ザ・グレート・展開予測ショー

雨(15)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/10/10)

12
「……どういうこと?」
沈黙。
ようやく紡ぎだした一言。
「……?」
横島。
「一体何を隠してるの?」
あきらかに、おかしな会話。
「……」
「ルシオラは、生きてるの?」
「……」
死んだ恋人に、ただ死んだままならば「拒絶」はありえない。
「どうして横島が、大破壊なんておこさなきゃいけないの?」
同じ体験。「この」横島も、世界を壊すに足る体験をしている。
「いったい、何があったの?」
月は、変わらずそこにあり。
横島は、変わらず微笑む。
だが。
「恋人殺し。って、どういう意味?」
ラプラスの、挨拶。
かの男なら、諧謔にそういう言葉も吐くだろう。
だが。
「あの時、横島、笑ってたわよね。私に話したとき、あんなに辛そうにしてたのに。どうして?」
疑問。疑問。疑問。
「ねえ、答えてよ。いったい、何を隠してるの?「知らなくちゃいけないこと」って、いったい何!?」
全てが、そこに収束する。
タマモは、そう感じていた。
横島は、しばし目を閉じる。
全て、話すこと。
隠していたわけではない。
ただ。
横島は、笑い出した。
可笑しそうに。
愚かしそうに。
声を上げて。
いつもの微笑ではない。
「くっくっくっ。あはは。あははは」
耐え切れないというように。
タマモは、信じられなかった。
壊れた。
これ異常ないほどの「狂気」
蒼い、月。
荘厳なる、教会。
整然とした、芝生。
グラスに注がれた、透明な赤。
青白い、光。
「あははは。くっ。かっ。はははは」
何と乾いた笑いだろう。
なんと悲しい声だろう。
「あはは。あっははは。ははははははは」
そして、それは、なんと美しいのだろうか。
横島は、語りだす。
笑みを浮かべたまま。
自虐でも、憎悪でも、憤怒でもなく。
まるで、今日の出来事を母親に語る子供のような。
あまりにも純粋で、朗らかな仕草で。
あまりにも無残で、壊れきった。
それゆえに、あまりにも美しい「出来事」を。
13 
「それが、君の「本当の姿」かい?」
西条は、問う。
「……あんたも、知ってたのかい」
メドーサ。なのだろうか。
純白の衣装を身にまとい、金色の剣を下げる神々しいまでの美女。
「横島君に教えたのは、僕だよ」
後悔しているがね。西条は苦笑した。
「……なら、いいだろう?横島を呼んできておくれよ。他の奴に、興味は無いんだ」
魅了するようなその声。
ただ、疲れ切っていた。
「同情するがね。今の横島君に、これ以上重荷は増やせないんだ。「横島君に君を殺させるわけにはいかない」んだよ」
彼女の目的。聞けばおそらく、横島は躊躇わずに彼女を「殺してやる」だろう。だが。
「救いは、もう少し待ってくれ」
「……嫌だ。といったら?」
「……僕が、力ずくでも止めるよ」
戦う者の声ではない。
一人は疲れ果て。
一人は同情と躊躇い。
だが、双方は剣を持つ。
――激突は、必至。
14
「killing lover」
「恋人殺し」と訳されるこのあだ名には、もう一つの意味がある。
「killing lobor」
彼の、「アルバイト」。

きっかけは、西条の一言だった。
「君の恋人を、生き返らせる研究をしているところがある」
西条の表情は、苦痛に満ちていた。
「……もし、そこが君に協力を求めているといったら、君は、どうする?」
どちらが、正しかったのだろうか。
今でも、分からない。
ただ。
横島は、初めて人を殺めた。
その感触は、今でも残っている。
大量の、「恋人たち」を殺めた感触と共に。
何時までも消えることなく。
15
「……ここか」
私有地。と書かれた柵をこえ、五キロほど歩いたところに、それはあった。
うっそうと茂る森の中、ぽっかりと。
「○○大学研究所 特別棟」
