ザ・グレート・展開予測ショー

雨(14)


投稿者名:NATO
投稿日時:(04/10/ 9)


夜。
ベルクの持ってきた食事を取る。
家に誘われもしたわけだが……タマモの強烈な反対に合った。
せっかく二人っきりなのに……
とか
ただでさえ雰囲気が……
とか、タマモの独り言は聞こえてきたが、横島は慣れない異国で心細いのだろう程度にしか思わなかったらしい。
やり取りを聞いていたラプラスにまた笑われたのは別の話だ。
月。
「星座は場所で違うらしいけど、あれだけは変わらないな」
流石に独房の中で食事、というのも無粋という計らいから、外に出てきた二人。
街中を歩いているのは危険だが敷地内なら問題は無い、という配慮だった。
「……そうね」
実際には、少し違うのだろう。
見える場所も、輝きも。
だが。
「時も、場所も、あれには関係ないわね」
タマモも、同じる。
おぼろげな、前世。
「……変わるには近すぎて、変えるには遠すぎる。か」
ぽつりと、横島が言った。
ずざざっ。
「あ、あんたが、そんな台詞をっ!?」
今までの憂鬱も不機嫌も吹き飛ばし、タマモが引く。
「失礼だな。俺だってたまには……と、言いたいが、あの気障中年の台詞だよ」
ああ、と納得する。
そして。
「ルシオラ……って人のこと?」
「……ああ」
ぞわり
タマモの背筋に冷気が走る。
ルシオラ。
今の彼の、全て。
自分が入り込む隙など、あるのだろうか。
「まあ、いろいろあって、お前にはばれちまったけど、事務所のみんなには内緒でバイトしてたんだ」
「……うん」
「それを紹介してくれたのが西条だった。……バイトとは別に、知らなくちゃいけないこともあってな。西条の仕事は、それを知るにはぴったりだった」
「……うん」
「んで、やっぱりそうなると、話す機会も増えてな。それほど悪い奴じゃなかったし。時々飲みに行くこともあったわけだ。そん時に、な」
―ルシオラ君との事は、君にとってそういうものじゃないかい?
―そうかもな。
たった、二言の会話。
それきり、何も言わずグラスを傾けた。
そして。
「それから、かな。あいつが、俺の戦い方に、何も言わなくなったのは」
「……」
彼なりの、けじめのつけ方だったのだろう。
自分が言っても無駄だと、確認するための。そして、自分が言うべきでないと、戒めるための。
誰より、今の横島を知る男故の。
それが逃げだとは思わない。
むしろ、その気の使い方が有難かった。
今回の事だって、気付いているのだ。
別に、逃げるだけなら六道だって、美神の所だっていい。
タマモ。事情を知らない守るべきものだけが傍に居るところで、自分を見つめ返すための。
西条が与えた機会だということに、横島は当に気付いていた。
そして、今度こそ納得行くように守って見せろと言う、先輩としての試練であることも。

