ザ・グレート・展開予測ショー

月に歩けば 二話。


投稿者名:cymbal
投稿日時:(04/10/10)



徹夜明けの頭にぼんやりと街の景色が流れる。
右から左へ。糸を引くように。始発の電車内。


昨日も忙しかった。他に別に言う事は無い。
仕事の内容も何も覚えて無い。いや覚えていたく無いのか。相変わらず、毎日忙しい日々が続いている。
雇い主のあの人はもっと忙しそうだが。それぐらい立て続けに何かが起きている。
近い内に何か大きな事件でも起こるのかも知れない。正直そんなのゴメンだけど。


電車の窓から空を眺めると、朝日が雲間から顔を出し、太陽が自分の顔を照らす。
止まりそうな思考回路が少しだけ活動を再開し、ふと一つの記憶が呼び覚まされる。





・・・あの夜の事を。
今でも思い出す。月の照らし出すあの世界。
遠くから見てるだけで手の届かなかった場所。そして地面に降り立つ「魔女」という名のお伽話。
別に魔女が特別だって言ってる訳じゃない。ただ・・・あの晩の事は夢だったのかも知れない。


まるで魔法にかかったかのように・・・あの日の月は大きく見えた。世界に二人だけ。
街は静けさに包まれ、道はどこまでも続いていた。どこまでも・・・二人だけで。





気が付いたら朝だった。布団の中で。いつ帰って来たのかも覚えていなかった。
大きなあくびを一つし、窓から外の景色を見た。窓は開いたままだった。あの時はまだ少し暖かかった。
顔を出して、地面を見ると履き慣れたサンダルが脱ぎ捨ててあった。


それだけ。彼女といた証拠はそれだけ。


相変わらず彼女の店には顔を出していないし、用事が無いのに尋ねるのもなんだか気恥ずかしい。
「何の事でしょう?」と言われるのが恐いのかも知れない。


まともに何か話した訳でも無い。月の明かりの元で散歩をしただけ。


でも・・・鮮明に。彼女の顔は頭の中に居付いている。それは今まで一度も感じた事の無い感情だった。


あの「笑顔」を。もう一度だけ、にっこりと微笑みかけて・・・。





・・・記憶の海から覚めると電車から降りて、改札へと向かった。
空はすっかりと冬の気配を漂わせ、空気は冷たく張り詰める。
階段を降りる音も無機質に凍りついたような響き。まるで自分の心を映しているみたいだ。


小中学生じゃあるまいし、何でこんなに抵抗があるのだろう?
普段、周りの女の子に振舞っているように自然に「彼女」にも会えば良い。そうじゃないのか?


そう考えて足が止まる。今から行けばちょうど開店時ぐらいに着くだろう。
大した距離じゃない。今なら改札を出ていない。戻れる。
でも・・・その道は想像以上に果てしなく遠い。





・・・結局勇気を振り絞る事は無かった。古ぼけた見慣れたアパートの前でため息をつく。
勿論自分の住んでいる所だ。とぼとぼと自室へと足を向ける。そしてそこで聞き慣れた筈の声を聞いた。


「あっ、横島さん・・・。おはようございます。」


・・・久し振りだな。本当に。


「おキヌちゃん・・・、こんな時間にどうしたの?」
「えっ、いや・・・その最近あんまり会って無かったから・・・ちょっと・・・その・・・。」


・・・そういやそうか。彼女にも学校はあったし、ここの所見た記憶も無かった。
「そちら」の生活が忙しいのだろう。彼女は事務所の手伝いも最近はしていない。
・・・別に責めている訳では無いのに苦言に聞こえる自分が嫌だ。


「あっ、そう。・・・ちょっと徹夜でさ、結構最近大変なんだ。今から寝るとこ。・・・忘れてたおはよう。」
「・・・大丈夫ですか?あんまり顔色良くないですよ。仕事するのは立派ですけどほどほどにして下さいね。」
「・・・ありがとう。ちょっと元気が出た気がする。・・・ごめん、どうする?上がってく?」
「あっ、いや・・・良いです。ちょっと学校行く前に寄っただけですから。ゆっくりと休んで下さい。」