苔むした、看板が立っていた。
「霊体ゲノム」
霊気がゲノム構造を取ることが判明したのは、神族がもたらした英知だった。
核酸のソレと、発見は同じくらいの時期。
だが。
生物のソレが大々的に報じられたのに比べて、霊気のソレはあくまで極秘裏なものだった。
理由は簡単。
「神は、人に似て、人に似すぎていてはいけない」
神が研究対象になることは、表立っては出来ない。
それゆえ、ひっそりと進められてきたのだ。
そして、その研究は無信仰の日本が、技術力とあいまって世界のトップを独走していた。
「セントラルドグマ」、「核の全能性」
極秘裏ゆえ世界に公表されること無く。
島国ゆえ真に隠したい情報は漏れ出すことなく。
独自の信仰ゆえ国の賢者を躊躇うことなく。
進められ、発見され、利用されていく事実。
そんな中起こった絶好の「サンプル」。
「アシュタロス事変」
神魔が入手しにくい上等の霊気を肉片として落とし。
人の中の異端がその力を躊躇い無く発し。
上級の魔属がその研究を公表する。
しかも舞台が「日本」。
「世界を覆い尽くすほどの結界」に加え、
「究極の魔体」
「コスモプロセッサ」
「逆転号」
「魂の結晶」
そして
「上位者によって創り出された魔族の「霊気構造」」
全てが、研究者たちが狂喜するほどの「サンプル」。
神や悪魔の「クローン」。
新たなる神の「創造」。
人にとって、これほどの境地があるだろうか。
研究者たちは一様に、この時代に生まれたことを「神に感謝」した。
固体名「ルシオラ」のクローン実験も、そんなプロジェクトの一つだった。
16
「ようこそ。一同、あなたのお越しを歓迎いたします」
呼ばれるたびに不快感が募る「英雄」という呼称。
横島は軽くいなすと声をかける。
「ルシオラを、復活できるのか?」
男、宝条は痩せこけた顔を吊り上げる。
「……あなた、次第です」
実は、クローンそのものは頭脳的な問題よりも、技術と、条件的な問題が強い。
そして、それはとっくに実現しているのである。
羊ドリーのそれと変わらないくらいに。
それをもたらしたのが後に同様の技術で「復活」を果たす「メドーサ」であったのは、皮肉としか言いようが無いが。
ただ、戦闘能力という本能のみに特化した「鳥獣型」や、存在に霊具を用いることで現象が容易い「精霊」ではなく、高度な知能行動と、霊気を操ることに長けた純系の「魔族」は、初めての試みであった。
いかに媒介を用いて作られた「簡易型」魔族であろうとも、これが可能になれば神魔の創造も視野に入る。
小説でさえ荒唐無稽と切り捨てられ、人類が夢にも見なかった高みへ到達できるのだ。
その研究に携わる者が誰しも狂気にとらわれていたのは、無理からぬことだろう。
「あなたの「霊気の流れを操る」力をお貸し願いたい」
宝条は、そう言って笑った。
17
「……やるねぇ」
メドーサ。
舞踊のような光景だった。
「高貴な剣とやらが、これほどのものだとは思わなかったよ」
メドーサが治めてきた、全ての「邪道」が、無効化され、出す暇も無く詰められる。
よって、苦手な「正々堂々」でやるしかなくなる。
劣勢だった。
「正道とは、あらゆる場合において、最も効率的な技の集大成を言うのだよ」
西条の、持論。
「小竜姫のは、どうなるんだい?」
「……努力の、差だよ」
事実。
西条は、剣術において小竜姫に負けるとは思っていない。
逆鱗や、神である力。
そういった「圧倒的な」力の前には無力。だが。
「「裏技」や、「邪道」しか極めてこなかった君じゃ、僕には勝てない」
血を吐き、体を糸だらけにしながら。
「劣等感」を拭い去るために極めてきた剣が、小竜姫やメドーサのような「始めから力を持っていたもの」に負けることは、許されなかった。
かつて自分が「力ある者」だと思っていたからこそ、なおさらに。
「「正道を極める」ということはその戦い方を極めることだ。武器が同じなら、僕は誰にも負けない」
