパは祈った。

悪魔に、そして、神に―――――

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