彼女にお礼を言って部屋へと入った。
学校とは全然方向違うのに・・・本当に良い娘だなあ・・・。以前はたまに掃除に来てくれてたし。
ちょっと泣けた。普段流す涙とは違う。感涙の涙だ。


さくっと靴を脱いでそのまま布団に倒れ込む。何か余計な事を考える暇も無く、深い闇へと落ちていった。










ふいに寒さで目が覚めた。布団を被らず寝てしまったせいか。
それに窓が開いてる。閉め忘れだ。まあ盗られる物なんてどこにも無いけど。
時計を見ると時刻は12時。夜の。・・・正直寝過ぎた。


窓を閉めようとして外を見る。雪だ。寒い筈だ。
雲が空一面に覆っており、月は見えなかった。


「最近見なくなったな・・・彼女。仕事が一段落ついたのか。」


この時間に空を見るきっかけになった出来事。
月に浮かぶ魔女のシルエット。だけど・・・今は何もそこには存在しない。
例え雲の切れ間から月が覗こうとも・・・。


「・・・会いたいな。」


急に心の底からそう思った。今から訪ねたら迷惑だろうか。
不思議と店に行ってみようかという気になった。ぐだぐだと悩んでたのが嘘みたいに。
逆に今までなんで会いに行かなかったのかと思うぐらいに。魔法にかかったように。


靴を履いて玄関のドアを開ける。自転車のキーを持って。
ちょいと距離があるが問題は無い。男はやる気次第で何でも出来るものだ。
と、昔父親から・・・聞いたような気がする。たまには良い事言ってるじゃないか。感謝してやろう。


「あっ、横島さん・・・こんな時間に何処に行くんですか?」


アパートから飛び出そうとした矢先におキヌちゃんに呼び止められた。
何でこんな時間にこんな場所にいるの?と逆に問いたい気分でもある。
彼女は首にマフラーを巻いてはいたが少し寒そうだった。


「いや・・・ちょっと・・・そうだな飯でも食べに行こうかと。ところで何でここにいるの?こんな遅くに。」
「この時間だと・・・コンビニとかファミリーレストランとかですか?身体に悪いですよ。私が何か作りましょうか?」


・・・質問ははぐらかされた。とっても不自然に。
ちょっと・・・困ったな。嘘をついたつもりは無いのだけど。彼女の好意を断るのも悪い気がする・・・。
わざわざ来てくれたみたいだし・・・。でもこんな昂揚した気分がいつまで続くかわからない。


「あっ、えーと・・・その・・・。」
「・・・・・・何か用があるんですか?約束とか?」
「そ・・・そう。メガネの奴に誘われてさ。ちょっと行ってこようかと。」
「・・・ふーん。そうですか。じゃあ私がいたら悪いですね。」
「ご、ごめんねおキヌちゃん。また今度何かおごるから・・・出来る限りで。ほんとゴメン!」
「約束じゃあしょうがないです。良いですよ。あっ、そうだ今日は寒いですからコレ上げます。」


そういうと彼女はカバンの中からカイロを二つ出してこっちに渡した。中にはスーパーの袋が見えた。
・・・本当に・・・良い娘やなあ。ゴメン!!でも今日は・・・。


「じゃ、じゃあ貰っとくよ。・・・・・・おお暖かい。ほんとありがと。あっ、時間遅いけど大丈夫?送ろうか?」
「いえ、良いです。行ってらっしゃい。気を付けて下さいね。」


彼女に見送られながら、自転車に乗って駆け出した。
・・・何だろうこの背徳感は。まるで浮気でもしているようではないか。
別にどちらも付き合っている訳でも無いのに・・・。変な感じがする。
ポケットの中のカイロがまるで監視役のように重い。そして・・・暖かい。