無傷の西条。
致命傷はないとは言え、服は破れ、鮮血が滴るメドーサの体が、それを事実たらしめていた。
「……惨めだねぇ」
裏を返せば、そうやってしか、太刀打ちできないということ。
メドーサが、笑う。
清楚な服を赤く染め、美しき顔を歪め。
たとえ、姿が変わろうとも、彼女は「メドーサ」だった。
「……君ほどじゃないよ」
西条は、顔色一つ変えずに返す。
「神によって邪に落とされ、蛇となった挙句、人によってかつての姿を無理やり呼び起こされた、君ほどではね」
18
塩基ゲノムには無く、霊体ゲノムにしか考えられないと思われていた研究課題は数多在る。
霊気と密接な関係があるといわれる「精神」と「記憶」に関する課題もその一つだった。
存在として下等なものなら構造が単純ゆえ、まだなんとかなる。
だが。
「魔族」といった高度な霊基生命体に、ごまかしは効かない。
特に、魔族や神属は、同個体で、転生や堕天を行うため、その「精神」の固定が容易ではない。
例えそれを行っていない「生まれたて」といえども、その問題は困難の一つだった。
だが、もしこの問題が解決すれば。
「マインドコントロール」という言葉が、死語になる。
存在そのものから、意識野を操れるのだから。
「ルシオラクローン」は、ありとあらゆる意味で革新的な実験だったのだ。
そして、その解決策こそが横島の持つ力だった。
まず、横島が行ったのは自分の力を完璧に操ること。
メドーサ戦で見せた霊気の刃も、その過程で生まれた。
霊波を溜め、まとめて放つ。霊気版衝撃波であるそれは、そのあり方ゆえ、神魔に対する防御不可の刃足りえた。一つに圧縮された波である以上、方向さえ注意すれば結界もすり抜ける。
それはさておき。
完全に統制されたプランと、本人の熱意。
事務所の帰り。夜という限られた時間でも、特訓は目覚しい効果を挙げた。
ルシオラの復活。
彼の頭にはそれしかなかった。
自分の体を、そのための「道具」と見始めたのもその頃からだ。
「修/理」「起/動」を埋め込み、休む時間を極力廃する。
これは、チーフスタッフである宝条の考え方とも一致したがゆえ、技術の習得をより一層のものにしていた。
横島にとってはルシオラ復活の、宝条にとっては「魔族クローン」及び「対神魔兵器製造」実験の。
「横島忠夫」は道具でしかなかった。
19
「僕は、止められなかった。どうしていいか分からなかったんだ。それほどまでに、人を愛したことが無かったから。自分の命さえ無価値になるほど、人を想ったことが無かったから」
西条は、対峙する。
「それが、正しいのか、間違っているのかも分からなかった。ただ、僕に口を出す資格は無い。それだけだったんだよ」
「……あんたは、あいつの仲間だったんじゃないのかい?」
メドーサ。
もとより共に戦意など無いのだ。くだらない。そう思いながら剣を振る。
「仲間?彼に、仲間なんていないさ。自分の周りの者なんて、自分に価値が無いのにどうして意味がある?ルシオラ復活こそが彼の全て。そういう意味では、宝条だけが、彼の仲間だったのかもね」
金属の、鈍い衝突音。断続的に響く。
「思い余って「彼女」たちに伝えようとしたとき、彼はなんていったと思う?」
「……」
金属音。
「「好きにしろ。追い出されれば、ちょうどいい機会だ。特訓に集中できる」。そういわれて、どうして伝えられる?思えば、あの頃からとっくに、彼は壊れていた」
「……どうして、止めなかった?」
「……?」
憤怒。隙を突いて。いや、予期せずして西条の剣がメドーサを削ぐ。
血が、滴り落ちる。
「さっきから聞いていれば……。悪魔なら、付け入る隙に小躍りして喜ぶだろうよ。疑問符付の選択する前に、やれることがいくらでもあったんじゃないかい?」
「!?」
西条の、動きが止まる。
「……邪眼かっ!」