「……いるんだろ?」
月は、高く。
静かにそれを眺めていた横島が、ふと声をかける。
疲れたから寝る。
そういい残したタマモに挨拶だけ交わし。
夜。
「……おどろかないのかね?」
含み笑いと共に、声。
「……あんたがおとなしくあそこにいることの方が、俺には驚きだよ。ラプラス」
「その気になればいつでもでられると思うと、牢獄というのもなかなかに良い物だよ」
「……そうか」
「隣、かまわないかね」
「ああ、俺も話したいことがあった」
「……だろうね」
前知魔。
「一応、言葉にしとく。「俺は何時死ねる?」」
予期したとおりの言葉に、それでもラプラスは笑う。
「君がここに来ることは、分かっていた。だが、それが「何時」であるかに問題があった」
「?」
「まあ、聞きたまえ。私の予知は万能にして覆らない絶対の物。さて、それに私が改変を加えようとするとどうなると思う?」
「……宇宙意思とか言うので、無効化される」
「その通りだ。だが、例えばここで私が死ぬならともかく、……そうだな、全裸で踊りだす「未来」が無かったとして、私がそれをやることを宇宙意思が止めると思うか?」
「その前に俺が全力で、例え命を賭けようとも止める」
即答。
「残念だな、裸には自信があるのだが。まあ、とにかく言いたいことは、私が読む「絶対の未来」というのは、あくまで大きな流れにしか過ぎないのだ。本流は見えても、そこに注ぐ支流の全てを見ることは出来ない。いや、あまりにも流動的過ぎて見ても無意味なのだ。そう、小川が雨や人の力でその流れを変えるように」
「……それが?」
「ところがだ、どんな大河でもその流れは永久不変ではない。時々、「大河の流れ」を改変するような支流が現れる。それは勢いが強いとか、場所がどう。ということではない。そうではないのになぜか、それが「次の大河の行く先」を決めるのさ」
「……」
「もう分かっただろう?その支流が現れたとき、私に見えるのは「想像しうる未来」でしかない。つまり、「これからの行き先の予定地」という奴だ」
「アシュタロスのことか?」
「いや、あれは「想定された未来」だ」
「……何?」
「そんな支流が現れるのには、わけがあるということだ。神魔が、その力を持って流れを変えようとする。宇宙意思は、それを止める。そのとき、そのために使わされるのは、人間であることがほとんどなのだ」
「……どういうことだ?」
「つまり、絶対的な「力」で流れる「支流」の介入を宇宙意思は、「力の価値を破壊しうる支流」を流すことで対処する。それには力を持たない人間が適当だ。そして、その能力は、当然本流にも影響しうる」
「アシュタロス事変に対する対処法が、副作用として運命の流れを変えられるということか」
「君が、そんなに利口だとは思わなかった」
「それで?まあ、ここまでくれば話はわかるけどな」
沈黙。
「ああ、その特別な支流こそが君だ。つまり、君にはこの先の運命を変える特権が与えられているわけだな」
「……」
「簡単に言おう。君について、予想しうる未来のもう片方は、カタストロフまで一直線のコースだった。そして面白いことに、今も、その「未来」も、君が体験することは何一つ変わらないんだよ」
何がその二つを分かつのか。悪魔は楽しそうに笑う。
「……」
「君は、本当に「特別」なんだ。運命を変えうる能力に加えて神魔の力まで手に入れている。その気になりさえすれば大破壊なんて容易いだろう」
「……それでも、ルシオラは生き返らない」
「ああ、その通りだ。壊すことも作ることも出来る。だが、何でもできるわけじゃない。ルシオラの肉体と、ゲノムと、精神構造を持った「存在」は作ることが出来る。そこに、君の記憶で補うことも。でも君は、それを冒涜として拒絶したろう?」
「……ああ」
「それをルシオラと認めない以上、本来の意味での「復活」は不可能だよ」
前知魔。
その予知は、絶対。
彼の口から、放たれた以上「予想されうる未来」の全てに、彼女はいないのだろう。
「……そうか」
「……気分はどうだい?」
含み笑い。
「なんか……ほっとしたよ。死んだり生き返ったり。俺の周りでは多すぎたからな」
「彼女たちは、君にとってそこまで執着する必要が無かった。ということだろう。全てが元通りじゃなきゃいやだ。違うな。自分が本物だと思えなきゃいやだなんて、餓鬼の駄々とどう違う?」
「それでも俺は……」
「つまりは、それだけ「彼女」に執着していたということだろう」
嘘をつかないことで人を苦しめる悪魔と、嘘をつくことで人を苦しめる悪魔がいる。
「……ルシオラ以外は……か」
雨の、森。
悪魔の一言が。思い起こされる泣き顔が、横島を貫く。
「始めの質問に答えよう。君が死ぬのは当分先だ。千年ぐらいたったらもう一度来たまえ。その頃には君の終着点も見渡せるくらい近くに来ているかもしれない。あるいは、一瞬の後なのかもしれない。君が、本当にこの世界に絶望すれば。そのときは、全てと共に、ね」
意味深な笑いを残し。
背後に消えるラプラスと入れ替わりに。
「……」
無言で立ち尽くすタマモがいた。

不快感。
圧倒的な不快感が自分を支配する。
記憶は、取り戻した。
いや、厳密にはそれは間違いだろう。
それは「私」の記憶ではないのだから。
不快感。
その中で男は言った。
きみの、力になろう。
何をするべきか。
思いつかない。
存在するべきでないモノ。
それが、自分。
ならば。
薄暗い光が支配する部屋。
数多のカプセル。
全ては粉々に破壊され、そこからずるりと落ちていく数多の。
私は崩れ行く全ての「私」とは決定的に違う「意味」を得た。
10
玖珂は、焦らない。
自分に戦う力がないことを知っているからだ。
戦う次元が違うということを。
化け物。
その存在を聞いたのは、何時のことだっただろうか。
異能の力。
それが自分にないことを、まず、不快に思った。
だが、その答えは直ぐに得られる。
それらは、使役するモノだ。
使われる者の力に過ぎない。
玖珂、支配するものにとって、そんな能力は必要なかった。
だから、どれだけ不利になろうと、状況が窮しようと、玖珂は焦らない。
自分が、支配する者であるからだ。
相手は、使われる者に過ぎない。
ならば。
また一人、「使っているモノ」の敗北を聞き、玖珂は指示を出す。
次に、「使う」モノへの指示を。
どちらがどれだけ傷つこうと、この男にはかすり傷にさえならない。
ただ、不快感が募るだけだ。
そして、この男は自分の感情を、完全に凍て付かせることが出来た。
11
「……きた、ね」
月明かり、蒼く。
西条は傍らに抱えた剣を取る。
神父から緊急連絡が入っているようだが無視する。
自分まで、膾になりたくはない。
氷入りのお茶は、まだ恨みとして残っている。
いい機会だろう。
事務所の程近く。
公園で、「彼女」を待つ。
西条は知っていた。
いや、理解できたというべきなのだろうか。
おそらくは誰も知らない「彼女」の目的を。
それは、横島には決して分からないだろう。
それを知るには、彼は純粋でありすぎる。
だが
彼が決着をつけなければ成らないことであるのも事実。
この男には珍しく、心が揺らぐ。
どうするべきか。
ただ
「どう転んでも、彼女たちを傷つけさせるわけには行かない」
そして
「それを知るには彼はまだ、幼すぎる」
妹の弟子。
不思議な気分だった。
ただ、悪くはない。
「兄弟子」として、剣を振るのも。
月は、高く。
鞘から抜かれる白銀の刃が、月明かりの問いに青白い答えを返す。
「さあ、始めようか。メドーサ」

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