鼻先がツ―ンと冷たい。少しだけ雪が降って来た。
暗い闇の中に自転車のライトだけが光る。まるであの日見た月の道のように一直線に。


すれ違う人々もそこにはいない。ただ一人の青年の息遣いが闇夜に響き渡る。
顔は少年のようにドキドキと赤らみ、胸の鼓動はバクバクと音を立てる。
嬉しいような恐いような・・・得体の知れない何かに突き動かされるようにペダルを漕いで行く。





・・・目の前には目的地が見えていた。後は自分の思いを告げるだけ。
そう、この胸に抱えていた恋という感情を表に出すだけ。


建物には明かりがまだ点っていた。彼女はいる。あの日の夢の続きを・・・。


「・・・!?」


自転車のチェーンの回転が止まった。いや止めた。


自分の視界の先に信じたくないものが映っていた。誰とも知れない男性が店の中にいた。
彼女と向かい合って。・・・二人きりで。店は閉店時間をとうに越えている。
髪が長くて顔は良く見えない。男は店の中で楽しそうに彼女と笑っていた。あの笑顔を独り占めしていた。


「・・・そんな。まさか。」


胸ポケットからカイロが零れ落ちた。その暖かさが地面に積もった少量の雪を溶かして行く。


現状を認識する事が出来ない。言葉は出ない。窓の向こうへ足を踏み入れる勇気は・・・。





「本当に父さん久し振りだね。最近連絡も取れなかったもの・・・。」

「いや、本当にすまん。ちょっと仕事の方が忙しくてな。髪の毛もほれ伸びっぱなしだ。」
「いい加減切れば?まあ逆に若く見えない事も無いけど。ところでお母さんは?元気にしてる?」

「ああ、元気にしとるよ。お前の顔も見たがったっとったけどな。ところでお前・・・男でも出来たか?」
「な、何を言ってるの父さん!?急に何を言い出すのよ?」

「いや・・・何か綺麗になったというか・・・。父さんの感は鋭い方なんだぞ。どうなんだ?ほれ吐いちゃえ。」
「いないわよ。仕事も忙しいし。まあ・・・ああいや何でも無いわ。」

「ん、何だ今の間は?怪しいぞ?」
「何でも無いって言ってんでしょ!」(ちょっと・・・気になってるだけだし。あれから会ってもないし・・・。)





そんな会話が聞こえる筈も無く。店の外には自転車のUターンの跡だけが残っていた。
雪積もる地面にぽっかりと残った穴と共に。










ガシャン。


自転車をアパートの前に投げ捨てると足取り重く、部屋へと向かう。
目元は暗く、まるで死人のようにふらふらと。


早く眠りたい。そう思った。全てを忘れて・・・。また学業と仕事漬けの日々に戻るのだ。
そうすれば・・・何も考えないで済む。とにかく・・・寝よう。


部屋の扉を開けようとした時だった。横から声がした。優しい響きだった。


「お帰りなさい横島さん。・・・遅かったですね。寒く無かったですか?」
「おキヌ・・・ちゃん・・・何で。」


彼女は自分の部屋の前で座り込んでいた。手にカイロを持って。白い息を吐いて。
心配して待っていてくれたのだろうか?でも・・・そんな事はどうでも良かった。
張り詰めていた糸が切れたように自然と彼女に寄りかかっていた。


「よ・・・横島さん!?何を・・・。」
「ゴメン・・・少しだけで良いんだ。ほんとに・・・。」


目からは大粒の涙が零れていた。まるで子供に戻ったかのように嗚咽を上げて・・・。


「横島さん・・・。」


彼女は何も問わなかった。聞く事が出来なかったのかも知れないが。
ポケットに残ったもう一つのカイロはもう暖かさは残っていなかった。


でも目の前にいる女性の温もりはいつまでも続いてる。


・・・そして雪は少しづつ積もっていく。


おしまい。

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