メドーサ本当の力は石化などではない。その名に冠する「支配」。
「あんたじゃ、役不足だよ」
鋭い、眼。
ざくり
「……っ!」
シャツに滲む血がぬらりと光る。
「横島の「兄弟子」?笑わせてくれる。あんたは自分が示した選択肢にも、責任がもてない、ただの甘ちゃんだ」
ざくり
「横島に殺される?それが私の目的だと思ってたのかい?逆だよ。あいつを殺してやる。それが、私がメドーサである証明なのさ」
ざくり
血が、吹き出る。
主のいない糸繰り人形のように、肩を吊り上げた西条。
「……ははっ」
「なにが、おかしい」
「惨めだな。と思ってね」
「その姿の、あんたがかい?」
「……違うよ」
だらりと下げた腕、申し訳程度に握られた、剣。
「君の言っていることは「もしこうなっていれば私はこんな目に合わずに済んだ」という、敗者の論理だ。彼にその選択肢をこそこそ隠しているのが正解?彼が本気で決めたことを無理やり止めるのが正解?ふざけるなよ。僕は確かに後悔している。IFは考えるさ。だが、もう一度選びなおすとしても、同じ選択だ」
「……だまれ」
ざくり
苛立ち、憤怒。図星を指されたことへの戸惑い。
「彼がどれだけ壊れようと、その責任を受け止めこそすれ、違う方が「正義」とは思わない。僕の選択は、何時だって僕の「正義」だ」
ジャスティス。彼の矜持を冠する刀身が、光る。
「僕は自分の剣に誇りを持っている。剣を持ちながら敗北することは、僕のプライドに反するんだよ。そして……」
ミスリル。破魔の金属によってつくられた、剣。
そこに、霊圧をかける。
精神対、精神。
「「造られた存在」であることを知りながら、新たな自分になることでも、潔く消えることでもない。「前の自分に同じる」なんて選択を選ぶような弱者に負けるのは、僕の「正義」に反する」
全ての呪縛を粉々に破壊し、西条は、剣を構える。
「それで?なにを見せてくれるんだい?」
メドーサは微かに笑みを浮かべた。
20
全てはうまくいっているかに見えた。
少なくとも宝条は、そう思っていた。
自分の実験には珍しく「理解ある」被験者。
予定通り、いや、それ以上に成長し、整っていく「舞台」。
ただ一つ惜しむらくは、彼に「人間的」配慮が欠けていたことだろう。
最後の最後の段階で、「横島」を見抜けなかったこと。
それさえなければ、彼の名は研究者として裏とはいえ、名を馳せていたはずだ。
尤も、研究に取り憑かれたこの男が、名声など望むはずも無いが。
「君の力は、十分です。シミュレーションも成功、データも取れました。後は、実践だけです。本当に感謝しますよ。……さて、参りましょうか」
滅多に述べない心からの礼まで述べて、彼は歩き出す。
ルシオラの復活。
横島もまた、後を追う。
螺旋階段。
虚ろな靴音が、地下から響き渡る。
どの位降りただろうか。
ようやく、底に着く。
扉。
重い音を立てて、それが開いていく。
横島は、ようやく「当たり前の事」に気付く。
絶望と、狂気と共に。
ルシオラ
最愛にして、なによりも、他の全てと引き換えに望むもの。
ルシオラ
愛し、愛され。世界と引き換えという選択ですらIFを怖くて覗けぬもの。
ルシオラ
大樹ほどの太さで無数に聳えるカプセル。
培養液に浸され、数多のチューブに繋がれ。
その全ての中に「彼女」が浮いていた。
「さて、この中から一つ、お好きな「モノ」を差し上げましょう。あなたの思うとおりに、精神を「創って」ください。方法は、指示した通りで結構です。それに関しては、私は何も言いません。まあ「時々経過は聞かせて」もらいますが。あと、「その他」のモノへの「精神創造」は、こちらの指示のとおりに願いますよ?」
時間にして、一時間は経っていないに違いない。
研究所内には、唯一人として生存者は残らなかった。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa